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第48話 村長の感謝
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落ち着いたアンジェラは、僕に寄り添うように立っていた。なぜかロリババア好きをカミングアウトしただけなのに、美少女のハートをゲットすることに成功したらしい。ちらりと横を見ると、美しく整った顔に相変わらずのアルカイックスマイルを浮かべている。
「おい。あんた、別れる前に1つ助言しておいてやる」
ちょいちょいと僕だけ手招きされる。アンジェラはトリスのことはそれなりに気に入っているのか、素直にその場に立ち、僕を見送る。
「なに?」
「あたいは、正直アンジェラのことを孤児にありがちな妄想少女だって思ってる。けど、経験的に確信していることもある。……あの口元だけ笑ってるけど、目があんま笑ってない変な顔あるだろ? いつも浮かべてるさ」
「あぁ……」
僕には神秘的な微笑っぽく見えていたのだが。同姓の同年代にはそう見えるのか……。
「ありゃ、見世物小屋の孤児にある共通点だ。……にぃ、と口元だけ笑うのは比較的簡単だからな」
トリスは自分の口の端を両手の人差し指で上げる。
「けど、目まで笑った状態で長時間過ごすのは辛い。……ああいう躾って言っていいのか、訓練って言っていいのかわかんないけどよ、あんなふうに表情がはりついちまってる孤児ってのはいる。――言っとくが、アレは笑みじゃねぇぜ?」
アンジェラのアルカイックスマイルは、スマイルではなく、ただの平常の状態ということだろう。
なるほど。勉強になる。
「他にも、酷い扱いを受けた孤児特有の情報ってのがあるが、あんた、先を急ぐんだろ?」
「急ぐ、ってほどじゃないけどね」
僕はそう答えつつも、ルヴィアとティエラ姉ちゃんのことが心配でたまらなかった。
さすがに勇者と聖女を孤児院出身だからと言って使い捨てるような真似はしないと信じたい。
(だけど、あの王国第8軍団みたいな連中が他の王国軍にもいるのなら――)
敵は魔王軍だけではないかもしれないのだ。
この場合の敵とは、僕にとっての敵。つまり、ルヴィアやティエラ姉ちゃんを傷つける存在だ。
僕の瞳に強い意志を感じたのか、じっとこっちをうかがっていたトリスは、とんとんと肩を叩いてきた。前世では上司などにされたことがあるが、こっちでは頭ぽんぽんが普通だったので、なんだか懐かしいような感覚を味わった。
「まぁ、こっちのことはあたいに任せな!」
赤毛を揺らし、背後を振り向いた視線の先には、忙しそうに食事の支度をする老人達と子供達がいた。
子供達は、僕の知る『赤錆』のメンバーだけでなく、さらに20人ほど増えていた。その子供達は民家に即席で作られた座敷牢に幽閉されていたそうだ。見張りの魔術師達がいなくなり、牢の鍵が開けられても自力で外に出る気力も起きないほど衰弱していたらしい。
そんな子供達に交じって料理を作っているのが、笑顔の老人を中心とした大人達だ。孫や子供を奪われた彼らは、孤児達を可愛がっている様子だった。その様子に、裏はなさそうだ。
(ちょっと……疑心暗鬼ぎみかもな……)
孤児院長と奴隷商人、第8将軍と悪い大人ばかりをたくさん見てきたせいで、どうも大人というだけで信用できないというふうに考えてしまいそうになる。
でも、ブルックス・ゴル・フリードマン教授やアステア書房管理人代理ミザエル・ユッキングのように信用できる大人だっているのだ。
トリスが料理の支度に戻っていくと、代わりにアンジェラが寄ってきた。
きゅっ、と手を握られる。
「大丈夫」
なぜか確信めいた口調で、天使かもしれない金髪の少女はつぶやいた。
「だって心からの歓喜の声が満ちあふれているから」
「確かに聞こえるね」
食事の支度というより宴会の準備のようになり始めている大人達と孤児達。大人達は横暴な王国第8軍団と奴隷商人に相当悩まされていたらしくとても嬉しそうだ。
