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第16話 追憶 8
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「で、この巻物じゃが、片方はワシ、もう片方はゼミの学生が書いたものじゃ。ちなみにワシは天与で〈神代言語解読〉をもっておる」
「解読……」
解読系の天与を持つ人に出会ったのは久しぶりだ。孤児院にもいた。
天与は使用方法が限定されるほうが、より強力になる傾向がある。
例えば〈神代言語解読〉なら、解読できる言語は神代言語に限定される分、成長率が高いはずだ。要するに、一般的に見て「使える天与」というヤツだ。
漠然とした使用方法の天与は、なんの役にも立たないなんてことも珍しくない。
僕みたいに赤ん坊の頃から明確な記憶があり、日本語などをマスターしていて、それを利用するなどという発想に至らなければ、この〈解読〉も同じような結果に終わったことだろう。
「ちなみに、お前さんはごく当たり前にこの神代言語――ちなみに天使語じゃが――で書かれた魔法陣を読んだな?」
「え、えぇ……」
ずいっと髭面が近づいてきて、僕は後ろに下がった。8歳児に迫る60歳くらいの老人の図。
正直そばにティエラ姉ちゃんがいなければ逃げだしていたかもしれない。
けどティエラ姉ちゃんはこのお爺さんのことをとても信頼しているらしく、特に何も言わない。興味深そうに僕らのやり取りを聞いている。
「……巻物も魔法陣も、理解せず書き写しただけではただの落書きでしかない」
「…………え?」
今、何か衝撃的なことを言われなかったか?
ずっとここ数か月悩んでいた問題に対する解答をもらった気がする。
聞き間違いだろうか?
「……あの、それって一般論なんですか?」
「一般論? お前さん、ティエラから8歳だと聞いてたのに、天使語を読むわ書くわは、当たり前のように難しい言葉遣いをするわ……ほんとに8歳児か?」
疑いの目を向けられて、僕は慌てて目をそらした。
これまでにも年不相応な反応を怪しまれたことはあったが、ここまではっきりと訝し気な視線を向けられたのは初めてだった。
「じゃっじゃあ、なんだと思うんですか?」
苦し紛れに反論すると、「そうじゃな……」と腕を組んだ初老の老人は、
「天使じゃ!」
と叫んだ。
「そうです! アル君は天使なんです!」と今まで静かに話を聞いていたティエラ姉ちゃんが目をキラキラさせて参戦してきた。やめて。今は静かにしてて。ティエラ姉ちゃん。
心の中の叫びが通じたのか、ハッとしたティエラ姉ちゃんは頬を染めて後ろに下がった。
良かった……。
「……天使じゃないです。人間です」
「わかっとるよ。フォッホッホッホ」
気持ちよさそうに笑う老人をジト目で睨む。
「で、話を戻してもらっていいですか?」
「良いぞ。……まぁ、でも頭の良いお前さんのことじゃ、おおよそ見当がついとるんじゃないかな?」
「……巻物も魔法陣も、理解せず書き写しただけではただの落書きでしかない……これはおそらくあまり知られてないでしょう」
「なぜそう思う?」
「そんなことがわかるのは、あなたや僕のような解読系の天与を持っている人だけだからです。……それに、そもそも理解せずに魔法陣を書くという行為自体が本来成立しない」
「ほほぅ」
老人が愉快そうに目を細めて、白髭をしごく。
「なぜ?」
「だって、魔法には魔力が必要だ。魔力を持つなら魔法適正が少なからずある。なら当然、魔法適正によって魔法陣もある程度理解できるからです。もちろん難しくて理解できなかったり、この天使語のような特別な言語を知らなかったりするケースは別でしょうけど」
「その通り。……で、その見慣れぬ魔法陣はなんじゃ? 特に外周部が意味不明じゃな」
「――うっ」
かなり良いところを突かれた。
僕の足元に書かれた魔法陣3つは、天使語、魔神語、精霊語の3種類だが、その外周部の文字は、例の筆頭宮廷魔術師シャヒール・クルメスの〈マナ式魔術〉を〈解読〉し〈複写〉したものだ。
〈複写〉は丸ごとコピーするだけでなく、部分コピーのようなものもできる。外周部には以前〈解読〉した〈大気は神の手のひらにして、大いなる慈悲なり〉の文字列。そしてその中央部にはティエラに教えてもらった水の初歩魔法のものになっていた。《七閃突》なんて危険な魔法で練習して、胴体に穴が空いたらしゃれにならない。
「答えられんようなことをしておったのか?」
「そ、それは……」
僕は元々2度目の人生では後悔がないように生きようと決めていた。前の人生の最大の後悔は、家族を失ったことだ。
だから今度は、孤児院の家族――特にルヴィアとティエラ姉ちゃんを守るために生きようと決めていた。
「中央は、初歩の水魔法……。一応、周囲に悪影響が出ないように考えていたわけか。悪魔召喚などしようとしておったら、しょっぴくつもりじゃったがな」
「しませんよ! そんなこと!」
どこの孤児が孤児院の裏で悪魔召喚などするものか!
