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第十三章 グレンドルグ王国
13-2 聖なる知能プロティア・セルアン
しおりを挟む「なんか、ルナ……ご機嫌斜めだな」
ぶわっと羽毛が膨らんでいる様子を見たリュート様が、心配そうに私の頭を指で撫でる。
しかし、今の私は怒っているというより拗ねているのだ。
一言もの申さなければ気持ちが収まらない。
「リュート様とオーディナル様が、私に隠し事をしているからです……内緒事はよくないのですよ?」
ジトリと二人を見上げると、リュート様は「やっぱり」とでも言いたげな乾いた笑いを浮かべ、オーディナル様は驚いたような表情をしている。
オーディナル様……もしかしてバレないとでも思っていたのですか?
「だから言っただろ。ルナに隠し事は無理だって……」
「さすがは僕の愛し子。よく判ったな」
「パスタマシーンを作るにしては、用意していた素材が多かったのと、かなり強い魔力を放っていた魔石が、これには使われておりませんでした」
私の指摘に、オーディナル様は笑い出す。
その指摘がよほど気に入ったようだ。
「ふむ……魔石の魔力量をちゃんと把握出来るようになったか。修行の成果が出ているな」
そう言われて、確かにそうかと自分の手……というか、翼を見る。
今までは判らなかったが、現在は魔力の流れがちゃんと把握できていた。
だからこそ、リュート様の魔力がとんでもないことも理解しているし、神々の神力も属性まで感じ取ることが出来ているのだ。
あの戦いで……いや、七色の宝珠に触れた後から私の感知能力は目に見えて変化し、ベオルフ様が私にかけていた『保険』が発動したことで、更に磨きがかかった感じである。
「まあ、アレだな。ルナには見せても良いけど……マリアベルは……」
「誰かに触れ回るような無粋な真似はしません。そんなことをしたら、リュートお兄様だけではなく、お師匠様も不利になる可能性があるでしょう?」
「お前の基準は――まあ……いっか」
何かをいいかけたリュート様は諦めたように後頭部を掻くと、アイテムボックスから薄い板状の物を出してくる。
どこかで見たようなサイズ感だ。
「プリンターのテストは終わっていないけれども、何とか形になったからお披露目といくか」
プリンターという言葉に思い当たる物があり、私はリュート様とオーディナル様を交互に見つめる。
似たようなしてやったりな顔をしている二人は、得意げにソレを開いて見せた。
「ノートパソコンですか?」
「いや、そこまで高性能じゃ無い。書類作成に特化したワープロ……よりは、多少使える代物……かな?」
リュート様の手にあるソレは、私が知るノートパソコンよりも薄い。
黒光りする板状の素材は何か判らないが、強い魔力を帯びた物質である事は理解出来た。
二つ折りになっていることから、おそらく日本にあるノートパソコンと造りは変わらないのだろう。
「コレの中には高純度の魔石を核として、様々な術式が組まれている。書類作成に必要なフォーマットを登録してあるし、将来的にはイルカムと接続できるように改良したい。画面はイルカムに似通った物があるから抵抗感は無いだろうし、キーボードの部分は全く問題無く作動した。用紙にプリントアウト出来なければ書類として扱えないが、白黒オンリーになるけれども、何とかなったかな」
「まあ、色を付けるには、もう少し工夫が必要だな」
オーディナル様が頷きながら補足説明をしてくれたのだが、その方法なんて思いつきもしない。
むしろ、現実の物として作りだした両名が規格外過ぎて言葉も出てこないのだ。
「とりあえず、同じ物を10個作って様子見ってところだ。あと、プリントアウトに使った素材は王都の近くにある島で採取可能らしいから、カメラの静止画をプリントアウト出来るように開発できるかも」
リュート様のその言葉で覚醒した私は、喜びに声を弾ませる。
「ほ……本当に? それでしたら、アレです……写真を残せますね!」
「そうなんだよ! いやー……マジでいいよなぁ。イラストで描いたメニューもいいけど、やっぱり写真だよな!」
ニコニコ笑って私たちの間で会話は成立しているが、ロン兄様とマリアベルはキョトンとしているし、蛍と六花は私の左右でプルプル震えていた。
「ねえ、リュート……シャシンって何?」
「えーと、カメラで写した映像があるだろ? それを専用の用紙に出力するんだ。見たままの映像、そのままにさ」
「ちょっと待って……え? じゃあ、可愛いリュートとルナちゃんの映像を永遠に残せるってこと!? 手元に持っていられるんだねっ!?」
「え、まあ……そうだな」
「リュートお兄様! それを早く作りましょう!」
「あ、いや、待て。今は無理だって」
いきなりテンションが高くなったロン兄様とマリアベルに引きながら、リュート様はオーディナル様を見た。
オーディナル様も、二人の気迫に若干引き気味な様子で首を左右に振っている。
どうやら、関わり合いになりたくないようだ。
