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19&20階

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 そう警戒心を高めて足を踏み入れた十九階であったが、自分的にはボーナスステージと言っていいほどに楽勝だった。敵は十八階に出たフクロウが単体で時々出てくる程度。正直この階層はソロだったらすぐ終わったと思う。だが、あとの二人にとっては相当きつい場所だったようだ──そう、十九階はあまり広くない石でできた足場をジャンプしたりして移動するアスレチックステージだったのだ。

「よし、頼むぞ!」「よいしょう!」「次は私です、お願いします」「あらよっと!」

 一つ先の場所に自分が最初に移動し、後の二人を真同化の残滓である右腕に残っている闇の糸を括り付けて引っ張る事で移動をサポートしている。さらに引っ張る時は二本ほど地面に突き刺すことで体を固定し、重量に負けて自分が引っ張られると言う事が無いようにしている。さて、仲間の二人はこういうアスレチックステージは天敵であった様で、かなり苦戦している。男性プレイヤーは重鎧を着ているから重量的にきついだろうし、女性プレイヤーはこういうアクション自体が苦手らしい。

「大丈夫ですか?」「ああ、なんとかな」「一つ一つ飛び越えるたびに生きた心地がしません……早く終わって欲しいです」

 重鎧を脱げばいいんじゃないか?なんて声が聞こえてきそうだが……モンスターが出る以上流石にインナーで行動するのはまずい。確かにフクロウはあまり強くはないが、それでも鎧がない状態で奴の攻撃を食らえばそれなりのダメージは受ける事になる。それにこちらがジャンプしている時を狙ってやってきたこともあるので、装備解除をするのは流石に無謀だ。

「残念ながら、まだまだ続くみたいだぞ……ここから先は高低差までつけてきているし」

 自分の言葉に、二人はげんなりとした表情を隠せない。うーむ、ダッシュしてジャンプした後に端っこを手でつかんで登るって感じで行けるだろう。見極めをミスって落下したら下に地面がない以上即終了だが、そんな条件下でのアクションは何度も経験済みだ。いまさら恐れる事など何もない。イメージ通りに跳躍し、床の端を掴んでさっさと上に登る。

「じゃあ引っ張るぞ! 準備が出来たら前に出てきてくれ」「おう、頼むぜ! ──しかし、よくやれるよなこんなこと……」

 男性プレイヤーが称賛なのか呆れなのか分からない言葉をぼそっと小声で吐いていたが、聞こえてるからねー? まあいいけど。いちいち突っかかるような内容でもないし……アクションになれていない人から見たら無謀なチャレンジをやってると言われても仕方がない所もある。でも、自分にとっては足がすくむなんてことはない。

(砂龍師匠との特訓とかの方がよっぽどキッツい内容だったもんなぁ。闇様に出会う前にも下が溶岩で頼りない足場を止まることなく飛び移るなんてこともやったんだし。いまさら落ちたらアウト程度で怯える様な心はどこにもない)

 今までのアクションに比べたら、まだ難易度が低い方だとは思う。それにこういう階層が出てきたのは十中八九自分がいるからだろうし。残りの二人は巻き込まれただけの被害者なのだから、きっちりとクリアまで導かなきゃ。

 幾つもの足場を越え、時々やってくるフクロウは自分や女性プレイヤーが退治し、ようやく扉が見えてきた。だが、ここに来てついに動く足場が追加された。今立っているところから扉前の足場にたどり着くまでに三つの足場を経由しなければいけないのだが、一つ目は左右に動き、二つ目は上下に動き、三つめが円を描くように動いている。まさにこの階層の最終関門だろう。

「ここに来てこんなものを出してくるとか、えげつなさすぎるぞ……」「今までの足場は動いていませんでしたが、ついに来てしまいましたか。アクションゲームではお約束ですが、それを自分の体でやるとなるとこうも怖いとは」

 うーむ、二人共に腰が引けちゃってるなぁ。気持ちはわかるし、過去の自分を見ている気分にもなる。まあ、でも結構時間も押しているしさっさと飛び移るんですけどね。タイミングさえ図り間違えなければ──っと、難しい事は何もない。

「引っ張るよー! 準備をしてー!」

 心の準備をするのに二人とも今まで以上に時間をかけていたようだが……ちゃんとやりますって。左右に動く足場は最短距離を。上下に動く足場は足場が引っ張る二人よりも下になったタイミングで。円運動をしている足場は二つの複合タイミングってだけ。きちんと二人とも落とすことなく、目的地まで導きましたとも。

「い、生きた心地がしない」「飛行機の方がましです……今後飛行機に乗る時も、あの時の方がよっぽど怖かったと思えて怯える事はなさそうです」

 二〇階に続く扉の前で、そんな事を口にしながら二人が放心気味だったの為にしばらく休憩を取った。何にせよ、ログアウトしたい時間ギリギリではあったがゴールに到達する事は出来た。やっぱり先の一八階でかなり時間を取られたのがきつかった。まあ一九階は時間があまり掛けずに済んだからほっとしたが。

