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その理由
しおりを挟む「ご、ごめんなさい・・・心配かけて・・・」
ベッドの中でアデルは泣きそうな声で謝った。
熱のせいなのか、申し訳ないと思っているせいなのか、目が涙で潤んでいる。
毛布を鼻の上まで引き上げ、上目遣いで必死に謝る姿は、殺人級に可愛かった。
胸が苦しい。
見舞う側が死にそうになるってどういう話だよ、と僕の中の冷静な部分がツッコミを入れている。
「昨夜よりは熱が下がったんだってね?」
僕の言葉にショーンとアデルが同時に頷いた。
「本当に、ごめんなさい。わたくしがスプリンクラーのスイッチをうっかり踏み抜いたせいで・・・」
「義父上の判断だから気にしないで。到着一日目で、大体の仕事は終わってたみたいだしさ」
視察の仕事に関しては、僕が大丈夫って言ってもあんまり説得力がないと思うんだけどね。
そう思いながら、僕はちらりと扉の向こうを見遣った。
・・・あんなに焦るくらいだったら、顔くらい見せればいいのに。
恐らくは、今も扉の外にいるであろう義父の事を思いながら、僕は溜息を吐いた。
昨日の夕方遅くにショーンからの連絡を受けた侯爵は、予告通りその30分後には馬車に乗って帰路についていた。
それも猛スピードで。
普段から口数が少ない人だったけど、その時は輪をかけて何も喋らなかったから、車内の雰囲気が気まずいことこの上なくて。
侯爵はただ手をキツく握りしめて項垂れているばかりだし、夜間だから外の景色など見える筈もない。
高熱、と聞いたから軽く考えるべきではないのだろうし、僕も心配ではあるけれど、アデラインは元々が病弱な訳でもない。
侯爵が何をそんなに焦っているのか、普段の無関心ぶりを考えると理解できなかった。
3時間ほど経った頃だろうか。
侯爵がぽつりと呟いた。
「アーリンも・・・最初は熱だった」
「・・・はい?」
「原因不明の高熱が続いたかと思ったら、発疹が表れて・・・やがて意識を失くして、そのまま・・・」
「・・・それは亡き侯爵夫人のことですか?」
義父は黙って頷いた。
「・・・そんなに心配するくらいなら、どうして」
思わず疑問が口を突いて出た。
「どうして、今までアデルを放っておいたんですか」
だって、貴方はアデルの事を嫌ってなんかいないでしょう?
「アデルは・・・貴方に嫌われていると、いえ、何の関心も持たれていないと思って傷ついているんですよ?」
僕は養子であって、本当に血の繋がった家族ではない。
だから今まで口が出せなかったけど。
「・・・お前は、何も知らないからそう言えるのだ」
「僕が知っている筈がないでしょう。義父上は、僕に何も説明して下さらなかったじゃないですか」
「・・・説明など出来る筈がないし、する気もない。・・・少なくとも今は」
「・・・義父上」
「だからこれ以上は聞くな」
「・・・分かりました」
それきり、僕と義父は口を噤んだ。
馬車が屋敷に着くまでの残りの時間ずっと。
そして明け方頃、僕と義父を乗せた馬車は、ようやくノッガー侯爵邸に到着したのだった。
馬車から降りようと立ち上がった義父に僕は声をかけた。
「今は説明する気がない、と、そう仰いましたが」
義父は動きを止める。
「それは、いつか話して頂けるという事ですよね?」
「・・・」
まだ薄暗かったから見間違いかもしれないけど。
僕には侯爵が僅かに頷いたように見えた。
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