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trap 罠

トイレで

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    いつもの帰路より、人通りは少なかったけれど、前方には、小さな子供を連れた家族連れもいた。

    お爺さんに手を引かれて、綿菓子を食べる女の子が歩く度に、その草履からプピプピと軽快な音が鳴っていた。


 『お腹減ったな、出店の焼き鳥食べれば良かった』

    だからなのか、背後に忍び寄る足音にも気が付かなかった……。

    少女の草履の音が、トンネルの先に消えたと同時に、

  「おーい、さっきの ″10時迄には帰宅しましょう″ の女」


    まさか、私に絡んでくる輩がいようなんて、思ってもなくて、


 「この時間に1人で帰す学校の方が問題だっつーの!」


    よく見ると、先程、橋元先生に詰所に連れていかれた男達だった。

    そいつらが、何を目的に、私の腕を掴んだのかを理解した時には遅かった。

    まだ、恋愛経験がない私でも、

  「お前らのせいでナンパできなかったんだから、責任とれよ!」

  ″ 責任 ″ の意味が分かると、恐怖で漏らしそうになる。
    必死に暴れても無駄で、見るからに怪しいワゴン車に、引きずられるように乗せられてしまった。

    その時、ようやく母からケータイにメールが来ていた。


  【今、店閉めたよ、迎え行こうか?】


    母のメールに返事すら出来ないまま、男達に拉致された私は、そこから数キロ先の路地に、まるでゴミのように捨てられた。

    空き地で襲われそうになる寸前、パトロール中の警官に見つかり、車は逃走。

    奴等は、邪魔になった私を道路へ放り投げたのだ。

 「大丈夫ですか?!」

    警官に保護されるまで、″ 死 ″ さえ覚悟していた。



    車内でも顔やお腹を殴られたものの、致命傷は負わなかった。

    それでも、口がきけなくなるほど、私は心に傷を受けていた。



   ″ 静かにしろよっ!! ブスっ″

    ″ 泣き顔、マジぶっ細工! ″

    抵抗する私に、男達が、暴力と暴言を繰り返したからだ。




    母より先に、現場に駆けつけた橋元先生は、

 「1人で帰してすまなかった……」


   私に何回も謝っていた。

   先生のせいじゃないのに。

    首を横に振り、震える私を、橋元先生は、救急車が来るまで、抱き締めていてくれた。

     力強い先生の腕から、懐かしい匂いがして、そしたら無性にお父さんに会いたくなって、涙が溢れた。



    この未遂に終わった事件は、世間にも学校の皆にも知れ渡ることはなかった。

   それは、犯人がまだ未成年者だったから。

    けれども、私の中には、″ 男が怖い ″ というトラウマが残ってしまい、学校へは暫く行けなくなった…。

    そして。

     そんな私と、責任感と同情心で接していた橋元先生との間に、 恋愛感情が生まれるまで、そう長くはかからなかった。



    半年後には、先生は、私の事を ″ 伊織 ″ と呼ぶようになり、彼の奥さんにバレるまで禁断の関係を続けることになった。






教師と生徒。秘密の関係、隠れたセックス。

こうやって断片的に言葉にまとめると、とても乱れた猥褻な関係としか思われないけれど、実は先生こそ、大きな悩みを持っていてーー

私達は、人に言えない心の不安や隙間を、不器用な愛で、手探りで丁寧に塞いでいた。







 「今日こそトイレでする?」

   26歳になった今は、彼女のいる人と秘密の関係ーー

「昼間は無理だよ」
「……じゃ倉庫」
「ここにはないじゃない」

    葉築さんに、先生との事をネタにからかわれると、羞恥心が湧くのと同時に……。

    あの頃の切なくて苦しかった感情も思い出して、余計に葉築さんと離れたくないと思ってしまう。


    私は、きっと、日陰で恋愛する運命なのではないかと……そう思ってしまう。




  「葉築さんと鷲塚さんて怪しいのよね」


   女子トイレで、荒城さんが他の女子社員達に話してるところへ、間悪く入ってしまう。

  「……あら、本人来ちゃった」

   女子の好奇な目が、一斉に私に向いた。

 「ねー、二人で残業して何してたの? 仕事以外の事もしてたでしょ? 靴まで脱いでさ」


    元は葉築さん狙いだった荒城さんの、不満そうな顔は、怖いくらい鋭かった。


  「……だから、あの時は具合悪くなって」

   メンドクサイ。
   そう思ってその場をスルーしてトイレへ入ろうとしたら、

 「浮気者、婚約者がいるくせに」

荒城さんの、刺々しい言葉が背中を刺した。

  「浮気がバレて、婚約破棄の損害賠償でも求められたらいいのに。確か、彼氏、高校の同級生よね? 」

    普段の甘えた声とは違う、ドスさえ効いた言葉は、脅しではなく、本気でやりそうな気配がした。


  ″ 学校にばれたくなかったら、直ぐに主人と別れて ″

    高校時代の、泥沼化した恋愛が頭の中でリンクしていき、思わず、

 「もう、とっくに彼とは別れたから」

   黙っていようと思っていた事を、口にしてしまった。
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