結婚する気なんかなかったのに、隣国の皇子に求婚されて困ってます

星降る夜の獅子

文字の大きさ
27 / 60
執務室のふたり

クライヴは平然

しおりを挟む
 クライヴはニヤリと微笑い、リラの手を取り優しく口付けをした。

「リラ、来てくれてありがとう。まだ挨拶してなかったね。」

 間近で見る、クライヴの甘く蕩けるような情熱的な紅い瞳に、リラはゾクリとした。
 何度もこのような光景はあっただろうが、リラが自分の気持ちに気づいてしまった今、この口付けをより身体が意識してしまう。

 昨夜の不安もあり、今までになく、今日はこの雰囲気を待ち望んでいた自分がいた気もした。
 リラは嬉しいような照れ臭いような気持ちだった。

 リラは口をもごもごさせるが、言葉が出てこなかった。
 恋愛経験のないリラには、このような甘い雰囲気のときにどのようなことを言っていいのか気の利いた言葉が何一つ思いつかなかった。

 今更ではあるが、何か不適切な言葉を発して自分に嫌気がさしてしまわないか。
 この場の空気を壊してしまわないか。
 そんな不安が過り、言葉を選んでは躊躇いを繰り返していた。

 クライヴが、相変わらず余裕の笑みを浮かべていた。
 リラは何か物言いたげな表情を浮かべているも、クライヴは一向に構うことなくリラの頬に手をあて、そのまま親指でリラの唇をゆっくりとなぞった。

 リラは、一瞬ビクッとしたものの、顔は更に上気し瞳は次第に蕩けていった。
 クライヴは、その表情を確認すると自身の顔をゆっくりとリラに近づけるも、あと小指の先ほどの距離でピタリと止まった。

「何も言わないなら、このまま口付けてしまうよ。」

 クライヴの甘い吐息がリラの顔にかかった。
 まるで媚薬を盛られたように、リラの身も心もをこれでもかと蕩していき、鼓動は一層に早まった。

 クライヴにとっては最後の確認なのだろうか。

 このほぼ了承したかに思える状態でも、リラはぼんやりした意識の中で悩んでいた。

 このまま口付けてしまいたい、そう心の奥深くでは望んでいるのだろう。
 けれど、まだ婚約の承諾をしていないどころか決心すらついていなかった。

 それなのに、クライヴとこのまま口付けしまうことは、失礼なのではないか。
 その迷いを示すように、リラはクライヴを見つめたまま何も答えられずにいた。



 トントンッ。

「失礼します。」

 するとノックと共に扉が開き、デイビッドが戻ってきたのだった。
 リラは一瞬にして我に返り、慌てて立ち上がろうとするも、クライヴが瞬時にリラの腹部をガッツリ押さえ込むため今度はクライヴに背を向けるようにして膝に腰掛けた。

「デイビッド、早かったな。」

「すいません。お取り込み中でしたか。」

 クライヴは何事もなかったようにデイビッドに話しかけ、デイビッドも顔色ひとつ変えることなく詫びるだけだった。
 毎度思うが、この側近は主人のこの振る舞いに関して免疫がつきすぎていないだろうか。

 そんな顔色一つ変えないふたりに挟まれて、リラだけが羞恥のあまり耳まで真っ赤になり、デイビッドから顔を背けていた。

「問題ない。資料は隅に置いておいてくれ。」

 クライヴにそう言われ、資料を執務机の隅に置くとデイビッドはにっこり笑って、そそくさと出て行った。

「ごゆっくり。」

 デイビッドは何も言葉を発していなかったと思うが、リラにはそんな言葉が聞こえたように感じた。

 デイビッドの退室すると、リラは一気に血の気が引き冷や汗をかいた。
 こんな真っ昼間から自分は何をしているんだ。

 幾度となく口説かれ求婚されているが、曲がりなりにも取引先に仕事の手伝いにしにきているのだ。
 それでなくても、淑女としてあるまじき振る舞いだったと猛省した。

 しかし、やはりというべきかクライヴはそんなことお構いなしだ。

「では、さっきの続きをしようか。」

 クライヴはリラを後ろから一層に強く抱き寄せると、そのままリラの髪に顔を埋めた。

「え、いや、えっと。ここには、お仕事の手伝いをしに来たんですよね。」

 先ほど、デイビッドに痴態を見られて猛省したばかりで、一瞬にして気持ちが切り替わることなどできなかった。

(仕事を盾になんとかこの場を切り抜けなければ…。)

 リラは必死に掴まれたクライヴの手を退けようとした。

「はは。そうだけど…。それ以上にリラと親密になることの方が重要なんだが…。あ、痣がもう消えてるね。また付けてもいい?」

 クライヴはリラを抑える手と反対の手でリラの髪を掬い横に一まとまりにして流し、以前自分がつけたキスマークが残っているいないことに気づいた。

(こんなときに、キスマークの方が重要なのですか!?)

