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下天の幻器(うつわ)編
第十話「逃避行」(改訂版)
しおりを挟む第十話「逃避行」
「なにが”話はついた”よ!じゃあこの状況はどう説明するわけなの!?」
腰まである艶やかな長い黒髪が美しい色白の如何にもな大和撫子が、結構な剣幕で目の前の少女に迫った。
「う……そんなこと言われても……交渉はバッチリだったんですよ、完璧!だけどあの”覇王姫”が急に条件を……」
襟部分に可憐な白い花の刺繍が施された清楚なグレーのセーラ服の上に、淡いピンク色の薄いカーディガンを羽織った少女がやや気圧されながらも反論する。
「今更条件を!?ここに来て!?私達はもう引き返せないところまで来てるのよ!」
大和撫子の更なる追求に制服姿の少女は”うぅ”と黙り込む。
「どうなの?真理奈!!」
「それは……ですから……」
執拗な追求に終始、制服姿の少女はタジタジだ。
利発そうな静かな瞳と控えめな薄い唇……
前髪を横に流した肩までのミディアムヘアの髪型は清潔で生真面目な印象を受けるが、毛先を軽くワンカールしている辺りオシャレにも気を遣っている最近の女子高生という感じの制服少女。
真面目そうな少女は動揺した表情のまま、まさに答えに窮していた。
「まぁまぁ、嬰美ちゃんも真理奈ちゃんも。取りあえずは落ち着こうよ、ねぇ?大体、今は”近代国家世界”だし、ここは長州門領内で壬橋 尚明の目も手も届かないんだからジックリと今後の方針を考えれば良いんじゃない?」
それを見かねてだろう、長い髪の大和撫子とミディアムヘアの制服少女の間に割り込んだのは、中性的な美形で一見して静かなインテリっぽい容姿である男、波紫野 剣だった。
――ここは”長州門”最東端の地である”比売津”
女二人、男一人が大きめのテーブルを挟んで座っていた。
「それは……そうだけど、あんな条件では”長州門”には留まれないわ」
長い黒髪と色白な容姿の大和撫子、波紫野 嬰美は弟の言葉に渋々と頷きながらも問題を先送りする気は毛頭無い様子だった。
「それは……私もそう思います。ですから次案を提案したいと思ってるんです」
少し落ち着きを取り戻した制服姿の少女、東外 真理奈は嬰美の問題提起に改めて回答を用意している旨の言葉を返した。
「次案?戦に紛れて”長州門”に亡命した私達の行き先が他にあるというの?言っておくけど真理奈、これ以上の計画変更は流石に不味いわ!そのうち壬橋 尚明にも気取られるだろうし、追っ手がかかればこっちは少数なんだから直ぐに……」
「大丈夫です、嬰美さん!既に二日前には永伏さんと凛子さんに先方へと向かって貰っています。そろそろ色好い返事が貰えると思えますし、そうすれば”長州門”を直ぐにでも発てますからっ!」
一転、随分と得意げな瞳を輝かせる利発そうな制服少女を見て――
「……」
「……」
嬰美と剣の波紫野姉弟はお互い微妙な視線を交じらわせる。
――失態をしでかした直後にこうも自信満々にまぁ良く言えるものだと……
「まぁ……とにかく。そう言う事なら僕たちは出来るだけ目立たない様に大人しくしていよう」
「そ、そうね……七峰の鶴賀を脱出してきた私達だけど、今度は長州門に怪しまれないようにしないと、この地を抜け出すのは難しいわね」
ともあれ、長州門が用意した賓客用の部屋で頷き合う三人。
「……」
「……」
「……」
――
「そういえば、”折山 朔太郎”は……どうしたのよ?」
暫し顔を見合わせる三人だったが、やがて嬰美が聞きたくないが聞かないワケにはいかないという感じで眉間に皺を寄せながら弟を見る。
「え……あ……あはは」
それに対し、あからさまな苦笑いを返す波紫野 剣。
「どうしたんですか?もしかして……あのデリカシー無し男がっ!?」
その様子を見て、東外 真理奈はハッと何か思いついたように叫んだ。
「いや、ないないっ!!覇王姫と”立ち会い”なんてしてないよ!……い、挑まれたらしいけど適当に流してた……って、あ!?」
