溺愛三公爵と氷の騎士 異世界で目覚めたらマッパでした

あこや(亜胡夜カイ)

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9.-54

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 私は視力がよい。近年は計測していないけれど。

 元の世界では射撃、こちらへ来てからは主に弓術、どちらも超一流の名に恥じないと思っている。「的を狙う」技術は無論必要だが、やはり視力は大前提なので、裸眼であれだけできるということはつまり「目がいい」ということになるのだろう。

 そして、今。

 「目がいい」ことを呪いたくなるような光景を、私は目の当たりにしている。


 引き据えられた二人は立っているのがやっと、という様子だった。
 足元から崩れ落ちそうになると、執行人と思しき男たちが情け容赦なく身体を拘束した鎖を乱暴に引きずり上げるため、立たざるを得ないようだ。

 からだにまつわりつく粗衣は汚れ果て、ところどころ破れ、どす黒く変色し、それはおそらくは流血した痕跡と思われる。男は髪もひげも伸び放題で、陰湿な容貌なりに伊達男を気取っていたギルド長の以前の面影は全くない。

 そして、女。キアーラと言えば。
 ゆたかだった亜麻色の髪はぼさぼさになり、場所によって不自然に刈られたあともあり、牢内では女性としての人権などまるで考慮されていなかったようだ。蓮っ葉だが色気のある美しかったはずの顔は埃や泥、汗か涙かわからないものでどろどろになっていて、さらに特に目を引いたのは。

 口元が引き攣れ、ぱくぱくと酸素を取り入れようと喘ぐ口腔が、ぽっかり黒々と開いて、木のうろのようになっている。ギルド長も、同様に。

 口元だけ、まるで老人のよう。
 入れ歯もなく、ほとんど抜け落ちてしまったような。

 「もしかして。……歯が、ない……?」
 「邪魔でしたので」

 私の呟きを、斜め後ろのオルギールがもれなく拾ったようだ。
 恐ろしいことを、彼はこともなげに言った。

 ゆっくりと首を後ろに捩じってオルギールに視線を合わせると、彼はあろうことか、僅かに笑んでいた。
 ……何をどうあっても、笑みを浮かべる場面ではないと思うのだが。

 オルギールへの愛情や信頼感はなまじのことで揺らぐものではないとはいえ、あらためて、彼は底知れぬ深淵を秘めた魔物のようだ、と思わざるを得ない。
 言葉もなくまじまじと彼の顔を見つめる私に、オルギールは「怖くないですよ、リア」とまるでこどもをあやすような声をかけて、

 「ろくでもないことを法廷で絶叫しましたので。必要なことは聞き終えましたし、まともな口をきけないようにしておいたのですよ」
 「それで、歯を……?」
 「ええ。死刑執行きょうまでものを食べることができるていどには残して、あとは全部抜いたり折ったりさせてみました」

 二人ともシュルグの常習者ですから、歯も傷んでそれは汚らしいものでと、オルギールは冷静に語る。

 ……口の中がぞわぞわする。
 もちろん、歯医者ではないから麻酔をかけるなどするはずもなく。拷問の一環であり、口をきけないようにする目的も果たし。

 オルギールが思いついた方法なのだろうか。
 
 確かに、処刑の日に公衆の面前でまた自暴自棄になってわめかれては困るし、なんらかの処置が必要だったというのはわかる。
 でも、猿轡をかませておく程度でいいような。やりすぎではないのか。

 歪みかける口元を引き締め、しわが寄りそうになる眉間を広げながら他の公爵様方を見ると、皆さま平然としている。ユリアスなどは、「開廷前にそうしておけばよかったんだ」とか独りごとを言っている。

 オルギールは「怖がらせてしまいましたか」と相変わらず柔らかい声で言うのがまたさらに心胆寒からしめる、という感じだし、レオン様とシグルド様は、私の微妙な顔色に気づいて「いつもやるわけではない、我々は蛮族ではない、こいつらは特例だ」と口々に言っている。

 ……私はため息とともに向き直って姿勢を正した。

 庇ってやるほど私もお人よしではない。こいつらは私を拉致してひどい目にあわせようとした。私が実際に男どもに輪姦されていたら、ギルド長は自分も参加、キアーラは手を打って喜んで見物したことだろう。間違いない。

 けれども、罪に見合った刑とは言えないのではないか。おそらくは尋問中も大なり小なり拷問をされ、手ひどく扱われ、歯を痛めつけられ。さらに彼らにはこのあと絞首刑が目前に迫っているというのに。