「村を解放してくれた英雄殿」
この世界で見た中では、ブルックス・ゴル・フリードマン教授に次ぐお年寄りにいきなり声をかけられてびっくりした。びっくりしたのは声をかけられたからもあるが、「英雄」などという過分な言葉で褒められたためだ。見ると、トリスが自慢げにニヤリと笑った。どうやら上手いこと村人達に説明してくれたらしい。
「ありがとうございます。村長として村を代表して感謝を述べさせて頂きます」
深々と頭を下げるご老体。50代半ばくらいだと思うので、前世でなら老人とは呼べないかもしれない。けど、魔王軍と人類軍が戦争するこの世界で、ここまで生き抜いたというのは敬意に値した。
「いえ。当然のことをしたまでです。彼らは僕を含む孤児達を間接的に殺そうとしていました。自分の身を自分で守ったに過ぎません」
「お若いのにしっかりされた方だ。……8歳に見えるのは天与の代償で、本当は80歳だというのは本当のようですな。歴戦の勇士だとか」
にししし、という笑い声が離れた所にいるトリスから聞こえてきた。睨みつけてやると、口笛を吹く仕草をした。かくしゃくとした老人だったが、どうやら耳は少し遠いらしく、トリスの忍び笑いには反応しなかった。
(トリスめ……)
どう考えてもアンジェラから連想した設定だろう。かなり無茶な設定だったが、実際にその目で強大な魔法を見たためか、村長も村人達も疑いの目を向けてくることはない。
「英雄殿が助けられた孤児達のことはお任せ下さい。責任を持って村のみんなで守り、支え合って生きていきます」
もし「村のみんなで守る」とだけ村長が言っていたら僕は信じなかったかもしれない。けど、視線の先で大人達に指示を受けながら、料理の支度に励んでいる孤児達を見て、僕は微笑んだ。
「……支え合う、ってのはいいですね」
前世で幼い頃に家族を失った自分は、ホームドラマなどの中でしかそういった関係を見たことはなかった。前世の年齢的には結婚して子供がいてもおかしくなかったのだが、そういうこともなかった。
「よろしくお願いします」
僕が誠意を込めて深く頭を下げると、村長が慌てたように声を出した。
「おい。あんた、別れる前に1つ助言しておいてやる」
ちょいちょいと僕だけ手招きされる。アンジェラはトリスのことはそれなりに気に入っているのか、素直にその場に立ち、僕を見送る。
「なに?」
「あたいは、正直アンジェラのことを孤児にありがちな妄想少女だって思ってる。けど、経験的に確信していることもある。……あの口元だけ笑ってるけど、目があんま笑ってない変な顔あるだろ? いつも浮かべてるさ」
「あぁ……」
僕には神秘的な微笑っぽく見えていたのだが。同姓の同年代にはそう見えるのか……。
「ありゃ、見世物小屋の孤児にある共通点だ。……にぃ、と口元だけ笑うのは比較的簡単だからな」
トリスは自分の口の端を両手の人差し指で上げる。
「けど、目まで笑った状態で長時間過ごすのは辛い。……ああいう躾って言っていいのか、訓練って言っていいのかわかんないけどよ、あんなふうに表情がはりついちまってる孤児ってのはいる。――言っとくが、アレは笑みじゃねぇぜ?」
アンジェラのアルカイックスマイルは、スマイルではなく、ただの平常の状態ということだろう。
なるほど。勉強になる。
「他にも、酷い扱いを受けた孤児特有の情報ってのがあるが、あんた、先を急ぐんだろ?」
「急ぐ、ってほどじゃないけどね」
僕はそう答えつつも、ルヴィアとティエラ姉ちゃんのことが心配でたまらなかった。
さすがに勇者と聖女を孤児院出身だからと言って使い捨てるような真似はしないと信じたい。
(だけど、あの王国第8軍団みたいな連中が他の王国軍にもいるのなら――)
敵は魔王軍だけではないかもしれないのだ。
この場合の敵とは、僕にとっての敵。つまり、ルヴィアやティエラ姉ちゃんを傷つける存在だ。
