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【藤本要編】偽物令嬢ヨルダ=ヒュージモーデン
固められていく外堀
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王国に潜伏させた50名の少年兵のうち、48名からの連絡が途絶えた。
それに焦りを覚えたのは、国王に襲撃を仕掛けた獣王国の使いの男であった。
「クソックソックソッ! 一体なにがどうなってやがる? 襲撃に失敗して自害した? それなら何名かが目撃してるだろうが! そいつらまとめて捕縛されただと、あり得ない! あいつらは俺様が訓練した兵士だぞ? 10年だ。村を襲い、反骨精神だけが生き甲斐のように訓練した! そいつらがヒューマンに飼い慣らされるだと!? そんなことあるわけがない!」
そんなふうに秘密のアジトで怒鳴る男の部屋に、ノック音。
「誰だ! 今の時間はプライベートだと言ってあるだろう!」
大声で怒鳴りつけた扉の先から、子飼いの兵士の一人が耳から血を垂れ流しながら白目を剥いて倒れる光景だった。
「誰だ!」
先程の身内に向けるものとは違う、警戒を示すような声。
「こんばんわ。いいお天気だったものですから王国の襲撃犯を殺しに参りました」
「ヒューマンッ!? へへ、しかも小娘じゃないか。力量の差をわかってないようだなぁ?」
ヨルダがまだ子供だと侮って殺気を振り撒く男。
しかしわかってないのは男の方だった。
鞭を振るってヨルダを拘束しようと振り上げるてからの反応が一切返ってこない。
「言ったでしょう? 殺しに来たと。貴族がそれを発言した時点で、あなたはもう死んでいるのです」
ヨルダが腕を横に払った。それだけで男の視界が横に滑り落ちた。
「あらやだ返り血。ワインをこぼしたみたいだわ。あ、だったら……うん、これでよしっと」
実際にワインを一雫こぼしてから匂いを上書きしてみせる。
そもそもドレスの裾の方にほんのりとワインをこぼすのもおかしな話であるが。
「これで襲撃犯のアジトは三つ目だったかしら? ガウ」
「今のが首魁の男。サーカスの頭目でありますお嬢様」
「そう、じゃあ殿下にそうお伝えしなくては。ガウ、その男の首を袋に詰めてちょうだいな。陛下の手土産といたします」
「ハッ」
元兵士と飼い主。
ガウと名乗った元少年兵も、なんでこんなのに従ってたんだかと今では信じられない気持ちで無造作に頭だけになったその男を袋へ放り込んだ。おかげで袋は血まみれだ。
「お嬢様、これ血でめっちゃ濡れます」
「あら、獣臭くて困りますわね。これでどうでしょう?」
袋ごと凍りつく。持ち手だけは布のままだが、頭を入れた場所だけが見事に凍りついていた。むしろ凍ったおかげで重みが増している。
その際一切の魔法陣の展開は目撃していないガウ。
「なにを驚いているの?」
「いえ、魔法陣の展開が見えなかったものですから」
「あら、そのこと? いい、よく覚えておきなさい。ヒューマンの中には魔法陣を展開させなくても魔法を発現する者がいるのですわ」
「肝に銘じておきます」
いや、お前も魔法陣の展開させてただろうが。僕は見てたぞ!
そう目で訴えるガウ。
しかしそれがブラフであったと知り、これは仲間がなにもできずに無力化されるわけである、と更なる力量差を見せつけられて震えあがるガウだった。
「殿下、オメガ様、ご機嫌麗しゅう」
「ああ、ヨルダ嬢か。襲撃犯を飼い慣らして見せたのだな。学園で噂になっていたぞ?」
「そうですわね、実は今日殿下に軽い手土産をお持ちいたしました。ガウ」
「は、こちらにて」
それは化粧箱に詰め込まれた獣人族の男の首であった。
グロテスクな代物ではあるが、見るものが見れば溜飲が下がるそんな一品。
「こいつは?」
「一連の王国を騒がせた首謀者ですわ。本当は生きたまま体ごと献上して差し上げるおつもりだったのですが……弱すぎてお話になりませんでしたの。殿下の剣の錆にするほどでもなかったので、こうして氷漬けにして持ってきた次第ですわ」
「なるほどな、事件解決の旨、俺から陛下に伝えておく。大義であった」
「王国の一員として当然のことをしたまでですわ」
「さすがだな、ヨルダ嬢。まさか本当に一人だけで事件の解決をしてしまうとは。レベル9999なだけはある。少しは頼って欲しかったが」
オメガは手放しで褒め称えた。
少しだけ寂しそうにしてたのは助っ人として頼って欲しかった裏返しか?
