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第一章

何だかんだで城を追放される

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 大臣は無言のまま廊下を歩き続けている。
 それが不満や落胆を表しているのか、元々の性格なのかは出会ったばかりで分からなかった。
 相手の本心が分からないことがこんなにも不安に感じるのは生まれて初めてのことだった。

 気まずさを感じながら足を運び、やがてたどり着いたのは城内の中庭だった。
 植木や花の手入れは行き届いており、腕のいい庭師がいることを想像した。

 俺たちが危害を及ぼすことはないと判断したのか、衛兵抜きで大臣一人だけがここにいる。
 衛兵たちは近くの部屋で待機していた。
 もしかして、他の人に聞かせたくない話があるのかもしれない。
 
「では、勇者たちよ。大事なことを伝えます」

 大臣はせき払いをした後、おもむろに話を始めた。
 途中まで言いかけたところで、何かを思い出したような素振りを見せた。

「ただ、その前に君たちのスキルを教えてください。勇者召喚の結果次第では、魔王と対等に渡り合うほどのスキルがあるらしい」

 俺は内川とお互いの顔を見合わせた。
 明らかに過剰な期待を抱いている。
 それだけ勇者召喚は重い意味を持つということなのか。

「……俺は危機的状況が予測できる魔眼です」

 先におずおずと宣言すると、こちらを見ながら内川が口を開く。
 言葉を選ぶべき場面のはずだが、俺たちよりも事情に詳しい人たちにいい加減なことは言わない方がいいと思った。

「……こっちは完全な気配遮断」

 絶対領域とは言いたくないようで、内川は直接的な名称を避けている。
 そこまで恥ずかしがらずとも、この世界の住人はその言葉の意味を知らない可能性が高い気がした。
 彼を責める気持ちにならないのは、俺も同じ立場だったら他人の反応が気になったはずだからだ。

 俺たちのスキルを聞いた後、大臣は時が止まったかのように微動だにしなかった。
 沈黙の時間が続き、実は時間停止しているのではと思い始めたところで大臣は顎に手を添えた。

「……ほほう、未来予知と隠密ができるスキル」

「ええまあ」

「言いようによっては、隠密っちゃ隠密か」

 微妙な空気に気まずさを覚える。
 大臣の反応が気になり、緊張が高まっていった。
 異世界ファンタジーの定石では追放の可能性も予想できる。
 おそらく、役立たずには厳しい世界なのだ。

「魔王を圧倒できるような火力ではないということですか……がっくし」

 大臣は背中を丸めて、落ちこむような姿勢を見せた。
 分かりやすい前衛スキルがないことで、落胆しているのは明らかだった。

 大臣のあからさまな態度に反応して、内川が苛立ちを見せながら口を開く。

「勝手に召喚しておいて、がっくしはないんじゃないか」

「まあまあ、もう少し話を聞いてみよう」

 内川をなだめつつ大臣に続きを話すように促すと、彼は真顔になって口を開いた。 

「王様から説明があったかもしれないけれども、勇者は鍛えられることで強くなると言われている。しかし、君たちがどれだけ強くなったところで守りに徹することはできても、攻勢に回るとは考えにくい」

