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第二章•魔王編

40話◆魔王、無理矢理旅に連れ出される。

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ディアーナとロージアは町から少し離れた場所に降り立った。

時間は夕刻、オレンジがかった空の端が紫に染まりつつある。



「あそこの町に宿をとったわ。
もうじき夜になるし、町に着いたら食事を済ませて休みましょ。明日の朝から出発よ。」



「……本当に…旅をするの…?山とか岩場とか歩くんでしょ?
僕、そんな所歩いた事無いんだけど…汚れそう」



ロージアは魔王になる前、バクスガハーツ帝国の温室で病弱な美少年として佇んでいた。



実際には、そんな自分を演じていただけなので病弱でも何でも無いが、城にある温室付きの離れと、大教会との行き来しかしてない。

しかも転移魔法で。



「するわよ!歩くわよ!つか歩け!!」



渋い顔のロージアに大声で言った後に、ふと気付く。

動き易く丈夫な生地のシャツにスカート、コルセットを付けてブーツを履いた旅装束のディアーナは、ピラピラ薄いブラウスに薄手のパンツスタイル、少しヒールのある靴を履いたロージアをじっと見る。



「旅する服装どころか、これじゃあお屋敷から誘拐されて来た坊っちゃんだよ!!
駄目じゃん!私が誘拐した犯人みたいじゃん!
服、買おう!」



「……………いいよ、こうすればいいんだろ?」



ロージアは自身の回りをモヤのような光の粒子に包ませると、それまでの姿を白いシャツにベスト、コルセットのような革のベルトをしたパンツスタイルと長めのブーツを履いた姿に変えた。



「旅に出る衣装、持って来てたの!?」



「…いや、元々、創造神界のモノって魔力の塊じゃん?
思えば姿を変えるでしょ?
…だから僕の着ていた服の形を変えただけだよ。
…人間界に居る時は魔力を通さなきゃいけないから、魔力の無いディアーナには出来ないけどね。」



