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2:闇の組織「ナイトメア」

8:記憶は無色で

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「あいつ、組織の中では下っ端だったよ。麻薬組織内ではリーダーだったけど」
「ということは、組織にとって麻薬は稼ぎ口ではないってことですかね」
「まあ、そうなるだろうね。上層部には、キメラもいるって言ってた」
「……麻薬よりも、私にはキメラが恐ろしい。やはり、禁断の書は使われてたってことですね。麻薬が稼ぎどころではなかった、と」
「んー、というよりあいつが持ってる麻薬ルートがどうでも良くなっただけかもだし。キメラにばかり囚われて決めつけは良くない」

 講堂前に設置された対策本部で今宮と合流したユキは、浅谷の口から聞いたことと、魔法で読み取った情報を伝えていた。周囲は混乱状態で、2人の話に耳を傾ける者はいない。雨の音も、その声を隠してくれている。
 辺りを見渡すも、皇帝の姿は見えない。きっと、生徒たちを気にかけて講堂にいるのだろう。あの人は、そういう人だ。

「まあ、そうですね」
「あと、黒世に関わっていたナイトメアメンバーとの面識はなし。過去に飛んだ皇帝との意見も一致した」
「どういうことですか」
「ナイトメアって組織は、俺らが想像してるよりもずっと大きなところだったってこと」
「……なぜ、今まで気づかなかったんでしょうか」
「さあ、知らない」

 今回わかったのは、組織の大きさと上層部にいるであろうメンバーのみ。
 ユキの憶測通り、浅谷のいた拠点はモノ抜け殻と化していた。指紋ひとつ、なんなら、チリひとつ見つからなず影が撤退したことを先程今宮から聞いたところ。どうやら、手がかりはユキが浅谷から聞いた情報のみとなってしまったようだ。
 下っ端を何人か捕まえてはいるが、きっと組織について何も知らされていない末端のメンバーだろう。
 今宮は頷きながらも、何も話そうとしないユキを見て難しい顔をした。今回判明した情報は、皇帝にとっても有益といえるかどうか。主犯が死んだ今、判断はつけられない。

「あら、今宮さん」

 そこに、綾乃が入ってきた。先ほどまで全身を濡らしていたのに、今はカラッと乾いている。魔法で乾かしたのだろう。
 そんな彼女は、今宮に挨拶し

「そちらの方も皇帝の?」

 と、いつのまにかタオルで頭を拭いているユキを見ながら不思議そうに言った。

「あ、こいつは……」
「はじめまして、皇帝のお付きです」

 と、今宮を遮って自己紹介をするユキ。綾乃は、そんなユキの言葉に疑問を持たずに、

「ご丁寧にどうも。大変な騒ぎでしたね」

 と、返してきた。
 そう。彼女の記憶は、ユキによって消されていた。他人を魔法で傷つけたこと、親友を殺した犯人のこと、綾乃は知らなくて良いと判断した。
 それは、ユキなりの優しさだった。
 彼女の大親友である真田雫は、「自分の能力で人が絶望するのを見たい」という身勝手な理由から、血族技で雫の夫に身体変化した彼に殺されていたのだ。
 なんだかんだ理由をつけて言い訳をしていたものの、記憶を覗けばただの悪巧みそのもの。あんな残酷な殺し方をした浅谷を、ユキも許せない。きっと、それを知った綾乃先生は怒り狂ったに違いない。これは、知らなくて良い事実なのだ……。

