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バッドエンドルート~ジョルジュ~

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あれからサーシャの人間関係は少し変わった。

レイチェルに手紙を送り、ジョルジュとは友人としてしか見ていないことやレイチェルと親しくなりたいことを伝えた。素直な気持ちをかなりの長文で書き連ねてしまったのだが、レイチェルから返信があり、話しかけても徐々に笑顔を見せてくれるようになった。

一方でジョルジュは自由な性格であるものの、気遣いができることが分かったためきちんと説明することにした。
周囲から婚約者のいる男性にアプローチをかけているように見えること、そのことで婚約者であるレイチェルが他者から哀れみや同情の視線を向けられることが心苦しいことを伝えると、不満そうな表情ながらもサーシャの立場を理解してくれたのだ。

サーシャだけに絡むのではなく、他の令嬢にも話しかけるようになり、ジョルジュの性格が理解されるにつれ、サーシャへの中傷の言葉も減っていった。

そうしてみんなで一緒に昼食を摂ったり、勉強する時間が増えた頃には入学してから3ヶ月が経っていた。
「皆様はもう夏季休暇のご予定はありますの?」
リリーが口にすると真っ先に答えたのはジョルジュだった。
「俺は騎士団で見習いとして稽古を付けてもらう予定だ」

ミレーヌとベスは領地に戻って過ごすと言い、レイチェルは視線を彷徨わせたあと王都に残ると言葉少なに告げた。
侯爵も王都にとどまっているからという理由を挙げていたが、恐らくジョルジュがいることも要因の一つだろう。気づいたリリーがしたり顔で頷くと、レイチェルがますます頬を染めている。

「サーシャ様はどうされますの?」
「しばらく働いていなかったので奥様のお許しがあれば、どこか働き口を探すつもりですわ
ミレーヌの問いにサーシャは何気なく答えた。
自分のことばかりで、他人の世話をする必要がない学園生活にサーシャは少々物足りなさを感じていたのだ。

何より勉強だけで腕がなまっているのではないかと危惧する部分もある。週末に友人たちへお茶を淹れるぐらいなので、短期間ではあるがこの際市井の飲食店や商店などで働くのも良い経験になるだろう。

「それは難しいかな」
爽やかな声がサーシャの思考を遮った。視線で問いかけると、シモンはどこか楽しげな表情を浮かべている。
「今年は家族全員で領地に戻ることに決まったんだ。もちろんサーシャも一緒だよ」
「私、奥様とお父様にお手紙を書いたのですが…」
父はサーシャに甘く、マノンも社会勉強だと快く送り出してくれるものと疑っていなかったのだ。

「うん、そういうと思って先に動いておいて良かったよ」
(……お義兄様、ちょっとヤンデレ出てませんか)

用意周到な様は獲物を罠に掛けようとするあたりがヤンデレ気質を彷彿とさせる。いつもはサーシャの意思を確認してくれるのに、こういう時のシモンは譲らない。ただし今のシモンはサーシャに執着しているようには見えないので、たぶん問題ないだろう。

「あの、もし父の許しが得られればですが、私も遊びに行っても良いですか?」
「ミレーヌ嬢ならいつでも歓迎するよ」
ミレーヌのお願いをシモンは快く承諾している。数か月たっても初々しさの残る二人をじれったく思う時もあるが、こういうやり取りは微笑ましく安心感があった。

「ジョルジュ様……私も、その、差し入れなど、お持ちしてよろしいでしょうか?」
ミレーヌに触発されたのか、レイチェルが両手を握り締めながらジョルジュに訊ねている。
「ん、別にいいけど」
素っ気ないもののジョルジュから了承を得たレイチェルは、幸せそうな笑みを浮かべた。

(レイチェル様はあんなに健気で愛らしいのに……。幼馴染だから気を遣わなくていいとはいえ、レイチェル様みたいな婚約者がいることの有難みが分かっていないんじゃないかしら?)
それはシモンにも感じたことで、男性優位な世界で何不自由なく育てられた貴族令息特有の傲慢さなのかもしれない。

「サーシャ嬢、お茶淹れて欲しいんだけど」
「ご自分でどうぞ」
「はは、サーシャ嬢のお茶が飲めるのは未だに令嬢限定か。卒業までには飲んでみたいな」

お茶ぐらい淹れてあげてもよいのだが、婚約者のレイチェルの手前もあってずっと断り続けている。時折思い出したように頼まれるが、断っても特段気にした様子もないので定番のやり取りとなっていた。

