守るべきモノ

神崎

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 社用車で最後の一人を送ったあと、信号に引っかかり春樹はため息を付いた。送ったのは女性で、春樹とは同期になる女性だった。官能小説の部署にいるその女性はあまり顔を合わせることはなかったが、動機であるため最初の方はよく相談などをしていたのを思い出す。
 子供が出来て結婚をし、子供は小学校に上がったのだという。だが夫は迎えに来ない。きっと女の所へいっているのだと、彼女は愚痴をこぼしていた。
「男はさ、浮気をしてもとがめられないじゃない。甲斐性だって。藤枝もそう思う?」
「さぁね。俺、浮気したことないし。」
「そうだった。あんたみたいな人と結婚すれば良かったって思うわ。」
「でも、俺仕事しかしないよ。妻にも呆れられていたし。」
「そうね。ほら、青柳さんがグチってたの聞いたことあるわ。青柳さんの誕生日に、池上先生がスランプだってずっと付き添ってて。もしかしてゲイなんじゃないかって言ってたのに。」
「そんな昔のことを持ち出す?」
 気負わなくてもいい相手だった。だがそれは家に着く直前に起こる。信号で停まったとき、彼女は春樹の手に手を重ねてきたのだ。
「何?」
「奥さんが亡くなって寂しいでしょう?私、別に良いよ。べらべらしゃべったりしないし。気軽に出来るくらいなら、奥さんだって何も言わないよ。」
 春樹はその行動に手を振り払った。微妙な空気のまま家に送り、春樹は来た道を帰っていた。
 端から見ればずっと意識のない奥さんに付き添っていた献身的な夫で、その奥さんが亡くなっても操を守っている真面目な男だろう。だがその中身は違う。
 未来が生きているときから倫子と関係はあった。そして自分がはまりこんでいる。もう抜け出せないだろう。
 社用車は禁煙だ。色んな人が乗るので、匂いがないようにしているのだろう。だがこういうときは気持ちを切り替えたい。ちょうどコンビニの看板が見えて、その駐車場に車を停める。バッグの中を見ると、煙草も切れていた。ついでに買っておこうと、バッグも手にしてくる間を降りる。するとコンビニから見覚えのある人が出てきた。
「あれ?藤枝さん?」
 そこには政近の姿があった。コンビニの袋を持って、ちょうど出てきたところらしい。
「田島先生。この近くですか?」
「あぁ、こっから五分くらいですかね。近くて便利ですよ。」
 この辺は居酒屋やスナックなんかが多いところで、少し奥に入れば風俗なんかもある。この辺に住んでいるというのに違和感はなかった。
「今日、車ですか?」
「えぇ。会社の近くで事件があって、物騒なんで会社から送迎をしてくれと言われましてね。」
「あぁ。あれでしょ?車に連れ込もうとした……もっとうまくやればいいのになぁ。」
 そういう行為すら犯罪とは思っていないのだろうか。のんきに煙草を取り出している。
「納品できたみたいですね。」
「えぇ。この間、予告編のカットが載ってたでしょう?」
「見ました。」
「話題になっててゾクゾクする。」
 派手な出で立ちだが、自分が目立つよりも作品が目立って欲しいと思っているらしい。倫子にもそれは言えることだ。倫子も自分よりも作品が注目されるのを嬉しく思っている。その辺は荒田夕とは違うところだ。
「田島先生。ちょっと時間はありますか。」
「は?」
「話があるんですよ。ちょっと煙草を買ってきます。」
 そういって春樹はコンビニの中に入っていく。その後ろ姿を見て、何を話したいのかはわかった。というか、ずっと話したかったのだろう。倫子は何も言わないから。
 灰皿の前で煙草に火をつける。すると春樹がすぐに出てきた。そして政近の側にやってくると、煙草を一本取り出す。
「変わった煙草を吸ってるんですね。」
 洋物の煙草は、置いているところも少ない。ここは種類があるのでここでしか買わないのだ。
