256 / 305
下天の幻器(うつわ)編
第五十五話「盟友」
しおりを挟む第五十五話「盟友」
「なんだよ、ジロジロと気色の悪い……」
玉座に居られる最嘉さまは、御前に立った異国の男にそう仰った。
「いや、なんていうかな、色々と」
そしてその異国の男……
我が臨海と同盟関係で正統・旺帝の将である”独眼竜”、穂邑 鋼は何故か嬉しそうにそう応える。
もちろん最嘉さまの素敵さはいつ何時も変わらないけれども、多分照れ臭さから凜々しきお顔を少し逸らせる仕草は……
無礼を承知で言うなら”とても可愛いっ”!!
「……」
――そう!もうキュンキュンしてしまうのっ!!
母性本能を擽るっていうの!?
その凜々しさと男らしさの中に微妙にトッピングされる少年のはにかみというかっ!?
――そうそうっ!!
格好良さと愛らしさの絶妙なコラボレーションというっ!
――そうそうそうそうっ!!
私の最嘉さまは、ほんっっとうに!!最強、最高の……
――あ!?
う……うぅ……ごほん、
まぁ、今回それを引き出したこの穂邑 鋼なる男なんだけど……
以前に私はこの穂邑 鋼という男があまり好きじゃ無いと言ったけど、
その理由はこの男自身と言うより彼の主君、燐堂 雅彌。
”黄金竜姫”と称えられる正統・旺帝の賢君が”あの女”の……
――そう、私がこの世で一番嫌いな”暗黒女”
――新政・天都原の代表である京極 陽子の従姉だからだった!
「ニヤニヤと、俺の足が片方になったのがそんなに嬉しいのかよ」
「ばぁか、他人様の不幸を喜ぶためにわざわざ臨海くんだりまで来るほど俺も暇じゃないってな。はは……俺が考えてたのは、鈴原 最嘉はやっぱり俺の思った通りの男だったってことだ」
「ちっ……」
そのやり取りで再びばつが悪そうにそっぽを向く最嘉さま!
――きゃーーっっ!!
――あ!?
う……うぅ……ごほん、ごほん。
つまり、最嘉さまとこの穂邑 鋼の間に流れる空気には、”なんともいえない雰囲気”がある。
――そう、あるのよっ!!
だから諸々の事情であまり好きじゃないこの男もその存在価値を認めるって言うか……
「それこそ暇人だろうが?わざわざ嫌み言いに来たのかよ、この偽眼鏡め。真琴、正統・旺帝の使者様がお帰りだ!とっとと外へご案内してやれ」
――っ!?
愛しい御方の傍らに控え、少々”心ここに在らず”であった私、鈴原 真琴は、主君たる最嘉さまのお言葉で現実に戻る。
「は、はい!?え……で、ですが」
そして私としたことが、そのお言葉の真意を測りかね、思わず行動に躊躇してしまう。
「おいおい鈴原、俺は超重要な外交案件で来たんだぞ。そういう悪質な冗談はよせよ」
そしてその私に助け船を出すように、気さくな偽眼鏡男……
ごほん、穂邑 鋼”様”は本題を口にする。
「ちっ、なんだよ、なら最初からそう言え。で?」
勿論、天下一の賢人たる私の最嘉さまが”そのこと”に気づいていないわけもなく……
ただ、この穂邑 鋼のからかうような態度に対するちょっとした反抗心で、相手の目的を察した上で私にそういったことを仰ったのは明白だった。
「ったく、相変わらず”ひねくれ者”だな、鈴原」
「五月蠅い、俺はお前と違って忙しいんだよ!さっさと本題に入れ」
――二人の応酬は、ぱっと見は巫山戯ていて雑に見えるけど……
双方の瞳は見る見る真剣味が増し、そして玉座の間に漂う空気も張り詰め出す。
「……」
「……」
暫し無言で見つめ合う二人。
「…………はぁ」
二人……いえ、最嘉さまのお顔を覗き見していた私は密かにため息をひとつ零す。
――こういう真剣なお顔も!とても絵になる私の最嘉さまっ!!
「……」
そして今更だけど、最嘉さまを挟んで反対側、
玉座に座する最嘉さまの左隣で、私と同じ様子で最嘉さまのお顔に見蕩れた様に”ぽー”と頬を染めている白金の剣馬鹿娘。
――うう、忌々しいけどその反応は正義だ
私は張り詰め出す緊張感の中で、不謹慎にもそんなことを考えていた。
「それでだな、鈴原」
――!
