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下天の幻器(うつわ)編
第九話「奥泉行路 参」(改訂版)
しおりを挟む第九話「奥泉行路 参」
――今回の”奥泉”への電撃訪問に関して俺は少々の小細工を弄した
状況としては交渉の余地は充分に在る。
予め花房 清奈の”蜻蛉”からもたらされた情報で俺はそう分析し、この交渉を考えたのだ。
――だが”それだけ”では弱いかもしれない
なんと言っても我が臨海は、奥泉領が所属する旺帝とは戦争状態なのだ。
如何な交渉材料を揃えても門前払いでは意味が無い。
藤堂 日出衡という人物は後宮に入り浸る好色家との世間の噂だが、俺は少し違うだろうと踏んでいた。
――”歴史は夜作られる”と言う言葉もある
色々な意味で言うなればそれは的を射ており、そういう”世の裏道”や”人の欲望”を駆使して生き残ってきたのが”奥泉”という東奥の都だろう。
彼の人物を量る基準の一つには正にそれが欠かせないはずで……
だからこそ俺は今回、事前に”それ”を刺激した。
――どうやって?
遙か離れた敵国の領主に、一瞥もせずに我が臨海と鈴原 最嘉を売り込む方法。
それは”戦国世界”では難しいだろう。
――だから
テレビ番組のインタビューを利用した!
全国放送である”情熱島国”とかいう密着型の人気ドキュメンタリー番組で、とびきりの美少女であり、最強格の白金の騎士姫、久井瀬 雪白を出演させたのはそれが理由だ。
戦国世界側で蜻蛉を使い藤堂 日出衡に極秘接触し、その後に切り替わった近代国家世界側で放送が公開される……
事前に接触してきた臨海に多少なりとも興味を持った藤堂 日出衡という男は、必ずそれを視聴すると予測できた。
そして好色家と噂高い藤堂 日出衡が、雪白ほどの異色の美少女に興味を惹かれぬ訳もあるまいと。
――臨海という国は、鈴原 最嘉とは、如何なる国と人物で何を成そうとしているのか?
――それは自身の治める”奥泉”にとって現状の窮地を打破出来うるきっかけに成り得るのか?
恐らく藤堂 日出衡は少なからず頭を悩ませただろう。
そして……
相手を悩ませる事ができればそれはもう”交渉”の始まりだ。
”気にかける”という事は、既に選択肢の一つに入っているという事だからだ。
――
―
「お……おおっ!!」
両隣に侍らせた女達を押しやって立ち上がる意外とガタイの良い禿げ親父。
「おおぉぉっっ!なんという!なんという名花!!」
――藤堂 日出衡は興奮しきっていた
「……」
少々大袈裟な反応に見えない事も無いが……
正直、見慣れたはずの俺も思わず魅入ってしまう”その光景”だから無理も無い。
――臨海が誇る二輪の名花
「!?」
「!!」
その存在感に気圧されたのだろう、臨海の美女二人が入室したと同時に俺の傍から波が引く様に下がる奥泉の女達。
――まぁ、この二人は中々の別格だからなぁ……
隣国の姫武者にして今は我が臨海に属する宮郷の弓姫。今日の会見に挑む彼女の装いは黒い袖無しのロングドレスだ。
落ち着いた雰囲気を纏った、女性としては高めの身長と彼女の絶品な豊満な身体を際立たせる流麗なマーメイドラインの婦人正装姿。
美しい宝石の施された髪飾りで纏められた長い黒髪は緩やかに巻いたボリューム感のあるポニーテールアレンジで、どうしても大人の色香が先行する弥代に可愛らしい一面を絶妙に演出している。
「準備に手間取り、遅くなってしまい申し訳ありません。臨海王、鈴原 最嘉が室、弥代です」
シャナリシャナリと緩やかなる歩みを止めて優雅な所作で俺の後ろに坐した女は、床に三つ指を着いて深々と頭を下げて挨拶する。
「……」
言葉を発する薄く朱い唇と少し垂れ気味の瞳、彼女の特徴たる終日気怠げな空気さえもがその色香を演出する。
――完璧だ……
――完璧なる淑女を演じきっているな、弥代
宮郷の将軍でもあった彼女は、深紅の弓を用いた戦闘術では”紅の射手”の異名を、両手に剣を握らせれば”紅夜叉”の二つ名で恐れられる狂戦士だというのに……
それを微塵も感じさせぬ淑やかさ!
――つかみ所のない彼女ならではの流石の”化け様”だ!
