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第16話『ギルド嬢の決断』

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 ここは中央ギルド内部の調整室。
 俺にとってはよく見知った部屋だ。

 意識はある。脳と耳は機能している。
 だが、他の部分はまったく動かねぇ。
 あれだ。金縛りの時の感覚に近い。


 俺は、あの後限界がきたということだな。
 野犬とか魔獣に食われなかったのはラッキーだった。

 通りすがりの誰かが守ってくれたのだろうか。
 理由はともかく、俺は生きているようだ。


 近くに男女の話し合ってる声が聞こえる。 
 この声は、ギルドマスターと……、アルテ。

 ギルドマスターが居るのは、分かる。
 だがなぜアルテが? 

 薄れゆく意識の中でぼんやりと二人の会話を聞いていた。


「……説明してください。どういうことですか」

「いいだろう、キミには知る資格がある。彼は、冒険者を引退する前から、自壊式《オーバークロック》の規定限界数を遥かに超えて使用し、その身体に癒せぬ傷を負っている」



 ギルドマスターから説明は受けている。
 自壊式《オーバークロック》による損傷は治癒しない。

 回復薬や治癒魔法は自然治癒能力を増強する物だ。
 本来は数ヶ月かかって治る傷を一瞬で治す。

 時間を巻き戻し、身体を復元するわけではない。
 数十年経っても自然に治癒しない損傷は治せない。


 自壊式で負った損傷は、低温火傷に似ている。


 湯たんぽですら、ずっと触れ続ければ体内のタンパク質は凝固する。
 40度の高熱が続くと脳に後遺症が残ることがあるという。

 一度凝固したタンパク質は、元の状態には戻らない。
 鍋の中のたまごと同じ。

 骨折は時間が経てば治る。
 切り傷も時間が経てば治る。

 だが、



「なぜ、……止めなかったのですか」

「彼は自身の状態を知っていた。その上で、彼はなお破壊式《オーバークロック》を使用し続けた」

「それは、何故ですか」


「彼は窮地に陥った人間を見過ごせない。それが自分自身の命を削ることだとしても。それは、彼に命を救われたキミもよく知っていることだろう」

「それは、……もちろんです」

「キミは、彼に強い恩義を感じている。そんなキミだから、彼の担当に任じた」


「人選ミスです。私は、不適格でした。彼の無理に気づいてあげることができなかった。無理にでも、私が彼を止めるべきでした」

「それは、違う。責任は、私にある。彼の状態を知っていったのは、私と彼だけ。彼がキミに言わなかったのは、キミに心配をさせたくなかったからだろう」


「……何故、担当に任命しながら、私に教えてくれなかったのですか!」

「キミが、彼を止めることを恐れた。私は彼の命よりも、彼によって救われる、より多くの者たちの命を選択した」



 これは、半分本当で、半分嘘だ。
 ギルドマスターは確かに止めはしなかった。
 だが、俺に警告はしていた。



「……あんまりです」

「もっとも、仮に彼を止めようとしても、止まらなかっただろうが。そのような事では彼の意志は揺らがなかっただろう。そんな彼だからこそ、力を与えた」

「ギルドマスター、貴方はユーリさんの命を何だと……」

「私は、ギルドに所属する人員、全て等しく、駒として扱う」



 事実だ。だが、あえて一つ付け加えよう。

 ギルドマスターは

 正直、立場の違う俺にはこの考えを理解はできない。
 その徹底した在り様に、畏敬の念すら抱いるのも事実。

 そうでなければ、民を守ることはできないのかもしれない。
 


「彼によって救われた者が居るならば、彼もまた、救われるべきです」

「――救いは、ない」


「救いは……ないって、そんなこと……」

「事実だ。彼は誰かを救い、そして、彼は救われない」


「それでは……」

「もし、キミが彼を止めていたら、今回の一件で救われた者たち救われたキミなら分からない訳ではあるまい」

「…………」


「絶望は受け継がれる、螺旋のように。不幸は連鎖し拡大する、まるで病のように。誰かがソレを、止めねばならない」

「何故、ユーリさんなんですかっ!」

「彼には、ソレが可能だから。それ以外の理由など、ない。他の番号《ナンバーズ》も同様。私は、それが出来る人間に対し、多くの民の代わりに、君は死ねと告げる」


「……なぜ、なぜ」

「これは、私の罪。いつかは私も、その罪によって裁かれるだろう」



 罪の意識なんて感じる必要はねぇ。
 俺だけじゃなく、他の奴らも同様。

 強制されてる訳じゃない。
 自分で選択した道だ。悔いなどない。



「ユーリくんの状態だが、昨夜の自壊式《オーバークロック》の連続使用により、生きているのが奇跡的ともいって良い状態」

「……そんな」

「彼が日常生活を維持できているのは、キミのレポートにもあった、スキルによって生み出した回復の泉の効果なのだろう」


「……治療は、できないのですか?」

「……彼のマナの経路は、あちらこちらに穴があいている。キミは、これが何を意味するか分かるね?」


「そんな……血管から血が漏れ続けているような物じゃないですか……っ」

「そうだ。彼の身体は、穴の空いたバケツ。マナは、血液と違い目には見えない。だが、血液と同じように閾値《いきち》を超えて溢れれば、死に至る」



 自分の体の事は、誰よりよく知っている。
 力の代償として与えられた処刑者権限《デーモン・ライセンス》。
 俺だけではない、団長も、マルマロも、エッジも全員理解している。



「そして、先日の一件でバケツの穴は拡大した。終局までの秒針は加速した」

「そんな……」

「事実だ。キミの任務も、直に終わりがくる」

「……そんな事は絶対に認めません! 私が、彼をっ!」

「なるほど……私は、彼にと言った。だが、キミならばあるいは……。ただ、隣に居るだけ。それだけで救われることもあるか……」



 俺だけじゃない、漆黒の全員が覚悟はしている事。
 砂時計の砂の残量が違うだけのこと。 

 アルテには気を遣われたくないから黙っていた。
 隠し事をして悪いとは思う。

 生前葬みたいな顔されてもキツイしな。
 それに、俺は生きる事を諦めた訳じゃねぇ。
 


「私だけじゃありませんっ! 村には、彼を慕って集まった者たちがいます」

「彼に慕って集まった者たちは、彼の死後、ギルドで引き受ける。ギルドマスターの誇りにかけ、必ずやそのもの達を守り切ると誓おう」


「違います! そういうことじゃありませんっ!!」

「そうだな。キミが正しい。ユーリくんは、彼を慕う者たちに看取られ、最後を迎える権利があるだろう」


「…………」

「私は、全てキミに伝えた。それでもキミは、彼と共に在りたいと、願うか」

「はい」

「キミの決意は理解した。――ギルド最高権限者として告げる。本日、本時刻をもって、特命第四課を解散。並びに、特任上席職員アルテミスを解任。――これでキミは、自由だ。以後一切の判断は、キミに委ねる物とする」



 俺の意識はそこで途絶えた。
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