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5巻
5-3
見張りを始めて、一時間が過ぎた。
俺は折り畳み式の椅子に背中を預けて、伸びをする。
「周囲を見張るだけってのも、意外に疲れるんだな」
そう呟いて、隣の椅子に目を向けた。
一緒に見張りをしているマイロくんは、肘置きに体を預けて夢の中だ。
「十一歳に夜中の見張りは、ハードだよな」
明日も獲物を探して森の中を歩くことになる。今くらいは、ゆっくり休んで欲しい。
そんな思いを胸に焚き火に枝を投げ入れた。白い煙が立ち昇り、夜空に消えていく。
「ゆったりとした、いい夜なんだがな……」
魔物が襲ってくる気配はなく、テントの中も静かだ。
「雲ひとつない快晴、か。明日も晴れてくれるといいな」
そうして平和なまま、授業が終わってくれたらいい。
なんて思っていると――
「ああああああああああああ!!」
右隣から苦しそうな声がした。
慌てて顔を向けた先にあるのは、椅子から転げ落ちるマイロくんの姿。
両手を胸に当てて体を丸めながら、もがき苦しんでいる。
――いったい何が!?
マイロくんは地面に膝を突き、両手を広げ、体を大きく反らせて再度絶叫する。
「ああああああああああああああ!!」
叫び声も、体の動きも、苦痛の表情も、全てが異常だ。
なのに――マイロくんに向けた鑑定結果に、異常は見られない。
なんだ!? 何が起きている!?
どうしたらいい! どうするのが正解だ?
そんなふうに混乱していると、テントが開いた。
視界の端に入ったのは、テントから出てくるマルリアの姿。
「マイロ!!」
目を見開いて叫ぶマルリアの視線の先――マイロくんの胸の辺りから、紫色の光が溢れ出した。
「!!」
不意に脳裏を過ったのは、マイロくんの体を覆っていた紫色の霧。
ルメルさんたちと焼肉をする直前に見たあの霧と、今目の前にある紫色の光が似通って見える。
「――魔力が吸われる!」
案の定とでも言うべきか、鑑定を向けた時の反応も同じ。
いや、あの時の数倍の力で魔力を吸われる。
だが、違いはそれだけじゃない。紫色の光からは、命を脅かすような危険な気配を感じる。
あれは、やばい。
「フィオラン! リリ! マルリアを止めろ!!」
「「!?」」
マルリアは、慌てて駆け出そうとしていた。
そんな彼女の腰目掛けて、リリが後ろから体当たりするように抱き着く。
そしてフィオランは正面に回り、マルリアの肩を押さえた。
「離しなさいよ! マイロが! マイロが!」
目に涙を浮かべてそう叫ぶマルリアに、リリとフィオランが言う。
「ダメです! アルト様の邪魔になります!」
「行ってもできることはないの! マルリアちゃんも分かってるわよね!?」
「だけど、マイロが! マイロが――」
マルリアを紫色の光に近付ける訳にはいかない。
何も考えずに近付けば、命を落としかねないからな。
――どうにかして、打開策を!
そんな俺の思いとは裏腹に、紫色の光の輝きが強まる。
「くっ――」
俺は慌てて距離を取る。
マイロくんの体は、たちまち紫色の光に包まれてしまった。
俺は何か分からないかとシルバーのブレスレットに魔力を注ぎ、何倍にも膨らませてマイロくんにぶつける。しかし、鑑定は届かない。
どうしたものか――そう思っていた矢先、紫色の光が点滅し始めた。
全身に冷や汗をかく。言葉にできない気持ち悪さが、全身を駆け巡る。
「――全員、この場から離れろ!」
そう言葉にしながら、俺も地面を蹴って距離を取る。
それから一拍置いて、紫色の光が弾けた。
「くっ――!!」
反射的に閉じた瞼の裏に、強烈な光を感じる。体内の魔力が、光に吸い取られていく。
何一つ状況が分からない中で、体内の魔力だけが減る。
魔力がもたない。魔力不足で命を落としかねない。
やがて体のバランスが崩れ、地面に手をついた。
「……はあ、はあ、はあ」
もうこれ以上吸われたら、まずい。そう思ったタイミングで、紫色の光が消えた。
魔力が吸い取られる感覚もない!
