バッドエンドの女神

かないみのる

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「ごめん、今日は寝坊したから迎えに来なくていいよ」


 あたしは霜田にメールを送った。

本当は寝坊なんてしていない。

むしろ眠れなかったんだけど、まだ気持ちの整理がついていないうちから霜田に会うことに気が引けたからお迎えを断った。

霜田に会ったら、フラれた時のことを思い出して泣いてしまいそうだったから。



 一人で歩く通学路はなんだか寂しくて、色が抜けたように見えた。

目の前を中良さそうに歩く高校生のカップルが羨ましかった。



 学校での休み時間中、頬杖をついてぼんやり外を眺めていると、高梨さんが話しかけてきた。

前に援交から助けてあげた子ね。

隣には友達と思われる女の子を連れていた。



「諏訪部さん、今日良かったら、一緒に遊ばない?あんまり話したことないから、ゆっくり話したいと思って」



 普段は霜田と話してばかりいるから声をかけづらかったんだろうな。

今日はずっと一人でいるから話しかけるチャンスだったんだろう。

遊びに誘われたのは嬉しいけど、あまり気は乗らなかった。

霜田以外の人と過ごすのはエネルギーが必要で、今のあたしにはその気力がなかった。



でもせっかくだし、同年代の女の子がどういう風に遊んでいるのか知りたいし、あたしは誘いに乗った。

放課後にチェーンのコーヒーショップに行くことになった。

あたしは高梨さんの隣で、不思議な生き物でも観察するような目であたしを見てきた女の子に視線をやった。

目が合うと、彼女は慌てて目を伏せた。



「あ、まだ紹介してなかったね。昨年あたしと同じクラスだった友達」



「渡辺紘奈です」



 長い髪を三つ編みにして、お淑やかな雰囲気だ。

きっとあたしにあまりいい印象を持っていないのだろう。

高梨さんの誘いで仕方なくあたしのところにきたというのが、彼女の態度から丸わかりだ。

「こいつは大丈夫か?自分に危害を加えないか?」と目が訴えている。



「諏訪部奈緒です。よろしく」



 高梨さんの手前、無碍に扱えないからあたしは丁寧に挨拶する。

すると渡辺紘奈は慌てて時計を見た。



「あ、そろあおろお祈りの時間だ。二人とも目を閉じて!」



渡辺紘奈が急に変な提案をしてきた。

お祈り?何に?



「ちょっと、初対面の人にいきなりやらせるのは」


「いいの!大事なことなんだから」



 話を聞くと、彼女はどうやら家族で新興宗教にハマっているらしい。

その宗教では毎週、決まった時間に世の中の可哀想な人たちのために目を閉じて祈るのが決まりなんだって。



「この瞬間にも、虐待されている子ども、貧困な老人、苦しんでいる病人、死んでいった可哀想な人たちがいる。その人たち一人ひとりのために、祈るの。できるだけたくさんの人の顔を思い浮かべて。今も世界では命を落としている人がたくさんいる」



 つまり全世界の人たちに黙祷をしろという事らしい。知らない人の顔を思い浮かべろと言われても困ってしまう。



「そしたらずっと目を開けられなくない?世界中にいる人たちのために祈り続けていたら、目を開ける暇はないと思うんだけど」



あたしはつい突っ込んでしまった。

荒波立てないように黙って従っていればいいのに、わざわざトラブルを起こすようなことをして、馬鹿だなあと自分でも思う。

でもあたしの考えからすると、黙祷なんて強制されて行うものじゃない。

自分がしたいと思った時間に、自分がしたいと思った相手にすればいい。

非人道的だと言われても、あたしはそう考えている。



 渡辺さんの顔を見ると、頬を真っ赤にして涙ぐんでいた。

あたしに意見されたことがそこまで悔しかったのか。

こんなに怒るとは思っていなかったから、たじろいでしまった。

こういう時にどう対応したらいいのか分からない。



「あ、ごめんなさい。やるやる」


「だったら、ずっと目をとじてればいいじゃない!一生をかけて祈ってなさいよ!」



 そう言って走って教室を出ていってしまった。

机や椅子にぶつかりながら出ていったものだから、周囲の生徒が不審な顔でこちらを見てきた。

諏訪部が何かやったんだなとあたしに非難の目を向けてくる。



「諏訪部さん、ごめんね」



 高梨さんは申し訳なさそうにあたしに頭を下げた。

高梨さんの反応を見ると、きっとこのようなことも一度や二度じゃないのだろう。

呆れ顔で溜息を吐く姿は彼女の疲労度を表していた。

なかなか癇癪持ちの友人を持ったものだ。

空気を読まずに怒らせたあたしが言っていいことではないけど。



「いいよ、あたしが悪いんだし。こちらこそごめん。それより高梨さん、やっぱりあたしと話さない方がいいよ。あたしと話してたらあの子とか他の子に嫌われるよ?」


「どうして?諏訪部さんと話して嫌うような子とは友達にならないよ」



 高梨さんは心外だというような顔をして言った。



「だってあたし、売春してるんだよ?」


「私は助けてもらったし」


「悪女の娘って呼ばれてるんだよ?」


「何も知らずにそんなこと言う方が悪いんだよ。だって諏訪部さんは、話していても悪女って感じしないもん」



 あたしの代わりに憤ってくれる彼女の気持ちがとても嬉しかった。

こんな子と、もっと早くに会えていたらあたしの人生は変わっていたんだろうな。



「ありがとう」



 あたしは心からお礼を言った。



「あの子ったら、勝手に自分の考えを押し付けて逆ギレするなんて。とりあえず、お説教してくる。遊ぶの、また今度でいい?」



 あたしは頷いて、渡辺さんを探しにいった彼女を見送った。



 ずっと目を閉じてればいい、か。

あたしの人生を考えると、それでも良いのかもしれない。

嫌なもの、汚いものから目を背けて、瞼の裏で美しいものを思い浮かべて、たくさんの人に慈しみを与えて。


あたしはもう嫌になってしまったのだ。

たった一雫の幸福のために、悲しみの海をもがくことが。
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