22 / 31
19
しおりを挟む
「ごめん、今日は寝坊したから迎えに来なくていいよ」
あたしは霜田にメールを送った。
本当は寝坊なんてしていない。
むしろ眠れなかったんだけど、まだ気持ちの整理がついていないうちから霜田に会うことに気が引けたからお迎えを断った。
霜田に会ったら、フラれた時のことを思い出して泣いてしまいそうだったから。
一人で歩く通学路はなんだか寂しくて、色が抜けたように見えた。
目の前を中良さそうに歩く高校生のカップルが羨ましかった。
学校での休み時間中、頬杖をついてぼんやり外を眺めていると、高梨さんが話しかけてきた。
前に援交から助けてあげた子ね。
隣には友達と思われる女の子を連れていた。
「諏訪部さん、今日良かったら、一緒に遊ばない?あんまり話したことないから、ゆっくり話したいと思って」
普段は霜田と話してばかりいるから声をかけづらかったんだろうな。
今日はずっと一人でいるから話しかけるチャンスだったんだろう。
遊びに誘われたのは嬉しいけど、あまり気は乗らなかった。
霜田以外の人と過ごすのはエネルギーが必要で、今のあたしにはその気力がなかった。
でもせっかくだし、同年代の女の子がどういう風に遊んでいるのか知りたいし、あたしは誘いに乗った。
放課後にチェーンのコーヒーショップに行くことになった。
あたしは高梨さんの隣で、不思議な生き物でも観察するような目であたしを見てきた女の子に視線をやった。
目が合うと、彼女は慌てて目を伏せた。
「あ、まだ紹介してなかったね。昨年あたしと同じクラスだった友達」
「渡辺紘奈です」
長い髪を三つ編みにして、お淑やかな雰囲気だ。
きっとあたしにあまりいい印象を持っていないのだろう。
高梨さんの誘いで仕方なくあたしのところにきたというのが、彼女の態度から丸わかりだ。
「こいつは大丈夫か?自分に危害を加えないか?」と目が訴えている。
「諏訪部奈緒です。よろしく」
高梨さんの手前、無碍に扱えないからあたしは丁寧に挨拶する。
すると渡辺紘奈は慌てて時計を見た。
「あ、そろあおろお祈りの時間だ。二人とも目を閉じて!」
渡辺紘奈が急に変な提案をしてきた。
お祈り?何に?
「ちょっと、初対面の人にいきなりやらせるのは」
「いいの!大事なことなんだから」
話を聞くと、彼女はどうやら家族で新興宗教にハマっているらしい。
その宗教では毎週、決まった時間に世の中の可哀想な人たちのために目を閉じて祈るのが決まりなんだって。
「この瞬間にも、虐待されている子ども、貧困な老人、苦しんでいる病人、死んでいった可哀想な人たちがいる。その人たち一人ひとりのために、祈るの。できるだけたくさんの人の顔を思い浮かべて。今も世界では命を落としている人がたくさんいる」
つまり全世界の人たちに黙祷をしろという事らしい。知らない人の顔を思い浮かべろと言われても困ってしまう。
「そしたらずっと目を開けられなくない?世界中にいる人たちのために祈り続けていたら、目を開ける暇はないと思うんだけど」
あたしはつい突っ込んでしまった。
荒波立てないように黙って従っていればいいのに、わざわざトラブルを起こすようなことをして、馬鹿だなあと自分でも思う。
でもあたしの考えからすると、黙祷なんて強制されて行うものじゃない。
自分がしたいと思った時間に、自分がしたいと思った相手にすればいい。
非人道的だと言われても、あたしはそう考えている。
渡辺さんの顔を見ると、頬を真っ赤にして涙ぐんでいた。
あたしに意見されたことがそこまで悔しかったのか。
こんなに怒るとは思っていなかったから、たじろいでしまった。
こういう時にどう対応したらいいのか分からない。
「あ、ごめんなさい。やるやる」
「だったら、ずっと目をとじてればいいじゃない!一生をかけて祈ってなさいよ!」
そう言って走って教室を出ていってしまった。