「本当に。でも、アカデミー生に被害がなくてよかったですね」
「感謝しますわ。これから、生徒に説明しに行ってきます」

 そう言うと、いつも通り背筋を伸ばして講堂へと歩いて行ってしまう。生徒の様子を見に行くのだろう。

「かっこいいなあ」
「天職ですね」

 その後姿に、2人は思わず見とれてしまった。それほど、彼女は輝いて見える。

「……綾乃先生は、人を育てる人間だから。あの手で人を殺させたらダメだよ」
「……そうですね」

 と、既に人殺しに慣れてしまったユキの言葉は重い。隣で聞いていた彼が、思わず眉を潜めてしまうほどに。雨音を聞きつつタオルでガシガシと水気を拭きながら、

「まあ、記憶操作したから書類提出しないと」
「やはり、そうだったんですね。わかりました。後ほど資料をお渡しします」

 と、その空気を読んだのか、ユキが明るい声で話始めた。
 記憶操作は、基本的に法的な手続きが必要となっている。でないと、犯罪に使われてしまうためだ。
 といっても記憶操作の魔法が使えるのは、影ランク以上の魔法使いだけ。主界程度の魔力では、血族技がない限り記憶は操れない。それでも、管理部である限り法律は守らなくてはいけない……。

「はあ、浅谷のせいで髪は乱れるわ、肌荒れひどいわ。誰にエステ代請求しよう」

 ぶつぶつと文句を言うユキは、いつものユキだった。湿気にやられた髪をどこから持ってきたのか、鏡で確認している。

「……マント見た時、血の気が引きましたよ」

 今は普通に会話してはいるが、合流した時の今宮は酷かった。
 ユキの姿を確認するや否や、身体検査をするように服脱げ変化解けとうるさいくらいにつっかかってきた。それだけ心配したのだろう。ユキも嫌な感じはしなかったものの、なんだか恥ずかしくなって頬を染めてしまったほどの剣幕だった。

「いやー、目の前ドカンだもん。びっくりしたよ」
「でも、どうやってのがれたんですか?」

 その問いに、

「んー、この美貌で?」

 と、笑いながら誤魔化す。ユキの動体視力があっても、今回の爆発は逃れられなかっただろう。しかし実際に無傷で生還している。今宮は、首をかしげながらユキに向かって乾燥魔法をかけてあげた。青色の光がぱあっと辺りを照らすと、一瞬にして水気がとんだ。

「ありがとー。……そういえば、浅谷はやっかいな特殊能力持っていたなあ」

 それにお礼を言ったユキは、お返しだろうか、彼の頭にこれまたどこから出したのか花柄の可愛らしいヘアピンをさした。……似合わない。
 それに苦笑いする今宮は、すぐにユキの話に耳を傾ける。

 浅谷は、他人を身体変化させられる血族技を持っていた。男子生徒に化けた奴も、彼が仕組んだもの。そんな緻密な芸当、ユキにもできない。
 血族技は、その一族の血を受け継いでいる人にしか使えないのだ。

「あれで混乱してしまいました」
「まあ、解体すれば何かわかるでしょう」

 浅谷の遺体は原形を保っていなかったらしいが、それでも解体していろいろと調べなくてはいけない。

 解体を専門とするのは、魔警の死体解剖チーム。通称、「解体部」。
 そのチームにかかれば、死体が生き返ってしゃべったのでは?といわれるほどの情報量を死体から探し出してくる。
 が、少々、特殊な人材が多く他チームからは煙たがられている。

「のちほど、千秋さんに確認してきます」

 千秋とは、解体チームのリーダー。ユキも管理部としてよくお世話になるが、あれは危ない。用事がない限り近寄らない方が良いと、本能が告げているほど。きっと今宮も同じ気持ちだろうが、それでも皇帝に関わることなら行動しないといけない。

「よし、じゃあ俺は任務に戻りますか」

 報告を終えたユキは軽く背伸びをすると、体を縮ませる。パチパチとした身体変化の音は、やはり雨音にかき消されてしまった。そのため、その変化に気づいたのは目の前にいた今宮だけ。

「皇帝にもお伝えしておきます。……あ、今日、姫様のところに寄ってくださいね!」

 今宮の言葉を聞いたユキは、振り返らずに手を振りながら歩く。
 今も、対策本部には人の通りが激しい。今、横切ったブロンド色の髪をした女性麻取も大変だなあと、ユキは横目に講堂へと急いだ。



