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5 聞き取るべきことはそれじゃない

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「まあ、そういう事だから、君も適当に理由つけて、家に戻ったほうがいいよ、無駄だから」

 オットーにそう言われ、リリアナも頷くしかなかったが、ふと思いとどまる。
「お給料て、確か一月後ですよね?」
「ん?」
「とりあえず、一月はここにいます。でっかい発光石を買わないといけないので」
「は?」

 呆けたオットーをよそに、リリアナはポケットから紙と鉛棒を取り出した。
「今辞めると本当に無駄になるので、ひとまずお給料分は働きますね」
「……真面目なんだか、どうなんだか」
 呆れてオットーは肩をすくめてみせた。
「では、せっかくなのでオットーさんに質問です。王太子殿下のご趣味と女性のタイプは?」
「……」

 お互い真っ正面から見合ったまま、時が止まっている。ちなみにリリアナはキリリと真剣な眼差しだが、オットーの方は目が点になっている。

「聞いてた? 俺が言ったこと」
「今から聞こうかと」
「王子は誰も選びません」
「でも、気持ちは変わることもあるでしょ?」
「そりゃーぁ、俺にもわからないけど……だけど少なくとも、あの4人からは選ばないだろ」
「何故? 王子の好みの女性がいるかも、もしくはなるかもしれない原石の可能性だってあるでしょ?」
「そんなに期待できるのか?」
「いえまだ、1人としかお話してませんけど」
「お前な……」
 オットーは脱力したようにテーブルに伏せて、リリアナとまともにやりあうことを放棄した。

 **

 とにもかくにもリリアナは、若干のやる気をみなぎらせた。有益とは言い難いが、絶対平民では得ることができない王子のちょっとしたネタをオットーから引き出せた。
 あの後、オットーがチェルソンに『あの女、変だぞ。大丈夫か? 城に入れて』と報告していたことはもちろん知るよしもないが。

 リリアナに与えられた部屋は、メイド達の宿舎とは違って、迎賓館横の客室棟内部にある。
 朝の身支度と食事を簡単に終えて、ヴェラ女官長の元へ行くと、後ろ姿でも一目瞭然の背筋がピンッとした立ち姿で、メイド達に指示を出していた。ちなみに一目瞭然なのは、髪型が玉葱の形にきっちりと固められているからとも言える。

「おはようございます、ヴェラ女官長」
「おはようございます、リリアナ。ちょうど今、貴女の話を聞いてたところよ」
「え?」

 女官長の前にいたのは、昨日助けを求めてきたメイドだった。頭を下げて、仕事へと向かっていく。
 それを見送りながらヴェラは、ふぅと息を吐く。
「オヴェスト様も心配なのでしょうね。殿下がまったくこちらへ渡ってくださらないから」
「まったく、なんですね本当に」
「何かと機会を設けているのですけれど、今度のパーティーには、どうにかして出席していただけるようにと、皆で知恵を絞りあっているところです」

 リリアナは唸った。
 女官長を含む、お偉いさんがたがどんなに知恵と策を練ったところで、果たして王子が現れる奇跡なんて起こるのだろうかと。
 オットーの言い方からしても、王子はまったく見向きもしそうにない。想いを寄せている誰かに気もそぞろなのであれば、どんな令嬢をつれてきても、難しいのではないだろうか。

「さあ、リリアナ、参りましょう。わたくし達はわたくし達の仕事をすることが大事です」
 そう言ってヴェラは、颯爽と長い廊下を歩いていった。
 残されたリリアナは、動けない。

「……私の仕事が、まさにソレなんですけどぉ……」

 **

 客室棟女官の仕事としてリリアナが行うことは、メイド達への指示とサポートが主である。ヴェラ女官長は客室棟だけでなく迎賓館やくりやも管轄な為、大変忙しい。ついて回っても彼女の仕事はリリアナの範囲外であることが多いので、自分で仕事を見つけて覚えていかねばならない。

 そうは言っても、客室棟ではリリアナが一番新人な為、指示もへったくれもなく質問攻めである。

「ねえねえ、この廊下の長い絨毯、すごく綺麗なんだけど、なにか工夫があるの?」

 ビアーノに帰った時に役に立つと思われる技を手にしようと、リリアナはメモを取る。ある意味、職権乱用である。

「いえ工夫などありません。ゴミを取り除いて洗うのです」
 リリアナに捕まったメイドは素直に答える。

「え? 洗うの? どうやって?」

 赤い絨毯は、回廊や廊下の石畳の中央を延々と真っ直ぐにのびている。視界の消える先までのびているのだ。

「クルクルすんの? 巻いても巻いても終わりがなくない?」
 リリアナがジェスチャー交えて真剣に問うと、メイドはクスクスと口元を手で押さえて笑った。
「やだ、リリアナさん、面白いんですから」
「え? 違うの?」
「ほら、よく見てください。切れ目があるんですよ。長方形が何枚も連なっているだけですよ」

 メイドが指差すところに顔を近づけると、確かにうっすらと切れ目のようなラインがあった。
「わ! 本当だ!」

 リリアナがしゃがみこんで食い入るように見つめていれば、メイドはまだ笑いが止まらず苦しんでいた。
「絨毯を、そんなに気にする方なんて初めてです」
「あ、そう? まあ、そうよね」

 さすがに恥ずかしくなって、リリアナの頬も染まる。給料を手にしたら、ビアーノの二階にある自室の床に、絨毯を敷いて裸足の生活をしようと狙っているよこしまな考えを諭されたような気がした。自覚があるだけに。

「で、でも大変だよね。これを掃除洗濯するってことでしょ?」
「そうなんです。掃いたり叩いたりしてから水洗いしてます」
「ヒッ、まじですか……この途方もない枚数を……」
「でも、汚れたところだけ交換して洗ってますので」

 メイドは微笑んで答えるが、今度から絨毯の上ではなく両サイドの石畳のみを歩こうと、リリアナは心に誓った。

「私も手伝うから、手が足りない時には声かけてね」
「とんでもございませんっ。リリアナさんは女官としてのお務めで忙しくされているのに」
「でもあちこち掃除や洗濯、大変でしょ? あ、ほら、令嬢がたのお部屋の掃除なんて、一瞬のうちに終わらせないといけないんでしょう?」
「確かに、そうですけれど」
「そういう時なんか、1人でも人数増えれば、ササッと出来るじゃない?」

 まったく令嬢達と接触が取れないので、リリアナはたった今閃いたこの策を展開させる。

「いえいえ、リリアナさんのそのお気持ちだけで充分でございます。こんなにわたくし達へ配慮していただき、大変感激しております」
 と、メイドの瞳はウルウルしている。
「え、あ、うん……」

 リリアナの策は不発に終わったようだ。

 どうしたもんかと固まっているところで、廊下の向こうから駆けてくる別のメイドの声に振り返った。

「リリアナさんっ、大変です! また、ご令嬢同士のトラブルがっ!」
「……また? トラブル?」

 何も聞かされてなかったが、どうやらリリアナがここへ来る前から、問題が勃発しまくっていたようだ。


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