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下天の幻器(うつわ)編
第七話「奥泉行路 壱」(改訂版)
しおりを挟む第七話「奥泉行路 壱」
旧赤目領土内の最東端”那原”を出発した鈴原 最嘉とその一行。
護衛も含めた総勢十五人は隣接する独立小国家”見能領”を通り、京極 陽子の治める新政・天都原領土内”尾宇美領”、”香賀美領”と北上し暁海へと抜けた。
――その後、そのまま海岸線を東進……旺帝領土内に入った
細心の注意を払いつつ旺帝領土”越籠”経由にて、目的地である同じく旺帝領土”特別行政区、奥泉領土”へと至った。
総行程日数は五日ほど……
それは神反 陽之亮が率いる”闇刀”が部隊、”花園警護隊”の緋沙樹 牡丹とペオニア=カートライトが進言した内容の大凡中間案であった。
――つまり
結果的に俺は当初の予定よりも少々急いだのだ。
その理由は……
那古葉を守る旺帝の猛将”甘城 寅保”が、志那野の武将”木場 武春”に援軍要請の使者を送ったという情報を入手したからだ。
甘城 寅保が守護する那古葉城は旺帝でも最強の防御を誇る大要塞である。
曾ての南阿が誇った”黒き鋼鉄の大蟹”、浮沈要塞”蟹甲楼”と並び称されるほどの城、”黄金の鯱”那古葉城……
難攻不落の巨城攻略だけでさえ困難だというのに、その那古葉城が在る”境会”という地は、旺帝八竜の甘城 寅保が守護をする地なのだ。
其所に更に最強無敗の”咲き誇る武神”と称えられし木場 武春が参戦する……
予測済みであったとは言え、この展開の早さは俺の予測の更に上を行っていた。
「ちっ、紗句遮允の奴……サボりやがって」
俺は独りごちた。
”暁”最北の海に浮かぶ島、北来――
その地を制覇した”可夢偉”連合部族王、紗句遮允は、暁最大の勢力を誇る旺帝軍の侵攻に対し北の地を一歩も踏ませぬ戦術と統率力を備える群を抜いた傑物だ。
彼の辺境部族王の将才は有能なる人材を多数抱える強大国”旺帝”にして”王狼”と呼ばしめる程である。
それ故に北の備えを一瞬たりとも怠れない旺帝としては、可夢偉連合部族国の備えとして軍部の要で在り、北方の最前線を支える後方支援地である志那野領領主の木場 武春を軽々に動かせないだろうと……
そう俺は踏んでいたのだ。
――百戦錬磨の”魔人”伊武 兵衛が亡き後、最強無敗”咲き誇る武神”と称えられし木場 武春をこんなにも易々と動かすとは……
「あと数週間は猶予があると思ってたんだけどなぁ……」
それは”鈴原 最嘉”にとって結構な誤算であった。
――
「御館様。ただいま磐猪川から使者が戻り、藤堂 日出衡は会談に応じるとの事でございます」
待つこと暫し――
少し離れた場所で、眼だけを出した白装束の臨海兵士と話していた”花園警護隊”の筆頭、緋沙樹 牡丹が思案中の俺の元に駆け寄り、その場に傅いてそう伝えてくる。
「そうか、大義だった」
彼女の報告に短く答えた俺の視線は離れた位置で傅いた状態の白装束に、
そしてその白装束は深く頭を下げ直ぐにその場から消えた。
白装束の臨海兵士、
この案件にあたって先に奥泉に潜入し、下準備に尽力した臨海軍特務諜報部隊……
通称“蜻蛉”の手の者である。
――さすが花房 清奈の直属だ、蜻蛉は闇刀にも引けを取らない部隊だな
俺は熟々、花房 清奈と神反 陽之亮の存在価値に頷かされる。
「御館様……」
「ああ、そうだな、一時でも時は惜しい。直ぐに藤堂 日出衡の居城に向かうか」
俺は緋沙樹 牡丹にそう言うと、磐猪川に在る奥泉の領都、そして藤堂 日出衡の居城に向けて進発を促した。
「はい!此所から磐猪川の”金色御殿”は大凡半日の距離です。その間に奥様方にも準備をして頂きますか?」
「…………」
”金色御殿”とは奥泉の領都、磐猪川に在る藤堂 日出衡の居城を指し示す俗称で、建造物の全てに黄金を使用していると謳われるほどの豪勢な城らしい。
そして問題の”奥様方”の準備とは――
「御館様?」
「あ、ああ……そうだな」
俺は歯切れ悪く頷く。
「宮郷 弥代と……鈴原 真琴に準備をさせておけ」
――そうだ……
この奥泉への極秘訪問に……
俺の腹心であるところの鈴原 真琴が参加することになったのだ。
直前に、強引に……
しかも俺の側女役として。
「……」
それを俺が断れなかった理由は……
――まぁ……色々とだけ言っておこう