「同じく……真琴です」
だが本当の意味で俺を予定外に魅入らせたのはこの少女……
ショートカットの毛先をふわりと巻いて細やかなワイヤーワークに色取り取りのビーズが施された髪飾りを艶やかな黒髪にはわせた装い。
黒髪との色彩のコントラストがよく映えて申し分ない可愛らしさである。
一転、華奢な少女の身体に纏った淡いベージュのドレスは……
白い肩も露わなオフショルダーで少し大胆であるがウエストラインやバストラインにフラワーモチーフをアクセントにしたフィッシュテールシルエットの可愛らしい膝丈ドレスで、全体的には華美過ぎない上品さを総合演出することに成功している。
”少しだけ冒険をしながらも少女の清楚可憐な魅力を引き出した”というようなその装いは……本当に鈴原 真琴という美少女に良く似合っていた。
「……」
宮郷 弥代に続いて俺の後ろに控え、奥泉の主に頭を下げて形式的な挨拶を済ませる真琴。
その直後、彼女は一瞬だけ俺に視線を移したが、
「……」
「……ぁ」
その瞬間に背後を見ていた俺と視線が鉢合わさってしまい……
少女は慌てて大きめの黒い瞳を伏せた。
「……」
良く知った少女の、恥ずかしげに頬を染めた姿は――
俺の識らない魅力に溢れた美少女だった。
「……」
――いやいや、鈴原 真琴は一つ年下の俺の従妹で幼馴染み、そしてあくまで側近で……
「おおおおっ!!片や奥底に確固たる意志を秘めながらに、その女性たるを磨き上げし艶やかなる薫りの女王、耶悉茗!」
興奮しきった藤堂 日出衡の太くゴツゴツとした指が俺の後ろに控える正装姿の弥代を指さしていた。
「片や清楚可憐な器にして、母性をも内包せし秋桜の如き美少!」
続いてその指が同様に、俺の後ろで控える清楚な正装姿の真琴を指さす。
「おおうっ!!なんとも艶やかで!なんとも初々しい!美美しいぞっ!!臨海王よ、それらの女性達は貴様……否、御許の所有物かっ!?」
「…………」
――二人の姿を目の当たりにして豹変したな、なんて分かり易い……
俺は自身で計っておいてなんだが、如何にも難物だった禿げ親父のあまりにも素直な変貌ぶりに呆れていた。
――まぁ確かに、粧し込んだ二人の姿には俺も内心戸惑っている
真琴や弥代が美人なのは知っていたが……
特に真琴には本当に……
驚いた。
俺は目前の禿げ親父と全くの同意見だったのだ。
――しかし藤堂 日出衡
確か耶悉茗の花言葉は官能、秋桜の花言葉は乙女の純真、純潔。
まさかこんな禿げ親父が、そういう乙女チックな情報を所持しているとは思わなかった。
一目見て弥代を”奥底に確固たる意志を秘めながら……”と称し、
真琴を”母性をも内包せし”と彼女らの本質を見抜いて見せたのは偶然なのか?
「どうだ?教えてくれ、臨海王よっ!」
「……」
――天性の才能か、
本質を見抜く眼力……
やはり侮り難し、藤堂 日出衡。
「真琴と弥代は俺にとって無くてはならない存在だ。”所有物”という言い方は控えて貰おう」
――ならばやはりこの機に話を進めない手はないだろう!
俺は当初の予定通り、このままの流れで交渉に入る算段だった。
「おぉそうか!?御許の!……ささ、此方へ参られよ臨海王、鈴原……某殿、ささ! 真琴嬢と弥代嬢も!」
四角い眼の禿げ親父はスッと立ち上がり、侍らせた四人の女共々に壇上の左端に座り直した。
「……」
――いやオッサン!従者じゃなくて”主賓”の名を覚えろよっ!!
色々気になる箇所はあるにはあるが……
それを素直に受け、俺は真琴と弥代の二人共々に立ち上がってから、奥泉が領主である藤堂 日出衡と同じ壇上に登り、空けられた右側……つまり今の奴の正面に座った。
「……」
「……」
噂に高き東奥の金色堂が奥座敷。
その最奥の場所でお互いに美女を侍らせ対峙する男二人。
――鈴原 最嘉が思い描いた図がここに在る
カタン、カタッ
直ぐに所狭しと酒と料理が運び込まれ、俺と藤堂 日出衡の間を埋め尽くしてゆく。
――
そしてものの数分もしないうちに、其所は交渉場と言うには華やかすぎる場所となったのだ。
「早速で悪いが日出衡公、俺達がこの”奥泉”の地に来たのは貴殿とある条約を結びたいが為だ」
”奸雄”という言葉がピッタリの男を前に、俺は一先ず単刀直入に切り出してみる。
「うむ、成る程!!時に臨海王!鈴原 某殿!臨海という地ではそのような美女達が大勢いるのか?」
「いや、それは解りかねるが……でだ、そう言った交渉を極秘裏に行いたいのだが……」
「うむ、成る程!!因みに御許の所有物……いや、その女性達を儂に譲る気はないか?」
「…………」
――聞いてないな……全く
俺は溜息を吐きながら首を横に振る。
見た目上は真琴も弥代も、この好色漢の失礼な言い様に眉一つ動かす事は無く澄まし顔のままだ。
やはりそれは――
これが重要な会合だから我慢しているのだろうか、それとも”お粧し衣装”だと自然と淑やかに磨きがかかるものなのか……
俺にはそんな高度な女心は察しもつかないが、それとは別に”これは難儀をしそうだ”と考えながらも取りあえずは話を続ける事にする。
「さっきも言ったが彼女たちは物じゃない、不可能だ。あと、いい加減に主題に……」
「ほほぅ!?不可能とな?しかしそれは……」
――?
