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第三章
サリオンと合流する
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すぐに動き出す気持ちになれず、近くにあった椅子に腰かける。
こんなふうに喪失感を抱いたのはいつぶりぐらいだろう。
親戚のおじさんが亡くなった時、飼っていたペットが死んでしまった時。
リゼットと話した時間はわずかなものだったはずなのに、胸の中にぽっかりと穴が空いたような感覚がしていた。
そのまま打ちひしがれた想いでいると、人の気配が近づくことに気がついた。
頬にうっすらと涙が伝っているのに気づいて、慌てて手の甲で拭う。
この状況でやってくるとすればサリオンの可能性が高く、目が潤んでいるのを見せたくないと思った――ただの強がりかもしれないが――。
ふと視界の端に何かを捉えたことに気づいた。
距離が狭まるにつれて存在感が大きくなり、それがミレーナの魔道具による光だと分かった。
やがて姿を見せたのはサリオンだった。
「ふぅ、無事のようですね」
「……うん」
彼の呼びかけに応じたものの、まだ気持ちの整理がついていない。
リゼットのことを話そうとは思えなかった。
「こんなところに一人でいたら、恐ろしくもなりますね。見回りも終わりましたし、帰りましょう」
「そうだね、帰ろう」
俺は重たくなった腰を持ち上げて、二人で部屋を後にした。
サリオンが歩いた道を引き返していると、リゼットの鏡があった場所は地下の一角だったことが分かった。
通路の先にある一階への階段を上がってから城の外へと歩いていった。
城内から外に出ると空気が新鮮に感じられた。
鼻から息を吸いこみ、口から吐いてを繰り返す。
特に地下の部屋は埃っぽかったので、いくらか吸ってしまった気がする。
こうして広い空間に出てしまうとリゼットと話したことが夢の中の出来事のように感じられる。
まだまだ知らないことばかりなので、彼女の情報を集めるにしても時間が必要になりそうだ。
他にも知らなければならないこともあるため、順番に調べていけばいいだろう。
二人で城の前を離れて、誰もいない古城の敷地を後にした。
見回りが終わったので、これで帰るだけだ。
街の中心に近づくと、にぎやかな街の気配が感じられた。
「古城の見回りは報酬もいいですし、今日は天気もいい。私は馬毛亭で一杯やって帰ります。君は好きにしていいですよ」
「こんな時間から飲むんだね」
「ふふっ、いい天気です」
足元の石畳をさわやかな陽光が照らしている。
これから昼になろうかという時間帯だ。
「君の故郷ではなじみがないことですか? 明るい時間から飲んでいる冒険者連中はちらほらいますよ」
「さすがに口出しするつもりはない。今日は助けてもらったのもあるし」
「ああ、あの時はケガがなくてよかったです。それじゃあ、馬毛亭は向こうなので」
サリオンは上機嫌な様子で歩き去った。
おそらく、酒が飲めることがうれしいのだろう。
楽しげな彼の様子をうらやましく思いながら、遠ざかる背中を見送った。
特にやることもないし、洋館に戻るとしよう。
俺は来た道をそのまま引き返した。
移動を再開して、ふと魔眼のことが気になった。
人通りがまばらになったところを見計らって、スキルを表示する。
他の人には見えないと分かっていても目立ちたくなかった。
名前:吉永海斗
スキル名:転ばぬ先の魔眼
能力:所有者の危機を予知する
状態:大魔法使いリゼットによる封印――魔王の影響の無力化
今までになかった項目が追加されている。
リゼットがしてくれたことは効果があるようだ。
彼女と話した時間が夢ではないことだと分かった。
洋館への道を歩きながら、リゼットへの感謝の気持ちを抱いていた。
魔王の影響があればどうなっていたか分からない。
特殊なケースみたいなので、俺だけに起きたことならいいのだが。
「同じ魔法使いのミレーナなら、何か知っているかもしれない」
洋館に戻ってから、リゼットについてたずねることにした。
王都なら図書館などで情報を仕入れることもできる気がするが、顔見知りで賢そうなミレーナにたずねるのが近道のはずだ。
すでに何度か歩いた道を通って、洋館の中に入った。
お昼時ということもあり、料理の匂いが漂っていた。
廊下を通過していつもの部屋に入る。
「お疲れっす。見回りは終わったっすか?」
料理を配膳中のルチアが声をかけてきた。
大きな鍋にお玉を突っこんでいる。
身体能力が高いはずなのだが、裏方作業をしているところを見てばかりいる。
そんなことは口に出せず、素直に質問に応じることにする。
「うん、ついさっき。サリオンは馬毛亭に行ったよ」
酒を飲みに行ったと伝えたら、ルチアが悪態をつきそうなので、部分的にぼかしておいた。
彼女と話していると椅子に内川が座っているのが見えた。
向こうも俺に気づいていて、とても無視しようとは思えなかった。
「……元気?」
「この前は悪かった。サリオンとの依頼は危険だったと聞いた」
「うんまあ、そうだね」
気まずさはあるものの、普通に話せたことに安堵する。
城の転移魔法陣で飛ばされた六人はおらず、身近にいるクラスメイトは内川だけだ。
同じ世界の人間は貴重であり、友人である以上は良好な関係を維持したかった。
とはいえ、まだ完全に修復できた感じでもない。
話はそこまで弾まずにミレーナの姿を見つけて、彼女の近くの席に腰かけた。
あとがき
