トラウマを抱えたDKがトイレに入れない話

こじらせた処女

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第六章

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「ごめん、さっき来てくれたのに引き返してもらって」
「い、いや…」
今日はもう会えないと思っていたから、心準備がまだできていない。
「家族がさ、まだピリピリしてて。特に母さんが。俺が男と二人っきりになるとヒステリー起こすだろうからさ。母さんがパート行くまで待ってもらった。お茶でいいか?」
「そんな、おかまいなく…俺こそ急に来て悪い」
 久しぶりに見た時田は、体が薄くなった、気がする。濃いクマ、痩せこけた頬、伸び放題の髭。あまりにも変容しすぎた姿に、少し恐怖を覚える。

「ううん、俺も、誰とも話してなくて気がおかしくなりそうだったからさ」
「へー…」
細くなった声の割に、落ち着いた声。自分のうわずった声が余計に目立つ。
「メシ、食ってるか?」
「あー、うんまあ、ぼちぼち」
「そっか」
「うん。なあ、一つ聞いていいか?」
「あ、ああ」
「俺のこと、キモい?」
「っへ?」
斜めの斜めの上ぐらいの質問を受けきれず、間抜けな声を出してしまう。
「家族がさ、目を合わせてくれなくなったんだよ。俺、空気みたい」
「なんで…」
「先生のこと好きだってバレたから」
「え…」
「この前カウンセリングとか取り調べで警察行ったんだよ。その時結構長くて、小便したくなって。察されてトイレ連れてかれたけど、入るの、怖くて。手を無理矢理引っ張られてパニックなっちゃって…錯乱状態で覚えてないんだけど、せんせい、キスしてって叫んじゃったみたい」
「そっ、か…」
「驚かないんだ」
「え、まあ…」
知ってたし…
「母さんにさ、言われたんだ。俺がたぶらかしたからなんじゃないかって。気持ち悪いって」
「そんな…」
「俺も分からないんだ。先生はすっごく優しくて、俺が失敗しても見放さないでいてくれて。でも、あの犯人でもあるって言われて。清められたはずの唇も、腰も、腕も、下も、汚れの上塗りに過ぎないってことじゃん。でも、俺は先生のキスを求めてる。まだ、先生が、」

 好きなんだ。

 息が苦しくなるような嗚咽をあげて、泣いている。まるであの日俺が三宅に縋りついたように。
 チリ…あの日綺麗にしてもらったはずの皮膚が疼く。あの日塗ってもらったクリームが剥がれ落ちるようだ。

『そいつに変な責任感じるなよ。考えてしまうのなら関わるな』

 ああ、今日ここに来なければ良かった。彼を見ると、自分の穢れに気がついてしまうから。隠していた羞恥に気がついてしまうから。
 ごめん三宅。俺、お前の言いつけ、やっぱ守れない。こいつは俺の抱えている苦しみとあまりにも似すぎている。
 俺がこいつを見放したら…

「おれが、上書きしてやる」

 俺自身をも見放すことになってしまう。

「あれ、篠田。今日は居残らねーの?」
「わり。今日はもうあがる」
「珍しー、まあ最近体調悪かったんだもんな。ゆっくり休めよー」
「りょーかい。じゃ」


午後6時45分、部活の練習が終わる。そこから徒歩15分、白い漆喰の壁の家。
「あ、篠田…部活は?」
「終わったよ」
「そうか。上がって」
 7時から彼の母が帰ってくるまでの30分、彼の家で俺はあの先生の真似をする。彼の中の先生を、殺すために。
「どんな風に触られた?」
「舌を、絡ませながら…何か恥ずかしいな」
「分かった」

 なんていうのは建前だ。
 あの日、俺があいつにされたことを彼には言っていない。だから、俺はただの親切な物好きに見えているかもしれない。
 でも、俺はそんなに優しくない。
安心するんだ。俺より手酷く性に傷を負って、憔悴しきっているお前を見ると。
 俺はまだマシだって、思えるから。

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