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「私たちに聖女になってほしいんですね」
「そうだ」
「分かりました」
「……え?」

私は、まだぼんやりした頭で真実ちゃんを見た。
彼女の瞳は、虚ろでどこも見ていない。
それなのに顔は、恍惚としていた。
まるで夢見る乙女のような。恋しているような。

どこか、おかしい……。
それなのに、頭がぼんやりして上手く思考がまとまらない。

「この国を救えるなら、私やります」
「そうか」
「少し…待ってください。まだきちんと説明してもらっていません。聖女っていっても、すぐに出来るわけじゃないですよね…1日の労働時間は…お給料は…?」
「無償だ」
「は?」
「聖女なのだから、無償でこの国を救うのは当然だろう」
「未成年…労働基準法…」
「お前もそれでいいだろう?」
「はい…私は聖女なので…当然です…」

真実ちゃんは、相変わらずぼうっとしている。
このお茶、やっぱり何か入っているのかもしれない。

「では、この誓約書にサインをするんだ」

誓約書…サイン…。

「それだけは、ダメ……」

ぼんやりとした視界の先で、真実ちゃんが誓約書にサインをするのが見えた。

「……全く貴様は、これだからダメなんだ。もう少しうまくやれただろう」
「申し訳ありません。父上。この女が俺に歯向かってきたので」

王子が私の体を蹴り上げた。
痛覚を感じない。
それなのに、確かに腹を蹴られた感触があったから、目が覚めたらきっと痛いんだろうな。

「異世界から来た人間は、こちらの人間と違って力が強いのだから、必ず対策をしておけと昔から教えてきたというのに、お前というやつは…」
「申し訳ありません。この女はどうしますか」
「適当に記憶を消して、下町にでも売っておけ」
「大丈夫でしょうか。このお茶もこの女には、あまり効いていないようでしたが」
「じゃあ、お前が育てるか?」
「とんでもない!私にはこの美しい女さえいてくれれば…それに聖女なんて、一人いれば十分でしょう。この顔なら、平民どもの支持率も上がる。こんな無作法で不細工な女が聖女だなんて言ったら、また顰蹙を買う」

誰が不細工だ。普通の顔だろ。
聖女ってアイドルじゃないんだから。顔関係なくない?

「お前は、今回何もしなかっただろう。この女は私の妾にする」
「そんなっ!ひどいです。父上。自分ばっかりいい思いして!」
「お前はアクア王女を落とせと言っているだろう」
「だってあの女、俺を見下すんです」
「あの国は大きいからな。足元を見ているのだろう。それでもあそこの国を落としたら、この国もその恩恵を得られるんだ。もっと力を入れろ」

そんな会話を聞きながら、私の意識は、どんどんと下に落ちていく。
ああ。それにしても私も真実ちゃんもなんで、こんな国に呼ばれてしまったんだ。
真実ちゃんなんて、あんなくそ爺の妾なんかにされるなんて、……最初から逃げておけばよかった。
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