そして、正統・旺帝の独眼竜、穂邑 鋼がようやく切り出した言葉に息をのむ。
「鈴原、お前……」
――
現在各国の戦況、今後の臨海の方針を左右するだろう言葉に緊張感は最高潮まで高まって……
「お前、ちょっとその軍服を脱げよ」
「…………………………は?」
――高まって……??
「だ・か・らぁ、その軍服を……そうだ、下だけで良いから」
「下の方が良くないだろっ!?いや、なんで俺が公開ストリップを……」
思わず最嘉さまのお顔も引き攣る。
「??」
白金の剣馬鹿娘は意味がわからない様子でキョトンとし、
私は――
「な……なな!?」
――どういうことっ!?
――ってええ!!もしかしてっ!?
――もしかしなくてもっ!?そんな魅惑的な展開がっ!?
「ほ、穂邑、お前!ちょっと、なに言ってんだ!?おい!」
――じゃなかった!!
「穂邑様、素敵……ふ、不謹慎な冗談はお止めください!!」
私も慌てて異国の使者を窘めようと最嘉さまに続く。
「ああ?大丈夫、大丈夫、痛くしないから。目を瞑っている間にすぐ終わるって」
――ぶっ!!
――それって!?それって!?
何故かドキドキ跳ねる私の心臓!
そしてそれらを一切無視して、正統・旺帝の独眼竜はズカズカと怪しい手つきで玉座に歩み寄って来た。
「おまっ!?ちょっと!正気かよっ!!真琴、この馬鹿を止めろ!!」
「え?え?でも……もったいな……」
本来なら有無を言わず従うはずの愛しい主君のお言葉にも、私は何故か直ぐに体が反応しない。
「ゆ、雪白!!」
最嘉さまは更に白金の剣馬鹿娘に助けをお求めになる。
「んん……でも、なんか殺気ないよ?」
しかし空気を理解しない馬鹿娘はキョトンとしたままだ。
「まぁ、野良犬に噛まれたとでも思って諦めろ鈴原、優しくしてやるから……」
「ちょっ!!ちょぉぉっとぉぉっ!!た、確かに以前に俺は香賀城で、”もしかしたらその趣味があるかも知れないな!あははっ……”とか言った記憶があるがなぁぁっ!!それはあくまでも冗談で……」
ババッ!
穂邑 鋼の両手が座した最嘉さまのベルトにかかる。
「あ、おい!!」
ガチャガチャ
「やめ!おお!!……………………あ」
――きゃぁぁっ!!そんな!でも、ああ最嘉さま!
両手で顔を覆いつつも私の手の隙間からはしっかりと愛しい男性の痴態が……
――
―
――閑話休題
最嘉さまは目前の偽眼鏡男を少し涙目で睨みながらも、カチャカチャとベルトを直されていた。
「そんな拗ねた顔するなって、ちょっとした冗談だろう?」
穂邑 鋼という男は他人事の様に軽く笑い、そして手にした巻き尺をポケットに戻した。
さらに今し方、自ら詳細に記したメモを歪みのないレンズの向こうにある左目で眺める。
「さ、採寸なら採寸と言えよ、この偽眼鏡」
ブスッと拗ねた表情で玉座に座り直す最嘉さまは……
――ああ、こういう少年の様な拗ねたお顔も素敵っ!!
「はは、まあ楽しみにして待ってろよ、本物よりずっと使い勝手の良い足を用意してやるから」
この穂邑 鋼は旺帝……いいえ、”暁”最高の技術者だ。
独眼竜が率いる”機械化兵団”も、この男自らが開発した機械化兵部隊で編成され、自身も両手に”焔鋼籠手”(本人はその名称を否定していた?)とかいう強化外骨格を装着して戦場に立つ。
戦国世界では近代国家世界で確立されている既存の科学技術は殆ど成立しないのが常識なのに……
確立されている”既存の技術”でなければ戦国世界でも存在できるはずだと、そういう巫山戯た信念で基礎原理から完全に”穂邑 鋼の独自開発技術体系”を完成させたという、そんな非常識な男らしい。
最嘉さまが仰られるには……
唯一の女のため”神の理”という箱庭の範疇に在りながら、まんまとその”全知全能”を出し抜き”ひとつの文明”を創造したに等しい偉業を成した大馬鹿だと。
――そんな人物が最嘉さまの下を……
――その……ぬ、脱がし……
――脱がし……下着に……あぁ眼福……じゃなくて
と、兎に角っ!