 「……リーヴァ」

 レオン様は腕を伸ばし、私の肩をそっと撫でた。触れるだけのように軽く手を置かれ、一瞬、ほ、と息をついたのだけれど。

「始めるぞ」

 短く、鋭くレオン様は言って、眼下の男に向かって軽く頷いた。

 無秩序に騒いでいた観衆が急速に静まりかえってゆく。場を読まずまだ声を上げようとするものを叱咤して静まらせようとする声があちこちから聞こえる。

 文官の装いの男が一人、処刑台に向かって歩み出て、まずこちらに向かって丁重に一礼した。

 「──忠実にして善良なグラディウスの民たちよ!!」
 
 ぐるりと闘技場全体を見渡し、芝居がかった物言いで、男は声を張った。

 罪状などとっくに周知されているのだろうに大げさに一つ一つ手に持った触書を皆に向けてかざしながら(私見ではない、正当なものであるとの証明をするパフォーマンスなのだそうだ)読み上げてゆく。一フレーズ終わるごとに、人々が「殺せ!」と叫ぶ。合いの手と言うにはあんまりな言葉を。そして、その合いの手がかかるたびに、執行人は手にした鎖を乱暴に波打たせつつ引っ張る。すると錆びた鎖が濁った音を立てるのと同時に、既に抵抗する力もなさそうな二人はからだを大きくたわませ、目をつぶり、ふらふらしながらも身を起こし、よろめく足を踏みしめてまた立ち続けるほかなくなる。
  
 勿体ぶって喋る男の声が耳障りで仕方がない。レオン様に「もう少し巻きでできませんの?」と尋ねると、「わざとだからな」と前を向いたまま、レオン様は平たんな声で応じた。

 眼下ではようやく口上が終わり、眉を顰めながらもああやっとこれで、と光景にはふさわしくないけれどある意味安堵しながら揺れる荒縄を見つめていると、ガシャガシャ、と、明らかに鎖ではない、何かを起動させる音に気付かされた。

 何これ、と呟く私に誰が応じるよりも早く、彼らを乗せた処刑台が突然ガラガラと動き始める。
 処刑台は可動式のもので、台座の下部には大きな滑車がとりつけられているらしい。

 小さくはない、ちょっとした即席の舞台のようだ、と妙な部分で感心したのもつかの間、私は次の光景に絶句することになる。

 ビュ!っと何かが観覧席から飛んできた。
 最初に投じられたものを皮切りに、次々と。やがて雨あられと。
 
 「死ね!」
 「殺せ!!」
 「くらえ!」

 無秩序に思われた怒号は、次第に聞き分けられるようになってゆく。 
 
 処刑台はゆるゆると闘技場内を一周するようだ。目の前にそれが来ると、老いも若きも総立ちになり、つぶてを投げる。どこからあんなものを、と私が茫然と口にすると、闘技場内へ入る際に希望する者全員に配られるんだ。このときのために、と、シグルド様は丁寧に解説した。

 やみくもに投げられるようでいて、あれだけの投石をされればそれなりの数が命中する。
 引き回される彼らの全身に、容赦のない罵詈雑言と無数ともいえる礫が襲い掛かる。

 二人の鎖をとる執行人たちは、全身を金属製の武具に包み、頭部は特に円筒形の筒のような兜をかぶっていて、目だけを出している。ずいぶんとものものしい扮装だなと思っていたのだけれど、このためだったようだ。彼らにも当然ちょくちょく礫が当たるが痛くも痒くもないらしい。倒れこみそうになる二人を相変わらず乱暴に立たせ、群衆の方へと押しやる。

 胸にも腹にも、あんなに鎖で雁字搦めにされているようなのに、狙いすましたように鎖のかかっていないところに礫が当たり、その度に衝撃と恐らくは痛みで二人は腰を折り、またはからだを反らせる。額が割れ、口元が切れて、たちまち鈍色に覆われていた二人は鮮やかな流血に彩られてゆく。

 気を失いかけたのだろうか。崩れ落ちるようにへたり込んだキアーラの横面を、執行人が蹴り上げた。
わっと聴衆がはやし立て、彼女が立ち上がると、また礫の雨が再開する。

 早く終わって。
 もう十分。

 そう大声を上げたくなる。
 固唾をのむ、という表現があるけれど、飲み込む唾もない。口の中はカラカラだ。
 のろのろと自分の喉元に手をやると、すぐさま傍らから果実水が差し出された。
 礼も言わずに杯を受け取り、ごくごくと飲み干す。