途端に日出衡はニヤリと口元を上げて……
「この”奥泉十七万騎”の主にして強国”旺帝”さえもが一目を置く比類無き”東奥の王”藤堂 日出衡との交渉という不可能に挑もうという男が……如何な佳人とて、たかが二人ばかりの女性如き扱いが不可能と?」
「……っ!?」
自信に満ちた眼光!自信に溢れる口元!
――不可能な需要には先ず不可能な供給を以て応えてみよ!
――そうきたか!!
成る程、本来”取引”とは斯く在るべし……
――だが藤堂 日出衡、俺はその手には……
俺は埋め尽くされた酒池肉林を前に”東奥の王”と視線をぶつけ合う。
「金脈、銀脈、山の幸に美女達……奥泉には一見なんでも在り余って見えるが然に非ず」
「…………」
俺の突然の切り出しに、視線で鎬を削る相手である禿げ頭の四角い眼はイチミリも動じない。
――まだまだこれからだ
「一つ言おう!奥泉の地には”海”が無い!!海からもたらされる恩恵、魚介類も塩も無い!……違うか?」
「……………………ほぅ、で?」
構わず続ける俺に日出衡は角張った鼻筋の下で口元に笑みを浮かべたまま応える。
「で……何だというのだ?無い物は買えば良い。金は十二分に在るのだ、余った物は売り、足らぬ物は買う、市場とはそういうものぞ」
しっかり張り出した顎と角張った鼻筋、そして太く上がった眉とギョロリとした四角い眼。
正面から俺を見据える男には精気が漲り、とても年相応には見えないギラついた男である。
――古狸め、やはり一筋縄では行かないか
「ならば更に言おう!交易は道を経て行われる。奥泉には”道”も無い!生活の礎となるべき道が無いのはどうしたものだ!?」
「…………」
その指摘にも日出衡の表情は笑ったまま……
――!?
いや!四角い眼は些とも笑っていなかった!
――奥泉には”海”が無い!
これは地形的なもので誰にでも解ることだ。
では……
――奥泉には”道”も無い!
これは……
領土をグルリと旺帝領土に囲まれた奥泉には旺帝以外へと繋がる道が無い。
それに何か問題があるのか?
それが大有りだ!
旺帝領土である奥泉が旺帝の中に在るのは特殊なことでは無いが、それでも奥泉は特別な地だ。
”暁”東部を絶対的支配下に置く最強国”旺帝”の中に在って一際異彩を放つ領土、”奥泉”。
この地は旺帝領土には違いないが、その旺帝に独自の裁量権……
つまり領主である藤堂家が人事権、立法・行政権、兵権を有することを認めさせた”独立行政特区”として存在する唯一の領土である。
そして永年の歴史から蓄えられた豊富な資金と強固な独立軍”奥泉十七万騎”と称される軍勢は主君である燐堂家でさえも迂闊に手を出せない存在であった。
――だが最強国旺帝がそんな事実に何時までも甘んじているわけが無い!
訳が無いが……
北の北来……”可夢偉連合部族国”と西の大国”天都原”と常に対峙することを強要される旺帝はその内部にまで大敵を作るわけにもいかず、また歴代の王が許可した“独立行政特区”を一方的に反故にする様な蛮行は他の所領の統治にも少なからず悪影響を及ぼすだろう。
――故に……行うのは”輸出入の制限”
色々と難癖を付けて物流を阻害して徐々に国力を落とさせ、最終的には根を上げさせる。
――奥泉には”陸道””海道”も無い!
――其れは戦場で籠城する状況に酷似する
物資の不足で軍は有名無実、民に不満は募ってゆく……
事に海の無い”奥泉”にとって海産物……特に”塩”の不足は致命的だ。
大軍はあっても兵糧が不足しては戦は出来ない。
金はあっても民を餓えさせては王としては落第だ。
そうして”奥泉”自ら”独立行政特区”の返上をさせるための長期的な策は徐々に、だが着実に功を奏して……
「確か”国内安保”の名の下に奥泉が課された極端な輸出入の制限を受けてから十年余、実の所ではそろそろ限界が近いだろう?そして俺の提案は相互利益だ。奥泉にとっても悪い話じゃ……」
俺は”東奥の奸雄”の沈黙を肯定と受け取って予定通り交渉を進めようとしていた。
「時に臨海王よ……あの白金の美女は……」
だが、畳みかける機会とばかり俺が発する言葉を遮るように、日出衡は満を持して口を開く。
「……”魔眼の姫”か?」
――っ!?
俺の優位性はその一言で停滞した。
「…………」
「図星か?かははっ!ならばだ、この件は知っておるか?あざとき臨海王よ」
「…………この……件」
相手のペースに持ち込まれようとしていると知りつつも、俺はどうしても興味を隠せない。
「そうだ。在る界隈で語り継がれる”魔眼の姫”……その一人である序列五位、慈愛に満ちる蒼き”瑠璃の姫”が居所を……この儂が知っておるという事実だ」
第九話「奥泉行路 参」END
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