今回は魔眼の秘密が垣間見えるエピソードでした。
ストーリーが進むにつれて、この秘密は徐々に明らかになっていきます。
こんなふうに喪失感を抱いたのはいつぶりぐらいだろう。
親戚のおじさんが亡くなった時、飼っていたペットが死んでしまった時。
リゼットと話した時間はわずかなものだったはずなのに、胸の中にぽっかりと穴が空いたような感覚がしていた。
そのまま打ちひしがれた想いでいると、人の気配が近づくことに気がついた。
頬にうっすらと涙が伝っているのに気づいて、慌てて手の甲で拭う。
この状況でやってくるとすればサリオンの可能性が高く、目が潤んでいるのを見せたくないと思った――ただの強がりかもしれないが――。
ふと視界の端に何かを捉えたことに気づいた。
距離が狭まるにつれて存在感が大きくなり、それがミレーナの魔道具による光だと分かった。
やがて姿を見せたのはサリオンだった。
「ふぅ、無事のようですね」
「……うん」
彼の呼びかけに応じたものの、まだ気持ちの整理がついていない。
リゼットのことを話そうとは思えなかった。
「こんなところに一人でいたら、恐ろしくもなりますね。見回りも終わりましたし、帰りましょう」
「そうだね、帰ろう」
俺は重たくなった腰を持ち上げて、二人で部屋を後にした。
サリオンが歩いた道を引き返していると、リゼットの鏡があった場所は地下の一角だったことが分かった。
通路の先にある一階への階段を上がってから城の外へと歩いていった。
城内から外に出ると空気が新鮮に感じられた。
鼻から息を吸いこみ、口から吐いてを繰り返す。
特に地下の部屋は埃っぽかったので、いくらか吸ってしまった気がする。
こうして広い空間に出てしまうとリゼットと話したことが夢の中の出来事のように感じられる。
まだまだ知らないことばかりなので、彼女の情報を集めるにしても時間が必要になりそうだ。
他にも知らなければならないこともあるため、順番に調べていけばいいだろう。
二人で城の前を離れて、誰もいない古城の敷地を後にした。
見回りが終わったので、これで帰るだけだ。
街の中心に近づくと、にぎやかな街の気配が感じられた。
「古城の見回りは報酬もいいですし、今日は天気もいい。私は馬毛亭で一杯やって帰ります。君は好きにしていいですよ」
「こんな時間から飲むんだね」
「ふふっ、いい天気です」
足元の石畳をさわやかな陽光が照らしている。
これから昼になろうかという時間帯だ。
「君の故郷ではなじみがないことですか? 明るい時間から飲んでいる冒険者連中はちらほらいますよ」
「さすがに口出しするつもりはない。今日は助けてもらったのもあるし」
「ああ、あの時はケガがなくてよかったです。それじゃあ、馬毛亭は向こうなので」
サリオンは上機嫌な様子で歩き去った。
おそらく、酒が飲めることがうれしいのだろう。
楽しげな彼の様子をうらやましく思いながら、遠ざかる背中を見送った。
特にやることもないし、洋館に戻るとしよう。
俺は来た道をそのまま引き返した。
移動を再開して、ふと魔眼のことが気になった。
人通りがまばらになったところを見計らって、スキルを表示する。
他の人には見えないと分かっていても目立ちたくなかった。
名前:吉永海斗
スキル名:転ばぬ先の魔眼
能力:所有者の危機を予知する
状態:大魔法使いリゼットによる封印――魔王の影響の無力化
今までになかった項目が追加されている。
リゼットがしてくれたことは効果があるようだ。
彼女と話した時間が夢ではないことだと分かった。
洋館への道を歩きながら、リゼットへの感謝の気持ちを抱いていた。
魔王の影響があればどうなっていたか分からない。
特殊なケースみたいなので、俺だけに起きたことならいいのだが。
「同じ魔法使いのミレーナなら、何か知っているかもしれない」
洋館に戻ってから、リゼットについてたずねることにした。
王都なら図書館などで情報を仕入れることもできる気がするが、顔見知りで賢そうなミレーナにたずねるのが近道のはずだ。
すでに何度か歩いた道を通って、洋館の中に入った。
お昼時ということもあり、料理の匂いが漂っていた。
廊下を通過していつもの部屋に入る。
「お疲れっす。見回りは終わったっすか?」
料理を配膳中のルチアが声をかけてきた。
大きな鍋にお玉を突っこんでいる。
身体能力が高いはずなのだが、裏方作業をしているところを見てばかりいる。
そんなことは口に出せず、素直に質問に応じることにする。
「うん、ついさっき。サリオンは馬毛亭に行ったよ」
酒を飲みに行ったと伝えたら、ルチアが悪態をつきそうなので、部分的にぼかしておいた。
彼女と話していると椅子に内川が座っているのが見えた。
向こうも俺に気づいていて、とても無視しようとは思えなかった。
「……元気?」
「この前は悪かった。サリオンとの依頼は危険だったと聞いた」
「うんまあ、そうだね」
気まずさはあるものの、普通に話せたことに安堵する。
城の転移魔法陣で飛ばされた六人はおらず、身近にいるクラスメイトは内川だけだ。
同じ世界の人間は貴重であり、友人である以上は良好な関係を維持したかった。
とはいえ、まだ完全に修復できた感じでもない。
話はそこまで弾まずにミレーナの姿を見つけて、彼女の近くの席に腰かけた。
あとがき
今回は魔眼の秘密が垣間見えるエピソードでした。
ストーリーが進むにつれて、この秘密は徐々に明らかになっていきます。
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