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【藤本要編】偽物令嬢ヨルダ=ヒュージモーデン

雇用関係

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「ちょっと、本気ですのヨルダ様、そいつを雇うなんて!」

 カクティは不服げに、ヨルダに向かって不満を漏らした。

「上手く扱えば相手を撹乱する手にもなります。狙った貴族と一緒に行動させるとはそういうことです」

 ヨルダは笑顔でそんなことを言って聞かせるが、カクティは不安でいっぱいだった。
 なにせ新しく立ち上げた商会の、従業員にするという話である。

 それは問題児を新たに抱えてのスタートだ。
 ただでさえ学生が立ち上げた出資金ゼロの商会。
 今は信用が何よりも大事なのに、厄介ごとの種でしかない獣人を雇うと聞いてカクティは卒倒しそうだった。

 それも王族の命を狙った相手だ。
 襲われた方からの心象はとても悪いだろう。

「大丈夫ですって。全て私にお任せください。悪いようには致しませんわ」






 ザプン、ゴポゴポゴパガパパパ……ザバァー

「ゲホッ、ゴホッ、ガハッ、ペッペッ!」
「お聞きなさい。あなた、うちの商会で働く気はありませんこと? 今なら三食もついてお昼寝付きですわよ?」

 水を張った浴槽から引き上げながらヨルダは問いかける。
 暗殺者は溺れかけながらも、首根っこを引っ掴んでこんな強行に及んだ主犯を睨め付けた。

「まぁ、怖い。起こして差し上げたのに、そんなに怖い顔なさらないで?」

 どの口がそんなことを言うのだ?
 やってることは尋問より酷い。
 実際に暗殺者の少年も尋問されてる気分だろう。
 カクティはそれを笑顔で出来るヨルダが怖くて仕方がなかった。

「ふざけるな! 我々を物のように扱うお前らが僕は大っ嫌いだ!」
「物のようになんて扱ってませんことよ?」
「じゃあ! 今のこの状況はなんだ! 手足は縛られ、自由も利かない。それで面接だと!? ふざけるのも大概にしろ!」

 暗殺者の言ってることは正しい。
 カクティでさえそう思う。
 しかし一つだけ訂正させていただくならば、別に手足は縛っていないことくらいか。

「別に手足は縛っておりませんことよ? 制御を奪っているだけですの。なにせあなたは王族襲撃者。貴族としてそれは見過ごせません。目に見える罰を与えねばならないでしょう? また襲い掛かられてはたまりませんもの。言うことを聞いてくれたら自由にして差し上げても宜しくてよ?」

 横暴だ! 暗殺者の少年は訴えかけるも少年の意のままに動く手足はもうない。
 ヒューマンの手品師マジシャンを相手にするという恐ろしさを身をもって体験し、涙した。

「あらー、泣いちゃいました。泣かせる気はありませんでしたのに」

 どの口がそんなことを言うのだパート2。

「泣いても仕方がないことをなさってますよ?」
「本当? これがごろつきを手っ取り早く懐柔する手管でしてよ?」
「いつもの振る舞いのままやられることはないです」
「仕方がないでしょう? ここは学園ですもの。学舎で魔法を詠唱するのは御法度でしてよ?」

 実際、詠唱しなけりゃ何してもいいと思ってさえいるヨルダ。
 現に暗殺者の手足の自由を奪っているのは魔法だ。
 先ほど床に縫い付けたのも魔法である。
 ただし、詠唱はしてないのでなんらかのトリックがあるのだろうとその場にいた全員を納得させるほどの凄みがあった。

「あの、流石に要人暗殺の際に対しては許されますからね?」
「あら、そうなの? カクティ様の飴細工魔法でも許されますのね」
「もう、あれでも獣避けにはなるんですよ!」
「でもこの子には効きませんでしたよ?」