 大臣のがっかりぶりは言葉遣いに表れている。
 話しながら時折視線が宙をさまようのは、俺たちの扱いを決めかねているからだと判断した。

「できれば、俺たちを見知らぬ世界に放り出すのはなしの方向で……」

 貢献できそうにない以上、あまり強気に出ることはできない。
 目の前の中年太りおじさん、もとい大臣の恩情を期待するべき状況である。

「うーむ、君たちをどう扱えばいいものか……。王様はお休みになられたので、お気を煩わせるのもしのびない」

 大臣の様子に気を取られていると、隣にいる内川が肘で小突いてきた。

「(まずいな。何も知らないのに、ほっぽり出させるのは)」

「(使えない勇者の追放展開は勘弁してほしいね)」

 俺たちの小声の会話に気づく様子はなく、大臣は何かを閃いたようポンと両の手を合わせた。

「私の財産から当座の生活資金を授けよう。王都ならば安全で憂いもなく生活できるはず。あと、その服は目立つから、召使いに着替えを用意させよう」

 恐る恐る大臣の表情を覗いてみるが、交渉の余地はなさそうな気配が濃厚だった。
 ここで粘ると追放どころか、牢屋にレッツゴーの可能性もある。

「分かりました。俺はそれで構いません」

「……仕方がない」

 内川は不服そうだが、俺と同じような判断をしたようだ。

「うんうん、それが賢明だ。今後のことは王様と話し合って決める。君たちは王都で気ままに暮らすといい。十分な金額を渡すつもりだが、お金に困ったら私をたずねるんだね」

 大臣は気前のいい親戚のおじさんみたいな振る舞いだった。
 異世界で働き口が見つかるかも分からないし、高校生の俺にはお金を稼ぐ方法もイメージできない。
 厄介払いされているような気もするが、親切に応じてくれているだけでもマシだと思うべきなのか。

 それから俺たちは大臣に案内されて、この世界の庶民の服に着替えを済ませた。
 制服は運ぶのにかさばるので、城内で保管してもらうように頼んだ。
 
 大臣に用意された荷物を確認すると、たくさんの硬貨と護身用と思われる短剣。
 それ以外は使い道が分からない小物がいくつかあった。 
 トントン拍子で話が進んで、大臣に見送られながら城を後にした。

 何気なく振り返って城を見つめた後、内川と二人で歩き出した。
 立派な佇まいだが、早々に追い出されることになった。
 城門の前に伸びる道を進んだ先に王都があるらしい。

 まだこの世界になじめたわけではなく、どこか足元がおぼつかない感じだった。
 元の世界に帰ることは想像できず、いつまでいることになるのか予想できない。
 悪夢とまではいかないにしろ、まるで覚めない夢のようなものだと思った。
 感覚がどれだけ鮮明であっても、この状況を完全に受け入れられたわけではなかった。

「これでよかったのかな。先が思いやられる……」

「逆賊扱いされるよりはマシなんじゃないか。結局、異世界転移からのチートでオレツエーにはならなかったな」

 いつもは淡々としている内川だが、チート勇者ができないことが残念なようだ。
 俺はそれよりもこれからのことが気にかかっている。

 二人で話しながら少し進むと道の先は下り坂になっていた。
 そこから坂を下りて歩いたところで、目の前に王都が広がっていた。
 この目で街があることを目の当たりにしたことで、認めようのない現実なのだと実感させられた。
 
「すげー! ホントに異世界なんだな」

「うん、そうだね」

 俺は内川ほどの高揚はなかったものの、初めて目にする景色に感慨を覚えていた。
 古きよきヨーロッパを模したテーマパークのようだが、これは作りものではない。
 どうやら、王都というだけあって、それなりの規模があるみたいだ。

「……吉永、街に行く前にいいか?」

「どうしたの、改まって?」

「僕たちのスキルは陰キャ属性を投影したみたいにパッとしない。どう考えても、『ガンガンいこうぜ』とはならない」  

「まあ、そうだね」

 言葉になると現実を突きつけられるような感覚になるが、内川の言っていることに間違いはない。
 俺たちは自他共に認める陰キャだと思う。
 学校生活では派手な活躍とは縁遠い。

「そんな僕たちにできるのは、『いのちだいじに』という方針だと思うんだ」

 異世界転移をきっかけに覚醒したのだろうか。
 冴えないオタクだった男が主体性を発揮している。

「いいよそれで。俺のスキルも攻めには向かないし」

 こうして、俺たちは当面の方針を決めたのだった。
 攻勢に出られるスキルも高い身体能力もない以上、身の安全が優先されるべきだろう。


 あとがき
 お読み頂き、ありがとうございます!
 ちなみに内川のスキルはこう表示されています。

 名前:内川仁太
 スキル名:絶対領域
 能力:指定範囲の気配を完全に遮断

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