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下天の幻器(うつわ)編

第五十五話「盟友」

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 第五十五話「盟友」

 「なんだよ、ジロジロと気色の悪い……」

 玉座に居られる最嘉さいかさまは、御前に立った異国の男にそう仰った。

 「いや、なんていうかな、色々と」

 そしてその異国の男……

 我が臨海りんかいと同盟関係で正統・旺帝おうていの将である”独眼竜”、穂邑ほむら はがねは何故か嬉しそうにそう応える。

 もちろん最嘉さいかさまの素敵さはいつ何時なんどきも変わらないけれども、多分照れ臭さから凜々しきお顔を少しらせる仕草は……

 無礼を承知で言うなら”とても可愛いっベリーキュート”!!

 「……」

 ――そう!もうキュンキュンしてしまうのっ!!

 母性本能をくすぐるっていうの!?

 その凜々しさと男らしさの中に微妙にトッピングされる少年のはにかみというかっ!?

 ――そうそうっ!!

 格好良さと愛らしさの絶妙なコラボレーションというっ!

 ――そうそうそうそうっ!!

 私の最嘉さいかさまは、ほんっっとうに!!最強、最高の……

 ――あ!?

 う……うぅ……ごほん、

 まぁ、今回それを引き出したこの穂邑ほむら はがねなる男なんだけど……

 以前まえに私はこの穂邑ほむら はがねという男があまり好きじゃ無いと言ったけど、

 その理由はこの男自身と言うより彼の主君、燐堂りんどう 雅彌みやび

 ”黄金竜姫おうごんりゅうき”と称えられる正統・旺帝おうていの賢君が”あの女”の……

 ――そう、私がこの世で一番嫌いな”暗黒女あのおんな

 ――新政・天都原あまつはらの代表である京極きょうごく 陽子はるこ従姉いとこだからだった!

 「ニヤニヤと、俺の足が片方になったのがそんなに嬉しいのかよ」

 「ばぁか、他人様の不幸を喜ぶためにわざわざ臨海りんかいくんだりまで来るほど俺も暇じゃないってな。はは……俺が考えてたのは、鈴原 最嘉さいかはやっぱり俺の思った通りの男だったってことだ」

 「ちっ……」

 そのやり取りで再びばつが悪そうにそっぽを向く最嘉さいかさま!

 ――きゃーーっっ!!

 ――あ!?

 う……うぅ……ごほん、ごほん。

 つまり、最嘉さいかさまとこの穂邑ほむら はがねの間に流れる空気には、”なんともいえない雰囲気”がある。

 ――そう、あるのよっ!!

 だから諸々の事情であまり好きじゃないこの男もその存在価値を認めるって言うか……

 「それこそ暇人だろうが?わざわざ嫌み言いに来たのかよ、この偽眼鏡ニセめがねめ。真琴まこと、正統・旺帝おうていの使者様がお帰りだ!とっとと外へご案内してやれ」

 ――っ!?

 愛しい御方の傍らに控え、少々”心ここに在らず”であった私、鈴原 真琴まことは、主君たる最嘉さいかさまのお言葉で現実に戻る。

 「は、はい!?え……で、ですが」

 そして私としたことが、そのお言葉の真意を測りかね、思わず行動に躊躇してしまう。

 「おいおい鈴原、俺は超重要な外交案件で来たんだぞ。そういう悪質な冗談はよせよ」

 そしてその私に助け船を出すように、気さくな偽眼鏡ニセめがね男……

 ごほん、穂邑ほむら はがね”様”は本題を口にする。

 「ちっ、なんだよ、なら最初からそう言え。で?」

 勿論、天下一の賢人たる私の最嘉さいかさまが”そのこと”に気づいていないわけもなく……

 ただ、この穂邑ほむら はがねのからかうような態度に対するちょっとした反抗心で、相手の目的を察した上で私にそういったことを仰ったのは明白だった。

 「ったく、相変わらず”ひねくれ者”だな、鈴原」

 「五月蠅うるさい、俺はお前と違って忙しいんだよ!さっさと本題に入れ」

 ――二人の応酬は、ぱっと見は巫山戯ていて雑に見えるけど……

 双方の瞳は見る見る真剣味が増し、そして玉座の間に漂う空気も張り詰め出す。

 「……」

 「……」

 暫し無言で見つめ合う二人。

 「…………はぁ」

 二人……いえ、最嘉さいかさまのお顔を覗き見していた私は密かにため息をひとつ零す。

 ――こういう真剣なお顔も!とても絵になる私の最嘉さいかさまっ!!

 「……」

 そして今更だけど、最嘉さいかさまを挟んで反対側、

 玉座に座する最嘉さいかさまの左隣で、私と同じ様子で最嘉さいかさまのお顔に見蕩みとれた様に”ぽー”と頬を染めている白金プラチナの剣馬鹿娘。

 ――うう、忌々しいけどその反応は正義だ

 私は張り詰め出す緊張感の中で、不謹慎にもそんなことを考えていた。

 「それでだな、鈴原」

 ――!

