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番外編

番外編・幼女を便利に使うのはやめてください

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 私が婚約破棄される三か月ほど前のことだった。
 いつものようにエリーゼ様に呼ばれていた私は、満面の笑みで迎えられた。

「ちょうどよかったわ、ロゼ」
「え。ちょうどよいとは、何がですか?」

 そう聞いた私を、シンシア様が「失礼」と言ってひょいっと抱き上げた。
 ぶらりと短い手足が垂れる私を、シンシア様は鏡台へと連れて行く。

「え、え。どういうことですか。一体何を」
「昨日はどこぞの令嬢がメイシーに婚約者を取られたとロゼに泣きついたと聞いていたから、もしかしたら、とは思っていたのだけれど。その姿で会いに来てくれて嬉しいわ」

 ご存じの通り、エリーゼ様のために子供の姿になったのではないのだが。
 しかもそのにこにことした笑顔は、ロクでもないことを企んでいるとしか思えない。

「ロゼ様。私が素敵なレディにして差し上げますから、安心なさってくださいね」

 シンシア様はシンシア様で、目をキラキラとさせていてとても不安になる。

「こちらをご用意していてよかったですわ。ロゼ様のストロベリーブロンドには、甘いくらいのピンクも似合うと思いますの。それから、その小さなぷっくりとした手にはこちらのローズクォーツのブレスレットなんていかがかと」

 シンシア様が手にしていたのは、ごりっごりにかわいらしい子供服セット。

「待って、待ってください! 何故私は着替えさせられようとしているのですか? 目的はなんですか!?」
「よくぞ聞いてくれたわね。ロゼにはこれから私の婚約者に一緒に会ってほしいの。だからきちんと子供のフリをしてね」
「え? いやいやいやいや、わかりませんって! 何故子供の姿の私でなければならないんですか?」
「本性を暴くには子供を使うのが手っ取り早いからよ」

 使うって。
 この人はもう、本当に……。

「本性って、二面性がある方なのですか?」
「それがわからないから確かめるのよ。いつもにこにこしている人間ほど信用ならないわ」

 何と答えようか迷っていると、「私がいい例でしょう?」とにっこり笑みを向けられた。

 そうして有無を言わさずキラキラした目のシンシア様の着せ替え人形にさせられたのだけれど。
 シンシア様はエリーゼ様に聞こえないような小さな声で、私の耳元に囁いた。

「エリーゼ様をよろしくお願いしますね」

 その言葉がなんとなく引っかかったけれど、あれよと言う間に私はエリーゼ様と中庭に連れて行かれた。
 そこに待っていたのは、隣国の第二王子マクシミリアン様。
 第一騎士団長であるジーク様よりもっと筋肉がゴリゴリで、いかつい顔に笑みをのせてエリーゼ様を迎え入れる。

「これは、エリーゼ様! ずっとお会いできず申し訳ありませんでした」
「いえ、お互い多忙な身ですから」

 たおやかな笑みを浮かべるエリーゼ様に対して、マクシミリアン様はまさに豪放磊落、といった感じの笑顔だった。

「おや。そちらのお嬢さんは?」

 長身のマクシミリアン様は、やっと私の存在に気づいたように視線を落とす。

「彼女は私の友人、ルーシェですわ。かわいらしいでしょう? せっかくですから、マクシミリアン様にもお会いいただこうと思いまして」
「おお、そうでしたか」

 マクシミリアン様はしゃがんで私と目を合わせようとしたけれど、それでも大きくてやや見上げる。
 互いに挨拶を済ませると、マクシミリアン様はおもむろに私を持ち上げ、肩車した。
 止める暇もなかった。

「マ、マクシミリアン様、下ろしてください!」
「ははははは! 子供はみんな高い所が好きだろう?」

 そう豪快に笑ったマクシミリアン様に、にっこりと笑んだエリーゼ様が「ルーシェが驚いておりますわ。下ろしてあげてくださいな」と助け船を出してくれた。
 地に足をつけてほっとした私に、エリーゼ様がぼそりと呟く。

「初めて会ったのに、子供だからといってその意思を無視して勝手に抱き上げるなんて、その存在を軽んじている証拠よ。しかも嫌がっているのに勝手な思い込みで聞きもしない」

 早速マイナス採点がついてしまった。

「では、中庭の散策でもいたしましょうか」
「ええ。季節の花が咲いておりますから、楽しんでいただけると思いますわ」
「足元に段差があります。お気をつけて」

 そう言ってマクシミリアン様は自然とエリーゼ様の手を取った。
 けれどすぐにその手を放し、今度は私へとそれを向けた。

「小さなレディも、さあどうぞ」

 気障だ。
 けれどそれが不思議と嫌な感じではない。
 これは高ポイントなのでは? と思ったけれど、エリーゼ様はまたぼそりと呟く。

「相手が子供とはいえ、あちらこちらにいい顔を振りまくのも考えものよね」
「ええ?」

 もしかしたら、何をしても気に入らないのではないだろうか。

「ああ、本当だ。色とりどりでとても綺麗ですね」

 マクシミリアン様がそう言えば、「言葉が月並み」とエリーゼ様がボソリ。

「私の国でもこの季節にはこの花と、それからこの花も咲いていますよ。隣同士なだけあって気候も似ていますから、植生も似ていますね。それから私の国では果物もおいしいのですよ。是非食べていただきたい」

