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第25話『平凡で、平穏な』

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 ユエのスキルがギルドに認められてから、半年ほど経った。
 この村に訪れるお客さんは順調に増えてきている。
 ありがたい限りだ。


 俺とアルテは王都で一つの交渉を終えていた。
 行商人の地図に俺たちの村を記載して欲しいという申し出だ。

 交渉は成功。今後、出入りの行商人が増えることだろう。
 辺鄙な村に、行商人が来てくれるのはありがたいことだ。


 ここは、王都と村のちょうど中間地点。
 草原に二人で腰を落ち着け、一休みをしていた。



「ユーリさん、最近は村も随分とにぎやかになってきましたねっ!」

「そうだな」



 ユエの付与調理師《エンチャント・クッカー》が新たな職業《クラス》として承認された。
 冒険者たちは好奇心が強く新しい物に目がない者が多い。

 噂の新スキルを体感しようと、多くの冒険者が村に訪れた。
 一度村に訪れた人は王都で口コミで広める。
 そして新たなお客さんが来る。良い循環だ。

 何度も来てくれる常連のお客さんもできた。
 商売は、順風満帆といって良いだろう。



「今じゃ、王都でもちょっとした話題の場所になっていますね」

「ちょっと前までだったら、信じられないことだったよな」


「ですねー。お手伝いさん雇う余裕まで、できるとは思いませんでした」

「だなー」



 この村ではいまは、お手伝いさんを雇っている。
 正規雇用ではないアルバイトみたいなものだ。

 一番負荷がかかっているのは村の食堂だ。
 ユエは超スペックの天才である。
 大抵のことは、涼しい顔で卒なくこなす。

 とはいえ、二本の腕でできることには限りがある。
 それに無理して身体を壊したら元も子もない。

 そんなわけで日替わりのお手伝いさんを雇う事になった。



「お手伝いの子たちが来てからルナちゃん元気ですね」

「だな。ルナもお姉さん気分で張り切ってるみたいだな」


「お手伝いにくる小さい子たち見ているとなんだか癒やされますね」

「アルテ、やっぱ子供好きなんだな」


「はい。いつか私もお母さんになれたらなぁ、って思っています」

「アルテ、村のお母さんみたいな感じあるもんな。向いていると思うぜ」

「その例えですと、ユーリさんは、村のお父さんといったところでしょうか?」



 俺の隣に座るアルテが俺の手に指を絡ませる。
 アルテは一面に広がる草原を見つめている。

 手のひらには冷たい草の感触。
 手の甲にはあたたかいぬくもりを感じた。

 状況的に普段ならドキッとしそうな物である。
 だが、不思議と俺の心は穏やかであった。



「孤児院の子たちを雇おうと想ったのはなぜですか?」

「理由ね……俺も、孤児院育ちだったから、かな」



 前世のこと。はるか遠い、記憶。

 ユエに王都に新設された孤児院の話をしたことがある。
 今は、そこの孤児院の子たちに手伝ってもらっている。

 孤児院としても職業訓練になるので大歓迎とのことだ。

 縁とは不思議なものである。
 縁だけでない、その孤児院を選んだ合理的理由もある。


 ギルドの監査を受け入れている孤児院だからだ。
 定期監査だけではない、抜き打ち監査もだ。

 お手伝いとはいえ、働いた分の報酬は支払っている。
 それを孤児院に取られたら本末転倒。
 それではただの無償労働。誰も幸せにならない。

 孤児院の子たちには、報酬は少し多めに払っている。
 子どもたちにとっても良い小遣い稼ぎだろう。


「そうだったのですか?」

「ああ。そう言えば、アルテにも言ってなかったな」


 冒険者は自分自身の出自をあまり語らない。
 そして、仲間の素性を詮索しようともしない。
 いろいろ事情を抱えているのだ。


「俺が物心つく前に両親とは死別している。だから顔も覚えていない」

「……そうだったのですか」

「ははっ、気にすんな。親のことは仕方のないことだ。それに、辛いことばかりではなかったからな」


 辛いこと苦しいことがなかったとは、言わない。
 …………。

 ただ、そんな暮らしの中にも暖かい想い出はあった。


「まぁ、だからかな。今みたいに、いろんな人間が集まってわいわいやってるつーのが、なんか、俺にとっては、家族みたいな感じで、安心できるんだ」

「私も、分かりますよ。この村のみんなは、私にとっても家族のようなものです」


 アルテはいつからか、村のお母さん的存在になっている。
 特にルナは、アルテを母親として見ている節がある。

 親に甘えたい年頃だ、自然なことなのだろう。


「王都から安全に来れるようになりました。一般の方も増えてきています」

「ダンジョン経験のない人にとっちゃ、回復の泉は新鮮だったみたいだな」


 多くの冒険者がこの村に訪れる。
 道中の魔獣は冒険者たちに狩り尽くされた。

 この村を訪れる人たちによって地面も踏みならされている。
 一般のお客さんもより来やすい環境になった。


「テーちゃんの歌、とても人気ですね」

「さすが、テー。看板娘として採用した俺の眼力は正しかったようだ」



 テミスは喋るのが苦手、だが歌が上手い。
 その歌声は、美しく、透明。
 その歌声は神聖さを感じるほどだ。

 俺がその才能を知ったのは、ある月夜のことだった。
 月を見つめ歌う姿は、今でも目に焼き付いている。

 音楽に関心のない俺でも思わず聴きほれた。
 だから、多くの人に聴いて欲しいと思ったのだ。



「歌っている姿はまるで妖精のようです」

「ユエが作った舞台衣装もいい感じだもんな」





「ユーリさん、みんなのこと思っているんですね」

「そりゃ、……まぁな」


「ユーリさん、やっぱりお父さんって感じですよ」

「お父さん、か。俺は親を知らない。うまくやれているか、自信はないが」

「大丈夫です。ユーリさんは良い父親です。私が保証します」


「俺は、あいつらの血を分けた、本当の父親じゃない」

「……そんなことは、親である資格とまったく関係ないですよ」

「親を知らず、血を分けた実の子もいない。そんな俺が、あいつらの父親の代わりになんてなれるのだろうか。ふと、分からなくなるときがある」


 唇にやわらかい感触。
 とっさのことだった。

 少しの沈黙。
 アルテが口を開く。


「ユーリさんは、本当の父親になれますよ。……私が、それを、保証します。いつでも、ユーリさんさえその気があるのなら、本当の母親になる覚悟はありますから」
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