目を開いて顔を上げると、宙に浮くマイロくんの姿があった。
魔力が不足している時特有の気持ち悪さを誤魔化すように、奥歯を強く噛み締める。
そして、視線をちらりと後ろに遣る。
振り向いた先に見えたのは、地面に倒れたリリ、マルリア、フィオランの姿。
胸を押さえて苦しそうにしているものの、リリは魔力量に余裕がありそうだし、マルリアはやや遠い位置にいたためか、そこまで酷くはなさそうだ。
だが、元々魔力量が少ないフィオランは危険だ。
俺は彼女に鑑定の魔力を向ける。
──────────────────────────────────────────
【 名 前 】フィオラン
【 状 態 】生命力:119/119 魔力量:0/17
魔力欠乏症 吸魔
──────────────────────────────────────────
他の仲間も鑑定してみるが、魔力量がゼロなのも、吸魔の文字が表示されているのもフィオランだけだ。魔力が吸われている状態――吸魔の状態が継続している理由は分からないが、このままでは命に関わる。
早く魔力を与えないと……と動き出そうとした。その時――
「なっ――!?」
マイロくんの体を覆っていた紫色の光が再度発生した。今度はムチのような形をしている。
その先端が周囲の木々よりも高くまで持ち上がり、フィオラン目掛けて振り下ろされる。
「くっ!」
フィオランへの直撃だけは、どうにかして避けないと!
そんな思いを胸に、吐き気を気合いで呑み込んで、地面を蹴る。
片手でフィオランを突き飛ばし、俺は光のムチを体で受け止めた。
「うっ……」
一瞬で大量の魔力が吸い取られるのを感じる。
酷い目眩と頭痛に襲われた。
視界が揺れる。
だが俺の背後にはフィオランがいるのだ。倒れる訳にはいかない。
「アルト様!」
周囲を見渡す余裕はないが、リリだけは声を出せる状況にあるようだ。
そして背後からは、辛そうなフィオランの呼吸音が聞こえる。
俺はしんどいのを堪えつつ、どうにか口を開く。
「リリ! フィオランを運べるか!? フィオランを連れて木々の裏に隠れるんだ!」
「ですが、アルト様は――」
「俺なら大丈夫だ!」
急激に魔力が減る経験は、王国時代に何度もした。耐性があると言っていい。
魔力が枯渇している状態で無理に鑑定させられるなんて、日常茶飯事だったからな。
光のムチがゆっくりと持ち上がる。もう一刻の猶予もない。
「リリ!」
「――分かりました!」
リリが駆け出す音が聞こえる。
そんなタイミングで、光のムチが再度点滅を始めた。
「全員、身を伏せろ!」
ムチのようにしならせた魔力を振り下ろしてくるとばかり思っていたが――完全に読み間違えた!
だが、後悔するのはあとだ!
この紫色の光に対する現時点での対処法は、今のところ分からない。
ならば、全員が生き残るためにはどうすればいいか考えるべきだろう。
マルリアが倒れている場所までは距離があるから、光を拡散させた攻撃の影響は大きく受けないはず。そして、リリはまだ魔力に余裕がありそうだ。
ということはフィオランさえ守れれば、全員生き残れるに違いない。
そう結論付け、フィオランの上に覆い被さる。
そしてありったけの魔力を背中に纏い、目を瞑る。
魔力をぶつけることで、少しでも相手の攻撃の勢いを相殺できないかと考えた結果だった。
体を、紫色の光が突き抜けていく。
ムチを受けた時のような衝撃はないが、大量の魔力が吸われて、全身から力が抜け落ちていくような感覚に襲われる。
瞼を開けて周囲を見回すと、意識のない三人の姿が見える。
「フィオラン、リリ、マルリア……!」
しかし、立ち上がれない。
それでも二人の荒い呼吸音だけは聞こえてくる。
生きているようだが、あんな状態で次の攻撃に耐えられるのか!? 何かできることはないのか!?
考えろ! 思考を巡らせるんだ!
――そんな時、無線機からミルカの声が聞こえる。
『異変があったんだよね!? 何が起きているのかは分からないけど、応援を向かわせた方がいい?』
そうだ、ここにいるのは俺たちだけじゃない!
