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第31話 最前線のルヴィアとティエラ 2
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「フリードマンさんのこと、とても小さい頃から知ってたけど、一緒に戦場に立って改めて知ったわ。……とっても凄い人だね」
夜間の見張り用の灯火がうっすらと差し込むテントの中、ティエラは隣で横になっているルヴィアに話しかけた。
「そういや、アルにフリードマンお爺ちゃんを紹介したのってティエラだっけ」
「うん。……アル君ってなんだかとっても不思議な子でしょ? 周囲のことがすごくよく見えているみたいに感じられるときもあるのに、まるで周りが見えてないんじゃないかってすごく不安を覚えるときもあるの」
「あるある」とルヴィアは笑いだしそうになるのを布団を口元にあてて押し殺している。ここは戦地。多くの兵士達は疲れて眠っているのだ。
「……あのとき複雑な魔法陣をいくつも〈複写〉したり〈解読〉したりしてた頃は、不安を覚えたときなんだ……」
「うん。あたしも、ちょっとだけ不安だった。ちょっぴりだけどね」
あの魔法陣は勇者や聖女という最高位の天与を持つ存在から見ても、異質と思える気配があったのだ。どこかで見たことがある気もしたが、あまりにも複雑すぎてよくわからなかった。
「フリードマンさんもおんなじ。アル君といっしょで、とてもよく周囲が見えてる。戦場でも、戦闘が終わったあとでも……」
「だからごめん、ってば」
単騎駆けしたことと、戦闘が終わったあともピリピリしていたことをルヴィアは謝る。時間が経てば、彼女にだってわかる。ティエラがなぜ心配そうにしていたのかも。フリードマンがどうしてわざと滑稽に振る舞って笑いを取ったのかも。
「アル達、元気してるかなー?」
強引に話を変えるように、両手を頭の後ろで組んでテントの天井を見上げたルヴィア。ティエラもそのわざとらしい話題転換に乗った。彼女自身、アルフィやシンシアなど他の第13孤児院の孤児達のことが気になっていたのだ。
「……たぶん大丈夫だよ」
「それはあの院長先生を信じて?」
ルヴィアの問いに、ティエラの声のトーンが落ちる。
「……ううん。できれば、院長先生もいい人であって欲しいと思う。けど、難しいんじゃないかな」
だって、とティエラは悲しそうに続ける。
「戦争が長引いてるし、人は弱いから……。だからきっと何かにすがりたくて、悪いことをしちゃったり、間違ったことをしちゃったりする人もきっと出てくるんだよ」
「まるで聖光神殿の聖女様みたいねっ」
ちゃかすルヴィアに、「もうっ」とすねたティエラが、隣の親友の布団に潜り込む。くすぐられたルヴィアが必死で笑いをかみ殺す。もう夜も遅い。
しばらくして、
「……ふぅ……ふぅ……」
「はぁ……はぁ……」
少女達の荒い呼吸音が薄暗いテントの中で響く。テントの内部の湿度が若干上昇したようにさえ感じられた。
「……いい感じに緊張ほぐれた。ありがと、ティエラ」
「こっちこそ。わざと冗談言ったんでしょ?」
「まぁね」
2人は引っついて1つの布団の中で横になっていた。
肩が触れ合うほど近くにいた。
「あったかい……」
「うん……」
「アル君みたい」
「アル、元気かなー」
「ルビーってば、暇さえあればそればっか」
「ティエラだって3回に1回はアルって言ってるよ」
「さすがにそこまでは言ってないよ。せいぜい5、6回に1回くらいじゃないかな?」
「それでも十分に多いと思うけど……」
テントの中で繰り広げられるガールズトークは、戦場の薄闇の中に溶けていく。
「孤児院のことならきっと大丈夫よ。アルだっているし」
「勇者様にそこまで信頼されるなんて、アル君ってば凄いね」
「うん。アルは凄いんだ」
ちゃかした口調だったのに、全肯定されたティエラは面食らう。
「でも8歳だよ?」
「大丈夫よ、アルだもん」