「メニューもそうですが、カメラの映像がプリントアウトできるようになれば、魔物のデータを集めるのも楽になりますね」
「そうなんだよなぁ……今回みたいに数がいてもカメラで撮影すれば何とかなるし、資料作りが圧倒的に楽になる! そして、このPC……いや、ワープロ……うーん……名称に困るな」
「ヘタに名称を変更せず、ノートPCと言えば良かろう。PCの略称など誰も知るまい」
「説明を求められたときに、パーソナルコンピュータだと言えってのか?」
リュート様とオーディナル様の会話を聞きながら、確かにコレは困るかも知れないと、ノートパソコンを見る。
パーソナルコンピュータという名前を、この世界に持ち込んでも良いのだろうか……そこは気になるところだ。
「ふむ……プロティア・セルアンと説明するのが良いか? 古代語で、『聖なる知能』という意味だと説明してやれ」
「カメラといい……ノートPCといい……やたらとスゴイ古代語が出てくるな」
「印象深くて良いのではないか? 位の高い博識な者であればあるほど、プロティア・セルアンの略称でPCと呼ぶことに違和感を抱くまい」
「うーん……でも、これをノートPCと言っても良いのか? 性能的に……」
「お前は変なところでこだわりすぎる。プロトタイプは、こういうところから始めるべきだ。何が足りないか、何が必要か、使っている者の意見を聞きながら進化させていくことを覚えろ」
この石頭――と、オーディナル様がリュート様の額を指で弾いた。
「そっか……そうだよな。使っている人によって、違うよな」
「その回答に行き着くのが遅い。お前は変なところで頑固すぎるのだ」
「そ……そうかな」
「その最たるが、お前の家族との関係であっただろうが。もう少し、柔軟に対応できるよう考えるのだな」
「お、おう」
弾かれたおでこを片手で押さえて返答するリュート様は、父に叱られた息子のような反応をしている。
全部納得したという感じでは無いが、言っている事は理解出来るから頷いている……というところだろう。
「違う世界の知識や常識、考えを受け入れるのは難しいが、その中で自分に何が出来るのか考えること……お前はその柔軟性に欠ける。ベオルフを見習え」
「え?」
「あやつは、この世界の事や違う世界の常識や知識を見せられても、全てをありのまま受け入れてから取捨選択をして、自分に必要な物だけを取り込み受け入れる。一旦全てを受け入れて考える柔軟性は、今のお前に欠けているものだ。一見同じ事をしているように見えるが、お前は元々持っている知識に固執しすぎる。それ全てが正解というわけではないのだ」
「……確かにそうか……うん、そうだよな」
「物作りをする上で、それを忘れてはいけない。何を優先するべきか、常に考え続けて答えを導き出しなさい」
「はい」
最後は言い聞かせるように語るオーディナル様の言葉に、リュート様は深く頷いた。
今度は納得したらしい。
まるで、師と弟子のような関係性にも見えるが、ここまでオーディナル様が何かについて教えている姿を見るのは珍しいことだ。
私とベオルフ様を相手にするときとは違う。
何と言うか……変に過保護でも無く、突き放すこともせず、シッカリ見守っている。
適切な距離感とアドバイスであった。
しかし――だからといって安心していたら、とんでもないことになるのは、彼らが創ったノートPCを見ていればわかる。
これは本来、長い時間をかけて開発されるべき物だ。
こんな短時間で創って良い代物では無い。
「あの……リュート様……それ……本当に動くのですか?」
「ああ、まあ見ていてくれ」
テーブルに置いてある黒い板状の物の、二つ折りにした上の部分を開き、側面にあるスイッチらしきところへ魔力を流すと、ソレは起動した。
黒く磨かれた艶やかな板にしか見えなかった部分に魔力が流れ、柔らかな光が宿る。
画面になる部分には、日本でよく見ていたデスクトップのような物が表示されていた。
だが、やはり機能性は地球にあるノートPCには及ばない。
画面上に登録されているアイコン型のテンプレートを選択して開き、その定型書類に文字を入力していくだけの機能が備わっているようである。
キーボードもスイッチが入ったことで、キーボタンがせり上がり、文字が浮かび上がる仕組みのようだ。
うん……間違いなくヤバイ代物ですね。
「よーし、これで面倒な書類作成も、すぐ終わらせられるぞ!」
そういうと、彼は凄まじいスピードで文字入力を開始した。
文字配列は、おそらく日本のキーボードと同じような配列になっているのだろう。
リュート様が元々IT関係の仕事に就いていたことは知っていたが、この入力速度は異常だ。
指は止まること無く動き続け、画面の空白部分がどんどん埋まっていき、次の書類へ取りかかる。
眼鏡をかけている彼の視線は画面上を行ったり来たりしているだけで、キーボードを見ていない。
タッチタイピングを既にマスターしていた。
「う、うわぁ……すごいスピードで書類をさばいているようですね……」