だからこの会話に何か意味があるかなんて、サーシャは気にしたことがなかった。



「私はジョルジュ様のことなんて何とも思っておりません!」
感情にまかせたように黒髪の少女が叫んだ。そんな言葉を聞いてもジョルジュはなおも笑みを浮かべて少女の手を離さない。それどころか瞳に込められた熱が増したように陶然とした表情に変わっていく。

「はぁ、なんて美しい……」
ジョルジュはそのまま跪くと潤んだ瞳で少女を見上げた。
「どうか俺を貴女の騎士に、いえ下僕にしてください」
無表情な少女の顔に嫌悪感が走る。

「――っ、気持ち悪いです!やめてくださいっ!」
眉をひそめて睨みつけると、ようやく握りしめられた手が離れたが、ジョルジュは熱っぽい表情のまま答えた。

「ああ、本当に貴女は他の大人しい令嬢たちとは違う。…もっと俺に命令してください」



「……お義兄様の次はジョルジュ様なの……」
そんな悪夢を見たのが終業式の翌日だったのはサーシャにとって不幸中の幸いだ。こんな気分でジョルジュと顔を合わせれば気まずさよりも嫌悪感が先に立ってしまいそうだった。

夢の中でサーシャの視点は第3者であったものの、ジョルジュが懇願していた少女の姿はサーシャだった。

(ジョルジュ様はそういう性癖をお持ちの可能性があるということよね。これも多分バッドエンドなのでしょうけど、何でそういう夢ばかり見るのかしら?!)

好感度を上げなければ友情エンドで終わるのではないかと思っていたのは、希望的観測だったのだろうか。ジョルジュやシモンに恋愛的好意を抱いていないが、どうしてハッピーエンドではなくバッドエンドの夢ばかり見てしまうのだろう。

目が覚めるにつれてそんな疑問が次々と浮かんできて、ベッドに座ったままサーシャは思案した。

「もしかして警告……?」
夢を見たことでサーシャはシモンのヤンデレエンドを防ぐために奔走した。その結果、シモンがサーシャに執着している様子もなく、婚約者であるミレーヌとも円満な関係を築きつつある。
冷たくあしらわれることがジョルジュの嗜好を刺激し、このままでいけば夢のようなバッドエンドになるのを避けるために夢を見るのではないか。

「好感度を上げているつもりがなくても、相手がそれを好ましいと思ってしまえば攻略対象にとってのハッピーエンド、私にとってのバッドエンドということかしら」
その仮説が正しければ、夢を見るタイミングは何らかのフラグが立った時ということになるのだが――。

「……………………そんなの、あった?」
気づかないうちにフラグが立っているというのはよくある話だ。サーシャは一旦そう判断してジョルジュとのやり取りを思い返した。

そうして夢の中のジョルジュと現実にあった出来事を照らし合わせて行くうちに、ジョルジュがサーシャに好意を抱いたきっかけに思い当る。
初めて三人で昼食を摂った際にレイチェルを庇って謝罪をさせたことが、ジョルジュの心の琴線に触れてしまったのだろう。

命令されたい、振り回されたいという欲求に本人が自覚しているようには思えない。これまでジョルジュに対する態度は逆効果だったのだ。やたらとお茶をねだられて断っていたが、これもまた無意識のうちに喜ばせていたのかもしれない。

人懐こいワンコ系キャラだと思っていたが、まさか下僕願望があるとは想定できなかった。確かに甘えたがりのところがあるし、母親を亡くして男所帯だと聞くし、その反動なのかもしれない。

「ジョルジュ様は年上でしっかり者の女性と相性が良さそうね」
前世の年齢を合わせれば、サーシャにとってジョルジュは子供といっていいぐらいの年齢だし、精神年齢は学友たちと比べるとずっと上だろう。勘の鋭いジョルジュは直感的にサーシャに甘え、好意を抱いていると考えれば納得できる気がした。

「そうなると、レイチェル様は別の方向で頑張っていただかないといけないけれど……」
レイチェルは頭が良いのだし、ジョルジュを引っ張っていくぐらいの強気な態度で接してもらうことが望ましい。最近は少しずつ願望を口にしているようだが、彼女の性格上そう簡単にはいかないだろう。しかも不信感を抱かせないように誘導するのはかなりハードルが高そうだ。

そこまで考えて、思わず大きなため息が漏れる。
休暇中の思わぬ宿題を得てしまったサーシャだった。
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