「そろそろ大丈夫ですか?」「ああ、すまん。一番大変だったのはそちらだったと言うのに」「私も立ち直りました。扉を開けて進みましょう」

 何とか精神的に回復したお二人とともに、扉をくぐってポータルを起動。上に乗ると……今までの五の倍数の部屋と変わりない場所に出た。違いは、そこに一人塔の入り口などで見た水が人型を取ったような存在が居ると言う事だ。ここにいたのは男性タイプだ。

「クリアおめでとう。最初いきなり半壊した時はどうなるかと思ったが……貴殿ら三名はここにするまでに到達するまでに己の力を十分に発揮した。よって、二〇階の試練は突破した物とみなそう」

 ケチをつけて試練を増やす、と言う事はしてこなかったか。一応可能性を考慮して警戒していたんだけど……ね。

「では、そこの球体に手を触れていく事を忘れないようにな。それと、いくばくかの報酬も渡そう。一八階で貴殿らが戦ったドラゴンだが、消し飛ばしてしまったが故に戦利品を何一つ得ていなかったであろう? しかし、それは試練をクリアした者に与えられる結果としてはふさわしくない。敗者には何もやらぬが勝負の掟だが、勝者に何もやらぬのは勝負の掟に反する。よって、あのドラゴンの鱗を数枚、牙を一本ずつ君たちに贈ろう」

 小さな袋が三つ、男性を模る存在の手の上に現れてこちらに手渡してきた。中身を改めた所……確かに鱗が数枚と牙が一本入っていた。袋の大きさと中身の大きさが釣り合っていないので、もらった小さい袋はアイテムボックスの様な能力を持っていると考えるべきか。

 肝心の素材の方だが、タワードラゴンの鱗、タワードラゴンの牙とアイテム名が出てきた。これらは今使っている装備に強化素材として埋め込む事で攻撃力と防御力を矢や向上させる上に、耐久性を大きく向上させられるという効果があるらしい。ただ、自分の装備には使えなさそうだが。だって、もう素材が、ねえ?

「へえ、完全に強化用の素材なのか。さっそく相棒に使おう」「防御が上がるのは助かりますね、これは遠慮なく使わせてもらいましょう」

 一方で二人はとても喜んでいた。うん、普通はとてもいいアイテムだから喜ぶよね。自分だって使っている装備がぶっ飛んだものでなかったら、素直に喜んださ。

「まだまだこの塔の試練は始まったばかり。焦らず確実に進む事を推奨する。では、私はあと一人を待つこととする」「あ、それなのですが。今最後の一人はどうなっていますか?」

 男性を模った存在の言葉に、女性プレイヤーが反応する。確かに、あの人はどうなったのかな?

「気になるか? ならばお前達にも見せよう。今あの者は十八階にいるようだが──そろそろ、脱落しそうだな」

 空中に、スクリーンが登場して十六階で別れて一人で挑んだ女性の姿が映し出された。どうやら、モンスターハウスに突っ込んでしまったらしい。突っ込む前の経緯が分からないが、これは苦しいだろうな。事実防戦一方で、モンスターから飛んでくる攻撃をさばくのが手一杯。短剣二刀流だった筈だが、右手に短剣は無く、左手だけになっていた。顔も手も足まで血まみれだ。

「ああ、ありゃどうしようもないな。機動力まで封じられてるから逃げる事も出来ないようだしな……」「更に右手も動かせていない事から考えると、右手にアームブレイクを食らったんでしょうね。あれではもう……ほぼ抜け出せないでしょう。何か特殊アイテムでもあればまた話が変わってきますが」

 分かりやすい絶体絶命な状態だ。あそこまで追い詰められたら逃げる事すらまずできないだろう。見ているうちに、彼女がいるのは部屋の角。その角を取り囲むように槍を持ったオーガが壁を形成し、その後ろからオーク達が矢を曲射して次々と矢を投げ込んでいる。女性もなんとか打って出ようとはするのだが、そこでオーガの槍が飛んでくる。短剣と槍では、リーチ差が絶望的だ。

 結局彼女は起死回生の一手を打つことなくそのまま沈んだ。まあ、あの状況では仕方がないだろう。でも、ソロを望んだのは彼女自身なのだから、こういう結果に終わっても自己責任という奴だろう。

「これで決着だな。あの者も途中まではうまく進めていたが──一人ゆえに一つの失敗で破滅に繋がると言う事だな。それでは、貴殿らは先に進むと良い」

 そう言い残し、男性を模った存在とスクリーンも消えた。さて、今日はもうログアウトだ、もう結構眠くなってきている。
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