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【キアラ編】魔女の呪いを受けた少女

酒乱令嬢ヨルダ=ヒュージモーデン(in藤本要)

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 姉妹喧嘩した翌日。
 案の定ヨルダは呼び出された。
 義母であるギーボ=ヒュージモーデンに虐められたと泣きついたヒルダによって責任の追求を求められていた。

「あなた、ヒルダちゃんをいじめたそうね?」
「はい? なぜわたくしがそんなことをする必要があるのでしょう」

 偽ヨルダの藤本要は周囲の見様見真似でお嬢様口調を真似た。
 とは言っても口調だけだ。
 態度はまるで人の話を聞いてるようには思えず。
 ガニ股で、耳に小指を入れてほじくっている。
 挙げ句の果てに、その指をギーボに向けて吹きかける始末だ。
 「証拠はあんのか?」そんな感情がヨルダの態度から如実に現れている。

「えぐっ ひっく、お姉様が……わたくしのお気に入りのドレスを、無理やり燃やして」
「と言う話よ?」
「そのような事実はございませんわ。きっと夢でも見ていたのでしょう。そもそもわたくしとヒルダでは魔力量に開きがあります。わたくしが何かする前に、あの子はそれを握りつぶすことだってできるんです。なぜそんなに力の開きがあるのに、わたくしに非があるとおっしゃられるのでしょうか?」
「それは確かにそうね。ヒルダちゃん、本当にこんな真似をヨルダがして見せたの? 我が家の落ちこぼれが? あり得ないわ」
「そんな、お母様! わたくしのお話を信じていただけないのですか!」

 今までとっていた優位性が突如崩れ去ったかのような態度をとるヒルダ。
 全ての裏取りを終えたヨルダにとって、これくらいの言いくるめはお茶の子さいさいである。

「きっと嫌な夢でも見たのでしょうね。ヒルダ、あまりわがままを言ってお母様を困らせてはダメよ?」
「ほんっとうに許さないわよ、あなた!」

 なりふり構わず掴みかかろうとするヒルダに対し、ヨルダは重力魔法を仕掛けて全ての人間をその場に縫い付けた。

「あら、言いがかりはよして下さる? わたくし長旅で疲れていますの。またね、ヒルダ。お母様もあまりヒルダを甘やかしてはダメですよ?」

 そう言って、ヨルダは背後で呼び止める声も聞かず、ゆっくりとその場を去った。
 誰しもが空いた口が塞がらない顔をする。
 なにせ家出する前とした後で別人のような振る舞いであるからだ。

 そして誰もが実感する、その膨大なる魔力量。
 今までは為りを潜めていたのがここに来て増大したように錯覚する。

 無論、別人であるので何ら間違っていない。
 藤本要は姿こそ変われど英雄。
 五つの属性魔法を最上級まで修め、さらに重力と時空魔法を中級まで修めている。

 ほんの少し飲兵衛で、アルコール依存症で、酒のつまみにこだわりがある35歳未婚女性なだけだ。
 そんなだから嫁に行く当てがなく、飲み仲間である本宝治洋一とダラダラセカンドライフを続けていた。

 当人曰く、姉らしい。
 もちろん自称だ。
 弟(洋一)が放って置けないという体で、自分のことを棚上げしているのである。

 結婚できないのではなく、しないだけ。
 彼女の中ではそう言うことになっている。

 側が14歳になろうが、それは変わらない。
 ちょっと金髪になったところで、培った反骨精神は潰えないのであった。

「しかし、困った。この部屋なんもねーじゃん」

 ヨルダは自室に戻るなり、豪華なだけで何も入ってないドレッサーや宝石箱を眺めながら首を傾げる。
 なぜ真っ先にそれを確認したのかと思えば、それは売っぱら……軍資金が必要だからだ。
 何をするにも金がいる。

「やっぱあいつがパクってったんだな。ちくしょう……って、あ! そうだよ、そうじゃん! あの手があった!」

 突如何かを思い出し、部屋を出るヨルダ。
 昨晩妹から襲撃をかけられた。
 つまりはかけても問題ないのである。
 やられたらやり返す、10倍返しだ!

「妹よ! お姉ちゃんが遊びに来たぞ!」

 ガンッ!

 施錠されてる扉が乱暴に開けられた。
 格好を見るに、蹴破った形だ。
 さっきの今で、実力差を見せつけてからの襲撃である。

「きゃーーーー!」

 心の傷を癒すためにメイドに頼んでアロマリラックスをしていたヒルダが、突然の闖入者に大声をあげる。
 今もっとも顔を見たくない人物の顔であるなら尚更だ。

「お嬢様、お下がりください!」
「ヨルダ様、今お嬢様は療養中にございます! ご用なら後になさってくださいまし」
「あ、いいよいいよそのままで。別にヒルダには直接用はないから」
「はい? 何をおっしゃって……」

