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13.好きなものを好きだと思うのは悪いことなの?
自分はよくても誰かを傷つけるようなことはしちゃいけないのですっ
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「ひやおろし、飲めなくて残念なのですっ」
言ってから、ふとあることに気がついた日織だ。
「あ、あのっ、もしかしてこの右側のって……」
「大吟醸の波澄だよ」
やっと気がついた?と眼鏡の奥の瞳を細められて、日織はまたしてもドキッとしてしまう。
(一斗さんはいちいち修太郎さんと雰囲気が似ていらっしゃるからややこしいのですっ)
しかも、日織が大好きな日本酒の話で翻弄しつつ、だからたちが悪いのだ。
そんなことを思って一人勝手に「むむぅ~」っと眉をしかめた日織に、
「ところで日織ちゃん。今日はこのあと車の運転をする予定、ある?」
まるでそんなこと意に介した風もなくのんびりとした声がかかる。
「ないですっ! というか私、免許自体持っていないのですっ」
その言葉に勢いでそう答えて、車を運転できない自分のことが、ふと情けなく思えてしまった日織だ。
いつも修太郎や日之進が甘やかしてくれるから、自分が車の免許を持っていないことを不便に感じたことがなかった。
それで、車の運転免許証が欲しいと思ったこともなかった日織だけど――。
「そっか。日織ちゃん、免許取ってないんだ」
それでだろうか。
一斗がホウッと吐息をつくように自分の言葉を繰り返してきたことに、他意なんてないと分かっているのにソワソワしてしまう。
「わ、私……今まで必要性を感じなかったので、自分で車の免許を取得するとか、考えたこともありませんでしたっ」
一息に吐き出すように言って視線を落としたら、「キミはまだ若いんだし、必要だと思ったなら今から取ればいいんじゃないかな。問題ない、問題ない」と頭をふんわり撫でられた。
それが心地よく思えて甘んじて受け入れてしまってから、日織はハッとして「ダメ!」とフルフル首を振った。
「い、一斗さんっ。わ、私っ、〝人妻〟なのですっ。お触りは厳禁なのですっ!」
そうでないと、修太郎に申し訳が立たない。
「え~。僕はそんなの関係なく日織ちゃんをデロッデロに甘やかしたいのにぃ~。――どうしてもダメ?」
一斗は十升よりそういうハードルが低めなのか、十升みたいに〝わざと〟ではなく〝素で〟こういうことをしてこようとする節がある。
ある意味そちらの方が問題ありな気がしてしまった日織だ。
「どうしても! ダメなのですっ! 修太郎さんを悲しませることはしたくないのですっ!」
自分を信頼してここに送り出してくれている夫を裏切るなんて、日織には出来ない。
「え~。お堅いなぁ、日織ちゃんは。でも、実際は僕に頭撫でられるの、嫌いじゃないでしょう? っていうかむしろ好きだよね?」
窺うように間近でじっと見下されて、
「好きなものを好きだと思うのは悪いことなの? 我慢しなきゃダメなの?」
春風みたいにのほほんとした雰囲気でそう畳み掛けられた日織は、一瞬グッと言葉に詰まってしまう。
「ダ、メだと思うのですっ。自分はよくても誰かを傷つけるようなことは……しちゃいけないのですっ。では逆にお聞きしたいのですが、一斗さんは――」
言ってから、ふとあることに気がついた日織だ。
「あ、あのっ、もしかしてこの右側のって……」
「大吟醸の波澄だよ」
やっと気がついた?と眼鏡の奥の瞳を細められて、日織はまたしてもドキッとしてしまう。
(一斗さんはいちいち修太郎さんと雰囲気が似ていらっしゃるからややこしいのですっ)
しかも、日織が大好きな日本酒の話で翻弄しつつ、だからたちが悪いのだ。
そんなことを思って一人勝手に「むむぅ~」っと眉をしかめた日織に、
「ところで日織ちゃん。今日はこのあと車の運転をする予定、ある?」
まるでそんなこと意に介した風もなくのんびりとした声がかかる。
「ないですっ! というか私、免許自体持っていないのですっ」
その言葉に勢いでそう答えて、車を運転できない自分のことが、ふと情けなく思えてしまった日織だ。
いつも修太郎や日之進が甘やかしてくれるから、自分が車の免許を持っていないことを不便に感じたことがなかった。
それで、車の運転免許証が欲しいと思ったこともなかった日織だけど――。
「そっか。日織ちゃん、免許取ってないんだ」
それでだろうか。
一斗がホウッと吐息をつくように自分の言葉を繰り返してきたことに、他意なんてないと分かっているのにソワソワしてしまう。
「わ、私……今まで必要性を感じなかったので、自分で車の免許を取得するとか、考えたこともありませんでしたっ」
一息に吐き出すように言って視線を落としたら、「キミはまだ若いんだし、必要だと思ったなら今から取ればいいんじゃないかな。問題ない、問題ない」と頭をふんわり撫でられた。
それが心地よく思えて甘んじて受け入れてしまってから、日織はハッとして「ダメ!」とフルフル首を振った。
「い、一斗さんっ。わ、私っ、〝人妻〟なのですっ。お触りは厳禁なのですっ!」
そうでないと、修太郎に申し訳が立たない。
「え~。僕はそんなの関係なく日織ちゃんをデロッデロに甘やかしたいのにぃ~。――どうしてもダメ?」
一斗は十升よりそういうハードルが低めなのか、十升みたいに〝わざと〟ではなく〝素で〟こういうことをしてこようとする節がある。
ある意味そちらの方が問題ありな気がしてしまった日織だ。
「どうしても! ダメなのですっ! 修太郎さんを悲しませることはしたくないのですっ!」
自分を信頼してここに送り出してくれている夫を裏切るなんて、日織には出来ない。
「え~。お堅いなぁ、日織ちゃんは。でも、実際は僕に頭撫でられるの、嫌いじゃないでしょう? っていうかむしろ好きだよね?」
窺うように間近でじっと見下されて、
「好きなものを好きだと思うのは悪いことなの? 我慢しなきゃダメなの?」
春風みたいにのほほんとした雰囲気でそう畳み掛けられた日織は、一瞬グッと言葉に詰まってしまう。
「ダ、メだと思うのですっ。自分はよくても誰かを傷つけるようなことは……しちゃいけないのですっ。では逆にお聞きしたいのですが、一斗さんは――」
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