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王妃の反旗(9)

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「そもそも、すでに陛下には使者を送ってしまったもの。今さら後に引くことはできません。――わかったなら、早く部屋に戻って準備なさい。陛下への謁見は十日後ですよ」

 これで話は終わりだ、というように、フロランス様はパンパンと手を叩く。
 それを合図に、部屋に控えていた侍女が扉を開け、私たちに退出を促した。

 だが、アンリは素直には引けないようだ。
 彼は苦々しく口元を歪め、私とフロランス様を交互に窺い見た。

「母上、ですがミシェルの気持ちは――――ミシェル、君も無理して引き受ける必要はない。母上はああ言っているが、本当なら俺とオレリアの問題なんだ」
「……アンリ様」
「君の嫌がることはしたくない。……俺の婚約者なんて、やりたくないだろう?」

 気遣わしげな――それでいて、どこか寂しげなアンリの言葉に、私は少しの間目を伏せる。

 ――私が、アンリの婚約者。

 やりたくない――と言うよりは、私なんかがやるべきではない。
 アンリにはもっと相応しい、清廉潔白な相手がいるはずだ。

 ――でも、ここで私が引き受けなかったら、アンリは……。

「…………」

 私は無言のまま、ぐっと両手を握りしめた。
 それから、意を決してアンリの顔を向ける。

「いえ――――お引き受けします」
「ミシェル……?」
「あくまでも『偽』の婚約者ですし……それに、陛下にお話が行ってしまった以上、フロランス様がおっしゃる通りやりきるしかありません」

 婚約者が嘘だった、なんてことになれば、余計に話は拗れるだろう。
 陛下はお怒りになるだろうし、オレリア様との婚約を止める手段もなくなる。
 話し合いで解決――というのは望み薄だ。
 そもそも、話し合いで解決できる相手なら、アンリもフロランス様を頼らずに済んだのだから。

「……でも、ミシェル。君はそれでいいのか?」

 確かめるようなアンリの言葉に、私は強く頷いてみせた。

「それが、アンリ様のためになるのなら」

 アンリのために、どんなことでもできると言った。その気持ちは嘘ではない。
 どんなこと――の内容が、思った以上に無茶ではあったけれど、他に方法がないのならやるしかない。

「私は、アンリ様のお役に立ちたいんです」
「……ミシェル」

 私の顔を見つめ、アンリは複雑そうにつぶやいた。
 私だって複雑な気持ちだ。だってついさっき、アンリの結婚の話を断ったばかりなのである。
 いくら偽とはいえ、どの口で『婚約者を引き受ける』なんて言えるのかとは思うけど、他に選択肢がないのだから仕方がない。

 ――フロランス様だって、『合理的に考えて』とおっしゃったんだもの。

 これはアンリが、望まぬ婚約を破棄するため。
 年が近く、ソレイユ語を話せて、後腐れもないという理由からのみ私が選ばれただけの話。
 まったく、なにも他意はないのだ――――。



 と意気込む私の背後。
 私とアンリを見下ろして、フロランス様がニヤリと笑ったことを――私もアンリも、気付くことはなかった。
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