王族のソートを目の前にして随分と軽率だな、と思わなくもない。
「オメガ、それは魔道具の故障ではなかったか? 彼女はそう言っていたぞ?」
「私ですら見抜けぬ魔道具や潜伏していた襲撃犯の察知をして見せて、殿下はまだ彼女の実力がご自分より低いと言い張るおつもりですか?」
「む、確かにその時の俺はなにもできずにいた。てっきりお前が全てを掌握していたものだと思っていたぞ?」
「私ですら彼女がなにをしていたかさえわかりませんよ。私のレベルは70。この学園で私のレベルに匹敵する生徒は卒業して王宮魔導庁に入るまで見ることはないと思ってましたが……」
「案外と早いご対面だったと言うわけだな?」
「ご明察の通りにございます」
なにやら勝手に話が盛り上がっているのをよろしくないと思ったヨルダは、氷が溶ける前に引き渡した方が良いのではないのではなくて? と献上品の提出を急がせて会話を打ち切った。
「やはり君は僕の婚約者になるにふさわしい人だ」
「わたくし程度がオメガ様の婚約者だなんて烏滸がましいですわ」
「なにを言う、君のお父上だって王宮魔導庁の一員ではないか! そのご令嬢である君にもその権利があると思うが?」
次期魔導士長に最も近い男からの求婚に、ヨルダはとっても嫌そうな顔をする。
何せ当初の目的では、この学園で問題を起こしてさっさとおさらばする予定だったからだ。
しかし蓋を開けてみたら実力派からの求婚騒ぎである。
長年婚約者を退けてきた氷の貴公子からの直々のお誘い。
断ったら断ったで、多方面で敵意を買いそうだ。
ただし、ワイン好きであるという趣味の一致で、そうするのも悪くないんじゃないかとも思い始める。
商会を開いたとはいえ、ワルイオスの口座もほとんど空っぽ。
新しい資金源が欲しかったのも本当だ。
まだ若いし、お付き合いといっても肉体関係までは結ばないだろう。
もう少し遊びたいところではあったが、一応名目も立った。
案外悪いお誘いではないのかもしれないと。
ヒュージモーデン家をぬか喜びさせるのにも一役買ってくれるかもしれない。
何せオメガの父親はワルイオスの直々の上司なのだ。
爵位こそ子爵と低いが、魔法の腕前では格上。
魔導士庁は超実力主義。その前に生まれた爵位などは関係ないバリバリの武闘派でもあった。
「そこまで言うのでしたら、束の間の婚約者気分を味わうのも悪くない気もします」
「本当かい?」
「もちろん、正式な婚約者が見つかる間までの候補の一人として見ていてくださいな。それまでの間、よろしくお願いいたしますわ」
こうしてヨルダは表向き婚約者を獲得し、実家を大いに安心させた。
爵位こそ低いが、相手は相当格上。
ワルイオスから見たら寝耳に水の話である。
王太子からの信頼も厚く、次期魔導士長に至れる期待の新人。
お互いにうるさい求婚相手の風除けにくらいになると思っていたが、当のオメガの方がガチだった。
婚約を引き受けた当日から婚約者だと言う名目で遊びに来るのだ。
ヨルダの興味を惹こうとワインセラーを持つ商会に何度も足を運んだ。
自由は失ったが、これはこれでヨルダにとってはいい方向に進んだ形であった。
それに焦りを覚えたのは、国王に襲撃を仕掛けた獣王国の使いの男であった。
「クソックソックソッ! 一体なにがどうなってやがる? 襲撃に失敗して自害した? それなら何名かが目撃してるだろうが! そいつらまとめて捕縛されただと、あり得ない! あいつらは俺様が訓練した兵士だぞ? 10年だ。村を襲い、反骨精神だけが生き甲斐のように訓練した! そいつらがヒューマンに飼い慣らされるだと!? そんなことあるわけがない!」