 そして、正統・旺帝おうていの独眼竜、穂邑ほむら はがねがようやく切り出した言葉に息をのむ。

 「鈴原、お前……」

 ――

 現在各国の戦況、今後の臨海りんかいの方針を左右するだろう言葉に緊張感は最高潮まで高まって……

 「お前、ちょっとその軍服を脱げよ」

 「…………………………は?」

 ――高まって……??

 「だ・か・らぁ、その軍服を……そうだ、下だけでいから」

 「下の方が良くないだろっ!?いや、なんで俺が公開ストリップを……」

 思わず最嘉さいかさまのお顔も引き攣る。

 「??」

 白金プラチナの剣馬鹿娘は意味がわからない様子でキョトンとし、

 私は――

 「な……なな!?」

 ――どういうことっ!?

 ――ってええ!!もしかしてっ!?

 ――もしかしなくてもっ!?そんな魅惑的な展開がっ!?

 「ほ、穂邑ほむら、お前!ちょっと、なに言ってんだ!?おい!」

 ――じゃなかった!!

 「穂邑ほむら様、素敵……ふ、不謹慎な冗談はお止めください!!」

 私も慌てて異国の使者をたしなめようと最嘉さいかさまに続く。

 「ああ?大丈夫、大丈夫、痛くしないから。目を瞑っている間にすぐ終わるって」

 ――ぶっ!!

 ――それって!?それって!?

 何故かドキドキ跳ねる私の心臓!

 そしてそれらを一切無視して、正統・旺帝おうていの独眼竜はズカズカと怪しい手つきで玉座に歩み寄って来た。

 「おまっ!?ちょっと!正気かよっ!!真琴まこと、この馬鹿を止めろ!!」

 「え?え?でも……もったいな……」

 本来なら有無を言わず従うはずの愛しい主君のお言葉にも、私は何故か直ぐに体が反応しない。

 「ゆ、雪白ゆきしろ!!」

 最嘉さいかさまは更に白金プラチナの剣馬鹿娘に助けをお求めになる。

 「んん……でも、なんか殺気ないよ?」

 しかし空気を理解しない馬鹿娘はキョトンとしたままだ。

 「まぁ、野良犬に噛まれたとでも思って諦めろ鈴原、優しくしてやるから……」

 「ちょっ!!ちょぉぉっとぉぉっ!!た、確かに以前まえに俺は香賀かが城で、”もしかしたらその趣味があるかも知れないな!あははっ……”とか言った記憶があるがなぁぁっ!!それはあくまでも冗談で……」

 ババッ!

 穂邑ほむら はがねの両手が座した最嘉さいかさまのベルトにかかる。

 「あ、おい!!」

 ガチャガチャ

 「やめ!おお!!……………………あ」

 ――きゃぁぁっ!!そんな!でも、ああ最嘉さいかさま!

 両手で顔を覆いつつも私の手の隙間からはしっかりと愛しい男性ひとの痴態が……

 ――
 ―

 ――閑話休題

 最嘉さいかさまは目前の偽眼鏡ニセめがね男を少し涙目で睨みながらも、カチャカチャとベルトを直されていた。

 「そんな拗ねた顔するなって、ちょっとした冗談だろう?」

 穂邑ほむら はがねという男は他人事の様に軽く笑い、そして手にした巻き尺メジャーをポケットに戻した。

 さらに今し方、自ら詳細に記したメモを歪みのないレンズの向こうにある左目で眺める。

 「さ、採寸なら採寸と言えよ、この偽眼鏡ニセめがね

 ブスッと拗ねた表情で玉座に座り直す最嘉さいかさまは……

 ――ああ、こういう少年の様な拗ねたお顔も素敵っ!!

 「はは、まあ楽しみにして待ってろよ、本物よりずっと使い勝手の良い足を用意してやるから」

 この穂邑ほむら はがね旺帝おうてい……いいえ、”あかつき”最高の技術者だ。

 独眼竜が率いる”機械化兵団シュタル・オルデン”も、この男自らが開発した機械化兵オートマトン部隊で編成され、自身も両手に”焔鋼籠手フランメシュタル”(本人はその名称を否定していた?)とかいう強化外骨格パワードスーツを装着して戦場に立つ。

 戦国世界では近代国家世界で確立されている既存の科学技術は殆ど成立しないのが常識なのに……

 確立されている”既存の技術”でなければ戦国世界でも存在できるはずだと、そういう巫山戯ふざけた信念で基礎原理から完全に”穂邑ほむら はがね独自開発技術体系パーフェクトオリジナル”を完成させたという、そんな非常識な男らしい。

 最嘉さいかさまが仰られるには……

 唯一の女のため”神のことわり”という箱庭の範疇に在りながら、まんまとその”全知全能”を出し抜き”ひとつの文明”を創造したに等しい偉業を成した大馬鹿だと。

 ――そんな人物が最嘉さいかさまの下を……

 ――その……ぬ、脱がし……

 ――脱がし……下着に……あぁ眼福……じゃなくて

 と、かくっ!

