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魚鱗の陣形。
私がとった陣形は、機動力と破壊力、指揮系統の整備に自信があれば、古来、常套手段とも言えるほど著名な陣形だ。
切り込み隊、とでも言うべき先鋒の小隊を筆頭として、全体を三角形に見立てて布陣する。
大将格は三角形の中心から後ろ。一番底辺の真ん中付近に座す。
三角形の中は、さらに小さな三角形に見立てた小隊で構成されていて、全体として堅牢であるだけでなく、個々の機動力も生かされて、まるで魚の鱗のようであることからこの名前がつけられている。
一軍全体を三角形の楔のような形に見做して、大軍の中央へ攻め込むのだ。
ウルブスフェルを発ってから駆け通したのは、戦場を、こちらの目論見通りの地点とするため。
万一、こちらが苦戦を強いられても、アルバからの援軍も十分にあてにできるところ。
敵は我々がアルバに逃げ込むとでも思ったのか。奴らを欺くため、何の前触れもなくいきなり町を出発し、全速力で駆け通した我々を追い、追いつくために、こちら以上に消耗しているはず。
狭隘な地を抜け、視界の開けた平原において、いきなり陣を、それも防御の体勢ではなく、明らかに攻撃を仕掛ける布陣を敷いた我々を目にした敵軍は、見るからに動揺し、それだけで色めき立ったようだ。
それでもなんとか気を取り直したように慌てて陣形を立て直し、こちらに対峙しようとする。
前情報どおり。何の特徴もない鈍色の装束。旗指物もない。国籍不明の軍、一万。
見る間に、ゆるゆると横に広がり、大軍ならではの数を誇示するかのような陣形に整えつつあるようだ。
大きく、鳥が羽をひろげたような形。鶴翼の陣形。
「……思った通り」
思わず、我ながら人の悪い笑みが零れる。
地獄耳のオルギール。斜め前にいた彼が、私を振り返った。
サラリ、と、輝かしい銀色の髪が揺れる。
「参りましょうか、閣下」
こんな時だというのに、平時と全くかわらない滑らかな声。優しいと言ってもいい程の。
絶対の信頼。安心感。
どうしてだろう。自分の気持ちを自覚したからだろうか。奇襲攻撃にかかる前と、今とでは、わずかな日にちしか経過していないのに、彼と共に戦うこと、彼が傍にいてくれることに対する安心の度合いが全く異なるような気がする。
負けるはずがない。
「行こう、オルギール!」
私は頷きを返して、腕を高く揚げ、そして振り下ろした。
「全軍突撃!!」
味方のあげる雄叫びと、面頬を下ろす金属音とが、俄かに辺り一帯を支配した。
**********
激闘の、数刻。
実際には一、二刻しか経過していなかったのかもしれないが、激しい剣戟の音、怒号、悲鳴、肉の断ち切られる鈍い音。それらがずっと、時間の感覚を失わせるほどに耳の中で谺してやまない。
そんな中、私はステラを駆り、味方を鼓舞し、伝令に指示を飛ばし続けた。
今のところ、私の周辺まで到達する兵士は、ゼロに等しい。
たまに、運か技量か、紛れ込んできた敵兵も、私を囲む手勢、場合によっては、オルギールの剣により瞬殺されている。
「──申し上げます!敵、左翼、ほぼ壊滅!」
「右翼、壊滅まで、あと四分の一刻ほどかと!」
「──先鋒、まもなく、敵本陣へ、到達!!」
よく訓練された伝令たちが、激戦をかいくぐって、、次々と戦況を報告してくる。
そのたびに、私の周囲からは喜びのどよめきがおこる。
「投降を、呼びかけて!」
頃合い、とみて、私は叫んだ。
がむしゃらに戦い続けていれば、味方だって消耗する。
見たところ、きわめて士気は高いし、圧倒的に優勢ではあるけれどそれでも、だ。
残酷かもしれないが、所属も明かさない敵兵のことはさほど気にしてはいない。
自滅し、潰走すればいいものを、愚かしく支離滅裂に戦い続けられてしまっては、こちらとていたずらに兵を失うことになるからだ。
ただし。
「大将は極力捕えて!!多少、怪我させても構わない!」
「承知!」
「指揮官級は投降すれば助命、抵抗するなら切り捨ててよし!」
「承知!!」
「──もうひとつ」
勢いよく、伝令が頷いて去ってゆこうとするのを、オルギールが声を張って呼び止めた。
「雑兵の投降に、気を取られ過ぎるな。あらためて陣形を引き締め、隊を整えよ」
彼は私に向けてわずかに頭を下げた。私に代わって兵に指示をすることへの断りのつもりのようだ。
「皆、身命を賭して閣下をお守りせよ!!」
「承知!!」
「トゥーラ、万歳!」
熱に浮かされたように呼応する声が、瞬く間に全軍へ伝播してゆく。
剣を上げ、彼らに頷きを返しながら、私は人知れず、ほんのわずか、緊張した。