「モチヅキ隊にリリたちを退避させるよう、要請して欲しい。それと――」
そう言葉を紡ぎながら鑑定結果を見たが、モチヅキ隊長が率いる第三弓兵隊の中に、魔力の回復ができる者は見当たらない。
本部にいる救護班のリストも作戦に挑むに当たって確認したが、ケガや病気を治す人材はいても、そのような者はいなかったはず。
それでも一縷の望みをかけて、俺は言う。
「至急、救護班の援助を頼む! 魔力回復ができる者が必要だ!」
『――分かった!』
ミルカがそう言ったあと、無線機の向こうが慌ただしくなった。
その間に今回作戦に参加している者以外で誰かいないか、鑑定で探そう。
幸い、これだけ魔力を減らされたとて、使い慣れている鑑定は使える。
それから少しして、ルルベール教官の声がする。
『ワシじゃ! 適切な者が見当たらん! そちらには誰を連れていけばいい!?』
やはり救護班にはいなかったか……
念のため、無理にでも鑑定を使って人を探しておいてよかった。
俺は口を開く。
「ハサランテ軍曹をお願いします。今、訓練校で昼寝中なはずです」
『……それはあれじゃな? 鑑定した上での結論じゃな?』
「はい。俺が鑑定できる範囲で一番近くにいる適切な人材が、彼です」
『……あい分かった』
ハサランテ軍曹は、ただの軍医だ。
俺たちが半日かけて歩いた距離を、すぐに移動できるわけもない。
だから、これは事後処理に向けての準備だ。
この場を無事に生き延びたのちに、回復できる手筈を整えただけである。
結局、やることは変わっていない。
それでも『ここを切り抜ければどうにかなる』ことが明確になっただけで、精神的な余裕が生まれた。
俺は光のムチの方に視線を向ける。
マイロくんの体は紫色の光に包まれたまま、未だ宙に浮かんでいる。
十字架に張りつけられたかのような状態で、指先はピクリとも動いていない。だが――
「――意識はあるのか!?」
瞼が僅かに動いているのが分かる。紫色の光も弱まって見える。
先程は必死すぎて気付かなかったが、無線で話している間に攻撃が来なかったのも、マイロくんが抵抗していたからなのか!?
「マイロくん、聞こえるか!?」
頼む、聞こえてくれ!
そんな俺の祈りに応えるかのように、マイロくんの体を包む紫色の光が一瞬だけ揺れた。
「フィオランが体調を崩した。このままだと危ない。頭のいい君なら分かるね?」
あまりプレッシャーをかけたくないが、マイロくんならその期待に応えてくれるはず。
「深呼吸できるかな? 焦らなくても大丈夫だから」
ここにいるメンバーは、全員が優秀な才能を持った努力家だ。
マイロくんだってそう。俺はそんな彼を信じる。
「返事はしなくていいよ。体に違和感があるよね?」
魔力を向けた時の感覚や肌に感じる雰囲気。触れるのを戸惑わせるほどの圧力。
それは以前からマイロくんの体内にあった『魔力を吸い込む何か』からも感じたものだ。
俺はそこから、ある仮説を立てる。
『魔力を吸い込む何か』が、表面に出てきたのではないか?
以前も同じことがあった。今回はその比ではない危険度だが、それはマイロくん自身の魔力が増えたから。
普段はそれすら制御下に置いていたのだろうが、今回、慣れない長時間の移動でそれが暴走してしまった――とか。
全て俺の憶測でしかないが、あり得ない話じゃない。
「その違和感はキミの敵じゃないよ。キミの体の一部、味方なんだ。分かるね?」
マイロくんなら抑え込むことができるはず。そう信じて、俺は言葉を重ねる。
「体の力を抜いて、魔力に意識を向けて。普段の訓練と同様に魔力を体の隅々にまで流すイメージだ。魔力の流れの中に違和感を感じる箇所があるよね? それに手を伸ばすことはできるかな?」
マイロくんの手足はピクリとも動かず、体を覆う紫色の光にも変化はない。
だが、光のムチの動きが止まる。
――そんな時、不意に鑑定結果が表示された。
──────────────────────────────────────────
【 名 前 】吸魔の光
【 補 足 】発動者を含めた周囲の魔力を無作為に吸収する。
魔力が多い土地で生まれた者の体内に稀に宿り、九割以上の者が制御できずに命を落とす。
──────────────────────────────────────────
鑑定の魔力は絶えず向けていたが、まさか通るとは!
マイロくんがもうこの吸魔の光をコントロールしたということか――いや! マイロくんの首から下がっているマルリアお手製のお守りが、淡いピンク色に輝いている!
そのピンク色の光が俺の鑑定を受け入れ、吸魔の光を鑑定できるようにしているのが分かる。だが、まだ正体が分かっただけだ。それをマイロくんが制御しなければならないことは変わらない。
「違和感のある『何か』と自分の魔力。その二つを混ぜることはできるかな?」
祈るようにそう言葉にしたが、吸魔の光は収まらない。
お守りから発生しているピンク色の光は、増えたり減ったりを繰り返している。
魔力が足りないのか?