「リュート、その書類が出来たら、一度出力して書類を見て貰うと良い」
「了解!」
サクサクと三枚の書類を瞬く間に作成したリュート様は、オーディナル様の言う通りにプリントアウトして、ロン兄様とマリアベルに渡す。
それを受け取った二人は書類に目を通して数秒固まり、驚きのままにリュート様を見た。
「リュート……コレ……え? 今の短時間で作った書類なの?」
「とても見やすいですが……え? えっと……ええぇぇぇぇっ!?」
「よし、この調子なら今日中に全て終わるな」
ウキウキした口調で語るリュート様の高速入力は止まるどころか、益々スピードを上げていく。
カタカタという音と共に入力される文字は、ペンで書くよりも数倍速い。
そんな彼の宣言通り、書類を瞬く間に作成し終えてしまい、机には出来上がった書類の山が出現していた。
これには、リュート様の規格外な部分を知るロン兄様とマリアベルも言葉が出ないようで、呆然と彼の手元を見つめている。
全て目の前で起こった出来事なのに信じられないのは仕方の無いことだ。
オーディナル様はというと、リュート様の満面の笑みに満足したのか、目を細めて微笑んでいる。
そうこうしている内にリュート様は書類作成業務から解放され、体を伸ばして「完成したぞー!」と叫んだ。
「リュート様ー! 書類を早く提出しろって騎士団長がうるさく言ってるっすー!」
そこへタイミング良くモンドさんが現れた。
どうやら、なかなか提出されない書類の催促に来たようだ。
「丁度出来たところだから、全部持って行け」
「……え? 全部? マジっすか!?」
いくらリュート様でも無理だろうと思っていたモンドさんは、半信半疑でテーブルの上を見つめ、恐る恐る書類の山から一枚手に取って中身を確認する。
「リュート様の文字じゃないっすね」
「ああ、コレで作ったからな」
「……また何を作ったのですか?」
モンドさんの後を追ってきたらしいダイナスさんが、同じように書類を見てリュート様の手元にあるノートPCへ目をやる。
「えーと、ノートみたいに薄い、プロティア・セルアン……略称PCだな」
「それって、聖なる知能という意味ですよね?」
ダイナスさんの後ろからひょっこり顔を出したのは、ヤトロスだった。
彼は現在、マリアベルの下につき、雑用を買って出て走り回っている。
元々は医療系の力に長けていたのだが、家の方針で治癒系スキルを封じられ、魔法の才能を伸ばすように強いられていたらしい。
心を入れ替えた彼が今までの非礼を詫びに来た際、それを見抜いたリュート様がオーディナル様に頼んで解呪してもらったのだ。
その姿に何かを感じたチェリシュが両親に口添えをして、月の女神の神殿で預かることになったのである。
自動的に学園は自主退学扱いとなるが、本人はそれで家とも縁が切れると喜んでいたくらいだ。
「死ぬ気になりゃ、何でも出来るだろ?」
「はい……一生に一度しか無い俺だけの人生だから……あの時に死んだと思って、全力で頑張ります」
リュート様と、そんな会話をしていたヤトロスの瞳に、もう鬱屈した影は微塵も無かった。
今現在は、人間ここまで変わるものなのかと思えるほどの変わり様を見せ、率先して働いている。
もしかしたら、授けられた加護を封じるのは、強いストレスを感じるものなのかも知れない。
いや――そもそも、その力を封じた者がまともな術者であったのかも怪しいと、私たちは考えていた。
「よく知ってるな。ヤトロスは古代語に詳しいのか?」
「俺……元々、聖術に関して学んでいたので、治癒魔法に深い関わりを持つ古代語も勉強していましたから。一般的なものであれば理解出来ます」
「へぇ……そうなのか。ん……待てよ? マリアベル?」
「え? あ……えっと……べ、別に古代語が出来なくても……治癒術は……使えますし? リュートお兄様が心配されることでは……」
あからさまに「しまった!」という表情を浮かべたマリアベルが一歩下がる。
それを見逃さなかったロン兄様は、笑みを深めて距離を詰めた。
「へぇ……サボっていたんだね?」
「い、嫌ですわロン兄様……素敵な顔が怖いですよ」
「褒められて嬉しいけど……ダメだよね?」
「いえいえ、許容範囲だと思われます」
「勉強しようか」
「ご勘弁をっ! 私は古代語だけはダメなんです! あんなのちんぷんかんぷん過ぎて頭痛がします!」
ブンブンと勢いよく首を左右に振っていたマリアベルは、ロン兄様の横をすり抜け、テーブルに積み上げられていた書類を手に取って走り出す。
「書類を届けて参ります!」
「待ちなさい、マリアベル!」
「いーやーでーすー!」
バタバタと勢いよく出て行くマリアベルとロン兄様の勢いが凄まじくて呆気に取られていたが、「仲睦まじくて微笑ましいですねぇ」と、これまた別人のような朗らかさで笑ったヤトロスを見た私は、乾いた笑いしか出てこなかったのである。
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