 口を拭いつつ多少我に返って四人を見渡せば、いつの間にか葡萄酒を運ばせていたらしい。全員、ゆったりと杯を傾けている。

 くつろいでいるのか。
 それとも、酒でも飲まないとやっていられないのか。

 言葉を失っていると、レオン様は空になった杯を握りしめる私の指をそっとほどかせ、かわりに自分の指を絡ませた。

 「リーヴァ」

 きゅ、と指で指を握られた。
 私は黙ってそっと握り返す。
 
 何も言わない。レオン様の指を通して、言葉では言い尽くせぬ思いが、私の中に流れ込んでくるようだ。大丈夫か、とも、退席するか、とも言わない。私の衝撃はわかっているのだろうに、慰めの言葉も何も。触れ合った指の温かさ、言葉より雄弁な金色の瞳。それだけで、私はなんとか気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。

 ──ようやく一周を終えて処刑台が再び据えられると、いよいよ二人の首に輪にした荒縄がかけられる。気のせいでなければ、二人とも進んで首を差し出したように見える。
 
 当然だろう。早く楽になりたいと。もう殺してほしいととっくに思っていただろう。

 やっと終わる。そう思った私の心のうちを読んだように、

 「まだ終わらない」

 指の腹で私の指を撫でながら、瞠目する私にレオン様は言った。

 
 ……縄が引かれ、彼らが吊り上げられるたびに歓声が高まる。しばらく暴れさせ、また下ろされる。
 既に鎖は解かれ、四肢は自由にされていたが、このためだったのか。宙づりにされた二人は苦悶の表情を浮かべ、顎下の縄に手をかける。まだこれだけの余力が残っていたのか、と驚くほどの力強さで、宙に浮く全身をばたつかせる。荒縄がキリキリと回り、また元に戻る。早く楽になりたいのだろうに、本能的な仕草なのか。「生きたい」というより、苦痛から逃れるためだけの。

 それを、二人交互に繰り返される。同時にしないことで、恐怖心を煽るためなのだろうか。またはこの世にも残虐な見世物を長引かせるためか。
 
 「……本来は読み上げられた罪状の数だけ、ということになっているのだが」

 ユリアスは淡々と言った。
 何でもないことのように。
 その静けさがかえって恐ろしくて、思わず大きくからだごとユリアスの方を向き直ると、彼の暗緑色の瞳は声と同様、静かに凪いでいて、私はたたらを踏んだ格好だ。

 「聴衆の熱狂に応じて彼らが適当に回数を変える。おおむねは増やす。それが民の望みだから」
 「な、ん、て……」

 残虐な。

 私の声は、わっとひと際大きくなった聴衆の歓声にかき消された。

 反射的にまた前方へ目をやると、ついに小柄なほうが……キアーラが吊るされ、抵抗する力を失い、絶命したようだった。定規で書いた直線のようにぴんと張った荒縄の先端で、魂を失ってただの肉塊と化した物体が回りながら振り子のように左右に揺れている。
 やがて、ギルド長も同じく絶命した。

 吊るされた二人を乗せた処刑台が、再び動き始めた。

 早速運び出すのかと思っていると、私たちのほうへ向かってくる。
 
 ゆらゆら、ゆらゆら。

 大小の振り子を揺らめかせながら、どんどん私の目の前にそれは近づいてくる。

 「なに、これ、レオン様……」
 「リーヴァ」

 驚愕して口ごもる私の名を、レオン様は一度だけ呼んだ。
 指でつながった手をそのまま引かれ、わけもわからず私は立たされる。

 レオン様、オルギール、シグルド様、ユリアス。
 全員が私を中心に身を寄せ合うようにして立ち、貴賓席の真下まで来た物体を見下ろす。

 兜をとった執行人たちが丁重に膝をつき、肩に手を当てて礼をとる。
 また現れたさきほどの文官が、私たちへの一礼ののちに、またも芝居がかった仕草で両手を振り上げ、「ここに正義が果たされた!」と得々として宣言した。

 なにこれ。
 検分しろと?
 悪趣味過ぎる。

 絶句して立ち尽くす私の傍らで、レオン様が片手を上げ、大きく頷いた。

 「グラディウス万歳!!」

 途端に、爆発したような歓声が沸き起こる。
 
 「グラディウス!グラディウス!」
 「グラディウス、永遠なれ!!」
 
 グラディウスの名を称える。悲鳴にも絶叫にも聞こえるほど熱烈に。
 新興宗教みたいだ、と、他人事のようにぼんやりと考えた。

 「リーヴァ、手を」
 「……え?」

 精神的に打ちのめされた私を鞭打つような、拒否を許さない静かな声。
 混乱したまま、ぼんやりとしていると、レオン様はつないだ手を高々と持ち上げ、もう一度頷きかける。