「もう少しだけ耐えて欲しい。いいね?」
俺はそう口にすると、大きく息を吐いて、魔力切れの体を無理やり立たせる。
そしてシルバーのブレスレットを外し、それを掴んだ上で吸魔の光に向かって手を伸ばす。
一歩ずつ前に進みつつ、口を開く。
「俺が合図した後に、魔力が爆発的に増えるはずだ。それを感じたら、魔力と『何か』を混ぜ合わせて欲しい」
紫色の光に近付けば近付くほど、吸われる魔力が増えていく。
吐き気や目眩が酷くなり、寒気までする。
奥歯をグッと噛み締めて、腕を紫色の光の中に差し込んだ。
「くふ――!!」
ムチを受けた時と同じか、それ以上の量の魔力が吸い取られるのを感じる。
それでも必死に手を伸ばし、シルバーのブレスレットをマイロくんの指先に触れさせる。
「マイロくん! 今だ!!」
俺の叫び声と共にマイロくんの魔力が膨らみ、周囲に溢れ出した。
マルリアが作ったお守りを中心に、ピンク色の光がゆっくりと広がっていく。
やがて光の色が紫からピンクに全て変わると、マイロくんは拘束から解かれ、前のめりに倒れた。
「どうにかなったか……」
そう呟くと、俺も仰向けに倒れる。
マイロくんの体を覆っていた紫色の光は消え、魔力が吸われる感覚もなくなった。
俺はなけなしの力を振り絞り、フィオランに向けて魔力を放つ。
それでも魔力はゼロのまま、増える兆しすらない。
通常、魔力は時間経過で回復する。だが、魔力欠乏症に陥った者の魔力は特殊な魔法を使わなければ増えない。そのためさっきハサランテ軍曹を呼んだのだ。俺が使えるのは鑑定のみ。魔力の回復はできなくとも、何か起こらないか――と思ったが、やはり無理だったか。
するとそんなタイミングで、俺の視界の端に人影が映る。
「……ん。良かった」
サーラだ。そういえば、吸魔の光が現れてから彼女は姿を見せていなかった。
テントの中で、虎視眈々と俺たちを仕留めるタイミングを窺っていたのか――!?
「みんな、魔力切れ?」
誰に問い掛けるでもなくサーラはそう呟き、周囲を見渡しながら、ゆっくりと歩き始めた。
何をする気だ!?
そう叫びたくとも、声すら出ない。現状は最悪だ。焦りだけが募っていく。
「……すぐに済む。寝てて」
サーラはそう口にしつつ、腰の剣に手を伸ばす。
そして持ち手に指を這わせ、剣をゆっくりと引き抜いた。
サーラはフィオランの元まで歩き、言う。
「痛くしない」
そして剣を両手で握り直すと、フィオランの体を上向きにしてから馬乗りになる。
心臓に切っ先を向けて――
「……回復促進」
サーラの小さな声が、俺の耳に届いた。
剣はフィオランの体に触れることはなく、寸前で止まった。
次いでサーラの額に、大粒の汗が浮かぶ。
そんな彼女とは対照的に、フィオランの顔には赤みが戻ったように見える。
「次はあなた。動かないで」
フィオランを助けてくれた、のか?
戸惑う俺の元に、サーラがやってくる。
フィオランの時と同じように、俺に馬乗りになってから剣の切っ先を心臓に向け――
「回復促進……」
剣先から温かい光が流れ込んでくる。
ポカポカとした何かが心臓に流れ、胃を通って、全身を巡っていく。
すると指先を動かすことすらできなかったのが嘘のように、起き上がれるようになった。
──────────────────────────────────────────
【 名 前 】フィオラン(23歳)
【 状 態 】生命力:62/119 魔力量:1/17
魔力欠乏症 気絶 回復促進(微)
【 補 足 】復帰まで三時間三十六分
──────────────────────────────────────────
魔力をフィオランに向けたが、『吸魔』の文字は消えて魔力量ゼロの状態も脱していた。
代わりに『回復促進(微)』の文字がある。
「……サーラは、回復魔法も使えたのか?」
「ん。おまじない程度でしかない」
サーラはそう言うが、それを体感してしまった以上、効果の有無は疑うべくもない。
「申し訳ない。いきなり剣を向けられて驚いた」
「ん。剣は杖も兼ねてる。言ってなかった。ごめんなさい」
「いや、助かったよ」
完全に敵対行動だと思ったが、なんとか第三弓兵隊の助けを呼ぶのを思いとどまってよかった。
そして、これも浄化魔法の時と同じだろう。
本人に隠す気はなく、俺が鑑定できなかっただけ……か。
俺は折り畳み式の椅子に背中を預けて、伸びをする。
「周囲を見張るだけってのも、意外に疲れるんだな」
そう呟いて、隣の椅子に目を向けた。
一緒に見張りをしているマイロくんは、肘置きに体を預けて夢の中だ。
「十一歳に夜中の見張りは、ハードだよな」
明日も獲物を探して森の中を歩くことになる。今くらいは、ゆっくり休んで欲しい。
そんな思いを胸に焚き火に枝を投げ入れた。白い煙が立ち昇り、夜空に消えていく。
「ゆったりとした、いい夜なんだがな……」
魔物が襲ってくる気配はなく、テントの中も静かだ。
「雲ひとつない快晴、か。明日も晴れてくれるといいな」
そうして平和なまま、授業が終わってくれたらいい。
なんて思っていると――
「ああああああああああああ!!」
右隣から苦しそうな声がした。
慌てて顔を向けた先にあるのは、椅子から転げ落ちるマイロくんの姿。
両手を胸に当てて体を丸めながら、もがき苦しんでいる。
――いったい何が!?
