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第98話 思いがけない再会
しおりを挟む月のない夜。どこかで盛りの付いた猫の鳴き声がした。
僕は背中にランドセルを背負い、左手に手提げ鞄の持手を握りしめ、両親の後を付いて歩いている。
懐中電灯さえ持たなく足元が危うい。僕は転がっていた空き缶に蹴躓いた。小さな金属音が鳴る。
「しっ! さあ、こっちよ」
すぐ前を歩いていた母が言う。差し伸べられた手を握る。寒さからか震えていた。
僕らは東京近郊の住宅街に住んでいた。父は平凡なサラリーマンで、僕は金持ちでも貧乏でもない平和で普通の生活を送っていたんだ。
けど、そのずっと続くと思えた何もない日々はある日を境に激変した。家の周りに強面の男が毎日のように訪れ、母を脅した。玄関には表も裏も、罵詈雑言が書かれた紙で埋め尽くされた。
ずっと後になってわかったことだけど、父は詐欺グループの投資話に引っ掛かっていた。父の友人が持ち掛けた話で、儲けよりもノルマ達成のためと請われ、捨てたつもりの金だった。
けど、その友人はそれを元手にさらにのめり込んでいた。父はいつの間にか彼の連帯保証人になっていて、逃げた友人の代わりに莫大な借金を負わされた。
両親はどうしてこうなったのかも、どうしたらいいのか見当もつかない。結局夜逃げにまで追い詰められた。
法を知らないお人よしだったばかりにこんなことになった。僕が法律家になろうと考えたのは、このことが切っ掛けになっている。
僕らの窮状を哀れに思った知人が貸してくれた車を飛ばし、着いた先は岐阜のばあちゃんの家だった。
「よく来たねえ」
両親には凍った表情で出迎えたばあちゃんだったけど、僕には笑顔を向けてくれた。
「眠いだろう。お布団敷いたから寝ておいで。明日は学校に行くよ」
隣の部屋を見ると、布団は一組しか敷いてなかった。僕はそれで全てがわかったんだ。
「うん。おやすみ」
「涼……」
部屋へ行こうとする僕を、母が呼び止めた。振り向いてすぐ、抱きしめられた。
「おやすみ……」
涙をこらえたような震える声。僕は……その声を忘れることはなかった。
病院の談話室は光で満ちていた。夕方になり、西日が入るのだろう。僕は見覚えのあるシルエットに向かい足を一歩、二歩と進ませる。
「母さん……どうして、ここに……」
僕に気付いたその人は、思っていたよりずっと小さく感じた。そして空気をかき分けるように両手足をばたつかせ、僕に抱き着いてきた。
「涼……ごめん、ごめんね……」
――――あの頃は、僕が抱きしめられてたのに、今は……僕の方がずっと背が高い。
顎の下に母の白髪交じりの頭があった。縋り付くようにして、おいおいと泣いている。
「母さん、会えて……良かった」
僕は壊れてしまいそうな痩せた背を、いたわるように抱きしめた。
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