 マクシミリアン様は、エリーゼ様を振り返りにっこりと笑った。

「はい、自国自慢ね」

 エリーゼ様はそう切り捨てたけれど、私には違って聞こえた。
 マクシミリアン様はずっとエリーゼ様を見ていて、その目は気遣いに溢れていたから。

 結婚するということは、エリーゼ様は隣国に嫁ぐことになる。
 だからエリーゼ様が馴染めるよう、似ているところや魅力を伝えているのではないだろうか。
 そう思いエリーゼ様を見上げたけれど、その横顔を見れば、きっとそんなことは気がついているのだろうとわかった。
 
 もしかして、エリーゼ様はマクシミリアン様を好きなのではないだろうか。
 なんだかんだ言っているのは、自分でそれを認めたくないから?
 私を連れてきたのも、もしかして。どうしたらいいかわからず、会うのが久しぶりでクッションとしておきたかったのでは?
 そんなことを考えてしまったけれど、マクシミリアン様の背中を見つめるその横顔からは、あながち間違っていないと思えた。

 素直じゃない。
 思わず小さく笑ってしまうと、ものすごい圧の笑みが降って来た。

「ロゼ? 余計なことは言わなくていいのよ?」
「はい、わかっております」

 やはりそうか。
 私は思わずにやにやしてしまう顔を引き締め、エリーゼ様と並んで歩いた。
 すると突然、目の端でエリーゼ様の重心がややブレた気がした。
 え? と思う間もなく、前に出した足が何かに引っかかり、前のめりに倒れそうになる。

「……!」

 あまりに突然のことに咄嗟に声も出ないまま、踏ん張ろうとして――
 私の体はふわりと誰かに抱き留められた。
 はっとして顔を上げれば、マクシミリアン様がほっとしたように見下ろしていた。

「よかったです。お怪我はありませんか?」
「はい――」

 答えながら気がついた。
 マクシミリアン様の左手には、もう一人抱えられている。
 エリーゼ様だ。

 どういうことだろうと俄かに混乱していると、マクシミリアン様が私を立たせ、それからエリーゼ様をそっと丁寧に立たせた。

「ははは! まさかお二人同時に転ばれるとは。驚きましたね」
「お手数をおかけいたしました。同じ石畳に躓いてしまったようです」

 エリーゼ様は落ち着き払った様子だったけれど、どこか満足げだ。
 もしかして。二人同時に転んでどちらを助けるか試したのだろうか。
 普通はエリーゼ様を助けるところだけど、私を見捨てていれば『子供を見捨てるなんて』とエリーゼ様はマイナス採点をつけたことだろう。
 それがまさかの、両方とも助けてしまったのだから、これはマイナスのしようがない。

「エリーゼ様。私はこの通り無骨な男ですので、思っていることは口にしていただかなければわかりません。貴女とはこれから永い時を共にしていきたいと思っておりますから、どうかあまり意地悪をしないでいただけると助かります」

 どうやら、マクシミリアン様もなんとなく気がついていたようだ。
 エリーゼ様は口元を扇で隠し、淑女らしい笑みを浮かべた。
 マクシミリアン様に見えているのは目元だけ。

「口にしなければわからないようなことは、わからないままでかまいませんわ」
「そうもいきません。私はあなたをもっと知りたいのです」
「結婚する上で必要な情報はすべてお渡ししておりますわ」
「そうですね。その結婚生活を楽しく、互いに意味のあるものにしたい。私はそう思っています」
「では、その目を磨いてくださいませ。もうそろそろ時間でしょう。またお会いできる日を楽しみにしておりますわ」
「ははは! 仰る通りですね。では次にお会いする時にはエリーゼ様のことをもっと理解できるよう、貴女のことを考えて過ごします」

 そうしてマクシミリアン様は去って行った。

 部屋に戻った私は、エリーゼ様に尋ねた。

「もしかして。マクシミリアン様が誰にでも優しいのが嫌なのですか?」
「当たり前でしょう。女は自分だけを特別扱いしてもらいたいものよ」
「それで子供を使って試すだなんて……」
「ロゼは大人でしょう?」

 けろりと言われれば、そういうことではないとも返せない。

「まあ、徐々に調教していくわ」

 そう笑ったエリーゼ様は、私が結婚した数か月後に隣国へと嫁いでいった。
 その顔はとても幸せそうに輝いていて。
 私はうっかり、涙が止まらなくなってしまった。
 そんな私の隣には、ユアン様がいてくれて。
 エリーゼ様は遠く会えなくなってしまったけれど、リーナ様も、サンドラ様も、たくさんの人がいてくれる。

 振り回されてやってきた王都だったけれど、私はこの地で得がたいものをたくさん得たのだと、改めて思った。
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