マイロくんは地面に膝を突き、両手を広げ、体を大きく反らせて再度絶叫する。
「ああああああああああああああ!!」
叫び声も、体の動きも、苦痛の表情も、全てが異常だ。
なのに――マイロくんに向けた鑑定結果に、異常は見られない。
なんだ!? 何が起きている!?
どうしたらいい! どうするのが正解だ?
そんなふうに混乱していると、テントが開いた。
視界の端に入ったのは、テントから出てくるマルリアの姿。
「マイロ!!」
目を見開いて叫ぶマルリアの視線の先――マイロくんの胸の辺りから、紫色の光が溢れ出した。
「!!」
不意に脳裏を過ったのは、マイロくんの体を覆っていた紫色の霧。
ルメルさんたちと焼肉をする直前に見たあの霧と、今目の前にある紫色の光が似通って見える。
「――魔力が吸われる!」
案の定とでも言うべきか、鑑定を向けた時の反応も同じ。
いや、あの時の数倍の力で魔力を吸われる。
だが、違いはそれだけじゃない。紫色の光からは、命を脅かすような危険な気配を感じる。
あれは、やばい。
「フィオラン! リリ! マルリアを止めろ!!」
「「!?」」
マルリアは、慌てて駆け出そうとしていた。
そんな彼女の腰目掛けて、リリが後ろから体当たりするように抱き着く。
そしてフィオランは正面に回り、マルリアの肩を押さえた。
「離しなさいよ! マイロが! マイロが!」
目に涙を浮かべてそう叫ぶマルリアに、リリとフィオランが言う。
「ダメです! アルト様の邪魔になります!」
「行ってもできることはないの! マルリアちゃんも分かってるわよね!?」
「だけど、マイロが! マイロが――」
マルリアを紫色の光に近付ける訳にはいかない。
何も考えずに近付けば、命を落としかねないからな。
――どうにかして、打開策を!
そんな俺の思いとは裏腹に、紫色の光の輝きが強まる。
「くっ――」
俺は慌てて距離を取る。
マイロくんの体は、たちまち紫色の光に包まれてしまった。
俺は何か分からないかとシルバーのブレスレットに魔力を注ぎ、何倍にも膨らませてマイロくんにぶつける。しかし、鑑定は届かない。
どうしたものか――そう思っていた矢先、紫色の光が点滅し始めた。
全身に冷や汗をかく。言葉にできない気持ち悪さが、全身を駆け巡る。
「――全員、この場から離れろ!」
そう言葉にしながら、俺も地面を蹴って距離を取る。
それから一拍置いて、紫色の光が弾けた。
「くっ――!!」
反射的に閉じた瞼の裏に、強烈な光を感じる。体内の魔力が、光に吸い取られていく。
何一つ状況が分からない中で、体内の魔力だけが減る。
魔力がもたない。魔力不足で命を落としかねない。
やがて体のバランスが崩れ、地面に手をついた。
「……はあ、はあ、はあ」
もうこれ以上吸われたら、まずい。そう思ったタイミングで、紫色の光が消えた。
魔力が吸い取られる感覚もない!
