婚約者を妹に奪われ、家出して薬師になった令嬢は王太子から溺愛される。

二位関りをん

文字の大きさ
77 / 88

第68話 王妃アネーラの死

しおりを挟む
 王妃アネーラはあれから体調は持ち直したが、時々ベッドで横になって過ごしている。公務にもほとんど顔を見せなくなった。彼女が国王陛下との子供を懐妊したという話は貴族にも知れ渡っている。

「あの王妃やってくれたな」
「どうせアダン王太子殿下を排除するに決まっている」
「あの女狐め」

 貴族の間ではあまり喜ばれてはいなさそうな反応も宮廷には届いている。よほど彼女は嫌われているのだろう。

(まあ出自もそうだけどかなり癖がある人だからなあ……)

 それに、アダン様が如何に貴族達から慕われているかも、改めて理解する事が出来た。貴族達の中には国王陛下よりもアダン様を支持する人間もいると、宮廷のメイドから聞いた。

(後継者争いに発展しなければいいけど)

 また、国王陛下の体調もあまり良いとは言えない。私達が調合した薬がたまたまあっていたようで、症状はだいぶ落ち着いたが、それでも夜中に発作的に息切れを起こす事があるらしい。

「国王陛下に何かあっては困るので、24時間体制で見ていく事にしましょう」

 私達と医師は交代で、夜国王陛下のいる部屋の横に待機して何かあった時に備える事が決まった。要は夜勤であるがこればかりは仕方ない。
 この国王陛下の体調についても、宮廷内へ一気に知れ渡り、貴族達の間にも知られる事となった。

「アダン様がそのまま即位してくれれば」
「アネーラの子が男子だったら、大変な事になるかもしれない」
「アネーラの子が女の子だったらなあ」

 アダン様からも、父親である国王陛下を心配する声を頂いた。

「父上にはまだ健在でいてもらいたい。俺はまだまだだし」
「そんな……アダン様は皆さんから慕われていますし、武芸も素晴らしいと思います」
「でもさ、いざ急に国王になるってなったら、ちょっとなんかこう……ドキドキするというか、心の準備がまだできていないというか」

 アダン様の顔には不安が作り笑いと共に浮かんでいる。私は無意識に彼をそっと抱きしめた。アダン様は一瞬驚くように目を見開くと、そのまま私の背中に腕を回した。

「私がいますから大丈夫です」
「ありがとう、ジャスミン。落ち着いてきた……」

 アダン様が私にそっと口づけをして、そのまま唇を割って互いに舌を絡ませていく。するとドンという何か大きなものが落ちたような、そんな音が響いてきたので、私達は驚きながら唇を離す。

「何か落ちましたか?」
「そんな風に聞こえたけど……」

 すると今度は女性の悲鳴が聞こえてきた。それに、誰か医師を連れてきてと懇願する声も併せて響いてくる。

「行ってきます!」
「俺もいく!」

 音がした方へと急いで駆け寄ると、そこは階段だった。中年くらいのメイドが2人、泣きながら半ばパニック状態になっている。

「お、王妃様が、王妃様が……」

 下の階に目線を向けると、そこには王妃アネーラが頭から血を流して倒れていた。私はすぐに医務室へ向かい医師を呼ぶ。医師が王妃アネーラの元に近づき容態を見るが、首を横に振った。

「即死かと」

 王妃アネーラは頭の周囲だけでなく、下半身辺りにも出血が見られた。とにかく彼女の身体からは夥しい量の血があふれ出ている。私も階段を降りて、彼女の元に駆け寄ったが、ぶつけたと思わしき頭の部分が深く割れていた。もしかするとこれが致命傷になったのかもしれない。更に鼻からも出血の後が見られる。

「……」

 アダン様は口を結んだまま、国王陛下を呼びに行った。すぐに到着した国王陛下は王妃アネーラを見て膝から崩れ落ちる。

「な、なにが……起こったんだ……」

 彼の悲痛な、現実を受け入れられないと言ったような声が、あたりにこだましたのだった。
 王妃アネーラはすぐさま医師達により検死にかけられた。彼女の死にあたって、死因を明らかにする必要があるからである。しかも誰かに殺されたのか、自ら落ちた不運な事故なのかどうかも調べ上げる必要がある。
 あの場にいたメイド2人はすぐさま取り調べを受けた。彼女らは音がした近くにたまたまいたという。

