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「ごめん、エレノア。セレンの具合が悪いらしい」

「そう」


だ。


夫であるアッシュの優先順位の頂点には、いつも彼の幼馴染のセレンが居座っている。


今日は私の誕生日だった。

昨日の誕生パーティーではアッシュは足を挫いたと座り込むセレンを抱き上げて退出して私に恥をかかせて更には帰ってきたのは夜遅くだった。



結婚してこの侯爵家に嫁いで三年、アッシュのご両親は領地に居てあまり頻繁には会わないけれど関係は良好だし、夫婦仲も良い。

けれど、大切な日には必ず夫は居ない。

まるで毎回狙ったように使いを寄越すセレンに寄り添う為に、夫は私の元を去るのだ。


今日もやっぱり使いが慌てて訪ねて来て、夫が私に「セレンの……」と切り出したタイミングは私の為に彩られた特別な料理を目の前にして夫婦で誕生日を祝う為にグラスを持って、乾杯をする直前だった。


本来ならばプレゼントの話や、思い出話、普段は多忙で話しきれないことをゆっくりと話して一緒にベッドに入るだろう特別な日は、

他愛もない話どころか、とうとう「おめでとう」と言われる事もないまま夫の背中を見送ることになってしまった。



心配そうにこちらの様子を伺う執事に「大丈夫」だと思いを込めて微笑むと一人で食事をして部屋に戻った。



一度だけ、何故妻である私よりセレンばかりを優先するのかと涙ながらに怒ったことがあったけれど、困ったような少し怒ったような表情で


「セレンは身体が弱いんだ、君は冷たい人だな」と言われた。


その時は後で「ごめんね」と謝ってくれたけれど、好きで、好きで仕方ないから軽蔑されたくない一心でセレンを受け入れて来たけれど、



結婚三年目にしてふと、思った


そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?


(疲れてしまっているのね、もう限界なんだ……)


愛しているアッシュに度々、お前は二番だと行動で突きつけられる日々に

嘲笑うように夫の肩越しにニヤリと笑うセレンに気付かないフリをするのも


そんなセレンが毎度お決まりのように「私のせいで……」と言うと

「僕達は大丈夫だよ、ね?エレノア」とアッシュに微笑みかけられるのも。




全て、限界なんだと感じた。

(ここで、行き止まりよ。これ以上は何も生まない憎しみになっちゃう)



三角関係で愛憎劇の挙句離縁なんてみっともない事はしたくない。


私の実家の家門も隣国では名門の侯爵家である。

両親や兄に恥をかかせる訳にはいかないのだ。



「お嬢様」

侍女兼護衛騎士であるソラは私を今だにお嬢様と呼ぶ。

「ソラお嬢様じゃなくて……いいえ、やっぱり良いわ」

「……お嬢様、別荘に行かれますか?」


アッシュが私に関心がないだけて、別に隠してはいないのだがいつか二人で行こうと故郷である隣国との国境に近い豊かな田舎に大きな別荘を私財で建てた。


アッシュとは結局未だに行けていない上に、別荘の存在すら知らない。

この邸に比べれば些細なものだが美しくて良い邸だ、この際だからアッシュと少し離れてゆっくり考えるのもいいかもしれない。


そう思っていたのに、遅くに帰って来て「ごめん」よりも先に、


「セレンがエレノアに感謝してたよ」と伝えた夫に対して出た言葉は、



「私と別れて下さい」だった。






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