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第19話 アルVS《孤児食い》 1

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「《孤児食い》との遭遇を前に、1番の不安要素がリュックに入った禁書ってのはどうなんだろうな……」

受け取ったことを少しだけ後悔しながらも、王都から少し離れた草原の石の陰に埋めておく。ちょっと変わった形の石なので、あとで掘り返すときに忘れることはないだろう。

禁書の鎖を解き、中身を少し読んで後悔したからこそ、手元にはあまり置いておきたくなかった。発狂こそしなかったものの、とんでもない激痛が目と頭に走ったためだ。一応、最初のほうのページは魔神語デモンズの攻撃魔法ということだけは理解できたが、それ以上読む気になれなかった。

「こんな凶悪な魔法を使うことなんて、あるとは思えないしな」

独り言ちる。この何もない草原で野宿する振りをしていると、尾行者はどこかに消えた。おそらく主人である孤児院長の元に戻ったのだろう。

「さて……。夕食も済ませたし、準備も万端だ……あとはこの草原で待つだけだな」

一見すると何もないような草原を見渡す。実際は、尾行者がいなくなったあと、巻物スクロールを数か所に分けて埋めた。
そして上着の下、お腹と背中にも1枚ずつ隠し持っている。
ちなみに草原に下ろしたリュックの中にも羊皮紙は入っているが、あれはブラフだ。

ブルックス・ゴル・フリードマン教授のおかげで、理解して〈複写〉することの重要性を学んだ。
ただハンコのようにポンポンと量産すればいいわけじゃないということを。それでも毎回必ず巻物スクロールの作成が成功するわけじゃない。それはイメージ力が足りないのか、単純に成功率という隠しパラメーターのようなものが存在しているのか、それはまだわからない。とりあえず失敗した物は、リュックに詰めて、いざというときに敵の注意を引きつけるのに利用することにした。

日が落ちる前に、焚き火を始める。できるだけ消されにくいように、大きめの火を起こした。8歳児にとって、薪集めも重労働だった。相変わらず貧弱すぎる体だ。

(念のため巻物スクロールを埋めた地点をもうちょっと焚き火に近づけておいたほうがいいかもな……)

相手に気づかれて足元をえぐられては面倒と、わざと少し遠くに配置したが、遠すぎたかもしれない。

ぐぅっと手を伸ばすが、めっちゃ手が短い。8歳児の体は不便だ。歩幅も小さいしな。

そんな不安を覚えながら、完全に日が落ちた草原でたたずんでいると、草を踏む足音がした。僕に比べればかなり重い足音だ。

「よう。マセガキ」

半袖短パンで、ズボンのポケットに両手を突っ込んだ大柄な13歳の男が両目を赤く爛々と輝かせてやってきた。15歳で立派な成人として見なされるこの異世界では、彼はもう少年ではなく、大人と分類すべきかもしれない。

ニヤリと笑う男の口の端に牙が見えた。

「ガスロか……」

(やはり予想通り変身能力みたいだな)

「ガスロさんだろっ、マセガキ! それかガスロ様だ! お前のようにルヴィアとティエラの後ろにくっついてなきゃ何もできないガキと違って、俺様は天与ギフトランクB+なんだからな!」

13歳なのに、ひどく大きく見えた。まだ身長まで変化した様子はないのに。

(そういや小学校の低学年くらいの頃は、高学年や中学生がやたら大人に見えたっけなぁ……)

「おい、どうした? 恐怖で声も出ないのか?」

口元を歪めると、ぼたぼたとガスロの口の端から涎が落ちる。

「先に聞いておきたい」

よし。声は震えてないぞ。
さすがに何年も前から覚悟していただけあって、肝が据わっていた。

そんな僕に、ガスロは鼻で笑った。

「脳みそお花畑のお前には、これから何が起こるのかまださっぱりわかっちゃいねぇみたいだな」

涎を手の甲でぬぐいながらガスロが笑う。

「いいや」

僕はゆっくりと首を振る。

「ユリーチカ、サシャ、サントス、ベヘ……みんな、お前が殺したんだろ?」

姉達と兄達の名を口に出すと、はらわたが煮えくり返るほどの怒りを覚えた。

フリードマン教授に出会うのがもっと早く、マナ式魔術の習得がもう少し早ければ助けられたかもしれない孤児達の名だ。

「……なに?」

初めて警戒を露わにしてガスロが立ち止まった。

「おい」

恫喝するような声には、まだ嘲りの色がある。13歳にしては大柄の彼と8歳児とでは体格が違い過ぎるのだ。

それに――。

みちみちっ、とガスロの半袖短パンが音を立て始める。半袖の縫い目が解け、引き裂かれていく。
二回りほど上半身が大きくなったガスロの肉体は、全身が固そうな毛で覆われていた。

剛毛で手の甲まで覆われたガスロは、再度恫喝した。

「誰から聞いた?」

恐ろしい声だ。
前世でも現世でも、こんな化け物じみた存在と対峙したことなどない。

「聞いたんじゃない。調べたんだ」

孤児院長室で探し出した秘密の書類のことを話す。

「おい! まさか……!」

「意外と頭が回るんだな、ガスロは」

「ふざけるな! 貴様が孤児院から持ち出したあの羊皮紙! あの必死に丸まって守っていたアレはまさか――!?」

「そう。そのまさかだ。……孤児院長とガスロの悪事はすべて写し取った。僕のスキル――〈複写〉でね」

何もない右手を差し出す。

「……楽に死ねると思うなよ、マセガキ……お前は指の1本ずつ死なないように丁寧にむさぼってやる」

「そうやって孤児院を追い出した孤児達――同じ屋根の下で暮らした年下の子供達を殺してきたのかよ、ガスロ」

「それがどうした? ……そうそう。お前の大好きなシンシアお姉ちゃんだがな、孤児院長の逆鱗に触れたそうだぞ」

「――なっ!?」

初めて驚愕する僕に、ガスロはニヤニヤと笑いながら続ける。醜悪に歪んだ緑色の化け物の顔で。

「貴様を見送ったせいだ」

「…………」

「あれがきっかけだな。しかも、あのシンシアという向こう見ずな正義感気取りの大馬鹿女は、お前を孤児院に戻して欲しいと、孤児院長の足にすがって懇願したらしい。あまりにもうざかったから、孤児院長が明日中に孤児院を出るように命じたそうだ」

全身から血の気が引くようだった。

彼女はやはり、を見捨てることができなかったんだ。

(やっぱり時間もないな……)

覚悟を決める。

「ガスロ。お前は人殺しだ。そして孤児院長も同罪だ」

天与ギフトランクB+の俺様の能力を見て、頭がおかしくなったか?」

「その食人鬼オーガ化がその能力か?」

「…………。まぁな」

妙な間があった。少し気になる。だが多少の予定外の状況くらい織り込み済みだ。もうやるしかない。生き残る道はそれしかないのだ。

シンシアもターゲットに含まれている以上なおさらだった。
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