だが改めて考えてみると、根暗な孤児が、孤児院の裏でこそこそと魔法陣を書いて、ああでもないこうでもないと唸っている様子は不気味かもしれない。
「ワシの名は、ブルックス・ゴル・フリードマン。王立魔術学園神代言語学科主任教授じゃ。……立派な所属と肩書じゃが、魔法は苦手でな。もっぱら古代の遺跡に潜ってはトレジャーハンターのような真似をしておる」
テンガロンハットのつばを指先で持ち上げる。
「今日も遺跡の帰りでな」
どうりで埃っぽい格好をしていると思った。相当型破りな人物なのだろう。これで教授とか……。
「もし、お前さんがその研究で行き詰まることがあったら、アステア書房を訪ねてくるといい。力になってやろう」
「えっ……でも……」
「ワシはこれでも優秀じゃぞ? なにせ――」
僕の耳元で囁いた。
「この短時間でその魔法陣を解読したんじゃからな。今の今までかかったが。……〈大気は神の手のひらにして、大いなる慈悲なり〉ってどっかで聞いた文言じゃな」
僕の耳元から顔を放して、目を見つめてニヤリと悪戯小僧のように笑った。
ブルックス・ゴル・フリードマン教授は大きく伸びをしたあと、ティエラを振り返った。
「ティエラもルヴィアも、心配せんでいいぞ。小僧のやっとることはたいして危険ではない。せいぜいこの辺りが水浸しになるくらいじゃ。魔法陣が発動したとしてな」
「よかったぁ……」
ホッとした様子のティエラと、かなり離れた木の陰から安堵の表情を覗かせるルヴィア。
(そっか……。2人には心配をかけてたのか……)
目的は2人に関わることだし、魔法陣も内容が内容だしで、2人に詳しく説明していなかったのだ。信じていることと安心できるかどうかは別物だ。
「大丈夫だよ。危ないことなんかしないから」
まだね、という言葉は飲み込む。
2人が危険に巻き込まれない限りは、僕も無茶はしない。けど、もし2人が危険に巻き込まれるようなことがあれば、きっと僕は力の限り駆けつけることだろう。
「解読……」
解読系の天与を持つ人に出会ったのは久しぶりだ。孤児院にもいた。
天与は使用方法が限定されるほうが、より強力になる傾向がある。
例えば〈神代言語解読〉なら、解読できる言語は神代言語に限定される分、成長率が高いはずだ。要するに、一般的に見て「使える天与」というヤツだ。
漠然とした使用方法の天与は、なんの役にも立たないなんてことも珍しくない。
僕みたいに赤ん坊の頃から明確な記憶があり、日本語などをマスターしていて、それを利用するなどという発想に至らなければ、この〈解読〉も同じような結果に終わったことだろう。
「ちなみに、お前さんはごく当たり前にこの神代言語――ちなみに天使語じゃが――で書かれた魔法陣を読んだな?」
「え、えぇ……」
ずいっと髭面が近づいてきて、僕は後ろに下がった。8歳児に迫る60歳くらいの老人の図。
正直そばにティエラ姉ちゃんがいなければ逃げだしていたかもしれない。
けどティエラ姉ちゃんはこのお爺さんのことをとても信頼しているらしく、特に何も言わない。興味深そうに僕らのやり取りを聞いている。
「……巻物も魔法陣も、理解せず書き写しただけではただの落書きでしかない」
「…………え?」
今、何か衝撃的なことを言われなかったか?
ずっとここ数か月悩んでいた問題に対する解答をもらった気がする。
聞き間違いだろうか?