「と、兎に角!この先は正念場だ。表向きは表敬訪問としているが、その実は戦だ!相手は”奥泉十七万騎”の主にして悪評高い比類無い好色漢の奸雄、一瞬たりとも油断は禁物だ!」
俺は気持ちを引き締め直し、全体にそう告げて馬を出したのだった。
――
―
――北の果ての王国に”黄金郷”在りなん
――文化の都、権威の都、暁に都は多々在れど、
――花と黄金に浸りし都は他に非ず
――”極楽浄土”は天上に在らず
――其は旭光
――或いは黄昏
――繁栄と快楽に塗れし始まりと終わりの都成り
――と、
「謳われる通りの悪趣味だなぁ……」
最初に度肝を抜かれたのは、やはりこの黄金を塗りたくった大層な御殿だろう。
俺たちが見上げるのは、藤堂 日出衡が治める奥泉領の居城、泉尊夷大寺院だ。
未だ旺帝の燐堂家が天都原家臣で在った頃に――
暁本州の北方未開地に点在した夷狄討伐の勅命を受けた燐堂 珠生が異部族の尽くを平定し、帰順させたという。
そしてその地を無事治めるため、大量の死者を出した戦いの遺恨を残さぬよう、異部族の屍を一箇所に集めて弔ったのが泉尊夷大寺院建立のあらましだという。
時は流れ――
燐堂家が率いる旺帝は中央政府たる天都原から独立し、暁東部に巨大な勢力圏を築いた。
そして更に時は進み、”奥泉”は旺帝勢力内で独立した自治を認めさせた。
その特別行政区の中心地に定められたのは東奥部族の鎮魂の象徴、泉尊夷大寺院だ。
それは奥泉領、現在の支配者たる藤堂 日出衡が居城を示す。
金、銀の鉱山を擁する地の利と、何代にも及ぶ執拗な蓄財をつぎ込んで姿を変貌させた黄金郷……
殆どの民衆は其れを”泉尊夷大寺院”で無く、俗称の”金色御殿”と呼ぶ。
「……」
柱、床、調度品に至るまで金箔、銀箔の大サービス……
最奥の部屋まで案内された俺は、その桁違いな税金の無駄遣いぶりに辟易していた。
「此方でございます」
案内役の女に先導されて長い廊下を歩く鈴原 最嘉。
到着時に供の者達は別室に控えるよう要請された。
そして真琴、弥代は御殿の一部屋を借りて準備を整えたいという此方の申し出が許可され、俺が向かう場所へは少し遅れてくる予定だった。
だから現在は俺のみが、奥座敷に案内されていたのだ。
”金色御殿”の最奥の部屋が在るその場所は、奥泉でも主たる藤堂 日出衡以外の男は禁制の場所で尚且つ武器の一切は持ち込み禁止だと、俺も刀類は全て取り上げられたのだった。
――敵地のど真ん中、”小烏丸”が無いのは少々心許ない気がしないでもない
「この先は地上にして地上に非ず、現世の浄土なれば世情の穢れは無粋でございます」
そう説明する女の言葉に一応は納得したのだが……。
――まぁ、言い方は回りくどいが何が言いたいかというと
”この先は男女が睦む”後宮”だから無粋は止めてね”
”裸の付き合いをして、腹を割って話そうじゃ無いか!”
という――
”藤堂 日出衡”流の申し出だろうから、会見を申し込んだ臨海としては異を唱えるのはお門違いだろう。
「では臨海王様、奥泉の夜をごゆるりとお愉しみ下さい」
目的地に到着した後、案内役の女は頭を下げると――
扉前を守護する二人の武装した女性兵士に開場を命じた。
ガララ――
豪奢な引き戸が左右から同時に引き開けられて……
――っ!
一瞬、ムワッと思わず噎せてしまうくらいの甘味的な香料と性を擽るかの如き淫靡な薫りが廊下に流れ出て俺を圧倒する!
「……」
入口から縦長に広がる五十畳以上はある部屋。
部屋の両端に正座にて頭を深く下げた女達がズラリと並ぶ光景は中々圧巻だ。
「……!」
その最奥部正面に鎮座する人物。
――ベベン!
此所から確認するに、年の割にわりと引き締まった肉体の男はどうやら上半身の着物を開けた半裸で……
――ベベベン!
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり……」
年代物らしき琵琶を爪弾いていた。
「…………」
男の両脇には左右に二人づつ、しどけない衣装の妖艶な美女達。
「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす……おごれる人も久しからず」
ギロリ!
女達を侍らせた剃髪の男は、ここに来てゆっくりと入口の俺を見た。
第七話「奥泉行路 壱」END
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