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晴れの日は空の青に包まれて
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「お嬢様…とっても…お綺麗です…」
「とてもよく似合っているわ、セイナ」
「とうとう…この日が来てしまったのね…」
エレンとクローディアになったセラフィーナ、そしてシンシアさんの前でウエディングドレス姿を披露した私は、今日の主役の一人だ。
そう、今日は私とアイザック様の結婚式。
あれから私達は順調に交際を続け、一年ちょっとの婚約期間の後、私達はこの日を迎えた。アイザック様の甘さは日を追う毎に増して、ああ、これが溺愛ってやつなのね…と私が遠い目になったのはかなり前の事だ。
ちなみに今着ているウエディングドレスは白ではなく、ローウェル侯爵家の色でもある晴れた日の空の青を基調としたものだ。婚家の色のドレスを着るのが、この国では一般的で、この色はアイザック様の瞳の色でもある。何だかアイザック様に包まれているような気がして、何となく気恥ずかしかった。
アイザック様から贈られた、王族御用達のデザイナーが手がけたドレスは、素晴らしいの一言に尽きた。この国では花嫁は肌を晒すものではないとの考えから、ドレスはハイネックの上に袖も長いのだけど、ふんだんにレースや刺繍、パールで飾られたそれは、まさにお姫様のドレスだった。アラサーの私にはきつすぎるそれも、セラフィーナの姿であれば何の問題もない。鏡の中に映る自分にはまだ違和感があるけれど、紛れもなく今の私なのだ。
「セラフィ、アイザック様がお見えよ」
シンシアさんの声にドアの方に視線を向けると…そこには黒晶騎士団の正装に身を包んだアイザック様がいらっしゃった。その後ろにはフレディもいる。
今日のアイザック様は夜会などで着る簡易の正装ではなく、国王陛下に謁見する時に纏うような最高級の正装だ。いつも以上に勲章などで重たそうにも見えるが、それはアイザック様がこの国でいかに武勲を立てているかを表していた。
「ああ、セイナ、綺麗だ…」
世間では恐ろしいと言われる顔立ちも、ワイルド系イケメンが好きな私にとってはかっこいいとしかいい様がない。目元を和らげて笑みを浮かべられると、私の心臓がドキンと跳ねた。うう、この笑顔に弱いのよね。
「アイザック様も…とっても素敵です」
「そう言って貰えると嬉しい」
これからこの国で一番格式の高い神殿で結婚式を挙げて、その後ローウェル侯爵邸に戻ってパーティーだ。国王陛下の甥で、王国きっての名門であるローウェル侯爵家当主の結婚式とあって、そりゃあもう、びっくりするぐらいに豪華絢爛だった。日本にいた頃は籍だけ入れて、後は内輪で顔合わせの食事会でも…なんて考えていた私にとっては天と地以上の差があった。
「さぁ、行こうか」
「はい」
差し出された手に自分の手を乗せた。白い手袋に包まれた大きな手は、これからも私を守り、導いてくれるだろう。ずっと心の底に淀んでいた不安や戸惑いは、もうなかった。
こうして、世界を渡って第二の人生を始めた私は、最期の時までこの世界に留まった。アイザック様とは王国一の仲良し夫婦とも言われ、実際私達はその生を終える間際までお互いだけを愛した。
そんな私達の間には、男の子が二人と女の子が一人生まれた。
長男は黒髪と水色の瞳のアイザック様似の精悍な顔立ちで、ローウェル侯爵家の跡取りとして、また次代の国王陛下の側近として年の近い王太子殿下に仕えた。
次男は黒髪と長男よりも少し濃い青色をした瞳、ちょっと優し気な顔立ちを持ち、アイザック様が持つ子爵家を継いだ。この子が一番アイザック様に似て武の才能に恵まれ、騎士団に入って出世街道を進んだ。
長女は私と同じピンクの髪に私よりも少し濃い青色の瞳だった。ピンク頭の息子が生まれなかった事にホッとしたのは内緒だ。その長女は…フレディとディアの息子で、マクニール侯爵家の次期当主と結婚した。二人が並ぶ様は若い頃のフレディと私のようで、何と言うか、少々複雑な心境になった。主にアイザック様が。
そして…私の身体でもあるルシアは…あの後無事に出産し、ハットン子爵夫人として頑張った…と思う。あちらは出産して落ち着くと直ぐにハットン子爵領に向かい、人生の殆どをそこで過ごした。
一度謝罪したいと言われたけど、私はその申し出を断った。謝ったら許さなきゃいけないと思うと、割り切れなかったのだ。ルシアがやった事は三人の人生を狂わせたものだけど、あの性格じゃ許すと言ったらすぐに忘れてしまいそうな気がしたのだ。向こうは謝ってすっきりしそうだけど、私は逆にモヤモヤしそうだったから。
ちょっと可哀相かなと思ったけど、鈍感力が凄いのか、あまり気にせずに暮らしていたと思う。まぁ、子爵夫人として王子で居た時とは比べ物にならないほど忙しく働かなきゃいけないから、その事を考えている余裕もなかったのかもしれないけど。
