書けない夜だけ、お前の声を借りる
三年間、書けていない。
売れている。重版がかかる。読者からの手紙が来る。
なのに書けない。
書いては消して、書いては消して、
今夜も原稿は白いままだ。
それを知っているのは、たった一人。
担当編集の朝倉だけが、知っている。
「なぜ消すんですか」
「お前には関係ない」
「関係あります」
「なんで」
「あなたの言葉を、俺が一番好きだからです」
登場人物
藤代 律(ふじしろ りつ・30歳)
小説家。デビュー七年、受賞歴あり。三年前から本当の意味では書けなくなった。出版されているのは過去作のシリーズ続編と、短編集の寄せ集め。長編の新作は三年間、一度も完成させていない。それを誰にも言えないまま、今日も原稿を消す。煙草を一日に何本吸うか、自分でも数えていない。言葉を扱うことが職業なのに、言葉が信用できない。
朝倉 光一(あさくら こういち・34歳)
編集者。大手文芸誌の副編集長。担当作家を六人見送った。三人は筆を折り、二人は出版社を移り、一人は死んだ。だから近づかない。感情の距離を保てば、見送るときの痛みが少ないと思ってきた。藤代の担当になって、その距離が少しずつ崩れている。崩れているとわかっていて、止められない。
南 晴子(みなみ はるこ・28歳)
藤代の元担当編集者。純粋に藤代の作品が好きだったが、「書けない」という事実に気づいたとき、どうすることもできなかった。朝倉に担当を引き継いだ本人。今も藤代のことを心配しているが、近づけない。
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なのに書けない。
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