 動揺するメイド達をわき目にヨルダはズカズカと室内に入り込むなり、部屋を物色した。
 昨晩は送り届けるだけで一杯一杯だったから、あまり見て回る余裕がなかったのだ。

「おー、いいもんいっぱい持ってるじゃん。これとー、これ。お、これもいいな。後これ」

 宝石箱を容れ物ごとポケットに入れ、ドレッサーの中にある売れそうなドレスを片っ端から持って行った。
 その中にはもともとヨルダの持ち物があったりするが、残念ながらそれがどれかなど偽ヨルダである要にはわかるわけもない。

 なので手当たり次第に持って行こうと決めていた。
 根こそぎである。
 ほんの少しの良心で部屋着と外出用のドレスは一着づつ残している。
 それだけあれば十分だろという気持ちだ。

 なお、ヨルダの自室にはなんの慈悲もかけられずに何一つ残されていなかった。
 それと比べたら優しいものだ。
 そういう考えである。

「邪魔したな! さらばだ、妹よ!」

 部屋主の非難の声には一切耳を傾けず、来た時と同様に窓を粉砕して出て行くヨルダ。
 なんて非常識な存在なのか。ヒルダは開いた口が塞がらず、メイド達も寒空の下で吹き曝しの室内に残され困り果てた。

「一見派手な逃走劇だが、派手でなんぼ! 今までのヨルダがどうだったか知らん! 今はオレがヨルダだ! わーははははは!」

 そのまま街に走っていって、闇市で売り捌く腹づもりである。
 多くの目撃例があり、後で追及を受けることは火を見るより明らか。
 しかし目の前に餌がぶら下がったヨルダが止まることはない。

 ドレスは新しいのを買ったから必要なくなったというわがまま令嬢さながらさの横暴さで売り捌く。
 宝石の方はそのまま売れば足がつきそうなので、少し加工してから捌いた。
 この女、悪の道をあまりにも熟知しすぎている。
 もう何も怖いものなどないのだろう。

「うほー、結構儲かった。こんだけあればあれもこれもできんな。さて、何から始めるか……ん?」

 ホクホク顔で闇市からでれば、当然ガラの悪い男に絡まれる。
 なにせここは王国の裏の顔。
 身綺麗お嬢様が出歩いていい場所ではないのだ。

「よう、待ちなお嬢ちゃん。ここを通るには通行料がかかるぜ?」
「そうだな、そこの重そうな皮袋を置いてけば通してやるよ」

 先ほど手に入れた軍資金を指差し、ごろつきはニヤついた。
 しかしヨルダは、にっこりと笑う。

「臭い息で話しかけないでくださる?」

 すっかりと滲んだお嬢様言葉での挑発。
 当然ごろつき達は怒り心頭。

「少し痛い目を見なきゃわかんないようだな! オラッ!」

 ナイフを抜き去り、ごろつきがヨルダへとが踊りかかる。

「いやですわ。そんなもので魔法使いを相手にできると思っているのかしら?」
「ほざけ! 魔法の詠唱前に叩きゃ、お前らなんてカモなんだよ!」
「そのお言葉、辞世の句でよろしくて?」

 突如男の体が硬直する。
 重力魔法だ。体が鉛のように重くなり、指先一つも動かせなくなる。
 声を発することもできない。ナイフ男は自分の身に何が起きたか理解できずに無力化された。

「テメェ、何しやがった!」

 もう一人の男が威圧するように吠える。

「何も。あの方が勝手にお具合を悪くしたんじゃありませんの? どうせ、道端で拾ったものでも食べていたんでしょう」

 嘲笑うようにくすくすと笑う。気分はすっかり悪役令嬢だ。
 なんだかんだ役に凝るタイプである。

「これはお返しするわね」

 切り掛かった男の指からナイフを奪い去り、ダーツ投げの要領でもう一人の男に返した。
 手元に風魔法の発動。
 女の細腕で投げたとは思えない速度のナイフが男の耳を浅く切り裂き、通りの石壁に突き刺さる。
 ナイフの中心は熱がこもり、石壁にはヒビが入っている。
 とても人間の膂力で放てる威力ではない。
 これなら魔獣もイチコロだろう。

「ヒ、ヒィ!」
「次声かける時は、相手の力量を測ってから集ることね」

 少し注目を集めたか?
 ヨルダはそう思いつつもごろつきが溜まり場にしてそうな酒場に乗り込んだ。

「たのもー!」

 ガンッ!
 スイングドアが強烈に外側から蹴り付けられ、金具が外れかかったドアから可憐な少女が身を乗り出す。

 この場に似つかわない風貌だが、どこか威風堂々と肩で風を切り、バーのカウンターに腰掛けた。
 貫禄ある佇まいすら残し、バーテンダーへと声をかける。

「親父、この場にいる全員に極上の一杯を」

 ドサッ。
 目の前には先ほど売り捌いた宝石やらドレスやらの軍資金を置く。
 金ならある、そう言うアピールだ。
 酒場のバーテンダーはその中から金貨を10枚抜き取り「金払いのいい客は大歓迎だ」とヨルダを迎え入れた。

「お前ら。この小さなお嬢ちゃんからのおごりだ! 高いボトルを味わってくれ!」
「ウォーーー!」
「嬢ちゃん、気前がいいな?」
「今日は誕生日か何かか?」
「毎日奢ってくれ、うはは」
「今日は宴だ!」