僕の瞳に強い意志を感じたのか、じっとこっちをうかがっていたトリスは、とんとんと肩を叩いてきた。前世では上司などにされたことがあるが、こっちでは頭ぽんぽんが普通だったので、なんだか懐かしいような感覚を味わった。
「まぁ、こっちのことはあたいに任せな!」
赤毛を揺らし、背後を振り向いた視線の先には、忙しそうに食事の支度をする老人達と子供達がいた。
子供達は、僕の知る『赤錆』のメンバーだけでなく、さらに20人ほど増えていた。その子供達は民家に即席で作られた座敷牢に幽閉されていたそうだ。見張りの魔術師達がいなくなり、牢の鍵が開けられても自力で外に出る気力も起きないほど衰弱していたらしい。
そんな子供達に交じって料理を作っているのが、笑顔の老人を中心とした大人達だ。孫や子供を奪われた彼らは、孤児達を可愛がっている様子だった。その様子に、裏はなさそうだ。
(ちょっと……疑心暗鬼ぎみかもな……)
孤児院長と奴隷商人、第8将軍と悪い大人ばかりをたくさん見てきたせいで、どうも大人というだけで信用できないというふうに考えてしまいそうになる。
でも、ブルックス・ゴル・フリードマン教授やアステア書房管理人代理ミザエル・ユッキングのように信用できる大人だっているのだ。
トリスが料理の支度に戻っていくと、代わりにアンジェラが寄ってきた。
きゅっ、と手を握られる。
「大丈夫」
なぜか確信めいた口調で、天使かもしれない金髪の少女はつぶやいた。
「だって心からの歓喜の声が満ちあふれているから」
「確かに聞こえるね」
食事の支度というより宴会の準備のようになり始めている大人達と孤児達。大人達は横暴な王国第8軍団と奴隷商人に相当悩まされていたらしくとても嬉しそうだ。
「村を解放してくれた英雄殿」
この世界で見た中では、ブルックス・ゴル・フリードマン教授に次ぐお年寄りにいきなり声をかけられてびっくりした。びっくりしたのは声をかけられたからもあるが、「英雄」などという過分な言葉で褒められたためだ。見ると、トリスが自慢げにニヤリと笑った。どうやら上手いこと村人達に説明してくれたらしい。
「ありがとうございます。村長として村を代表して感謝を述べさせて頂きます」
深々と頭を下げるご老体。50代半ばくらいだと思うので、前世でなら老人とは呼べないかもしれない。けど、魔王軍と人類軍が戦争するこの世界で、ここまで生き抜いたというのは敬意に値した。
「いえ。当然のことをしたまでです。彼らは僕を含む孤児達を間接的に殺そうとしていました。自分の身を自分で守ったに過ぎません」
「お若いのにしっかりされた方だ。……8歳に見えるのは天与の代償で、本当は80歳だというのは本当のようですな。歴戦の勇士だとか」
にししし、という笑い声が離れた所にいるトリスから聞こえてきた。睨みつけてやると、口笛を吹く仕草をした。かくしゃくとした老人だったが、どうやら耳は少し遠いらしく、トリスの忍び笑いには反応しなかった。
(トリスめ……)
どう考えてもアンジェラから連想した設定だろう。かなり無茶な設定だったが、実際にその目で強大な魔法を見たためか、村長も村人達も疑いの目を向けてくることはない。
「英雄殿が助けられた孤児達のことはお任せ下さい。責任を持って村のみんなで守り、支え合って生きていきます」
もし「村のみんなで守る」とだけ村長が言っていたら僕は信じなかったかもしれない。けど、視線の先で大人達に指示を受けながら、料理の支度に励んでいる孤児達を見て、僕は微笑んだ。
「……支え合う、ってのはいいですね」
前世で幼い頃に家族を失った自分は、ホームドラマなどの中でしかそういった関係を見たことはなかった。前世の年齢的には結婚して子供がいてもおかしくなかったのだが、そういうこともなかった。
「よろしくお願いします」
僕が誠意を込めて深く頭を下げると、村長が慌てたように声を出した。
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