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第二部 第二章 泡沫の夢と隠された真実
3 嫉妬と穢れ
しおりを挟む『のう、同じものばかりでなくそう、じゃな……完璧でないもの。脆くも弱い不完全なモノもおらねば世界の調律は取れぬであろ?』
どうしてこう何時も何時も何かが生み出されるだろう切っ掛けとなるのはこの女よりなのだろう。
それは漠然としたサヴァーノの疑問。
そして恐らく兄神であるガイオは気づいて……いや、きっとガイオ自身それすら最早どうでも良い事なのだろうとサヴァーノは思う。
時同じくして生み出されし兄弟神であるからこそわかるもの。
生み出された瞬間より母である創始の女神の愛情の一切を受け取る事のなかったサヴァーノの心は何処までも飢えていた。
癒える事のない飢餓状態を少しでも緩和したいが故にサヴァーノは女神や人間を問わずに、時には同性とも房事に耽っていた。
その結果サヴァーノの血脈を受け継ぐ神若しくは無能な人の子は次々と量産されていく。
しかし幾ら無能とは言えど大神サヴァーノの血を受け継ぐ子供達。
当然彼等は普通の人間とは違う。
だが神でもなければ普通の人間でもない中途半端な存在達はサヴァーノの飢える心と比例して列をなしていく。
まあその中途半端な存在が女であれば、サヴァーノはその娘達とも躊躇う事無く情を交わしていく訳なのだが……。
一方創始の女神の愛情をいや、母としてでなく一人の女としてガイオを寵愛しているとは言えだ。
彼自身が母のその過度な愛情を全身で受け入れていた訳ではない。
そうどちらかと言えば過度な愛情は寧ろ鬱陶しいさえと感じていたのである。
ガイオ自身愛情は注がれるよりも注ぐ方が愉しいと思っていた。
また過剰に構われるよりも一人で気楽に生きる事を好んでもいた。
だから偶に創始の女神より要求されれば一応は母の願いと言うモノをそれなりに叶えてやっていただけに過ぎない。
願いを叶える事で喜ばれるならばそれでよい。
何故ならガイオが創始の女神とサヴァーノの許へ訪れるのは百年に一度くらいのものだったのだから……。
二人に近づくのはその程度が丁度良いとガイオは何気にそう悟ってもいたのだ。
その事実に気づいたのは何時だったのだろうか。
創始の女神の常軌を逸した過度な愛情とその愛情を羨みまた自身と同じく一つの穢れさえない無垢な心の筈の弟神がである。
その心へ纏うのはごく僅かだけれどもねっとりとした黒闇の闇。
大神として常に多くの神々また神の形を模り創造したであろう人間や動物達の手本となるべき存在なのに、どうしてその心を穢してしまうのかとガイオはサヴァーノへ直接問い質したかった。
だがそれをすれば返って誇りの高い弟神の心は救われる事なく真っ逆様に闇落ちしてしまうと兄神は悟ってしまったのだ。
闇落ちだけは避けたいと一時ガイオは数百年前に創り上げたバルディーニの楽園で、彼らの傍にいる事によりサヴァーノの心の安定を図ろうかとも考えたのだがしかしである。
ガイオの思う以上に母インノチェンツァのストーカーぶりが発揮すると共にサヴァーノの抱える闇が悪化の一途を辿っていく。
ガイオ自身は擦れ違い様の女神や人間の女達へ想いを馳せようとはしなくともである。
ただ偶然、はたまた必然なのかは誰にもわからない。
しかしガイオの傍へ近づいたと言うたったそれだけの事でインノチェンツァは女神であればその力を封じ、人間の女であれば命を奪うか若しくは暴虐な男達の群れの中へ、または雌を追い求め発情しきった野獣の群れの中へと泣き叫ぶ女達を放り出したのである。
当然力を封じられれば女神とは言え人間の女と何ら変わりがない。
男と言う名の雄達に散々犯されるだけ犯された挙句にガイオがそれへと気付けばだ。
瞬時にその場所へ到着した時にはもう嘗て女神と呼ばれし女、そして人間の女だった者達は無残にもただの真っ赤に染まった肉片と化していた。
その惨状にガイオは一度だけインノチェンツァを問い詰めたがしかし彼女はと言えば……。
『妾のこの世で最も大切なるそなたを見つめたからじゃ。いや、傍に近寄ったのもあるな』
それだけ?
たったそれだけで――――とガイオは思わず眩暈した。
『十分な理由じゃ。妾のそなたを一目だけとは言え見る事すら本来ならば許されはせぬわ。妾はそなたを愛しくそして誰よりも愛しておる。そなただけが妾と愛を交わす事が許される神なのじゃ。この世で最も美しい妾の愛を受け取るべき者。また妾を受け入れられるのは今もそして未来永劫そなただけ。ガイオ・ヴィルジーリオそなたの唯一は妾じゃ』
妖艶な笑みをうっそりと湛えればゆっくりと細くしなやかな指をガイオの少し癖のある漆黒の髪へと絡ませていく。
そうして自身の顔を、弧を描いたままの美しい形の艶やかな紅色の唇を彼のそれへと重ねようとした刹那――――。
この様子を柱の裏で、黒い影の中で激しい怒りを孕んだ視線と仄暗い嫉妬の心をガイオは感じ取ってしまった。
そうサヴァーノの永遠に報われないだろう母の愛を乞う劣情。
ただインノチェンツァを真実母親として、子供が抱く純粋たる思慕なのか。
それともインノチェンツァを異性として抱く恋情なのかはガイオにはわからない。
だが分かった事はこのままバルディーニにガイオ自身が留まる事は断じて善しとは思えない。
譬えこの決断が泡沫のもの、若しくは一時の時間稼ぎだったとしてもである。
楽園に、少なくとも二人の傍にいるべきではないとガイオはそう判断した。
別にこの世界の全てを掌握したい訳でもない。
ガイオ自身もまた無垢な心を持った一人の神なのである。
気の許せる仲間と呼べる者達と慎ましくも平和な土地で穏やかに暮らしたいだけだった。
ただバルディーニの楽園はガイオの求める平和な場所ではなかっただけなのである。
その時を以ってガイオは彼を慕う者達と共に楽園を後にしたのであった。
安住の地を求めて……。
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