ティエラが不思議そうに首をかしげて黙り込んでいると、ルヴィアは尋ねた。
「もし、ティエラが天与第一主義みたいな孤児院で育って、最低ランクの天与しか持ってなかったらどうする?」
その例えが誰を指しているのかすぐにわかり、ティエラは微笑んだ。
「泣いちゃうかも」
「うん。……泣くかもしれないね。あたしだって、泣くかも。アルだって、きっと泣いたと思う。けどね……」
ルヴィアはずっと秘めていた思いを語るように静かな声で、幼い頃のアルフィ・ホープスとの初めての出会いを語った。
ルヴィアが5歳のとき、当時まだ3歳だったアルフィ。
彼はガスロなどの他の孤児達に馬鹿にされ続けても、自らの天与を磨き続けていた。たった1人で、誰もいない孤児院の裏手で黙々と。
それが惰性でもなければ、逃避でもないことは、その真剣な表情が告げていた。
「あたしね、アルのこと、あのときから尊敬してるんだ。……あたしは――逃げた。……勇者っていうプレッシャー……近い将来魔王軍なんて恐ろしい相手と戦わなくちゃならない自分の運命……並ぶ者のいない天与ランク最高位S+という重圧……そんなすべてがわずらわしくて、怖くて、直視できなくて…………そんなとき、アルを見かけたんだ」
ルヴィアは頭をかく仕草をした。
「最初見たときは『何してるんだろー?』、次見たときに何をしているか知って『無駄なことしちゃって!』、その次も、そのまた次も、他の孤児達と同じく、内心馬鹿にしてたんだ。邪魔こそしなかったけど、『馬鹿だな』『間抜けだな』って思ってた。……でも、いつからか、見かけるたびに尊敬するようになっていった」
「そっか――」
ティエラも何かを思い出すかのように頷いた。
「勇者ルヴィア誕生秘話だね」
「秘話だよ。絶対に内緒。誰にもしゃべらないでね。……特にアルには」
「アル君なら馬鹿にしたりしないと思うけど?」
「違うの。嫌われたくないから」
「それも気にしなくて大丈夫だと思うけど」とつぶやいたティエラの声は、眠そうなルヴィアのあくびによってさえぎられた。
「そろ……そろ……」
「うん……寝ようか……」
疲れ果てた少女達は抱き合うようにして眠りに落ちた。
夜間の見張り用の灯火がうっすらと差し込むテントの中、ティエラは隣で横になっているルヴィアに話しかけた。
「そういや、アルにフリードマンお爺ちゃんを紹介したのってティエラだっけ」
「うん。……アル君ってなんだかとっても不思議な子でしょ? 周囲のことがすごくよく見えているみたいに感じられるときもあるのに、まるで周りが見えてないんじゃないかってすごく不安を覚えるときもあるの」
「あるある」とルヴィアは笑いだしそうになるのを布団を口元にあてて押し殺している。ここは戦地。多くの兵士達は疲れて眠っているのだ。
「……あのとき複雑な魔法陣をいくつも〈複写〉したり〈解読〉したりしてた頃は、不安を覚えたときなんだ……」
「うん。あたしも、ちょっとだけ不安だった。ちょっぴりだけどね」
あの魔法陣は勇者や聖女という最高位の天与を持つ存在から見ても、異質と思える気配があったのだ。どこかで見たことがある気もしたが、あまりにも複雑すぎてよくわからなかった。
「フリードマンさんもおんなじ。アル君といっしょで、とてもよく周囲が見えてる。戦場でも、戦闘が終わったあとでも……」
「だからごめん、ってば」
単騎駆けしたことと、戦闘が終わったあともピリピリしていたことをルヴィアは謝る。時間が経てば、彼女にだってわかる。ティエラがなぜ心配そうにしていたのかも。フリードマンがどうしてわざと滑稽に振る舞って笑いを取ったのかも。
「アル達、元気してるかなー?」
強引に話を変えるように、両手を頭の後ろで組んでテントの天井を見上げたルヴィア。ティエラもそのわざとらしい話題転換に乗った。彼女自身、アルフィやシンシアなど他の第13孤児院の孤児達のことが気になっていたのだ。
「……たぶん大丈夫だよ」
「それはあの院長先生を信じて?」
ルヴィアの問いに、ティエラの声のトーンが落ちる。