目を開いて顔を上げると、宙に浮くマイロくんの姿があった。
魔力が不足している時特有の気持ち悪さを誤魔化すように、奥歯を強く噛み締める。
そして、視線をちらりと後ろに遣る。
振り向いた先に見えたのは、地面に倒れたリリ、マルリア、フィオランの姿。
胸を押さえて苦しそうにしているものの、リリは魔力量に余裕がありそうだし、マルリアはやや遠い位置にいたためか、そこまで酷くはなさそうだ。
だが、元々魔力量が少ないフィオランは危険だ。
俺は彼女に鑑定の魔力を向ける。
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【 名 前 】フィオラン
【 状 態 】生命力:119/119 魔力量:0/17
魔力欠乏症 吸魔
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他の仲間も鑑定してみるが、魔力量がゼロなのも、吸魔の文字が表示されているのもフィオランだけだ。魔力が吸われている状態――吸魔の状態が継続している理由は分からないが、このままでは命に関わる。
早く魔力を与えないと……と動き出そうとした。その時――
「なっ――!?」
マイロくんの体を覆っていた紫色の光が再度発生した。今度はムチのような形をしている。
その先端が周囲の木々よりも高くまで持ち上がり、フィオラン目掛けて振り下ろされる。
「くっ!」
フィオランへの直撃だけは、どうにかして避けないと!
そんな思いを胸に、吐き気を気合いで呑み込んで、地面を蹴る。
片手でフィオランを突き飛ばし、俺は光のムチを体で受け止めた。
「うっ……」
一瞬で大量の魔力が吸い取られるのを感じる。
酷い目眩と頭痛に襲われた。
視界が揺れる。
だが俺の背後にはフィオランがいるのだ。倒れる訳にはいかない。
「アルト様!」
周囲を見渡す余裕はないが、リリだけは声を出せる状況にあるようだ。
そして背後からは、辛そうなフィオランの呼吸音が聞こえる。
俺はしんどいのを堪えつつ、どうにか口を開く。
「リリ! フィオランを運べるか!? フィオランを連れて木々の裏に隠れるんだ!」
「ですが、アルト様は――」
「俺なら大丈夫だ!」
急激に魔力が減る経験は、王国時代に何度もした。耐性があると言っていい。
魔力が枯渇している状態で無理に鑑定させられるなんて、日常茶飯事だったからな。
光のムチがゆっくりと持ち上がる。もう一刻の猶予もない。
「リリ!」
「――分かりました!」
リリが駆け出す音が聞こえる。
そんなタイミングで、光のムチが再度点滅を始めた。
「全員、身を伏せろ!」
ムチのようにしならせた魔力を振り下ろしてくるとばかり思っていたが――完全に読み間違えた!
だが、後悔するのはあとだ!
この紫色の光に対する現時点での対処法は、今のところ分からない。
ならば、全員が生き残るためにはどうすればいいか考えるべきだろう。
マルリアが倒れている場所までは距離があるから、光を拡散させた攻撃の影響は大きく受けないはず。そして、リリはまだ魔力に余裕がありそうだ。
ということはフィオランさえ守れれば、全員生き残れるに違いない。
そう結論付け、フィオランの上に覆い被さる。
そしてありったけの魔力を背中に纏い、目を瞑る。
魔力をぶつけることで、少しでも相手の攻撃の勢いを相殺できないかと考えた結果だった。
体を、紫色の光が突き抜けていく。
ムチを受けた時のような衝撃はないが、大量の魔力が吸われて、全身から力が抜け落ちていくような感覚に襲われる。
瞼を開けて周囲を見回すと、意識のない三人の姿が見える。
「フィオラン、リリ、マルリア……!」
しかし、立ち上がれない。
それでも二人の荒い呼吸音だけは聞こえてくる。
生きているようだが、あんな状態で次の攻撃に耐えられるのか!? 何かできることはないのか!?
考えろ! 思考を巡らせるんだ!
――そんな時、無線機からミルカの声が聞こえる。
『異変があったんだよね!? 何が起きているのかは分からないけど、応援を向かわせた方がいい?』
そうだ、ここにいるのは俺たちだけじゃない!