「……あの、それって一般論なんですか?」
「一般論? お前さん、ティエラから8歳だと聞いてたのに、天使語を読むわ書くわは、当たり前のように難しい言葉遣いをするわ……ほんとに8歳児か?」
疑いの目を向けられて、僕は慌てて目をそらした。
これまでにも年不相応な反応を怪しまれたことはあったが、ここまではっきりと訝し気な視線を向けられたのは初めてだった。
「じゃっじゃあ、なんだと思うんですか?」
苦し紛れに反論すると、「そうじゃな……」と腕を組んだ初老の老人は、
「天使じゃ!」
と叫んだ。
「そうです! アル君は天使なんです!」と今まで静かに話を聞いていたティエラ姉ちゃんが目をキラキラさせて参戦してきた。やめて。今は静かにしてて。ティエラ姉ちゃん。
心の中の叫びが通じたのか、ハッとしたティエラ姉ちゃんは頬を染めて後ろに下がった。
良かった……。
「……天使じゃないです。人間です」
「わかっとるよ。フォッホッホッホ」
気持ちよさそうに笑う老人をジト目で睨む。
「で、話を戻してもらっていいですか?」
「良いぞ。……まぁ、でも頭の良いお前さんのことじゃ、おおよそ見当がついとるんじゃないかな?」
「……巻物も魔法陣も、理解せず書き写しただけではただの落書きでしかない……これはおそらくあまり知られてないでしょう」
「なぜそう思う?」
「そんなことがわかるのは、あなたや僕のような解読系の天与を持っている人だけだからです。……それに、そもそも理解せずに魔法陣を書くという行為自体が本来成立しない」
「ほほぅ」
老人が愉快そうに目を細めて、白髭をしごく。
「なぜ?」
「だって、魔法には魔力が必要だ。魔力を持つなら魔法適正が少なからずある。なら当然、魔法適正によって魔法陣もある程度理解できるからです。もちろん難しくて理解できなかったり、この天使語のような特別な言語を知らなかったりするケースは別でしょうけど」
「その通り。……で、その見慣れぬ魔法陣はなんじゃ? 特に外周部が意味不明じゃな」
「――うっ」
かなり良いところを突かれた。
僕の足元に書かれた魔法陣3つは、天使語、魔神語、精霊語の3種類だが、その外周部の文字は、例の筆頭宮廷魔術師シャヒール・クルメスの〈マナ式魔術〉を〈解読〉し〈複写〉したものだ。
〈複写〉は丸ごとコピーするだけでなく、部分コピーのようなものもできる。外周部には以前〈解読〉した〈大気は神の手のひらにして、大いなる慈悲なり〉の文字列。そしてその中央部にはティエラに教えてもらった水の初歩魔法のものになっていた。《七閃突》なんて危険な魔法で練習して、胴体に穴が空いたらしゃれにならない。
「答えられんようなことをしておったのか?」
「そ、それは……」
僕は元々2度目の人生では後悔がないように生きようと決めていた。前の人生の最大の後悔は、家族を失ったことだ。
だから今度は、孤児院の家族――特にルヴィアとティエラ姉ちゃんを守るために生きようと決めていた。
「中央は、初歩の水魔法……。一応、周囲に悪影響が出ないように考えていたわけか。悪魔召喚などしようとしておったら、しょっぴくつもりじゃったがな」
「しませんよ! そんなこと!」
どこの孤児が孤児院の裏で悪魔召喚などするものか!
だが改めて考えてみると、根暗な孤児が、孤児院の裏でこそこそと魔法陣を書いて、ああでもないこうでもないと唸っている様子は不気味かもしれない。
「ワシの名は、ブルックス・ゴル・フリードマン。王立魔術学園神代言語学科主任教授じゃ。……立派な所属と肩書じゃが、魔法は苦手でな。もっぱら古代の遺跡に潜ってはトレジャーハンターのような真似をしておる」
テンガロンハットのつばを指先で持ち上げる。
「今日も遺跡の帰りでな」
どうりで埃っぽい格好をしていると思った。相当型破りな人物なのだろう。これで教授とか……。
「もし、お前さんがその研究で行き詰まることがあったら、アステア書房を訪ねてくるといい。力になってやろう」
「えっ……でも……」
「ワシはこれでも優秀じゃぞ? なにせ――」
僕の耳元で囁いた。
「この短時間でその魔法陣を解読したんじゃからな。今の今までかかったが。……〈大気は神の手のひらにして、大いなる慈悲なり〉ってどっかで聞いた文言じゃな」
僕の耳元から顔を放して、目を見つめてニヤリと悪戯小僧のように笑った。
ブルックス・ゴル・フリードマン教授は大きく伸びをしたあと、ティエラを振り返った。
「ティエラもルヴィアも、心配せんでいいぞ。小僧のやっとることはたいして危険ではない。せいぜいこの辺りが水浸しになるくらいじゃ。魔法陣が発動したとしてな」
「よかったぁ……」
ホッとした様子のティエラと、かなり離れた木の陰から安堵の表情を覗かせるルヴィア。
(そっか……。2人には心配をかけてたのか……)
目的は2人に関わることだし、魔法陣も内容が内容だしで、2人に詳しく説明していなかったのだ。信じていることと安心できるかどうかは別物だ。
「大丈夫だよ。危ないことなんかしないから」
まだね、という言葉は飲み込む。
2人が危険に巻き込まれない限りは、僕も無茶はしない。けど、もし2人が危険に巻き込まれるようなことがあれば、きっと僕は力の限り駆けつけることだろう。
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