机や椅子にぶつかりながら出ていったものだから、周囲の生徒が不審な顔でこちらを見てきた。
諏訪部が何かやったんだなとあたしに非難の目を向けてくる。
「諏訪部さん、ごめんね」
高梨さんは申し訳なさそうにあたしに頭を下げた。
高梨さんの反応を見ると、きっとこのようなことも一度や二度じゃないのだろう。
呆れ顔で溜息を吐く姿は彼女の疲労度を表していた。
なかなか癇癪持ちの友人を持ったものだ。
空気を読まずに怒らせたあたしが言っていいことではないけど。
「いいよ、あたしが悪いんだし。こちらこそごめん。それより高梨さん、やっぱりあたしと話さない方がいいよ。あたしと話してたらあの子とか他の子に嫌われるよ?」
「どうして?諏訪部さんと話して嫌うような子とは友達にならないよ」
高梨さんは心外だというような顔をして言った。
「だってあたし、売春してるんだよ?」
「私は助けてもらったし」
「悪女の娘って呼ばれてるんだよ?」
「何も知らずにそんなこと言う方が悪いんだよ。だって諏訪部さんは、話していても悪女って感じしないもん」
あたしの代わりに憤ってくれる彼女の気持ちがとても嬉しかった。
こんな子と、もっと早くに会えていたらあたしの人生は変わっていたんだろうな。
「ありがとう」
あたしは心からお礼を言った。
「あの子ったら、勝手に自分の考えを押し付けて逆ギレするなんて。とりあえず、お説教してくる。遊ぶの、また今度でいい?」
あたしは頷いて、渡辺さんを探しにいった彼女を見送った。
ずっと目を閉じてればいい、か。
あたしの人生を考えると、それでも良いのかもしれない。
嫌なもの、汚いものから目を背けて、瞼の裏で美しいものを思い浮かべて、たくさんの人に慈しみを与えて。
あたしはもう嫌になってしまったのだ。
たった一雫の幸福のために、悲しみの海をもがくことが。
あたしは霜田にメールを送った。
本当は寝坊なんてしていない。
むしろ眠れなかったんだけど、まだ気持ちの整理がついていないうちから霜田に会うことに気が引けたからお迎えを断った。
霜田に会ったら、フラれた時のことを思い出して泣いてしまいそうだったから。
一人で歩く通学路はなんだか寂しくて、色が抜けたように見えた。
目の前を中良さそうに歩く高校生のカップルが羨ましかった。
学校での休み時間中、頬杖をついてぼんやり外を眺めていると、高梨さんが話しかけてきた。
前に援交から助けてあげた子ね。
隣には友達と思われる女の子を連れていた。
「諏訪部さん、今日良かったら、一緒に遊ばない?あんまり話したことないから、ゆっくり話したいと思って」
普段は霜田と話してばかりいるから声をかけづらかったんだろうな。
今日はずっと一人でいるから話しかけるチャンスだったんだろう。
遊びに誘われたのは嬉しいけど、あまり気は乗らなかった。
霜田以外の人と過ごすのはエネルギーが必要で、今のあたしにはその気力がなかった。
でもせっかくだし、同年代の女の子がどういう風に遊んでいるのか知りたいし、あたしは誘いに乗った。
放課後にチェーンのコーヒーショップに行くことになった。
あたしは高梨さんの隣で、不思議な生き物でも観察するような目であたしを見てきた女の子に視線をやった。
目が合うと、彼女は慌てて目を伏せた。
「あ、まだ紹介してなかったね。昨年あたしと同じクラスだった友達」
「渡辺紘奈です」
長い髪を三つ編みにして、お淑やかな雰囲気だ。
きっとあたしにあまりいい印象を持っていないのだろう。
高梨さんの誘いで仕方なくあたしのところにきたというのが、彼女の態度から丸わかりだ。
「こいつは大丈夫か?自分に危害を加えないか?」と目が訴えている。
「諏訪部奈緒です。よろしく」
高梨さんの手前、無碍に扱えないからあたしは丁寧に挨拶する。
すると渡辺紘奈は慌てて時計を見た。
「あ、そろあおろお祈りの時間だ。二人とも目を閉じて!」
渡辺紘奈が急に変な提案をしてきた。
お祈り?何に?