 昼間から飲んだくれてる相手に話しかけるのは、先制奢るに限る。
 自分がそれをされたら、何でもかんでも教える自信があるからだ。

「ここの名物、またはつまめるものを彼らに」
「随分とチップを弾むな。無償の提供ほど気持ち悪いもんはない。何が目的だ?」

 訝しむバーテンダーに、ヨルダはニッと犬歯を剥き出しにして微笑む。

「酒だ。それとつまみ」
「それは今用意してるだろ?」
「違う違う。この風土に限るものじゃない。世界中の、他国の美味い酒の情報を求めてる」
「世界中の?」
「ここは世界中から金を稼ぎに人が集まってきてるだろ? だったら、情報を買うにはここしかないと思った。オレにはワインをくれ。付け合わせにチーズもあれば最高だ」
「随分とマセてるガキだな」
「酒の旨さに目覚めるのに若いも歳食ってるもないだろ?」
「違いない。それにあんたは酒飲みの欲しいもんをわかってる。お前ら、自分の故郷の自慢の酒の情報をこのお嬢さんはお求めだ。おかわりが欲しけりゃアピールするんだな」
「お、そう言うことなら!」

 顔を赤くしながらも、まだ意識がはっきりしている顔に傷がある男がヨルダの隣に座った。
 それなりに風格のある男だ。
 子供が見たら泣き叫ぶほどの生傷が絶えないが、ヨルダは動じずにワインを嗜む。
 傷の男はこのガキはただものじゃないと一瞬で悟った。

「俺の生まれは北方で……」
「へぇ、じゃあワインなんかが名産品なのか?」

 寒い地域にあるというだけで特産品をあてて見せるヨルダに、驚きつつもこれは話がわかるタイプだと話を続ける。

「そうだな、ワインもうまいが、発泡させたスパークリングワインが領主御用達で有名だ」
「スパークリングワインがあんのか!?」

 思わず飛びつくヨルダ。
 今飲んでるワインもそうだが、白も赤も渋みが抜けきれてない。
 製法に問題があるのは確かだが、単純に移動距離が長すぎるのも問題だろう。
 魔法が発展した国であろうと、移動手段はそうそう変わるまい。
 周囲の魔法を見てそう判断するヨルダであった。

 癖の強いチーズで流し込んで料理も嗜むのがここの楽しみ方である。
 現代のアルコールをあらかた飲んできた偽ヨルダには物足りなかったのだ。

 そしてわざわざ発泡させたワインがあると聞いて目の色を変えた。
 輸送の問題こそあるが、どんなものであれど口にしたいという喜びが勝る。
 そして、今ここで味方につければいくらでも融通ができるだろうという裏もあった。

「持ってきてくれ、これで頼む」

 皮袋から金貨が3転がり出る。

「おいおい、これじゃ関税で半分は取られちまう」

 傷の男は酒は特に税金が高くかけられてると吹っかけた。
 地元に戻るだけで二ヶ月はかかる。
 そして馬車での移動の代金も合わせればほとんどが吹っ飛ぶ。
 旅代だけでだ。

「何言ってんだ? これは前金だ。移動にだって金がかかる。酒税が高いってのは今初めて知ったが成功報酬はさらに3枚。どうだ?」
「乗った! こんなうまい話はないな。わっははは、あんた名は?」
「聞かないほうがいいぜ? お前らが大嫌いなお貴族様だ」

 酒場に入った時の話題のほとんどは貴族への恨みつらみだった。
 そんな場所に身綺麗な貴族が乗り込めば、誰しもが注目する。悪い意味でも。
 だから名を明かすつもりはないと言い切るヨルダに対し、傷の男は自分の感想を述べる。

「あんたは俺の知ってる貴族とだいぶ違うようだが?」

 貴族は平民に依頼する時、基本報酬を支払わない。
 だからこそ嫌われているし、反感を買っている。
 誰もが貴族からの依頼を受け取らない所以だ。

 だが、ヨルダは情報を収集するために酒場の全員におごり、全員の警戒を解いた。
 食事や酒に合うつまみで興味を持たせ。前金の他に成功報酬まで支払うと言ってのけた。
 平民の心理をわかってる。
 ただ金を払うだけじゃない、信用をするに値する人間だと傷の男は直感していた。

「いろいろ居んだよ、貴族にも。あの場所が嫌いで嫌いで仕方なくて、いっちょおさらばする前に一花咲かせようと企んでる。でもその前に酒も堪能しとこうと思ってさ」
「いい趣味してるわ」
「よく言われる」
「今日という出会いに乾杯」
「歯の浮くセリフは落とせる女に使いな、色男」

 カチン……ワイングラスが空中で打ち鳴らされる。
 ヨルダと傷の男はお互いの顔を見ずにワインに口をつけた。

 そのあと二日酔いでワインボトルを抱えて路地裏で発見された哀れな公爵令嬢の姿が見つかったとかなんとか。
 恐ろしいことにその日に稼いだ金は全て使い切っていた。
 大散財である。
 
 この日を境にヨルダの浪費癖が加速し、家督を継ぐ前にヒュージモーデン家が財政破綻することを家族たちはまだ知る由もない。
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