「……ううん。できれば、院長先生もいい人であって欲しいと思う。けど、難しいんじゃないかな」
だって、とティエラは悲しそうに続ける。
「戦争が長引いてるし、人は弱いから……。だからきっと何かにすがりたくて、悪いことをしちゃったり、間違ったことをしちゃったりする人もきっと出てくるんだよ」
「まるで聖光神殿の聖女様みたいねっ」
ちゃかすルヴィアに、「もうっ」とすねたティエラが、隣の親友の布団に潜り込む。くすぐられたルヴィアが必死で笑いをかみ殺す。もう夜も遅い。
しばらくして、
「……ふぅ……ふぅ……」
「はぁ……はぁ……」
少女達の荒い呼吸音が薄暗いテントの中で響く。テントの内部の湿度が若干上昇したようにさえ感じられた。
「……いい感じに緊張ほぐれた。ありがと、ティエラ」
「こっちこそ。わざと冗談言ったんでしょ?」
「まぁね」
2人は引っついて1つの布団の中で横になっていた。
肩が触れ合うほど近くにいた。
「あったかい……」
「うん……」
「アル君みたい」
「アル、元気かなー」
「ルビーってば、暇さえあればそればっか」
「ティエラだって3回に1回はアルって言ってるよ」
「さすがにそこまでは言ってないよ。せいぜい5、6回に1回くらいじゃないかな?」
「それでも十分に多いと思うけど……」
テントの中で繰り広げられるガールズトークは、戦場の薄闇の中に溶けていく。
「孤児院のことならきっと大丈夫よ。アルだっているし」
「勇者様にそこまで信頼されるなんて、アル君ってば凄いね」
「うん。アルは凄いんだ」
ちゃかした口調だったのに、全肯定されたティエラは面食らう。
「でも8歳だよ?」
「大丈夫よ、アルだもん」
ティエラが不思議そうに首をかしげて黙り込んでいると、ルヴィアは尋ねた。
「もし、ティエラが天与第一主義みたいな孤児院で育って、最低ランクの天与しか持ってなかったらどうする?」
その例えが誰を指しているのかすぐにわかり、ティエラは微笑んだ。
「泣いちゃうかも」
「うん。……泣くかもしれないね。あたしだって、泣くかも。アルだって、きっと泣いたと思う。けどね……」
ルヴィアはずっと秘めていた思いを語るように静かな声で、幼い頃のアルフィ・ホープスとの初めての出会いを語った。
ルヴィアが5歳のとき、当時まだ3歳だったアルフィ。
彼はガスロなどの他の孤児達に馬鹿にされ続けても、自らの天与を磨き続けていた。たった1人で、誰もいない孤児院の裏手で黙々と。
それが惰性でもなければ、逃避でもないことは、その真剣な表情が告げていた。
「あたしね、アルのこと、あのときから尊敬してるんだ。……あたしは――逃げた。……勇者っていうプレッシャー……近い将来魔王軍なんて恐ろしい相手と戦わなくちゃならない自分の運命……並ぶ者のいない天与ランク最高位S+という重圧……そんなすべてがわずらわしくて、怖くて、直視できなくて…………そんなとき、アルを見かけたんだ」
ルヴィアは頭をかく仕草をした。
「最初見たときは『何してるんだろー?』、次見たときに何をしているか知って『無駄なことしちゃって!』、その次も、そのまた次も、他の孤児達と同じく、内心馬鹿にしてたんだ。邪魔こそしなかったけど、『馬鹿だな』『間抜けだな』って思ってた。……でも、いつからか、見かけるたびに尊敬するようになっていった」
「そっか――」
ティエラも何かを思い出すかのように頷いた。
「勇者ルヴィア誕生秘話だね」
「秘話だよ。絶対に内緒。誰にもしゃべらないでね。……特にアルには」
「アル君なら馬鹿にしたりしないと思うけど?」
「違うの。嫌われたくないから」
「それも気にしなくて大丈夫だと思うけど」とつぶやいたティエラの声は、眠そうなルヴィアのあくびによってさえぎられた。
「そろ……そろ……」
「うん……寝ようか……」
疲れ果てた少女達は抱き合うようにして眠りに落ちた。
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