 その行動の意味は、右足を失った最嘉さいかさまのために特別製の義足を用意するための採寸だったという。

 その行為に多少の”戯れ心”が混ざり合っての行動だったみたいだけど……

 「ち、この偽眼鏡ニセめがね男!」

 最嘉さいかさまのご機嫌を損ねる相手は、この鈴原 真琴まことにとっても必然的に粛正の対象だけれど……

 「……」

 私は先ほどまでの光景をそっと心の奥に仕舞い、そして見えない角度で密かに親指を立てる。

 ――こ、今回だけは良い仕事グッジョブです!偽眼鏡ニセめがね男!

 「本物の右足よりねぇ?お前のけったいな”絡繰り籠手ガントレット”みたいに物騒な機能や装備は付けるなよ?」

 「…………」

 「いや!返事しろよ!この狂科学者マッド・サイエンティストっ!!」

 ――私が思うにこの二人は……

 最嘉さいかさまと穂邑ほむら はがねはどことなく似ている。

 もちろん、最嘉さいかさまの方が何千、何万倍も素敵だけど、

 ――そういうのを別にして雰囲気が……

 「まぁいい、それより流石にもうそろそろ本題に入れよ、正統・旺帝おうていの……穂邑ほむら はがね

 ――っ!

 自らの考えに浸っていた私は、最嘉さいかさまのお言葉の最後の方、その口調の変質に、ゾクリと背筋に冷たいものを感じて思わず視線を上げる!

 「…………」

 その時既に、穂邑ほむら はがねもその表情は最嘉さいかさまの盟友ともとしてのものではなく、

 澄んだレンズの向こうにある左目も、作り物の右目以上の冷たさに変わっていた。

 「天都原あまつはら藤桐ふじきり 光友みつともは、句拿くな王の柘縞つしま 斉旭良なりあきらと”あかつき”西方の覇権をかけて戦争を始めるだろう。なら、それに対抗しる勢力を築くには……」

 最嘉さいかさまの瞳が暗く光り、そして――

 「近いうちに俺は陽子はること決着をつけるつもりだ」

 ――!

 そして……とうとう、おおやけにそう口にされた。

 「旺帝おうていをほぼ平定し、そしてその勢いのまま奥泉おくいずみに圧力をかけて軍を動かさせ、北来ほらいを再び北に押し返した……新政・天都原あまつはら京極きょうごく 陽子はること決着をつけずして”あかつき”東方の覇権は得られないだろう」

 そう、言ってしまわれた。

 ――最嘉さいかさまは、あの”暗黒姫”を……

 「我が臨海りんかいと新政・天都原あまつはら、そしてお前の正統・旺帝おうていは現在、同盟関係だが……独眼竜、お前の主君であり”かけがえのない女”は京極きょうごく 陽子はるこ従姉妹いとこでそしてその心情も立場上も考慮すれば正統・旺帝おまえらの取る道は……」

 「臨海りんかい王、鈴原 最嘉さいか殿っ!」

 そこまでは黙って聞いていた穂邑ほむら はがねが、儀礼的な口調でしっかりとした声量を放つ。

 「なんだ?正統・旺帝おうていの独眼竜」

 そして、その先を予測済みである我が主は、玉座に頬杖をついて不適に笑っていた。

 「貴公には長年の我らが宿敵、逆賊、天成あまなりとのいくさでは大いに助力頂いた。その相手に対する言葉としてはまことに礼を欠くものであるが……」

 その穂邑ほむら はがねの表情は今まで私が見たこともない機械的な顔で、

 「気にするな独眼竜、これも戦国の常だ」

 それを受ける最嘉さいかさまのお顔はとても挑発的で、戦場で敵と対峙した時のよう、

 「そうか、なら……」

 最嘉さいかさまの目指される頂への道は、その場所へ至る過程には――

 ――最嘉さいかさま

 敵として相対し打ち倒さなければならない存在が多すぎる。

 ――盟友とも、そして最愛の……

 私はぎゅっと拳を握る。

 ――京極 陽子さいあいのひと

 私は胸が締め付けられる思いをこらえ、そして私が唯一生涯をかけてお仕えする主君の横で顔をあげた。

 ――ううん!だからこそ!私は”あの時”からずっとこの場所にいるの!

 「ああ、遠慮するな」

 最嘉さいかさまが促し、私たち臨海りんかい勢が見守る中、穂邑ほむら はがねは頷いた。

 「我が正統・旺帝おうていは貴国、臨海りんかいとの同盟を現時点から破棄する!」

 「……」

 予期出来ていても改めて言葉にされると、やはりピリリと緊張はさらに高まり、その後に続くだろう宣戦布告の言葉に最嘉さいかさまも私も、あの天然馬鹿の久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろさえもが空気を読み、固唾を呑んでそれを待っていた。

 ――新政・天都原あまつはらと共闘し、そして我が臨海りんかいへ対する宣戦布告を……

 「……」

 「……」

 ――”決別それ”を口にされるのを……

 「そして我が正統・旺帝おうていが統治者、燐堂りんどう 雅彌みやびの名代として、この穂邑ほむら はがねが確かに伝える!我が国は一時的な”完全なる中立”を宣言すると!」

 ――

 ―

 「は?」

 「え?えええっ!」

 第五十五話「盟友」 END
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