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第五話 鬼ごっこ

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「待ってよ。ねえ、お姫様ったら」

息切れをしながら、私は学院内を走り続けた。
おかしい……生徒はおろか、先生すら誰一人としていない。
どうなってるの?
それに、エンラー先輩とは距離があるはずなのに、耳元で声が響いているような感覚がある。
これが精神魔法……?

「っ、なら」

私が唯一、元々習得していた魔法を使う時なのかもしれない。
私は強く祈った。

「お父様……私を、助けて」

その時、空中から杖が出現した。
私の手にしっかりと馴染む、木彫りの杖。
エンラー先輩は、それを見て意外そうな顔をする。

「おや、それを使うの? でも使ったら……この学院が崩壊するよ?」
「あなたに捕まるよりはマシです。幸いここには誰もいませんし……借金でもします」

杖をしっかりと握り締め、覚悟を決める。
これを使うなら私も相応の代償を払わねばならない。
それでも、捕まる訳にはいかない。

「ウェル・ハレア・カシム・アドバンランーー」
「おっと、それは困る」
「っ!」

気づけば私はエンラー先輩に取り押さえられていた。
カランッと杖が地面に落ちる。

「君、何でその詠唱ができるの? まさか……国王様が、君に教えていたというの?」
「っ……」
「まあそれより、捕まえたよお姫様」

動けない。
基礎の魔法ーー無属性の魔法が使えない時点で、私には杖が必要だ。
エンラー先輩は、翡翠の瞳で私を覗き込んでくる。

「僕のこと……前に見たことない?」
「っ、あなたのっ、こと?」
「そう。僕のこと」
「あなたのことなんてっ……見たことないですっ」

そう言うと、エンラー先輩は僅かに目を細めた。

「ならさ……レオナルド君のことは?」
「え」
「一緒にいたよね? レオナルド君とは、前に会ったことがあるんじゃない?」
「……………」

確かに、既視感があったのは事実だ。
レオナルドとはどこかで会った気がする。
私がゆっくりと頷くと、エンラー先輩はため息をつく。

「何であいつなんかが……」

その時だった。

「リア!!」
「れっ……レオナルド!!」

私とエンラー先輩の間に、レオナルドが入った。
焦った様子のレオナルドは、私からは顔が見えないが怒っているようだ。
低い声音でエンラー先輩に話しかける。

「お前は……リアに、危害を加えたいのか?」
「僕は、ネアル様の刺客だ」
「襲えとは言われてないだろう」
「えっ……」

レオナルドは迷うことなく、エンラー先輩に楯突いていく。

「お前の主人、ネアル王子のことを調べたが……やはり温厚な人物だ。間違っても妹を殺そうとは思っていないはず」
「………」
「どうなんだ? ライオネル」

ライオネル?
エンラー先輩の名前は、ライヴじゃないの?
すると、エンラー先輩はどこか諦めたように肩を竦める。

「やっぱり君には叶わない。そうだよ。僕はネアル様に頼まれてここに来たんだ」
「どうして」
「ネアル様は、君が死ぬことを望んでらっしゃらない。だが、国王様を治すことは諦めてらっしゃる。だから、ネアル様は目の前の問題から取り掛かることにしたんだよ」
「目の前の、問題……」
「君の身を守ることさ」

ネアルお兄様がそんなことを考えていただなんて、思いもしなかった。
確かにネアルお兄様は、私を可愛がってくれていた。
気づかなかった兄の気遣いに、私は力が抜ける。
しかし、レオナルドは相変わらず鋭い目付きのままだ。

「ではなぜ……イリーシャを襲った?」
「試したかったんだ。ルーシュさん、いや、イリーシャ様が自衛ができるか」
「私が?」
「自衛ができなければ、精神魔法を使って一年に紛れ込もうかなと」

先輩は自らの杖をクルクルと回してみせる。
先輩の翡翠の瞳は、私の木彫りの杖を見ていた。

「でも、そんな必要はなかったみたいだね。イリーシャ様はなかなかたくましいよ。いざとなったらの手段はあるみたいだし」
「当然だ」
「……何でレオナルドが自慢げなの」

レオナルドは腕を組み、エンラー先輩を睨む。
でもあれは、私の最終手段。
あれを使ったなら他の人にも被害を及ぼしかねないし、私がしばらく動けなくなる。
すると、エンラー先輩が突然私に跪いた。

「イリーシャ様。数々の非礼をお詫び申し上げます。お望みとあれば、今すぐこの場で自害いたしましょう」
「わわっ、そっ、そんなの! いいですっ!」

自害されたらたまったものじゃない。
第一、先輩の命なんていらないし。

「私は王族として扱われることを、望んでいません……ですから、どうかリアと呼んでください。エンラー先輩」
「よろしいので? 私を許してくれるのですか?」
「許します」

そう言うと、エンラー先輩はカラッと笑った。

「ならよかった! じゃあ、リアちゃんと呼ばせてもらうよ! それと僕のことはエンラー先輩じゃなくて、ライヴ先輩って呼んでよ!」

き、切り替えが早いなぁ……
ライヴ先輩、かぁ。
何だか変な感じ。
するとレオナルドがようやく振り返って、私のことを見る。

「リア。俺は残ってこの人と話すから、先に帰っててもらっていいかな?」
「あ……うん」
「リアちゃんを一人で帰らせるだなんて危険じゃない?」

ライヴ先輩のツッコミが入るが、レオナルドはそれを否定する。

「大丈夫だ。昨日刺客を撃退したばかりだし……早々に手を出してくることはないだろう」
「じゃあ、私はこれで」

私はそのまま帰ることにした。
にしても……話って何かな?
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