「モチヅキ隊にリリたちを退避させるよう、要請して欲しい。それと――」
そう言葉を紡ぎながら鑑定結果を見たが、モチヅキ隊長が率いる第三弓兵隊の中に、魔力の回復ができる者は見当たらない。
本部にいる救護班のリストも作戦に挑むに当たって確認したが、ケガや病気を治す人材はいても、そのような者はいなかったはず。
それでも一縷の望みをかけて、俺は言う。
「至急、救護班の援助を頼む! 魔力回復ができる者が必要だ!」
『――分かった!』
ミルカがそう言ったあと、無線機の向こうが慌ただしくなった。
その間に今回作戦に参加している者以外で誰かいないか、鑑定で探そう。
幸い、これだけ魔力を減らされたとて、使い慣れている鑑定は使える。
それから少しして、ルルベール教官の声がする。
『ワシじゃ! 適切な者が見当たらん! そちらには誰を連れていけばいい!?』
やはり救護班にはいなかったか……
念のため、無理にでも鑑定を使って人を探しておいてよかった。
俺は口を開く。
「ハサランテ軍曹をお願いします。今、訓練校で昼寝中なはずです」
『……それはあれじゃな? 鑑定した上での結論じゃな?』
「はい。俺が鑑定できる範囲で一番近くにいる適切な人材が、彼です」
『……あい分かった』
ハサランテ軍曹は、ただの軍医だ。
俺たちが半日かけて歩いた距離を、すぐに移動できるわけもない。
だから、これは事後処理に向けての準備だ。
この場を無事に生き延びたのちに、回復できる手筈を整えただけである。
結局、やることは変わっていない。
それでも『ここを切り抜ければどうにかなる』ことが明確になっただけで、精神的な余裕が生まれた。
俺は光のムチの方に視線を向ける。
マイロくんの体は紫色の光に包まれたまま、未だ宙に浮かんでいる。
十字架に張りつけられたかのような状態で、指先はピクリとも動いていない。だが――
「――意識はあるのか!?」
瞼が僅かに動いているのが分かる。紫色の光も弱まって見える。
先程は必死すぎて気付かなかったが、無線で話している間に攻撃が来なかったのも、マイロくんが抵抗していたからなのか!?
「マイロくん、聞こえるか!?」
頼む、聞こえてくれ!
そんな俺の祈りに応えるかのように、マイロくんの体を包む紫色の光が一瞬だけ揺れた。
「フィオランが体調を崩した。このままだと危ない。頭のいい君なら分かるね?」
あまりプレッシャーをかけたくないが、マイロくんならその期待に応えてくれるはず。
「深呼吸できるかな? 焦らなくても大丈夫だから」
ここにいるメンバーは、全員が優秀な才能を持った努力家だ。
マイロくんだってそう。俺はそんな彼を信じる。
「返事はしなくていいよ。体に違和感があるよね?」
魔力を向けた時の感覚や肌に感じる雰囲気。触れるのを戸惑わせるほどの圧力。
それは以前からマイロくんの体内にあった『魔力を吸い込む何か』からも感じたものだ。
俺はそこから、ある仮説を立てる。
『魔力を吸い込む何か』が、表面に出てきたのではないか?
以前も同じことがあった。今回はその比ではない危険度だが、それはマイロくん自身の魔力が増えたから。
普段はそれすら制御下に置いていたのだろうが、今回、慣れない長時間の移動でそれが暴走してしまった――とか。
全て俺の憶測でしかないが、あり得ない話じゃない。
「その違和感はキミの敵じゃないよ。キミの体の一部、味方なんだ。分かるね?」
マイロくんなら抑え込むことができるはず。そう信じて、俺は言葉を重ねる。
「体の力を抜いて、魔力に意識を向けて。普段の訓練と同様に魔力を体の隅々にまで流すイメージだ。魔力の流れの中に違和感を感じる箇所があるよね? それに手を伸ばすことはできるかな?」
マイロくんの手足はピクリとも動かず、体を覆う紫色の光にも変化はない。
だが、光のムチの動きが止まる。
――そんな時、不意に鑑定結果が表示された。
──────────────────────────────────────────
【 名 前 】吸魔の光
【 補 足 】発動者を含めた周囲の魔力を無作為に吸収する。
魔力が多い土地で生まれた者の体内に稀に宿り、九割以上の者が制御できずに命を落とす。
──────────────────────────────────────────
鑑定の魔力は絶えず向けていたが、まさか通るとは!
マイロくんがもうこの吸魔の光をコントロールしたということか――いや! マイロくんの首から下がっているマルリアお手製のお守りが、淡いピンク色に輝いている!
そのピンク色の光が俺の鑑定を受け入れ、吸魔の光を鑑定できるようにしているのが分かる。だが、まだ正体が分かっただけだ。それをマイロくんが制御しなければならないことは変わらない。
「違和感のある『何か』と自分の魔力。その二つを混ぜることはできるかな?」
祈るようにそう言葉にしたが、吸魔の光は収まらない。
お守りから発生しているピンク色の光は、増えたり減ったりを繰り返している。
魔力が足りないのか?
