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第三章

不思議な鏡

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 サリオンと横並びの状態で城内の廊下を歩いている。
 一歩進むたびにコツン、コツンと足音が響く。
 入り口付近では窓や隙間から日光が差しこんでいたが、奥に進むにつれて薄暗くなってきた。
 ミレーナお手製の蛍光灯型の魔道具がなければ何も見えないだろう。

 現状では廃墟に等しいわけだが、この世界の建築技術ではこんなに大きなものを解体することはできないはずだ。
 壊すわけにもいかず、かといって放置するわけにもいかない。
 改めて考えてみると見回りが依頼されていることが納得できる気がした。

 サリオンの様子を見る限り、幽霊を恐れている様子はなく、この見回りも平気そうだった。
 あるいはエルフが平気なだけで、人族になれば捉え方は異なるのかもしれない。
 まだまだ知らないことがたくさんあることを再認識した。

「……普段はたいまつでも使ってるの?」

 考え続けるのに疲れてきたのと沈黙が続いていたので、何気なく声をかけた。
 サリオンは近くを歩ているとはいえ、古びた城の中を歩いていると落ちつかない気持ちになる。

「大抵はそうでしょう。城の素材は石材ですし、燃えるものも残っていませんから。ただ、たいまつだとやけどに注意することで注意が散漫になるので、この魔道具の方が安全で適しています」

「まあ、そうだろうね」

 俺は適当な返事を返した。
 途中から彼の話が耳に入ってこなかった。
 なぜなら、廊下の脇に置き去りにされた甲冑が目に入ったからだ。
 そこから視線を感じるわけではないものの、目を離せない状態になっていた。

 薄暗い空間にひっそりと佇んでいる様は恐怖心を刺激して、その姿は国民的RPGに登場するさまよえる鎧を想起させる。
 ゲームの中ではモンスター扱いだが、実質的にはお化けのようなものではないか。
 この状況で動き出しでもしたら、恐ろしさで心臓が止まりそうだ。

 何でもありの異世界とはいえ、中身が空の甲冑が動き出すことはなかった。
 肝が冷えたことを実感しつつ、サリオンと城内の廊下を歩く。
 どれぐらい歩いたか思い出せないが、それなりに歩き回った気がする。

「さて、もう少しです」

「それはよかった」 

 思わず弱々しい声が漏れる。
 サリオンはサクッと見回りを終える気でいるのか、特に気遣いを見せなかった。
 少し薄情に思えてしまうが、早く終わらせたい彼の気持ちも理解できる。
 
 やがて奥まった部屋に入ったところで、ここで最後だと説明があった。  
 二人で室内をチェックして異常がないかを確認する。
 ここまでに不審者の侵入はなく、目立つ問題はなかった。

「んっ?」

 さあ、これで終わりだと思ったところで、片足に何かが当たったような感触があった。
 そのまま反対の足を床に着地させるとめりこむように床が沈みこむ。
 ぐらりと重心がずれるような感覚が生じた瞬間、反射的にまずいことになったことが分かった。

「……しまっ――」

 足元から真っさかさまに落下する。
 あっという間に転がり落ちて、階下の床に投げ出された。
 身体に鈍い痛みがあるものの、そこまでひどくはない。
 魔眼の反応がないので、致命傷にはならなかったようだ。

「……ここはどこだろう」

 魔道具を手にしていたのは不幸中の幸いだった。
 周囲の様子を確かめることができる。
 光で照らそうとしたところで、上からサリオンの声が聞こえた。

「――おーい、無事ですか?」

「うん、大丈夫」

「他から回れないか調べてみます」

 彼がそう言った後、どこかに離れていく気配がした。
 このまま一人は心細いため、早く合流したいところである。
 魔眼の様子に変化はなく、そこまでの危険はないようだ。

 魔道具で周りを照らすと壁には古びた絵が飾られていた。
 日本でいうところの戦国絵巻のように人同士が戦う様子が描かれている。
 周囲に目を向ければ、倉庫というよりも誰かの私室だったことが分かる。
 天井に近い壁に通気口のような隙間があり、部分的に外の光が差しこんでいる。

 どこかに出口はないか調べてみると、大きな鏡が置かれているのに気づいた。
 王族の姿見として使われていたようで、鏡の縁に凝った装飾がされている。
 ふと、鏡の部分から淡い光が漏れているのが目に入った。
 
 導かれるように鏡の前に立つ。
 近くに誰もいなかったはずなのに、鏡の中に女性の姿が浮かび上がった。
 あるはずもないものに反応が遅れて、それを確かめた瞬間に叫び声がのどから出てくる。

「――うわっ、びっくりした!」

 城に潜む亡霊が映ったのかと思い、腰を抜かしそうになった。
 慎重に後ろを振り返るが、誰も立っていない。
 二十年に満たない人生の中で一番肝を冷やした瞬間だった。

 ……どうか見間違いであってくれ。
 俺は祈るような気持ちになりつつ、どうすべきかを考え始めた。

 サリオンと二人ならそこまで恐れる必要もないのだが、、自分一人の状況ではどうするにしても勇気が必要になる。
 このままでは身動きが取れなくなるので、どうにかしなければならない。 
 背中につたう冷たい汗を感じながら、鏡の方へと視線を戻した。

「――私の名前はリゼット」

「ひっ、しゃ、喋った!?」

 鏡の中に立体映像が投影されたように、彼女は口を動かして話している。
 にわかに信じがたいことだが、スクリーンのように機能しているようだ。
 俺は深呼吸して、改めて視線を向け直した。
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