 ***


「ユ、ユキくん!」

 ユキの姿を目ざとく見つけたゆり恵は、荷物を放り出し一目散に駆けていく。一歩遅れながら、まことと早苗も後に続いてきた。

「ごめんごめん。犯人逮捕に協力してて」

 と、やはり講堂で他の生徒とお喋りをしていた皇帝の言葉通りに話した。先ほど、その横を通った時にテレパシーで共有されたのだ。
 ゆり恵は、ヘラッと笑う彼の姿に涙を浮かべて、

「心配したんだから!」

 と、叫ぶように言ってきた。後ろでは、真剣な表情をした2人も首を縦に動かしている。

「でも、無事でよかった」
「お疲れ様、だね」
「うん、お疲れ様。全部終わったよ」

 どうやら、講堂にも犯人逮捕の情報が出回っていた模様。よくよく周囲を見渡すと、生徒たちが安堵の表情を浮かべている。他地方から来ている、下界魔法使いも。
 犯人と直接やりあったユキには、その光景がなんだか歯痒い。それでも、同年代と共有する時間はユキにとって貴重なもの。自然と笑みがこぼれ落ちる。
 問題は残るが、アカデミーに隠れていた麻薬組織はもういない。ここが破壊されたり、生徒に危害が及ぶなんてことはもうないはずだ。

「みんな、待ってる間何してたの?」

 そんな歯痒い気分から逃れようと、ユキは話題を変える。すると、

「まことがさー、試験の答え合わせがしたいっていうから付き合ってたの!」

 涙をぬぐいながら、ゆり恵が答えてくれた。

「さっき終わったばかりなんだよね」

 まことが、自分たちのカバンの方を指さす。そこには、カバンを机にして参考書が重ねてあった。
 積み上げられた分厚い参考書は、器用にバランスを保っている。よく見ると、みんなの手の小指側面がインクで汚れていた。計算をしたであろう、真っ黒になった用紙も散乱している。

「楽しそうだね。もう終わったの?」
「うん、さっき皇帝が話し始める直前に終わった」

 ユキも、勉強は嫌いではない。ただ、勉学をともにする仲間がいなかっただけで……。
 きっと、目の前の3人も勉強が好きなのだろう。勉強の話になると、嬉しそうな顔をする。

「でも、やっぱり最後は138xyだと思うよ」
「えー、だから、あれは……」

 楽しそうだ。ユキも混ざりたいが、問題を知らない。

「上界の試験の時は、みんなで勉強しましょ!」
「「「賛成!」」」

 ゆり恵の提案に、他の3人は手を上げた。そのタイミングが一緒だったため、4人で笑う。その笑い声が大きかったためか注目を浴びるも、それすら笑いの種にしかならない。
 ひとしきり笑うと、早苗が

「明日、遅刻しないようにしないとね」

 と、話し出す。もう気持ちが明日に向いていた。

「そうだね」

 まことは、遅刻しないよう、その場でスマホのアラームを設定する。それを見たゆり恵も慌てて設定。どうやら、遅刻常習犯らしい。
 その様子を見て、ユキと早苗は顔を合わせて笑った。

「そういえば、まこと。ケガどう?」
「なんともない。ケガしてたことすら忘れてたよ」

 ユキの治療は、医療関係者も脱帽するほど正確だ。しかし、護衛対象ということもあり、多少不安もあったのだろう。まことの答えに安堵した。

「……」

 集まったアカデミー教師に向かって状況説明している皇帝と目が合う。双方、誰にも気づかれないように微笑んだ。
 これから、ユキにも資料作成が待っている。そして、護衛任務も続く。忙しくなりそうだ。
 改めて気を引き締めるように、

「明日から頑張ろうー!」

 と、3人に掛け声を送る。
 すると、3人は見かけによらぬもの「おー」と気合を入れると同時に笑い出す。



 良いチーム、

 良い笑顔だった。

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