「もう少しだけ耐えて欲しい。いいね?」
俺はそう口にすると、大きく息を吐いて、魔力切れの体を無理やり立たせる。
そしてシルバーのブレスレットを外し、それを掴んだ上で吸魔の光に向かって手を伸ばす。
一歩ずつ前に進みつつ、口を開く。
「俺が合図した後に、魔力が爆発的に増えるはずだ。それを感じたら、魔力と『何か』を混ぜ合わせて欲しい」
紫色の光に近付けば近付くほど、吸われる魔力が増えていく。
吐き気や目眩が酷くなり、寒気までする。
奥歯をグッと噛み締めて、腕を紫色の光の中に差し込んだ。
「くふ――!!」
ムチを受けた時と同じか、それ以上の量の魔力が吸い取られるのを感じる。
それでも必死に手を伸ばし、シルバーのブレスレットをマイロくんの指先に触れさせる。
「マイロくん! 今だ!!」
俺の叫び声と共にマイロくんの魔力が膨らみ、周囲に溢れ出した。
マルリアが作ったお守りを中心に、ピンク色の光がゆっくりと広がっていく。
やがて光の色が紫からピンクに全て変わると、マイロくんは拘束から解かれ、前のめりに倒れた。
「どうにかなったか……」
そう呟くと、俺も仰向けに倒れる。
マイロくんの体を覆っていた紫色の光は消え、魔力が吸われる感覚もなくなった。
俺はなけなしの力を振り絞り、フィオランに向けて魔力を放つ。
それでも魔力はゼロのまま、増える兆しすらない。
通常、魔力は時間経過で回復する。だが、魔力欠乏症に陥った者の魔力は特殊な魔法を使わなければ増えない。そのためさっきハサランテ軍曹を呼んだのだ。俺が使えるのは鑑定のみ。魔力の回復はできなくとも、何か起こらないか――と思ったが、やはり無理だったか。
するとそんなタイミングで、俺の視界の端に人影が映る。
「……ん。良かった」
サーラだ。そういえば、吸魔の光が現れてから彼女は姿を見せていなかった。
テントの中で、虎視眈々と俺たちを仕留めるタイミングを窺っていたのか――!?
「みんな、魔力切れ?」
誰に問い掛けるでもなくサーラはそう呟き、周囲を見渡しながら、ゆっくりと歩き始めた。
何をする気だ!?
そう叫びたくとも、声すら出ない。現状は最悪だ。焦りだけが募っていく。
「……すぐに済む。寝てて」
サーラはそう口にしつつ、腰の剣に手を伸ばす。
そして持ち手に指を這わせ、剣をゆっくりと引き抜いた。
サーラはフィオランの元まで歩き、言う。
「痛くしない」
そして剣を両手で握り直すと、フィオランの体を上向きにしてから馬乗りになる。
心臓に切っ先を向けて――
「……回復促進」
サーラの小さな声が、俺の耳に届いた。
剣はフィオランの体に触れることはなく、寸前で止まった。
次いでサーラの額に、大粒の汗が浮かぶ。
そんな彼女とは対照的に、フィオランの顔には赤みが戻ったように見える。
「次はあなた。動かないで」
フィオランを助けてくれた、のか?
戸惑う俺の元に、サーラがやってくる。
フィオランの時と同じように、俺に馬乗りになってから剣の切っ先を心臓に向け――
「回復促進……」
剣先から温かい光が流れ込んでくる。
ポカポカとした何かが心臓に流れ、胃を通って、全身を巡っていく。
すると指先を動かすことすらできなかったのが嘘のように、起き上がれるようになった。
──────────────────────────────────────────
【 名 前 】フィオラン(23歳)
【 状 態 】生命力:62/119 魔力量:1/17
魔力欠乏症 気絶 回復促進(微)
【 補 足 】復帰まで三時間三十六分
──────────────────────────────────────────
魔力をフィオランに向けたが、『吸魔』の文字は消えて魔力量ゼロの状態も脱していた。
代わりに『回復促進(微)』の文字がある。
「……サーラは、回復魔法も使えたのか?」
「ん。おまじない程度でしかない」
サーラはそう言うが、それを体感してしまった以上、効果の有無は疑うべくもない。
「申し訳ない。いきなり剣を向けられて驚いた」
「ん。剣は杖も兼ねてる。言ってなかった。ごめんなさい」
「いや、助かったよ」
完全に敵対行動だと思ったが、なんとか第三弓兵隊の助けを呼ぶのを思いとどまってよかった。
そして、これも浄化魔法の時と同じだろう。
本人に隠す気はなく、俺が鑑定できなかっただけ……か。
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