そんなふうに秘密のアジトで怒鳴る男の部屋に、ノック音。
「誰だ! 今の時間はプライベートだと言ってあるだろう!」
大声で怒鳴りつけた扉の先から、子飼いの兵士の一人が耳から血を垂れ流しながら白目を剥いて倒れる光景だった。
「誰だ!」
先程の身内に向けるものとは違う、警戒を示すような声。
「こんばんわ。いいお天気だったものですから王国の襲撃犯を殺しに参りました」
「ヒューマンッ!? へへ、しかも小娘じゃないか。力量の差をわかってないようだなぁ?」
ヨルダがまだ子供だと侮って殺気を振り撒く男。
しかしわかってないのは男の方だった。
鞭を振るってヨルダを拘束しようと振り上げるてからの反応が一切返ってこない。
「言ったでしょう? 殺しに来たと。貴族がそれを発言した時点で、あなたはもう死んでいるのです」
ヨルダが腕を横に払った。それだけで男の視界が横に滑り落ちた。
「あらやだ返り血。ワインをこぼしたみたいだわ。あ、だったら……うん、これでよしっと」
実際にワインを一雫こぼしてから匂いを上書きしてみせる。
そもそもドレスの裾の方にほんのりとワインをこぼすのもおかしな話であるが。
「これで襲撃犯のアジトは三つ目だったかしら? ガウ」
「今のが首魁の男。サーカスの頭目でありますお嬢様」
「そう、じゃあ殿下にそうお伝えしなくては。ガウ、その男の首を袋に詰めてちょうだいな。陛下の手土産といたします」
「ハッ」
元兵士と飼い主。
ガウと名乗った元少年兵も、なんでこんなのに従ってたんだかと今では信じられない気持ちで無造作に頭だけになったその男を袋へ放り込んだ。おかげで袋は血まみれだ。
「お嬢様、これ血でめっちゃ濡れます」
「あら、獣臭くて困りますわね。これでどうでしょう?」
袋ごと凍りつく。持ち手だけは布のままだが、頭を入れた場所だけが見事に凍りついていた。むしろ凍ったおかげで重みが増している。
その際一切の魔法陣の展開は目撃していないガウ。
「なにを驚いているの?」
「いえ、魔法陣の展開が見えなかったものですから」
「あら、そのこと? いい、よく覚えておきなさい。ヒューマンの中には魔法陣を展開させなくても魔法を発現する者がいるのですわ」
「肝に銘じておきます」
いや、お前も魔法陣の展開させてただろうが。僕は見てたぞ!
そう目で訴えるガウ。
しかしそれがブラフであったと知り、これは仲間がなにもできずに無力化されるわけである、と更なる力量差を見せつけられて震えあがるガウだった。
「殿下、オメガ様、ご機嫌麗しゅう」
「ああ、ヨルダ嬢か。襲撃犯を飼い慣らして見せたのだな。学園で噂になっていたぞ?」
「そうですわね、実は今日殿下に軽い手土産をお持ちいたしました。ガウ」
「は、こちらにて」
それは化粧箱に詰め込まれた獣人族の男の首であった。
グロテスクな代物ではあるが、見るものが見れば溜飲が下がるそんな一品。
「こいつは?」
「一連の王国を騒がせた首謀者ですわ。本当は生きたまま体ごと献上して差し上げるおつもりだったのですが……弱すぎてお話になりませんでしたの。殿下の剣の錆にするほどでもなかったので、こうして氷漬けにして持ってきた次第ですわ」
「なるほどな、事件解決の旨、俺から陛下に伝えておく。大義であった」
「王国の一員として当然のことをしたまでですわ」
「さすがだな、ヨルダ嬢。まさか本当に一人だけで事件の解決をしてしまうとは。レベル9999なだけはある。少しは頼って欲しかったが」
オメガは手放しで褒め称えた。
少しだけ寂しそうにしてたのは助っ人として頼って欲しかった裏返しか?