「挑まれたのっ!?」
「挑まれたんですかっ!?」
剣の思わず漏れてしまった言葉にステレオで驚く二人の女子。
「うっ……ま、まぁ……朔ちゃんは強いからねぇ、その男が客将として手元に来るとなると、あの覇王姫の気性から考えたら無理も無いから。けど適当に誤魔化して……」
「誤魔化して!?」
弟の表情から何か不穏なものを感じ取ったのか、姉の嬰美が鋭い眼で追求する。
「ご、誤魔化して……ええと、代わりに長州門が先日、ここ”比売津”から遠征した”坂居湊攻略戦”に極秘に参加するって……」
「……は?」
「……ちょ、それって!?」
「いや、個人的戦闘力が破格の”折山 朔太郎”が実戦でどのくらいのモノか見たいって覇王姫が、ええと……朔ちゃん自身は適当に見物して帰って来るとか言ってたかな?あははっ」
波紫野 剣から出た信じられない言葉に、
「あのバカ太郎っ!!」
「あのバカ太郎っ!!」
波紫野 嬰美、東外 真理奈が同時に叫んでいた。
――ガチャリ
「誰が”バカ太郎”だ……陰口言うヤツは碌な死に方しないぞ」
ちょうどその瞬間、計ったように姿を現したのは……
”やる気の無い態度”が表に出た様な青年。
見た目は悪くないが目つきは少々悪い。
いや、目つきが悪いと言うよりも本当の意味で何者にも動じない瞳を思わせる不感症ぶりが黒い瞳に宿ったある意味得体の知れない青年だ。
「碌な者じゃないのはアンタでしょ!このバカ太郎!お呼びじゃないのよ!あなたは戦闘狂の覇王姫につき合って暢気にも他国の戦に顔を出してるんでしょう!?どうぞ遠慮無く死ぬまで戦ごっこしてなさいよっ!」
作為的に真面目な少女を全面に押し出した東外 真理奈でも、このやる気の無い青年相手だと多少口が悪くなってしまうようだった。
「酷い言われようだな……戦は”戦国世界”でだ、この”近代国家世界”では屋敷に居てもおかしくないだろうが。大体だなぁ”戦場を暢気に”だって?豪傑だな東外。長州門で暇を持て余しているよりも敵情視察した方が有意義だろうが?」
あきれ顔で生気無しに反論する渦中の青年、折山 朔太郎だが……
「長州門は未だ私達にとって敵になるか味方になるか解らないのよ!その君主たる”覇王姫”ペリカ・ルシアノ=ニトゥと出陣なんて、軽率にもほどがあるわ」
今度は波紫野 嬰美が冷たい瞳でピシャリと言い放つ。
「おいおい、嬰美もかよ。抑も覇王姫は”坂居湊”の戦には出陣てないから……指揮したのは白い女、確かアルトォーヌ……なんとかロアノフ?とかいう薄幸の美女を地で行く様な見た目の……」
――っ!?
折山 朔太郎が放った弁明の言葉に……
正確にはその中の”ある単語”に、”六神道”代表である二人の女の瞳に一瞬にして殺気が籠もった!
――うわぁー、朔ちゃん不用意だね
対立する男女に挟まれていた波紫野 剣が思わずそういう顔をする。
「それが不用心だというのよ折山 朔太郎っ!!普段から”我関せず”見たいな顔して近寄り難いくせに、何故か女には頼られる!!どういう事!!」
波紫野 嬰美の武人らしい迫力の黒い瞳が向けられる。
「いや、その糾弾内容こそどういう事だ?嬰美」
「そうなのよっ!嬰美さんの言うとおり!抑も折山 朔太郎!貴方は”神代”である蛍様の護衛でしょ!?お側を軽々に離れるなんてバカ?馬鹿なの?なんで嬰美さんは名前で呼んで私は”東外 真理奈”って余所余所しいのよっ!信じられない!!」
「いやだから……信じられないのはお前だ、東外 真理奈。後半の意味不明な怒りはちょっと理不尽……」
パンパン!!
――!?
口論が激しくなり取り止めも無くなりそうになった時、
両手を大きく打ち合わす音が響いた。
「はいはい、そこまでだよ三人とも。話がこんがらがってきちゃってるよ……」
手を打ったのは波紫野 剣だった。
「朔ちゃんが、我が”六神道”が誇る美女達にモテモテなのは充分わかったけど、今日の主題はそれじゃないでしょ?」
――っ!?
