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第一章 孤児院編

2 腹式呼吸とスクワット

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今日のライブも盛り上がったね!

私は年少組に向けたライブを終えて、マイマイクのお手入れをしていた。

このちょうどいい感じの長さと太さの木の棒を、再び見つけられるかわからないから、ケアは欠かせないのだ。



っと、ボチボチ夕食の時間か。

夕食といっても、前世の食事を知っている身からすると、テンションがあまりあがらない食事だ。基本は、硬いパンに味の薄いスープだ。おかずは付けばいい方だ。

まあ、結論からいうと、ないよりはましというレベルの食事だ。だけど、お腹もすくし、なによりボーカリストに適した身体作りのためには、栄養補給が大切だ。

私自身、料理が得意だったらよかったが、あいにく料理は家庭科の授業でやるくらいだった。



私は作業のように、硬いパンと味の薄いスープを口へと運んだ。







そうして、食事が終わり就寝の時間となった。

朝のお勤めがあるため、孤児たちの就寝は早いのだ。ある意味健康的な生活リズムなのかもしれない。



しかし、私は、個人レッスンのため部屋を抜け出した。そして、いつもの練習場所へと向かった。

その練習場所というのは、孤児院の屋上だ。普段は落下防止のために、カギがかけられているが、そのカギを盗み出すことくらい元JKの私には造作もないことだ。

この場所なら邪魔をされないし、周りの迷惑になることもない。

……今日はとても星がきれいね。こんな時は、私たちのオリジナルソングを歌うに限るね。

『星を織る街』



『遥か彼方 廃れきった街 人の記憶から忘れさられていく 

情熱をなくし ただうつむいていた 影のように消えかけた夢 何もかも嫌になり立ち止まった時に ふと見上げた空には あの日の無数星がある 夜に輝いている 瞳を閉じれば思い出される 無数の夢 何度も忘れかけた あの場所を思い出すよ どんなに遠く離れていても 必ず帰ると誓うよ 星を織る街』







「うふふふふ。相変わらず、パイルの歌は最高ね。」





「ミーアお姉ちゃん!」





声のした方を見ると、そこにはミーアお姉ちゃんがいた。

ミーアお姉ちゃんは、私の歌を最初に褒めてくれた大切な人だ。明るく頼れるみんなのお姉ちゃん的存在だ。年齢は今年で10歳だ。そう、10歳なのだ。





「今日は神官様たちが来たんだって? どうやら、私たちを見に来たみたいだけど……。」



「うん。また近いうちに来そうな雰囲気だったよ。」



「そう……。パイルは、側仕えになることが幸せだと思う?」



「……自分の能力を生かせる場所なら幸せだと思うよ。ミーアお姉ちゃんは、勉強もできるし礼儀作法も完璧だから、ちゃんとした方の側仕えになれるよ!」





ミーアお姉ちゃんも、側仕えになるということがどういうことか理解しているようだ。

だけど、私もミーアお姉ちゃんもどうなるかは口に出さない。出したところで、何かが変わるということはないからだ。

しかし、避ける方法がないわけではない。それは、とびきり優秀な成績を収めて、ちゃんとした神官や巫女の側仕えになることだ。忙しいだろうけど、最も安全な道だ。ただ、あくまで可能性があるという話だ。



「あら。パイルに褒められるなんて嬉しいわ。だけど、孤児院で一番勉強ができるのはパイルよ。いっつも、課題を一番に終わらせるもの。」



「課題を早く終わらせているのは、歌の特訓をしたいからよ。……院長先生の許可が出たことはないけどね。」



「あきらめずに、毎回意見しているのは尊敬するわ。だけど、何回続けても許可は出ないでしょうね。院長先生は、勉強や礼儀作法の授業を何より大切にしているものね。」





確かに、院長先生は勉強や礼儀作法を何より重視している。

本来、下男下女になる孤児には必要のない能力だ。優秀な側仕えになるためにと思い、私たちに教えてくれているのだろうか?



「うん、そうだね。」



「私がここにいられるのは、あと1か月くらいだから……パイルの歌をいっぱい聞かせてね。」



「もちろん! 毎日ライブを行うよ!」



「うふふふふ。楽しみにしているわ。」





ミーアお姉ちゃんは、何かをあきらめたような顔で笑っていた。

現実を知っている家族を送り出すのは、本当に辛いな。だけど、逃れられるものでもない。まともな人の側仕えとなれるように、祈るしかできないのだ。





ーー







次の日。

朝のお勤めと勉強を終えた私たちは、森に来ていた。



「なあなあ、パイル。腹に手なんか当てて、何してるんだ? 腹が痛いのか?」



一緒に森に来ている、同い年のコニーがそう聞いてきた。

ちなみに、私の同い年は私を入れて3人と、孤児院の中でも一番少ない世代だ。



「これは腹式呼吸を行っているの。」



「フクシキ? 何だって?」



「お腹で呼吸しているのよ。こうすることで、声量が増えるんだよ。」



「へー。うんこしたいなら先に言えよ。」



「うんこじゃないわよ!」





私がそういうと、コニーはひとしきり笑った後、興味が失せたようで、あたりをキョロキョロ見回すと、いい感じの木の棒を見つけて他の男のことチャンバラを始めた。

……まったく、腹式呼吸の素晴らしが理解できないなんて、お子様ね。



「じゃあ、みんな。今日はここらへんで、グリドンの実を拾おうか。あまり森の奥にはいかなように。」



グリドンの実とは、硬いからで覆われた食用の木の実である。硬い殻のせいで一般ではあまり食べられていないらしいが、私たちにとっては貴重な食料だ。



引率をしているクルルお兄ちゃんの指示で、私たちは採集を始めた。

クルルお兄ちゃんは、下男の1人だ。孤児院にいる下男下女は、年齢層が高く若い人はほとんどいない。理由はまあ、側仕えとして、ほとんどの孤児が召し上げられるからだ。

しかし、問題がある孤児は側仕えとして求められないのだ。そのうちの1つが、身体にハンディキャップがある人だ。クルルp兄ちゃんは生まれつき視力が弱く、周囲がぼやけて見えるそうだ。側仕えとしての仕事ができないと判断されて、下男となったのだ。

ただ、生まれつき視力が弱いことによって、嗅覚や聴力が普通の人よりも優れている。だからこうして、危機察知能力が重要な森の引率を任されているのだ。私は見たことがないが、この世界には魔獣というものがいるらしくて、警戒が必要なのだ。まあ、こんな浅い森で出たなんて話はほとんど聞かないけど。



「パイル、木の実を拾わずにいったい何をしているんだ?」



「スクワットだよ。」



「………スクワットとやらが何かは知らないが、しっかり働きなさい。」



「確かに、スクワットをしながら木の実を拾えばいい運動になりそうだね。流石、クルルお兄ちゃん。」





そうして私は、上下運動しながら、グリドンの実を集めていった。

とてもいい運動になったわ。





その帰り道。

グリドンの実が大量に入った籠を、クルルお兄ちゃんに無言の笑顔で手渡された。

仮にも9歳の少女である私に、こんな重い物を持たせるなんてどういうことなのかしら? あ、なるほど。クルルお兄ちゃんも、私のトレーニングに手を貸してくれているのね。

確かに、すごいマイクパフォーマンスするには、腕の筋力が必要になる。素晴らしいトレーニングになりそうだ。
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