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29.老人の後悔

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 教会への不信を口にする学生にちょっとしたお仕置きをしたいだけだと言われ、断ればプレステア教への反抗と見做すと脅されたヒューゴは渋々了承した。

「怪我自体がヤラセだったとサリナは言っておったが本当かどうかは分からん。馬車の車軸に少しばかり手を加えた少年は、トラブルが起きた時その学生がどんな反応をしたかを知らせに来いと言うておったそうじゃ。
ところが、学生を乗せて坂を下っておる時ブレーキが利かず⋯⋯学生さんは頭から血を流して⋯⋯ヒューゴは学生さんをそのままにして逃げ出したんじゃ」

「ヒューゴさんはその前に家族を逃す手配をしておられたんでしょう?」

 感情のこもっていない投げやりなメリッサの声は、質問の形を取ってはいるが既に答えを知っていると言っているように聞こえた。

「そこまで知っておられたんか。そう、ヒューゴはわしに家族を暫く預かって欲しいと手紙をよこした。家族を逃す余裕があるなら客に怪我をさせたと自首すれば良かったんじゃ、それをせず奴等の言いなりになって手を貸した彼奴は間違いなく犯罪者じゃよ⋯⋯悪質な犯罪者で間違いない。
それを知りながら知らんふりをしておったわしらも同罪じゃと思うております」

 犯罪だと分かっていても孫や娘可愛さに見て見ぬ振りを続けていたカーターだったが、メリッサに会い話を聞いてこれ以上誤魔化すことはできないと観念した。

「考えないように頭と心に蓋をしていた学生さんは一人の人間で、悲しんでいる家族がいる⋯⋯孫が娘がと言い訳しておる自分も同罪じゃった。
サリナは2年ほど前にヒューゴの元に行ってしもうて、一度も帰ってこんのじゃ。一度だけ手紙が来て「ヒューゴに会えた、子供達を頼む』と、それだけ」

「ヒューゴさんには親しくしている女性がいると報告が来ているので、もしかしたらサリナさんかもしれませんね」

 娘の無事を喜んで良いのか子供達を気にかける様子さえない事を怒ればいいのか⋯⋯カーターは複雑な気持ちで窓の外を見つめた。



「飛び出す前の娘が使っていた方法が⋯⋯ペニー・メールと言う新聞にメッセージを載せてやり取りしておったから、もしかしたらそれが使えるかもしれません」

 ペニー・メールは新聞社の中では中堅クラスで、求人や人探しなどを安価に掲載してくれる。

「それはお任せします。マーシャル、カーターさんもお疲れでしょうしお部屋に案内してもらえるかな? 私も少し休憩してくるね」

 唐突に話を打ち切ったメリッサがそそくさと部屋を出て行き、代わりに事務員が入ってきた。

「お嬢様からカーターさんをお部屋にご案内するように言われたんですけど」

「お疲れになられたでしょうからゆっくりとお休み下さい。足りないものがあればいつでも遠慮なくお声をおかけください」

 温かみのない事務的な口調でマーシャルがカーターに退出を促した。



「で、マーシャルに押し付けてきたって?」

「そう! 子供達のことを考えたらあちこち引っ張り回すのも移動ばかりなのも良くないでしょ? 子沢山のマーシャルならその辺のところは私より上手くやってくれると思うの」

 王都に単身で戻ってきたメリッサは呆れ顔のルーカスから書類で頭を叩かれて顔を顰めた。

「えー、暴力反対!」

 全く痛くなかった頭を抱えてメリッサが口を尖らせた。

「心配させやがって⋯⋯そんくらいで済んで感謝しろ」

「ごめんなさい。まさかあんなタイミングで教会が動くとは思ってなかったから慌てちゃった。父さんが動いてくれて助かった」

「本気でそう思うなら少しは女らしく部屋に篭って刺繍でもしててくれ」

「あ、えーっと。これが終わったら考えてみる。で、こっちの様子はどう?」

「もう少ししたらケニスが来るはずだからまとめて話そう⋯⋯その前にお仕置きされるかもな」

 ニヤリと笑ったルーカスが書類の束を取り上げた。

 昼過ぎに事務所に着いたメリッサだったが旅支度のままで溜まっている帳簿の確認をはじめた。

(父さんの様子からするとケニスは相当怒ってそうだなぁ⋯⋯まあ、昔から心配性だったから仕方ないか。平身低頭謝ってご機嫌が治るまで⋯⋯アップルパイがあれば少しは違うとか?
彼女とか奥さんとかができたらこっちを気にかける暇がなくなるかもね。スペックはかなり高いからあちこちの令嬢に誘われてるってマーサおばさまが仰ってたし、良い旦那さんになりそうだもん。高位貴族は高位貴族と縁を結ぶ! 結婚祝いは奮発しよう)

 少し前に結婚を申し込まれたことをすっかりなかったものにしているメリッサは、ほんの少し胸の奥が痛んだのに気付かないふりで帳簿の上にかがみ込んだ。



 夕方近くになり事務所の外が騒がしくなると嬉しそうな顔をしたルーカスが『ちょっと出かけてくる』と言いながら慌てて部屋を飛び出した。

 挙動不審なルーカスの行動にメリッサが首を傾げていると、大きな音を立ててドアが開き目を吊り上げたケニスがズカズカと入ってきた。

(うっわ~、激おこじゃん⋯⋯父さん、逃げやがったな)



「メリッサ!!」

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