「私達がそのような事はしていません」
「そうです!」

 という事で彼女達は無罪となったのだった。だが、数日後。あるメイドが自白を始めたのである。そのメイドはカットニア。そう、あの時ウィリアと共にいた女性である。
 カットニアは王妃アネーラ付きのメイドでは無かったはずなのだが。

「私はアダン様が王太子じゃなくなるのが、嫌なんです」

 そう、震える声で動機を語ったという。更に国王陛下及びアダン様主導の元、行われた取り調べた結果、彼女は衝動的に王妃アネーラを突き落とした事も判明した。
 カットニアはこことは別の国の男爵家出身で、実家が後継者争いを起こした事があり、その事がややトラウマになっているようだった。
 取り調べがおわり夜。アダン様は肩を落として見るからに疲れた様子を私に見せた。

「取り調べ疲れた……甘えさせて」
「私の足で良ければ」
「なんか、言葉にするのが難しいというか、そんな気分」

 その後。王妃アネーラは国葬にて王家の墓地に葬られカットニアは流刑に処された。本来であればカットニアは死刑しか考えられない程の罪を犯しているのだが、なんと彼女は妊娠していた為、流刑に減刑されたのだった。相手は恋人で同じく宮廷に仕える人物だという。彼もまた、流刑先に赴いていった。カットニアを置いては行けなかったのだろう。
 とはいっても流刑先は離島と、中々に過酷な場所ではあるが。
 王妃アネーラの死による喪が明けるまでは、行事も殆どが中止となり、宮廷内の空気もいつもよりひんやりと、静かなものに変わったのだった。

「カットニアさんがあのような事をするなんて……」

 ウィリアの寂しそうな呟きが、医薬庫にて空虚に響く。

「ウィリアさん……」
「すみません医薬師長」
「いえ……」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

余命一ヶ月の公爵令嬢ですが、独占欲が強すぎる天才魔術師が離してくれません!?

姫 沙羅(き さら)
恋愛
旧題:呪いをかけられて婚約解消された令嬢は、運命の相手から重い愛を注がれる ある日、婚約者である王太子名義で贈られてきた首飾りをつけた公爵令嬢のアリーチェは、突然意識を失ってしまう。 実はその首飾りにつけられていた宝石は古代魔道具で、謎の呪いにかかってしまったアリーチェは、それを理由に王太子から婚約解消されてしまう。 王太子はアリーチェに贈り物などしていないと主張しているものの、アリーチェは偶然、王太子に他に恋人がいることを知る。 古代魔道具の呪いは、王家お抱えの高位魔術師でも解くことができない。 そこでアリーチェは、古代魔道具研究の第一人者で“天才”と名高いクロムに会いに行くことにするが……?(他サイト様にも掲載中です。)

だったら私が貰います! 婚約破棄からはじまる溺愛婚(希望)

春瀬湖子
恋愛
【2025.2.13書籍刊行になりました!ありがとうございます】 「婚約破棄の宣言がされるのなんて待ってられないわ!」 シエラ・ビスターは第一王子であり王太子であるアレクシス・ルーカンの婚約者候補筆頭なのだが、アレクシス殿下は男爵令嬢にコロッと落とされているようでエスコートすらされない日々。 しかもその男爵令嬢にも婚約者がいて⋯ 我慢の限界だったシエラは父である公爵の許可が出たのをキッカケに、夜会で高らかに宣言した。 「婚約破棄してください!!」 いらないのなら私が貰うわ、と勢いのまま男爵令嬢の婚約者だったバルフにプロポーズしたシエラと、訳がわからないまま拐われるように結婚したバルフは⋯? 婚約破棄されたばかりの子爵令息×欲しいものは手に入れるタイプの公爵令嬢のラブコメです。 《2022.9.6追記》 二人の初夜の後を番外編として更新致しました! 念願の初夜を迎えた二人はー⋯? 《2022.9.24追記》 バルフ視点を更新しました! 前半でその時バルフは何を考えて⋯?のお話を。 また、後半は続編のその後のお話を更新しております。 《2023.1.1》 2人のその後の連載を始めるべくキャラ紹介を追加しました(キャサリン主人公のスピンオフが別タイトルである為) こちらもどうぞよろしくお願いいたします。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~

二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。 夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。 気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……? 「こんな本性どこに隠してたんだか」 「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」 さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。 +ムーンライトノベルズにも掲載しております。

離宮に隠されるお妃様

agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか? 侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。 「何故呼ばれたか・・・わかるな?」 「何故・・・理由は存じませんが」 「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」 ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。 『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』 愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。

処理中です...