ちなみに生まれた子供は私と同じ黒髪と、異母兄と同じエメラルドグリーンの瞳の女の子だった。女の子は男親に似ると幸せになると日本では言われたけど、実際その子は異母兄にそっくりで、年頃になると凄く過保護な父親になって娘から煙たがられていた。まぁ、愛されないよりは鬱陶しいくらいに愛された方がずっといいのだろう。
その後もルシアは異母兄と同じ銀髪と黒い瞳の男の子を一人産み、二児の母親になった。私からすると…自分の身体が産んだ子達は、ちょっと複雑で何かと気になる存在だった。爵位の差も大きく、殆ど会う事がないのは幸いだった…かもしれない。
「今日もいいお天気ですね。またみんなでピクニックに行きませんか?」
「ああ、いいな。子供達も喜ぶだろう」
孫たちが走り回るのを眺めながら、私は隣に座るアイザック様にそう話しかけた。直ぐ近くではまだ幼い孫たちが子犬と一緒に転がる様に遊んでいた。その姿をお茶を飲みながら眺めて、他愛もない話をする。最近はそれが日課だ。
結婚式から三十年余り、アイザック様は既に騎士団の要職を退き、今私達は本邸から少し離れた別邸でのんびり暮らしている。毎日のように孫たちが遊びに来るから、二人でも寂しいなんて事はない。
お互いに髪に白いものが混ざり、皺も増えたけれど…互いを想いあう気持ちは変わっていないし、それどころか年を追うごとに一層深くなっている。そう、未だにアイザック様の溺愛は止まっていなかった。
「ねぇ、アイザック様。私、凄く幸せです」
「ああ、私もだ。愛しているよ、セイナ」
そう言ってアイザック様は私を抱き寄せた。騎士団を辞しても、その身体は相変わらず逞しく力強く、今はロマンスグレーの渋さも加わって益々素敵になっていると思う。
「じぃじとばぁばは、らびゅらびゅだね~」
「だね~」
額にキスをしたアイザック様に、孫たちがまた囃し立てた。今日の空も青く澄んでいた。
- - - - -
最後まで読んでくださってありがとうございました。
この後番外編を数話入れて完結となります。
「とてもよく似合っているわ、セイナ」
「とうとう…この日が来てしまったのね…」
エレンとクローディアになったセラフィーナ、そしてシンシアさんの前でウエディングドレス姿を披露した私は、今日の主役の一人だ。
そう、今日は私とアイザック様の結婚式。
あれから私達は順調に交際を続け、一年ちょっとの婚約期間の後、私達はこの日を迎えた。アイザック様の甘さは日を追う毎に増して、ああ、これが溺愛ってやつなのね…と私が遠い目になったのはかなり前の事だ。
ちなみに今着ているウエディングドレスは白ではなく、ローウェル侯爵家の色でもある晴れた日の空の青を基調としたものだ。婚家の色のドレスを着るのが、この国では一般的で、この色はアイザック様の瞳の色でもある。何だかアイザック様に包まれているような気がして、何となく気恥ずかしかった。
アイザック様から贈られた、王族御用達のデザイナーが手がけたドレスは、素晴らしいの一言に尽きた。この国では花嫁は肌を晒すものではないとの考えから、ドレスはハイネックの上に袖も長いのだけど、ふんだんにレースや刺繍、パールで飾られたそれは、まさにお姫様のドレスだった。アラサーの私にはきつすぎるそれも、セラフィーナの姿であれば何の問題もない。鏡の中に映る自分にはまだ違和感があるけれど、紛れもなく今の私なのだ。
「セラフィ、アイザック様がお見えよ」
シンシアさんの声にドアの方に視線を向けると…そこには黒晶騎士団の正装に身を包んだアイザック様がいらっしゃった。その後ろにはフレディもいる。
今日のアイザック様は夜会などで着る簡易の正装ではなく、国王陛下に謁見する時に纏うような最高級の正装だ。いつも以上に勲章などで重たそうにも見えるが、それはアイザック様がこの国でいかに武勲を立てているかを表していた。
「ああ、セイナ、綺麗だ…」
世間では恐ろしいと言われる顔立ちも、ワイルド系イケメンが好きな私にとってはかっこいいとしかいい様がない。目元を和らげて笑みを浮かべられると、私の心臓がドキンと跳ねた。うう、この笑顔に弱いのよね。
「アイザック様も…とっても素敵です」
「そう言って貰えると嬉しい」
これからこの国で一番格式の高い神殿で結婚式を挙げて、その後ローウェル侯爵邸に戻ってパーティーだ。国王陛下の甥で、王国きっての名門であるローウェル侯爵家当主の結婚式とあって、そりゃあもう、びっくりするぐらいに豪華絢爛だった。日本にいた頃は籍だけ入れて、後は内輪で顔合わせの食事会でも…なんて考えていた私にとっては天と地以上の差があった。
「さぁ、行こうか」
「はい」
差し出された手に自分の手を乗せた。白い手袋に包まれた大きな手は、これからも私を守り、導いてくれるだろう。ずっと心の底に淀んでいた不安や戸惑いは、もうなかった。