「倫子もそう言ってたな。癖があって好きになれそうにないって。なれるとこの癖がないと物足りないですけどね。」
 その言葉に春樹の手が止まる。政近の煙草を吸うような出来事があったのだろうか。それはやはり妻が亡くなってばたばたしていたときだったのだろうか。
「……小泉先生も?」
「まどろっこしいのは苦手なんですよ。藤枝さん。倫子のことを話したいんでしょう?普段通りに話しましょうよ。」
 春樹は煙草に火をつけると、政近の方をみる。やはり似ていると思う。倫子も誤魔化すことや遠回りを嫌う。聞きたいことがあれば一直線に聞いてくるのだ。
「寝たんですか。」
「倫子と?」
「……それ以外誰が気になると言うんですか。あなたと誰が寝ようと俺は口を出す気はない。でも倫子となれば別です。」
 よっぽど惚れているんだな。そう思いながら政近は煙を吐き出す。
「同居人だって聞いてますよ。でも会社的に、同居しているとは言えないから、別に部屋を借りている。あんた、隠すの好きなんですね。」
「……。」
「倫子の事も隠して、あんた自身のことも隠している。いつあんたの本当の姿を見せるんですか。」
「俺のことは良い。倫子と寝たのかと聞いているんです。」
 口調が荒くなってきた。普段冷静で笑顔の春樹とは違うのだ。それだけ必死なのだ。
「寝たよ。」
「……。」
「可愛そうだよな。倫子。あんたに惚れているんだろうに、あんたは自分のことを隠して惚れているって口で言っているだけなんだから。」
「それを助けようと?」
「それだけじゃねぇけど……。」
「だったら何ですか。まさか、倫子に惚れているわけじゃないんですよね。」
「……。」
 すると政近は煙を吐き出して、春樹を見上げる。
「好きだとか、わかんねぇ。でも……あいつの体は癖になる。あんたさ、シェアでもする?」
「しません。倫子は俺の……。」
「あんたの物じゃない。だいたい、お互い隠しているところがまだあるのに、それで好きだの何だの言ってるのを聞いて、ちゃんちゃら可笑しい。」
「……。」
「倫子だってあんたのことを知りたいと思ってんのに、あんたも言わないし、倫子だってなにも聞かないだろう?それでよく惚れたの何だの言うよな。」
 すると春樹はふと冷静になったように政近に言う。
「目的があって倫子に近づいたとでも思ってるんですか。」
「そうじゃないと……。」
「あなたのように目的があったわけではない。立場を考えれば、作家とこういう関係になるのは、妻が居てもしてはいけないことでしょう。でも止められなかった。それは、そんなことを考える余裕がないほど、彼女が好きだから。」
「……。」
「あなたにはそれがわからないでしょう。惚れたのはれたのがわからないと言っていたのに。」
「それは……。」
「体だけなら近づかないでください。二度はありません。」
 政近は不機嫌そうに煙草を捨てると、春樹を見上げた。
「何でわかったんだよ。」
「……何が?」
 春樹も煙草を捨てると、手の中で鍵を握る。
「どうして寝たって……。」
「倫子の作品に色気が出てきたんですよ。それは俺だけの物じゃない。きっと違う誰かと寝た。そして一番その可能性が高いのは、あなたしか居なかった。それだけの理由です。」
 そう言って春樹は車へ近づこうとした。
「刑事かよ。それか、あんた探偵にでもなれるわ。」
 すると春樹は、その手を止めて政近に言う。
「……あぁ、あなたのことはだいたいわかっています。だからといって俺のことを不用意に調べない方が良いですよ。」
「へ?」
「……あなたの身のためです。」
 そう言って春樹は車の鍵を開けると、その車に乗り込んだ。その車を見て、政近は「刑事と言うより、ヤクザっぽい」と思っていた。
 だがヤクザに脅されようと、何をしようと、倫子を諦めきれなかった。あの笑顔の奥の冷たい視線に、倫子を渡したくない。
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