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【シータ編】派閥争いに負けた聖女

新しい村人

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「新しい人が来る、ですか? この前やってきた商人関係の? え、それとはまた違う? はぁ……」

 突然村長ギルバートに呼び出された洋一は、今度新しく村に人が来るから歓迎の準備をして欲しいと話を受けていた。

 歓迎と言っても、春が明けてすぐのことである。
 冬の間にほとんどの備蓄は食べ尽くしてしまった。
 挽いた麦こそあるが、コッコの廃棄肉や鶏卵だけで歓迎会をするとなると、ずいぶんと小規模な宴になってしまうと告げた。

 ここに村の野菜なんかがあれば、ピザパーティでも実演するんだが、そういうのはすぐには出来そうもない。
 なんせ急な話だ。
 もっと早く伝えてくれたら、まだ準備はできたかもしれないのに。
 ギルバートも急に話が来て困っている感じだったので、洋一はそれ以上追求するのをやめた。

「最悪スープだけでも歓迎するよ。どうだろう?」
「恩義あるギルバートさんの頼みとあらばやぶさかではありません。出来るだけ盛大になるように努力しますよ。それはそうと畑の再開はいつ頃になりそうですか? 種などは取ってありますが、ウチだけ始めてしまうのもアレですし、こういうのは皆に倣って始めようと思いまして」

 新参が先達を追い越してはまずいだろうと先に確認を取る洋一。

「ヨルダちゃんが急かしているのかい?」
「厳密には、キアラの方ですね。パンの仕事が始まるまでは畑が主戦場ですので。ルディはもう厩舎に向かってますし、ヨルダは鍬などの農具のチェックなどで家にいないもんですから、暇を持て余してるのです」

 姉弟子たちが忙しくしてるのに、自分だけ手持ち無沙汰というのに納得がいってないのだろう。
 同年代にしてみたらしっかりしているが、それをここで言われてもなって感じだ。
 ここにいる限り、タダで飯が食える生活とはおさらばしてるのもある。

「そうだったか。小さいのにえらいね」
「ここでは年齢に関係せず、働かないと食事も得られませんからね。そう教えてますし、これから来る人にもそう接します」
「それで良い。ワシらとしても、特定の相手だけ優遇する真似も余裕もない」
「年貢の問題でしょうか?」
「ワシらにこれといったノルマなんぞないぞい? 通りがかりに強奪していく王国騎士団が居るくらいだ。あの方々にとっては、ワシらは畑の世話人くらいの感覚なのでしょう。国の畑を世話してる世話人。収穫物は全て国のもの。だから好きなだけ持っていく。ワシらが食っていけなくなっても、まるで気にしておらん」
「え、そうだったんですか?」
「言ってなかったかね?」

 初耳だ、と洋一は声を上げた。
 しかし同時に腑に落ちる。
 騎士団が根こそぎ収穫物を奪っていったという話は聞いていた。
 そして魔の森に近いこともあり、肥沃な土地であることも理解している。

 最初こそはすぐに収穫できるから、なんの問題もないと理解したが、そういうことではない。
 洋一は野菜を一から育てたことがないので、これが普通だとは思ってはいないが、確かに収穫までの時期は早く感じた。

 しかしそれは、きちんと世話をしたからだ。
 あれだけ手間暇をかけて作り上げた野菜や麦。
 それを根こそぎ奪っていかれたら、そのやるせなさときたら想像もできない。

 何せ自分たちの小さな畑ですら満足しているのだ。
 最初からそう言い聞かされたとしたって、納得はいかないと思う。
 話を聞いているだけだが、本格的に国と関わり合いになりたくないと感じる洋一だった。

「と、いうわけで。この村に新しい住人が来るそうだ。みんな、仲良くするように」
「どんな人?」
「詳しくはわからないんだ。ギルバートさんも詳しく聞いてないようでな。どうもこの村は成り立ちからしてよろしくないみたいだ。国にとって仇なす存在の行き着く場所、流刑地とでもいうのかな? 今度来る人もそういう類の人でね。仲良くできると良いが」
「ああ、やっぱり。ここはそういう村なんですね」

 ルディは妙に納得した心地で頷いた。

「お前、知ってたのか?」
「正確にはわからないよ。けどさ、前の村と明らかに雰囲気がおかしくなかった?」
「雰囲気ってーと?」
「村の人を守るための防衛設備があまりにもなさすぎた。まるでここで野垂れ死ぬのも目的の一つなんじゃないかとさえ思えた。自分で畑をやってみればわかっただろうけど、それを根こそぎ持っていかれても反論の声は一切上がらなかった。変だと思ったんだよ」
「つまり?」

 まだわかんないの? と言いたげな顔で、ルディは残酷な現実を話す。

「ここでは、村人に自由はないんだ。上からの命令に従い、死を待つだけの村。定員になるまでに人は長生きできず、闊歩するモンスターも魔の森から出てきた超強いやつばかりってことさ。自ら手は下さずとも、僕たちに死ねっていってるんだよ」
「ひでぇな」
「まったくだ。俺も胸糞が悪くなってきてる。だからこそ、みんなでそういう人にも優しくしていきたい。異論はあるか?」

 キアラが小さく挙手をした。

「どうした、キアラ」
「その人が、村の人に暴力を振るってきた場合も、優しくしたほうがいいの?」
「そうだなぁ。流石にこちらにも選ぶ権利がある。キアラが嫌だと思ったら、ちゃんと声を上げなさい。それでも多数決で決まったら、嫌わない努力をしてみたらどうだろう? 案外ぶっきらぼうで人に優しくするのを知らないで育ってきた人かもしれないしね」
「そっか。第一印象だけで決めちゃダメだよね」
「そうだな。他ならぬキアラが同じ目にあったらどうする?」
「嫌だ」

 髪の色をこの村では気にする人はいない。
 けど、新しく来る人はそうじゃないかもしれない。
 自衛手段も教えたほうがいいかもしれないと洋一は考え込む。

「だったら、キアラから打ち解けてやりなさい。騎士の人たちも、きっとまだこの村の素晴らしさを理解できてないだけさ」
「この村の素晴らしさってーと?」
「ご飯がうまい。あとは、ロバートさんやキアラが一生懸命に作ったパン、ロウドさんとルディの育てたコッコの卵なんか世界に誇れると思ってる。当然、農業や暮らしを支える大魔法使いヨルダの活躍も忘れてはならないだろう。つまりは、自分たちを誇れということだな」
「そんなんでいいんなら、任せてよ」
「うん、いっぱいこの村のいいところをアピールしなきゃ」
「キアラも、いっぱいアピールする!」
「よーし、そのためにも作戦会議だ。少ない素材で歓迎会をやらなきゃいけないからな。みんなで美味しい料理を振る舞ってやろうじゃないか」

 そういって聞かせてやれば、弟子たちも素直に頷いた。
 そして洋一はこうも思う。

 流刑地だのなんだのは、周りが勝手にいってることだ。
 だったらその場所を、自分たちからみて楽園に思えるくらいに作り変えてやれば、こんなものを作った相手を見返してやれるんじゃないか?
 そんな気がした。
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