「け、剣っ!私はそんな!!」
「波紫野さんっ!!な、なにを意味不明なことを!!」
あきれ顔の剣の言葉に一瞬でボッと頬が朱く染まる二人の女達。
「だ・か・らぁっ!主題はそこじゃないでしょ、ね?ね!」
「う……」
「……」
二人の乙女は顔を真っ赤に染めたまま更に抗議しようとするが……
波紫野 剣の意外にも真剣な瞳に、そのまま黙って頷く。
「くだらねぇ……」
そして”やる気の無い態度”が表に出た様な元凶はまるで他人事の様に呟いていた。
その元凶、目つきが少々悪く何者にも動じない不感症ぶりが黒い瞳に宿ったある意味得体の知れない青年……折山 朔太郎はそのまま空いた席に着く。
「じゃあ取りあえず、もう一度……蛍ちゃんと僕たちのこれからの身の振り方を話し合おう」
そんなぶっきらぼうな態度の男に苦笑いを返しつつ、波紫野 剣は議論を続けようと段取りを進めた。
「真理奈ちゃん、話しは戻るけど、それで僕達の新たな行き先って?」
改めて波紫野 剣が問う。
「……そう……ですね。……えーこほん、土壇場で覇王姫が私達に突きつけた条件は……”神代”、蛍様の身柄の保護。解っていると思いますが、言い方は保護でも実際は軟禁、蛍様を手中に収めることで、故国を出てこの長州門を頼った我々七峰勢を完全にコントロールする算段でしょう」
東外 真理奈も表情を作り直し、仕事モードに戻る。
「有り得ないわ!それじゃぁ蛍を傀儡にしようとした壬橋 尚明と同じじゃないっ!」
波紫野 嬰美が再び怒りに瞳を燃やす。
「まぁね……亡命組の僕たちは何処に行っても行動はある程度制限されるんだろうけど……まぁ、命の保証があるだけ覇王姫の方がマシと言ってはマシだけど」
「真理奈!」
剣の言葉に納得のいかない嬰美は、その意見を無視して真理奈を見る。
「はい、私もそれでは意味が無いと思います。一時でも生殺与奪を相手に握られるのは好ましくありません」
「二日前に永伏さんと凛子さんを何処かに向かわせたみたいな事言っていたけど?」
真理奈の返事に頷くと嬰美は改めて聞く。
「はい、新たな亡命先です……」
――
真理奈の答えにその場に緊張が走った。
「そう……それしかないわよね」
そして決意を秘めた武人の瞳で、大和撫子は白い顎を縦に動かす。
「まぁねぇ……ここまで来たら”毒を食らわば皿までも”かなぁ」
相変わらずの茶化した口調ではあるが、波紫野 剣もまた真剣に……だが、どうも微妙に間違った言い回しで同意する。
――亡命先からの亡命……
故国である七峰の鶴賀領を脱出してきた彼ら彼女らにとって、再度の亡命は七峰に合わせて長州門にも追われる身になる可能性がある。
少なくとも国家に恥をかかせる結果になるのだから脱出は怪しまれないように、監視の目を掻い潜り迅速に行わなければならない。
そこまでして……
新たな受け入れ先に拒まれた場合は目も当てられないのだが。
「七峰と長州門という両大国に不興を買っても私達を受け入れてくれる国があるのかしら……」
「だね、あと受け入れ先で不当な扱いを受けない保証と、此所から距離がそう遠くない事、あと……」
条件は言い出したらきりが無いが……
波紫野姉弟は顔を見合わせてから答えを持つ人物を再び注視した。
「はい……あります。その二国に媚び諂わず、距離的にもギリギリなんとかなりそうな場所が」
決意の籠もった瞳で東外 真理奈は答えようとする……が、
「…………くだらねぇ」
その場で唯独り……
既にその答えに察しがついているのだろう。
”やる気の無い態度”が表に出た男が人知れずボソリと呟いたのだった。
「それは香賀美領の……”新政・天都原”。紫梗宮、京極 陽子が率いる国です!」
第十話「逃避行」END
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