ここでの戦いが始まって、たぶん初めて。
オルギールがこのように言うということは。まだ、何かがあるのかもしれない。
私がとった陣形は、機動力と破壊力、指揮系統の整備に自信があれば、古来、常套手段とも言えるほど著名な陣形だ。
切り込み隊、とでも言うべき先鋒の小隊を筆頭として、全体を三角形に見立てて布陣する。
大将格は三角形の中心から後ろ。一番底辺の真ん中付近に座す。
三角形の中は、さらに小さな三角形に見立てた小隊で構成されていて、全体として堅牢であるだけでなく、個々の機動力も生かされて、まるで魚の鱗のようであることからこの名前がつけられている。
一軍全体を三角形の楔のような形に見做して、大軍の中央へ攻め込むのだ。
ウルブスフェルを発ってから駆け通したのは、戦場を、こちらの目論見通りの地点とするため。
万一、こちらが苦戦を強いられても、アルバからの援軍も十分にあてにできるところ。
敵は我々がアルバに逃げ込むとでも思ったのか。奴らを欺くため、何の前触れもなくいきなり町を出発し、全速力で駆け通した我々を追い、追いつくために、こちら以上に消耗しているはず。
狭隘な地を抜け、視界の開けた平原において、いきなり陣を、それも防御の体勢ではなく、明らかに攻撃を仕掛ける布陣を敷いた我々を目にした敵軍は、見るからに動揺し、それだけで色めき立ったようだ。
それでもなんとか気を取り直したように慌てて陣形を立て直し、こちらに対峙しようとする。
前情報どおり。何の特徴もない鈍色の装束。旗指物もない。国籍不明の軍、一万。
見る間に、ゆるゆると横に広がり、大軍ならではの数を誇示するかのような陣形に整えつつあるようだ。
大きく、鳥が羽をひろげたような形。鶴翼の陣形。
「……思った通り」
思わず、我ながら人の悪い笑みが零れる。
地獄耳のオルギール。斜め前にいた彼が、私を振り返った。
サラリ、と、輝かしい銀色の髪が揺れる。
「参りましょうか、閣下」
こんな時だというのに、平時と全くかわらない滑らかな声。優しいと言ってもいい程の。
絶対の信頼。安心感。
どうしてだろう。自分の気持ちを自覚したからだろうか。奇襲攻撃にかかる前と、今とでは、わずかな日にちしか経過していないのに、彼と共に戦うこと、彼が傍にいてくれることに対する安心の度合いが全く異なるような気がする。
負けるはずがない。
「行こう、オルギール!」
私は頷きを返して、腕を高く揚げ、そして振り下ろした。
「全軍突撃!!」
味方のあげる雄叫びと、面頬を下ろす金属音とが、俄かに辺り一帯を支配した。
**********
激闘の、数刻。
実際には一、二刻しか経過していなかったのかもしれないが、激しい剣戟の音、怒号、悲鳴、肉の断ち切られる鈍い音。それらがずっと、時間の感覚を失わせるほどに耳の中で谺してやまない。
そんな中、私はステラを駆り、味方を鼓舞し、伝令に指示を飛ばし続けた。
今のところ、私の周辺まで到達する兵士は、ゼロに等しい。
たまに、運か技量か、紛れ込んできた敵兵も、私を囲む手勢、場合によっては、オルギールの剣により瞬殺されている。
「──申し上げます!敵、左翼、ほぼ壊滅!」
「右翼、壊滅まで、あと四分の一刻ほどかと!」
「──先鋒、まもなく、敵本陣へ、到達!!」
よく訓練された伝令たちが、激戦をかいくぐって、、次々と戦況を報告してくる。
そのたびに、私の周囲からは喜びのどよめきがおこる。
「投降を、呼びかけて!」
頃合い、とみて、私は叫んだ。
がむしゃらに戦い続けていれば、味方だって消耗する。
見たところ、きわめて士気は高いし、圧倒的に優勢ではあるけれどそれでも、だ。
残酷かもしれないが、所属も明かさない敵兵のことはさほど気にしてはいない。
自滅し、潰走すればいいものを、愚かしく支離滅裂に戦い続けられてしまっては、こちらとていたずらに兵を失うことになるからだ。
ただし。
「大将は極力捕えて!!多少、怪我させても構わない!」
「承知!」
「指揮官級は投降すれば助命、抵抗するなら切り捨ててよし!」
「承知!!」
「──もうひとつ」
勢いよく、伝令が頷いて去ってゆこうとするのを、オルギールが声を張って呼び止めた。
「雑兵の投降に、気を取られ過ぎるな。あらためて陣形を引き締め、隊を整えよ」
彼は私に向けてわずかに頭を下げた。私に代わって兵に指示をすることへの断りのつもりのようだ。
「皆、身命を賭して閣下をお守りせよ!!」
「承知!!」
「トゥーラ、万歳!」
熱に浮かされたように呼応する声が、瞬く間に全軍へ伝播してゆく。
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