「……へぇ……そりゃ、便利ね……私には使えないのかよ。
それにしても何だか見た事ある格好してるわね…そのベストなんか、ブドウのツルみたいな刺繍があって…」



言い掛けて気付く。

ライアンが着ていた衣装に似ている事を。

ディアーナの目が輝く。



「あらあらあら~!この子ったら!あらぁ!まぁ!」



オバチャン化したディアーナに、ロージアが呆れた顔で溜息を溢す。



「……何が言いたいか分かるけど、違うからね。
旅装束なんて知らないから、あのクソバカの衣装を真似ただけだから。」



「そんな事を言ってぇ~ブドウの刺繍までお揃いなんてネ!」



嬉しそうなディアーナにイラッとする。

ライアンがブドウの刺繍の衣服を着ていたのは、ディアナンネ一帯、その前で言えばバクスガハーツ帝国の周辺がブドウの栽培に適した土地で、栽培が盛んだったからだ。

だからあの土地でブドウは馴染み深い植物で、デザインとしても色々な場所に取り入れている。



だが、ロージアにとってブドウとは、ディアーナと繋がった思い入れの強い物でもある。



最初で最後かも知れないディアーナとの口づけもブドウを介している。



「……ブドウが好きなんだよ、僕が。
鼻の穴に入れるのはゴメンだけど。」



二人はレオンハルトが待つ町に向かい歩き出す。

歩く事に慣れてないロージアだったが、そこは微妙に魔力を使い、悪路でも影響しないように自身をガードしたりしていたようだ。



「あら、すぐ疲れたとか、もう歩けないとか言うかと思ったのに。頑張るわね!」



「そんな情けない姿をディアーナには見せたくないよ。
…まぁ少しはズルしてるんだけど。」



「旅に連れ出した瞬間、ビャービャー泣き喚いたライアンとは大違いだわ!」


そりゃ、10歳の人間のガキと、神の一端の僕を比べる事そのものが間違いじゃない?と思ったロージアだったが、それより気になる不安要素がひとつ…。



「ライアン……居るの?
まさか、一緒に旅するなんて言わないよね?」



「ライアンなら居ないわ。あの子にはセフィーロって国のお姫様を守りに行かせたから。」



ディアーナの言葉にロージアの顔が曇る。

その時にロージアの心を支配した感情は嫉妬では無かった。



「そう。」



嫉妬はしない。ライアンを好きだなんて感情はロージアには一切無いから。

ただ、ライアンはロージアを愛していると言った。

人から愛されたいと、誰かの一番大事な人になりたいと願い続けたロージアに、ライアンの言葉は心地良かった。



ライアン自身はクソみたいにウゼェけど。



そのライアンが、誰かを守りに行っている。

ならば、今はその相手が一番大事なのだろう。



「ま…そんなもんだよ。」



感情を無くしたようなロージアの表情を見て、ディアーナはクスリと笑う。

好きにしろ、嫌いにしろ、ライアンに対しては無関心を装っても、実は無関心で居られないのだなと。



「町に着いたわね、もう夜だわ。」



暗くなった町の入り口から中心部に掛けて、ランタンが置かれていたり篝火が並んでいたりと、旅人をいざなうようにそれぞれの宿屋が軒先を照らしていたりする。



「あそこの酒場が、私達の泊まる所よ。
下の酒場で酔い潰れても上の部屋まで運んでくれるらしいわよ。レオンを。」



酒に強いレオンハルトが酔い潰れるワケがない。

だが、酔い潰れたフリをしないワケがない。

あのケダモノは、酔い潰れたフリをしてディアーナに介抱させ、そのままテラっテラな太陽を見せる気にちがいない。



もうディアーナはそうとしか思えなくなっていた。

睡眠不足は思考を鈍らせる。いやーホントホント!



ディアーナはロージアを連れて酒場のドアを開けた。

薄暗い部屋に足を踏み入れると鼻をつくアルコールの匂いに、ロージアが眉間にシワを寄せる。


店の中には町の住人らしき客が数名と、旅人とおぼしき客も数名。



町の者か旅人かも分からないが、見るからに破落戸(ごろつき)といった者が手前の一番大きなテーブルに四人陣取っている。



ディアーナ達はそのテーブルの脇を通り、レオンハルトの待つ奥のテーブルに向かおうとした。


「おい、女!酒の相手をしろ!!」


酔ったごろつきの一人が、通りしなにディアーナの腕を掴んでディアーナの身体を引き寄せた。


見知らぬ男に腕を掴まれたディアーナを見た瞬間、ロージアの足元の影がザワリと脈打つ。



「お前っ…!僕のディアーナに触れるな!!」



ロージアの水色の瞳が赤く染まり、ロージアの影の中から、先端に鋭いトゲの付いたイバラの鞭がヌルリと姿を現しかける。



「俺の女にきたねぇ手で触れんじゃねぇ…」



ロージアの言葉に被せるように、店の奥のテーブルでディアーナ達が来るのを待っていたレオンハルトが立ち上がり、唸るような低い声で呟き剣を抜きかけ、ディアーナ達の方に歩みかける。



「ぐあああっ!!ほ、骨!小指の骨が折れたあっ…!!」



ロージアとレオンハルトがまだ、何もしてない内に、ディアーナの腕を掴んだ男が、ヒーヒー泣き喚きながらテーブルの上に上半身を乗せて、もんどり打っていた。



テーブル脇に立つディアーナは冷や汗をかきながら何も無い空間に視線を逸らしている。


明らかに「やっちまった」な顔付きで。



「大丈夫ですか!?骨なんて折れてませんよ?
酔い過ぎて幻でも見たんじゃないですかね!?ほら!」



急に酒場に現れた黒髪の青年は、泣き喚く男の小指を撫でる。

男の指は痛みも無くなったようで、ポカンとした顔をしている。



「あ…れ…?」



「ね!私が酒代を出しますので、ゆっくり楽しんで下さいね!では!」



黒髪の青年は真っ黒なオーラを立ち上らせ、ディアーナ達の方を向きニタリと笑顔を向ける。



「あなた達には、私の話を聞いていただきます。

つか、聞け。お前ら。」


黒い笑顔のジャンセンに、ディアーナ、レオンハルト、ロージアが顔を青くしながら引き攣り笑いを浮かべる。



「……お前ら、上の部屋に来い…。まとめて説教したるわ…。」



酒場の中にある階段を顎で指し、ジャンセンが言った。



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