こうして、世界を渡って第二の人生を始めた私は、最期の時までこの世界に留まった。アイザック様とは王国一の仲良し夫婦とも言われ、実際私達はその生を終える間際までお互いだけを愛した。
そんな私達の間には、男の子が二人と女の子が一人生まれた。
長男は黒髪と水色の瞳のアイザック様似の精悍な顔立ちで、ローウェル侯爵家の跡取りとして、また次代の国王陛下の側近として年の近い王太子殿下に仕えた。
次男は黒髪と長男よりも少し濃い青色をした瞳、ちょっと優し気な顔立ちを持ち、アイザック様が持つ子爵家を継いだ。この子が一番アイザック様に似て武の才能に恵まれ、騎士団に入って出世街道を進んだ。
長女は私と同じピンクの髪に私よりも少し濃い青色の瞳だった。ピンク頭の息子が生まれなかった事にホッとしたのは内緒だ。その長女は…フレディとディアの息子で、マクニール侯爵家の次期当主と結婚した。二人が並ぶ様は若い頃のフレディと私のようで、何と言うか、少々複雑な心境になった。主にアイザック様が。
そして…私の身体でもあるルシアは…あの後無事に出産し、ハットン子爵夫人として頑張った…と思う。あちらは出産して落ち着くと直ぐにハットン子爵領に向かい、人生の殆どをそこで過ごした。
一度謝罪したいと言われたけど、私はその申し出を断った。謝ったら許さなきゃいけないと思うと、割り切れなかったのだ。ルシアがやった事は三人の人生を狂わせたものだけど、あの性格じゃ許すと言ったらすぐに忘れてしまいそうな気がしたのだ。向こうは謝ってすっきりしそうだけど、私は逆にモヤモヤしそうだったから。
ちょっと可哀相かなと思ったけど、鈍感力が凄いのか、あまり気にせずに暮らしていたと思う。まぁ、子爵夫人として王子で居た時とは比べ物にならないほど忙しく働かなきゃいけないから、その事を考えている余裕もなかったのかもしれないけど。
ちなみに生まれた子供は私と同じ黒髪と、異母兄と同じエメラルドグリーンの瞳の女の子だった。女の子は男親に似ると幸せになると日本では言われたけど、実際その子は異母兄にそっくりで、年頃になると凄く過保護な父親になって娘から煙たがられていた。まぁ、愛されないよりは鬱陶しいくらいに愛された方がずっといいのだろう。
その後もルシアは異母兄と同じ銀髪と黒い瞳の男の子を一人産み、二児の母親になった。私からすると…自分の身体が産んだ子達は、ちょっと複雑で何かと気になる存在だった。爵位の差も大きく、殆ど会う事がないのは幸いだった…かもしれない。
「今日もいいお天気ですね。またみんなでピクニックに行きませんか?」
「ああ、いいな。子供達も喜ぶだろう」
孫たちが走り回るのを眺めながら、私は隣に座るアイザック様にそう話しかけた。直ぐ近くではまだ幼い孫たちが子犬と一緒に転がる様に遊んでいた。その姿をお茶を飲みながら眺めて、他愛もない話をする。最近はそれが日課だ。
結婚式から三十年余り、アイザック様は既に騎士団の要職を退き、今私達は本邸から少し離れた別邸でのんびり暮らしている。毎日のように孫たちが遊びに来るから、二人でも寂しいなんて事はない。
お互いに髪に白いものが混ざり、皺も増えたけれど…互いを想いあう気持ちは変わっていないし、それどころか年を追うごとに一層深くなっている。そう、未だにアイザック様の溺愛は止まっていなかった。
「ねぇ、アイザック様。私、凄く幸せです」
「ああ、私もだ。愛しているよ、セイナ」
そう言ってアイザック様は私を抱き寄せた。騎士団を辞しても、その身体は相変わらず逞しく力強く、今はロマンスグレーの渋さも加わって益々素敵になっていると思う。
「じぃじとばぁばは、らびゅらびゅだね~」
「だね~」
額にキスをしたアイザック様に、孫たちがまた囃し立てた。今日の空も青く澄んでいた。
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最後まで読んでくださってありがとうございました。
この後番外編を数話入れて完結となります。
応援ありがとうございます!
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コメントありがとうございます。
確かにエレオノーラたちは特に何もなく終わりましたね。
でも多分、侯爵様が主人公の知らないところでしっかり報復していそうです。
というか、婚約した時点でご令嬢方は震え上がっているかも。
続編は今のところ白紙ですが、もし出来ましたらお付き合い頂けると嬉しいです、
異世界転生ものが好きで楽しく読ませて貰っています。
今後の方針を決めました の始めの方で、うる覚え と有りますが、うろ覚えでは。
コメント&ご指摘ありがとうございました。
コメントありがとうございます。
殿下、私も書いていて難しく厄介なキャラでした💦
拙作ですが楽しんでいただけると嬉しいです。