 カクティ曰く、獣が嫌う匂いが巡らされてるのだそうだ。
 人の意思が混ざり込んだ獣人に対しての効果はご覧の有り様である。

「それにしても耳と尻尾が生えてるだけで体つきはそう変わりませんのね?」

 ヨルダが暗殺者の動かなくなった右手を引きずり上げながら肉付きをジロジロ見やる。
 男の体など見慣れているが、骨格から何から何まで人間のそれと変わらない。

「それはそうでしょう。彼らは人に化けているだけのモンスターが発祥です。最初は龍として君臨していたのですが、物好きな龍が人以外と交じって様々な動物の因子を取り込んで行姫、出来たのが彼らです。そのせいで血が薄まりすぎて、龍の因子を持つものは生まれなくなったと聞きますわ」
「あら、博識ですわね?」
「商売上、相手が獣人でも取引相手。私たちヒューマンにとっては目の敵ではありますが、こと商売においてはそんなルールは関係ありませんの」

 実に商人らしい考え方だ。その考えはどうせ父親によるものだろう。
 一度会って話をしたヨルダだが、あれは傑物だ。
 権力に対して屈する姿勢こそ見せるが、それは貴族を相手に下手なことをすれば商会が危うくなるからだろう。
 会頭としては間違ってない選択ではあるが、その及び腰だけは商人としてはいただけないなと思っている。

「あまりジロジロ見るな! 僕はお前らの思う通りにはならんぞ!」
「声まで可愛いですわ」
「笑うな!」

 暗殺者にとってはヨルダの一挙手一投足全てが憎いと噛み付いているが、それは正論であった。
 だが、暗殺者への対応としては随分と生やさしい。
 王族を狙ったら死刑はこの国のルールである。

「さて、行きますわよ。当分はこれをつけてお過ごしなさい」

 隷属の首輪と呼ばれる物のレプリカだ。
 姿形はそっくりなので、傍目にはうまいこと手懐けたように見えるだろう。
 これで王族の溜飲を少しでも下げてれば御の字である。
 快く思わないものは数名いるだろうが、一応王族への義理は果たせた形だ。

「お前、これは! やめろ! 仲間からあいつはしくじったんだって目で見られるだろ!」
「実際しくじったのでしょう? 仲間に嫌われたくなかったら、白昼堂々の凶行はおやめになさったら?」

 昼間っから酒をかっくらってたヨルダにだけは言われたくないだろう。
 こうして暗殺者の首には、真っ赤なチョーカーがつけられた。
 犬耳のついた少年に首輪をつける。
 なんと背徳的な行為なのだろう。ヨルダだけニコニコである。
 
「聞いてた話と違う、手品師マジシャンは詠唱さえさせなきゃただのカモだって!」
「あら、それはごめんなさい。世の中には詠唱せずとも魔法が使えるヒューマンがいるのですわ」
「そうそう聞きませんけどね? 王宮魔導士長や陛下などは符術の使い手だとは聞きますが」
「あら、オメガ様は使って見せたのではなくて?」
「ヨルダ様も使ってるんですのよねー」

 カクティが疑わしいと言う視線でヨルダを見つめる。

「この話、もうやめません?」
「そうですね、不毛です」

 問い詰めてもいつもしらばっくれるヨルダには、言うだけ無駄と開き直ったカクティであった。

「おい、まだ僕の話は終わってないぞ!」
「あら、あなたに決定権があるとお思いで?」
「従業員にならないかって誘ったくせして!?」

 誘いに乗るとは言ってないが、理不尽だと言っては泣き喚く暗殺者である。

「あんまりうるさくすると、お口チャックしますわよ?」

 それは声を一切出せなくすると言う意味だったが、言ってる意味が伝わらず、二人は頭を抱えるのだった。

「まぁいいですわ。私の質問にはイエスの場合はワン、ノーの場合はキャウンと鳴くことだけを許します」

 そんな理不尽罷り通るのか?
 しかし手足は動かず声も出せない。
 対してワンとキャウンだけは出せるのだ。

 暗殺者はあまりに捕虜としての扱いの悪さに目の前が真っ暗になるのだった。





 一方その頃洋一は……

「よし、みんな自分の畑の野菜を持ってきたな! 今日は簡単に作れる料理のレシピを紹介しよう」
「「「「よろしくお願いしまーす」」」」

 新たに村に来た人のために、趣味の時間を使って生徒に野菜チップスの作り方を教えていた。
 生徒は大人の中に子供も混ざっており、年齢関係なく料理を覚えようとする気概のものが集まった。
 終始和気藹々としながらの料理講座は、一人の欠員も出ることなく和やかな雰囲気のまま料理体験時間は過ぎ去った。

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