「(~もう!)仕事の話を先にお願いします!」

「じゃあ。後で、ね。」

(いや。後でも何も…。~~~。)

 そう言われても、リラははっきり嫌だとは言えなかった。
 正直に絶対に嫌だというわけでもなかった。

 少なからずクライヴに好意はあることに気づいた今はこのような行為を恥じらいながらも愉しんでいる自分もいた。

 ただ今日は仕事で来ているのだ。
 分別を弁えられないものにはなりたくなかった。

 それに、またいつデイビッドが戻ってくるかもしれない。
 いや、あの妙に気の利いた側近ならよっぽどのことがない限り戻ってこないだろう。

 だがしかし、呑気に昼間からいちゃいちゃしているなど、端な過ぎる。
 リラはなんとか離れようと踠き続けたが、やはりクライヴはがっしり抑えつけてどうにも放してもらえなかった。

「はは。仕方ないな。」

 クライヴはそういうと先ほどデイビッドが持ってきた資料に手を伸ばして目の前に広げ、リラの頬と自分の頬をピッタリと合わせると説明を始めた。

「今回お願いしたことを端的に言うと、先日送られてきた見積書なのだが、昨年よりも少し割増されているような気がしているんだ。」

 クライヴは続けて数値や他の資料の説明を続けたが、リラは背後から伝わるクライヴの熱に、甘い薔薇の香りに、頬から伝わるクライヴの振動が気になって仕方がなかった。

 確かにリラの希望通りに仕事の話はしているが、これでは一斉内容が頭に入ってこなかった。

「それで、リラはどう思うだろうか。」

 一通り説明が終わったのだろう、クライヴはリラに意見を求め、リラの方に向き直った。
 耳を擽ぐる甘い吐息に耐えられなくなり、リラは顔を背けた。

「すいません。ちょっと理解が追いつかず、一旦放していただき、再度、説明いただけますか。」

 クライヴはクスリッと笑い、再びリラの肩に顎を乗せて、もう一度説明を始めた。

「いえ、えっと、まず放してください!」

 リラは腹部を押さえているクライヴの腕を剥がそう抵抗した。

「そんなに俺から離れたいの?」

 クライヴは憂いのある表情を浮かべつつも甘えたように囁いた。
 リラはその言葉にゾクリッとした。

(そんな甘えた声で強請られては、何でも許してしまいそうになりますわ。)

「このままでは、お答えできかねます!」

 リラは頬を真っ紅にし涙を浮かべ、眉間に皺を寄せながらクライヴ訴えた。
 リラの想いがクライヴにやっと届いたのか、クライヴはリラの顳顬に口付けするとやっと手を放したのだった。

 クライヴが手を放すとリラは逃げるように執務机の正面に回り込み、クライヴに再度説明をお願いした。

 三度目の説明が終わると、リラはクライヴから資料を受け取り、先ほどのソファとローテブルで持参した資料と見比べながら隅々まで確認を始めた。

 確かに金額に違和感があった。
 クライヴに頼んで過去の資料を見せてもらえるか尋ねると、デイビッドが事業を初めた頃からの資料を用意した。
 リラはそれと用意した資料と比較すると二、三年前から少しずつ水増しされている形跡があった。

「クライヴ様、デイビッド様、少しよろしいでしょうか。」

 リラが見つけた疑惑の証拠を説明すると、ふたりは納得したような表情を浮かべた。

「僭越ながら、アリエス家で利用している業者をご紹介しましょうか…。」

「是非、お願いしたい。デイビッド、取りまとめを頼む。」

 リラがクライヴに提案するとクライヴは笑顔で了承した。
 このような場面のときに時折、女がでしゃばるなと言われることはあったが、やはりクライヴは自分の実力を十二分に買っていた。

 それは、リラにとって素直に嬉しかった。
 いつか伴侶を持つなら、このように寛容な人がいいと望んでいた。

 リラは持ってきた資料をローテーブルに広げ、お勧めの業者をいくつか列挙すると共にメリットとデメリットも併せて伝えた。
 デイビッドもひどく感心した様子で、リラは自身を少し誇らしく感じた。

「ありがとうございます、リラ嬢。すごい分かり易くて助かりました!」

「いえいえ、お役に立ててよかったです。」

 デイビッドの感謝の言葉に、リラは照れながら微笑んだ。

「ありがとう、リラ。それで、まだ君に相談したいことがあるから、隣に来てくれるかな。」

 クライヴは、ふたりの話が終わるのを見計らって執務机からリラを呼んだ。

「はい、わかりました。」

 リラは、当たり前のようにクライヴの正面に立ち説明を求めるのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...