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―― 第二章 ――
【三十八】嘘の空腹
しおりを挟む歓談といっても、僕はほぼ無言で頷いているだけだった。
しかしユーデリデ侯爵夫妻は僕を咎める事はしなかった。
その内に音楽家が入室し、ユーデリデ侯爵の挨拶の時間が訪れた。それが終わると、流麗な音楽の調べが大きくなり、まずはダンスが行われることになった。
「行こう」
クライヴ殿下に手を引かれ、僕はおずおずと頷く。そうして輪に加わった僕は、背の高い殿下を見上げてから、ダンスを始めた。ヘルナンドが夜会好きだったため、僕は踊りたくないのに連れ出されて、一曲程度は付き合わされることが多かったから、ダンス自体の経験は、茶会に出席した数よりも多い。だがヘルナンドはいつも、一曲踊った後は、僕を置いて、他の誰かを口説きに出かけていた。そんな時僕はいつも、壁際で会場を見守っていた。
「上手だな、本当に月神のように綺麗だ」
不意にそう囁かれ、腰を抱き寄せられる。慌てて意識を戻し、僕はダンスに集中した。今までの経験では疲れてばかりだったのだが、クライヴ殿下は巧みに僕をリードしてくれる。そのおかげで、一曲目が終わる頃には、僕は初めて『楽しい』と感じていた。
「二曲目、か」
クライヴ殿下に誘われるがままに、リズムが変わった曲に合わせる。
連続で二曲目を踊ったのは、人生で初体験だ。そのまま三曲目も踊りきった頃には、僕の体は熱気に包まれていた。
「少し休むか?」
「はい……」
元々僕は、そう体力がある方ではない。それをクライヴ殿下は見て取り、それとなくダンスの輪から外れてくれた。
「熱いですね」
「テラスで夜風にでもあたるとするか。シャンパンをとってくる。ここで待っていてくれ」
僕に対して、テラスのすぐそばでそう述べると、クライヴ殿下がシャンパンタワーへと向かった。僕は開け放されているテラスを一瞥し、そちらをのぞき込む。すると二人の先客がいた。どちらも服装的に貴族の青年だったが、僕の知らない相手だ。
「――しかし、二コリともしなかったなぁ、ルイス様は」
「ああ。ちっとも笑わないな」
「こうなってくると、ヘルナンド卿の噂は事実なんじゃないのか?」
「だなぁ。クライヴ殿下も、よくそんな傷物をもらったよな」
吹き出しながら、二人はそんな話をしていた。響いてくる会話に、僕は蒼褪めて、気づくと指先が震えていた。
「ルイス?」
その時、そっと肩を叩かれた。振り返ると、グラスを二つ持ったクライヴ殿下が立っていた。殿下には、聞かれたくない。そんな想いが胸中に渦巻く。
「クライヴ殿下……」
「顔色が悪い。やはり、疲れたか?」
「……平気です。その……テラスは止めにして、ここでお話を……ええと……お腹がすいてきたから……」
「――構わないが。では、何か食べるとするか?」
「は、はい」
食欲など全然なかったが、僕は大きく頷いた。
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