 「姫将軍!!」
 
 誰かが、絶叫した。
 
 「トゥーラ姫、万歳!」
 「姫将軍に忠誠を!!」

 貴賓席の近くから上がる声が、瞬く間に場内へ伝播し、一周して、やがて地をも揺るがすような鯨波となって押し寄せる。

 トゥーラ!トゥーラ!と謳うように群衆が声をあわせ、私めがけて喝采を送る。
 さっきまで罪人たちに悪罵の限りを尽くした同じ口で、私を称える。
 半死半生の二人に礫を投げつけた同じ手を振り上げ、拳を突き上げ、私への忠誠を誓う。

 「こんな、こと。私は……」

 望まない、という言葉は、喉が干からびたようになっていて発することはできなかった。

 空いたほうの手を、誰かがそっと握る。そして、残酷にもレオン様同様、それを高く持ち上げる。
 また、歓声が大きくなる。

 「シグルド様……」
 「姫。俺たちがいる。あなたを守るからこらえてほしい」

 水色の瞳も声も優しくて。けれどそれとは正反対に掲げた手は下ろしてくれなくて。
 なんだか泣きそうになって後ろを向こうとしたら、後方から手が伸びて、それを止められる。
 オルギールの手が腰にまわされ、ふらつく私を支える。
 ユリアスの手が伸びて、後ろからオルギールの手と交差するように、やはり腰を抱えられる。

 怖い。
 恐ろしい。
 無力なはずの民が怖い。
 彼らの忠誠が。彼らの残酷さが。
 
 「……リーヴァ。俺がいるといったろう?俺たちが傍に」
 「姫。命ある限り、あなたの傍に」
 
 左右からとられた手に、レオン様とシグルド様がくちづけを落とす。
 群衆が沸く。最高潮に達したようだ。

 「リヴェア。俺もずっと傍に。俺が盾になるから」
 「リア、離れませんから。……今生も、来世も、ずっと」

 囁きかける四人の声が、群衆の歓呼に耐え切れず、割れそうになる私の脳を癒すように沁み込んでゆく。

 ……立ち尽くしたまま、両手を掲げられ、腰を支えられながら、頭のどこかで私は悟る。
 レオン様もオルギールも。今日私が同席すると決めたとき、奇妙な態度をとったわけを。
 
 そして。

 ……夫になるひとが一人じゃなくてよかった、と初めて思ったのだ。

 私を支えてくれるひとが、一人じゃなくてよかった。
 前後左右、どちらを向いても私を支えてくれるひとがいる。
 なんて幸せなんだろう。なんて心強いんだろう。
 一人じゃ足りない。
 支配者になることがこんなに恐ろしいことだなんて。
 姫将軍として、公爵夫人として生きてゆく私の不安を和らげるには、とても一人では足りない。 
 「夫たち」がいてくれて嬉しい。こんなにも、涙が出るほど嬉しい。安心できる。身を任せられる。

 全員に、愛されたい。私も、愛したい。

 いつまでも止む気配のない歓声を聞きながら。
 民の声に震え、慄く心を慰撫してくれるのはこのひとたちなのだと。

 納得、でも理解、でもなく。
 本能で「複数の夫」を受け入れた瞬間だった。

 
 ******


 ……その夜、あの日以来初めて、私とレオン様の寝所に彼らを招き入れた。

 言葉もなく、始まりは視線を絡ませて、それからくちづけを交わしあう。

 レオン様、オルギール、シグルド様、ユリアス。

 やがて陶然と目を閉じた私は、着衣を取り去られ、柔らかく寝台の中心に横たえられた。
 
 全員の手が、舌が、体じゅうを丹念になぞる。
 息をつく暇もなく降ってくるくちづけ。飲み込まされる唾液の味。耳朶を舐め、大きく息を吸い込む音。きっとレオン様。
 左右の胸が柔らかく揉みしだかれ、先端を吸い上げられる。リヴェア、と恍惚と呟く声がする。ユリアスだろうか。
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 顔に、胸に、手に、下肢に。繰り返し白濁を浴びたのち、彼ら自身を受け入れる。
 代わる代わる私を貫き、果てては交代してゆく。やがて、私みずから、前も後ろも口も手も、胸の挟間も全て差し出して、彼ら自身を迎え入れる。
 
 ……ひとりでは足りないから。
 ……全員、私の夫なのだから。 
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