王族のソートを目の前にして随分と軽率だな、と思わなくもない。
「オメガ、それは魔道具の故障ではなかったか? 彼女はそう言っていたぞ?」
「私ですら見抜けぬ魔道具や潜伏していた襲撃犯の察知をして見せて、殿下はまだ彼女の実力がご自分より低いと言い張るおつもりですか?」
「む、確かにその時の俺はなにもできずにいた。てっきりお前が全てを掌握していたものだと思っていたぞ?」
「私ですら彼女がなにをしていたかさえわかりませんよ。私のレベルは70。この学園で私のレベルに匹敵する生徒は卒業して王宮魔導庁に入るまで見ることはないと思ってましたが……」
「案外と早いご対面だったと言うわけだな?」
「ご明察の通りにございます」
なにやら勝手に話が盛り上がっているのをよろしくないと思ったヨルダは、氷が溶ける前に引き渡した方が良いのではないのではなくて? と献上品の提出を急がせて会話を打ち切った。
「やはり君は僕の婚約者になるにふさわしい人だ」
「わたくし程度がオメガ様の婚約者だなんて烏滸がましいですわ」
「なにを言う、君のお父上だって王宮魔導庁の一員ではないか! そのご令嬢である君にもその権利があると思うが?」
次期魔導士長に最も近い男からの求婚に、ヨルダはとっても嫌そうな顔をする。
何せ当初の目的では、この学園で問題を起こしてさっさとおさらばする予定だったからだ。
しかし蓋を開けてみたら実力派からの求婚騒ぎである。
長年婚約者を退けてきた氷の貴公子からの直々のお誘い。
断ったら断ったで、多方面で敵意を買いそうだ。
ただし、ワイン好きであるという趣味の一致で、そうするのも悪くないんじゃないかとも思い始める。
商会を開いたとはいえ、ワルイオスの口座もほとんど空っぽ。
新しい資金源が欲しかったのも本当だ。
まだ若いし、お付き合いといっても肉体関係までは結ばないだろう。
もう少し遊びたいところではあったが、一応名目も立った。
案外悪いお誘いではないのかもしれないと。
ヒュージモーデン家をぬか喜びさせるのにも一役買ってくれるかもしれない。
何せオメガの父親はワルイオスの直々の上司なのだ。
爵位こそ子爵と低いが、魔法の腕前では格上。
魔導士庁は超実力主義。その前に生まれた爵位などは関係ないバリバリの武闘派でもあった。
「そこまで言うのでしたら、束の間の婚約者気分を味わうのも悪くない気もします」
「本当かい?」
「もちろん、正式な婚約者が見つかる間までの候補の一人として見ていてくださいな。それまでの間、よろしくお願いいたしますわ」
こうしてヨルダは表向き婚約者を獲得し、実家を大いに安心させた。
爵位こそ低いが、相手は相当格上。
ワルイオスから見たら寝耳に水の話である。
王太子からの信頼も厚く、次期魔導士長に至れる期待の新人。
お互いにうるさい求婚相手の風除けにくらいになると思っていたが、当のオメガの方がガチだった。
婚約を引き受けた当日から婚約者だと言う名目で遊びに来るのだ。
ヨルダの興味を惹こうとワインセラーを持つ商会に何度も足を運んだ。
自由は失ったが、これはこれでヨルダにとってはいい方向に進んだ形であった。
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