「ちょっと、初対面の人にいきなりやらせるのは」
「いいの!大事なことなんだから」
話を聞くと、彼女はどうやら家族で新興宗教にハマっているらしい。
その宗教では毎週、決まった時間に世の中の可哀想な人たちのために目を閉じて祈るのが決まりなんだって。
「この瞬間にも、虐待されている子ども、貧困な老人、苦しんでいる病人、死んでいった可哀想な人たちがいる。その人たち一人ひとりのために、祈るの。できるだけたくさんの人の顔を思い浮かべて。今も世界では命を落としている人がたくさんいる」
つまり全世界の人たちに黙祷をしろという事らしい。知らない人の顔を思い浮かべろと言われても困ってしまう。
「そしたらずっと目を開けられなくない?世界中にいる人たちのために祈り続けていたら、目を開ける暇はないと思うんだけど」
あたしはつい突っ込んでしまった。
荒波立てないように黙って従っていればいいのに、わざわざトラブルを起こすようなことをして、馬鹿だなあと自分でも思う。
でもあたしの考えからすると、黙祷なんて強制されて行うものじゃない。
自分がしたいと思った時間に、自分がしたいと思った相手にすればいい。
非人道的だと言われても、あたしはそう考えている。
渡辺さんの顔を見ると、頬を真っ赤にして涙ぐんでいた。
あたしに意見されたことがそこまで悔しかったのか。
こんなに怒るとは思っていなかったから、たじろいでしまった。
こういう時にどう対応したらいいのか分からない。
「あ、ごめんなさい。やるやる」
「だったら、ずっと目をとじてればいいじゃない!一生をかけて祈ってなさいよ!」
そう言って走って教室を出ていってしまった。
机や椅子にぶつかりながら出ていったものだから、周囲の生徒が不審な顔でこちらを見てきた。
諏訪部が何かやったんだなとあたしに非難の目を向けてくる。
「諏訪部さん、ごめんね」
高梨さんは申し訳なさそうにあたしに頭を下げた。
高梨さんの反応を見ると、きっとこのようなことも一度や二度じゃないのだろう。
呆れ顔で溜息を吐く姿は彼女の疲労度を表していた。
なかなか癇癪持ちの友人を持ったものだ。
空気を読まずに怒らせたあたしが言っていいことではないけど。
「いいよ、あたしが悪いんだし。こちらこそごめん。それより高梨さん、やっぱりあたしと話さない方がいいよ。あたしと話してたらあの子とか他の子に嫌われるよ?」
「どうして?諏訪部さんと話して嫌うような子とは友達にならないよ」
高梨さんは心外だというような顔をして言った。
「だってあたし、売春してるんだよ?」
「私は助けてもらったし」
「悪女の娘って呼ばれてるんだよ?」
「何も知らずにそんなこと言う方が悪いんだよ。だって諏訪部さんは、話していても悪女って感じしないもん」
あたしの代わりに憤ってくれる彼女の気持ちがとても嬉しかった。
こんな子と、もっと早くに会えていたらあたしの人生は変わっていたんだろうな。
「ありがとう」
あたしは心からお礼を言った。
「あの子ったら、勝手に自分の考えを押し付けて逆ギレするなんて。とりあえず、お説教してくる。遊ぶの、また今度でいい?」
あたしは頷いて、渡辺さんを探しにいった彼女を見送った。
ずっと目を閉じてればいい、か。
あたしの人生を考えると、それでも良いのかもしれない。
嫌なもの、汚いものから目を背けて、瞼の裏で美しいものを思い浮かべて、たくさんの人に慈しみを与えて。
あたしはもう嫌になってしまったのだ。
たった一雫の幸福のために、悲しみの海をもがくことが。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎
倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。
栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。
「責任、取って?」
噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。
手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。
けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。
看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。
それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる