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第四章

町長の決断

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 翌朝、兵士が町で収穫された作物を回収にやってくる時間が迫っていた。
 昨日と同じようにローマン町長の家に集まり、これから作戦についての話し合いが始まるところだ。
 内川が行方不明という状況はそのままで、それ以外の仲間は勢揃いしている。
 皆で丸テーブルを囲むかたちで椅子に座す状態。部屋の中は空気が張りつめているように感じた。 

「ウィニコット殿、作戦を始める前に最終確認をしたい。君たちが兵士を拘束したとして、我々が疑いをかけられないということでいいのだね」

「もちろんだ。誓って保証する」

 ウィニーは揺るがぬ自信を示すように、はっきりした声で言った。
 それに加勢するようにエリーが言葉を重ねる。

「町長、もしもの時は私たちに脅されたと言いなさい。フリッツは嬉々として受け入れるはずよ」

「エリシア様までそう言われるのであれば、疑うわけにはいきませんな」

 ローマンは根負けしたように息を吐き、下を向いて沈黙した。
 この地を訪れたばかりの俺でさえ、簡単に決断できないことが分かる。
 容易に反旗を翻すことができるなら、すでに実行しているはずだ。

 次に顔を上げた時、彼は吹っ切れたような表情になっていた。
 今回のことに及び腰なわけではなく、代表者としての責務を担うことへの決意を感じさせた。

「作物の徴収がこの町に不安を与えているのも事実。住人の不安の種を取り除けるのなら、君たちに任せよう」

「おう、心配はいらねえ」

「前置きが長くなったが、具体的な策を聞かせてほしい」

 それから、ウィニーが作戦について話を始めた。
 旅団全員で待ち構えていると、異変を気取った兵士が応援を呼びに引き返す可能性がある。
 そのため、人数は最小限が望ましいとのことだ。

「……それで、大役が俺でいいの?」

 まさかの成り行きにおずおずとたずねる。
 
「お前が一番面が割れてない上に、警戒されにくい」

「ああ、そういうこと」

 おそらく、強くなさそうに見えるという意味も含まれるのだと思った。
 ウィニーやルチアのような覇気がないことは自覚している。
 こればかりは事実なのでどうしようもない。
 直接言わないのはウィニーなりの優しさと思うことにした。
 それよりも自分の役割を確認しておきたい。
 ウィニーの話に耳を傾ける。

「カイトは町の人と一緒に運び出す作業をやってくれ。そこで必ず隙ができるから、それに乗じて兵士を制圧する」

「話はまとまったようだね」

「ああ、そうだな。早速、兵士が来る場所に向かう」

「町の者に案内させよう」

 すぐに一人の男性がやってきた。
 あらかじめローマンが声をかけていたのだと思った。
 
「それでは、こちらへ」

「じゃあ、行ってくる。留守の間、エリーを頼む」

 俺とウィニーはローマンの家を後にした。
 町の中を歩いて目的の場所へ向かう。
 夜から朝になったことで、この町が城塞都市のように四方を壁に囲まれていることを再認識した。
 地平線は見えるはずもないが、上空にはまばらに雲が浮かび、青く澄み渡る空が広がっている。

「徴収に来る兵士は二人ぐらいらしいが、おれなら楽に制圧できる。お前は戦おうとするなよ」

「そりゃもちろん。命は大事だから」

 自分の能力はよく分かっている。
 警戒心を刺激しないための囮のような要員であることも。
 ただ、俺がもっと戦いの経験を積んで、この世界の知識を蓄えることができたら、旅団のみんなの役に立てるのにと思う。

 外壁が近づくにつれて、周囲の建物が減っていた。
 代わりに畑が方々に目立つようになっている。
 わざわざ壁の中で農業をしているだけあり、熱心に色んな作物を育てているようだ。
 朝から農作業に精を出す日との姿がちらほらと見える。

「この人たちから作物を奪うのはよくない」

「ああ、ヴィルヘルム陛下が在位していた時はアストラルは独立が認められていたからな。フリッツの野郎は領民からむしり取ることに抵抗がないからタチが悪い」

 ウィニーは静かな怒りをたぎらせるように言った。
 ここまでの情報が正しければ、フリッツ公爵はエリー親子から王位を奪った悪漢ということになる。
 アストラルの現状や利他的なところのあるウィニーとエリーを見れば、どちらかが正しいかは考えるまでもなかった。
 それに王都では旅団の面々は好かれていたので、フリッツ公爵をだまし討ちを目論む勢力とは考えにくい。 

「到着しました。時間になるとあの通用門の外側に兵士が来ます」

「案内ありがとな」

「お役に立てたのであれば光栄です。失礼します」

 案内を務めてくれた男性は立ち去った。
 その場から門の方に目を向けると、運搬を担う町の人がいるのが見えた。
 ウィニーと二人で目的の場所まで歩いていく。
 いよいよその時が近づいていると思うと、緊張で両手に汗がにじんでいた。

 待機している町の人も二人で、それぞれの顔には緊張と不安が混ざったような色が見て取れた。
 彼らは農夫のようないでたちで、畑作業の合間にここにいるようだ。
 俺たちが会話のできるような距離に近づいた後、片方の男性がおもむろに口を開く。

「もう少ししたら兵が来る頃合いです」

「おう、そうか。カイトは二人を手伝うようにな。おれは見つからないように隠れる」

「分かった」

 ウィニーはその体格から想像できないような軽い身のこなしで通用門の死角に身を潜めた。
 途中から目で追いきれずにどこにいるのか分からなくなった。
 身体能力だけでなく、まだ見ていない実力が隠されている気がした。
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