その行動の意味は、右足を失った最嘉さまのために特別製の義足を用意するための採寸だったという。
その行為に多少の”戯れ心”が混ざり合っての行動だったみたいだけど……
「ち、この偽眼鏡男!」
最嘉さまのご機嫌を損ねる相手は、この鈴原 真琴にとっても必然的に粛正の対象だけれど……
「……」
私は先ほどまでの光景をそっと心の奥に仕舞い、そして見えない角度で密かに親指を立てる。
――こ、今回だけは良い仕事です!偽眼鏡男!
「本物の右足よりねぇ?お前のけったいな”絡繰り籠手”みたいに物騒な機能や装備は付けるなよ?」
「…………」
「いや!返事しろよ!この狂科学者っ!!」
――私が思うにこの二人は……
最嘉さまと穂邑 鋼はどことなく似ている。
もちろん、最嘉さまの方が何千、何万倍も素敵だけど、
――そういうのを別にして雰囲気が……
「まぁいい、それより流石にもうそろそろ本題に入れよ、正統・旺帝の……穂邑 鋼」
――っ!
自らの考えに浸っていた私は、最嘉さまのお言葉の最後の方、その口調の変質に、ゾクリと背筋に冷たいものを感じて思わず視線を上げる!
「…………」
その時既に、穂邑 鋼もその表情は最嘉さまの盟友としてのものではなく、
澄んだレンズの向こうにある左目も、作り物の右目以上の冷たさに変わっていた。
「天都原の藤桐 光友は、句拿王の柘縞 斉旭良と”暁”西方の覇権をかけて戦争を始めるだろう。なら、それに対抗し得る勢力を築くには……」
最嘉さまの瞳が暗く光り、そして――
「近いうちに俺は陽子と決着をつけるつもりだ」
――!
そして……とうとう、公にそう口にされた。
「旺帝をほぼ平定し、そしてその勢いのまま奥泉に圧力をかけて軍を動かさせ、北来を再び北に押し返した……新政・天都原の京極 陽子と決着をつけずして”暁”東方の覇権は得られないだろう」
そう、言ってしまわれた。
――最嘉さまは、あの”暗黒姫”を……
「我が臨海と新政・天都原、そしてお前の正統・旺帝は現在、同盟関係だが……独眼竜、お前の主君であり”かけがえのない女”は京極 陽子の従姉妹でそしてその心情も立場上も考慮すれば正統・旺帝の取る道は……」
「臨海王、鈴原 最嘉殿っ!」
そこまでは黙って聞いていた穂邑 鋼が、儀礼的な口調でしっかりとした声量を放つ。
「なんだ?正統・旺帝の独眼竜」
そして、その先を予測済みである我が主は、玉座に頬杖をついて不適に笑っていた。
「貴公には長年の我らが宿敵、逆賊、天成との戦では大いに助力頂いた。その相手に対する言葉としては誠に礼を欠くものであるが……」
その穂邑 鋼の表情は今まで私が見たこともない機械的な顔で、
「気にするな独眼竜、これも戦国の常だ」
それを受ける最嘉さまのお顔はとても挑発的で、戦場で敵と対峙した時のよう、
「そうか、なら……」
最嘉さまの目指される頂への道は、その場所へ至る過程には――
――最嘉さま
敵として相対し打ち倒さなければならない存在が多すぎる。
――盟友、そして最愛の……
私はぎゅっと拳を握る。
――京極 陽子
私は胸が締め付けられる思いをこらえ、そして私が唯一生涯をかけてお仕えする主君の横で顔をあげた。
――ううん!だからこそ!私は”あの時”からずっとこの場所にいるの!
「ああ、遠慮するな」
最嘉さまが促し、私たち臨海勢が見守る中、穂邑 鋼は頷いた。
「我が正統・旺帝は貴国、臨海との同盟を現時点から破棄する!」
「……」
予期出来ていても改めて言葉にされると、やはりピリリと緊張はさらに高まり、その後に続くだろう宣戦布告の言葉に最嘉さまも私も、あの天然馬鹿の久井瀬 雪白さえもが空気を読み、固唾を呑んでそれを待っていた。
――新政・天都原と共闘し、そして我が臨海へ対する宣戦布告を……
「……」
「……」
――”決別”を口にされるのを……
「そして我が正統・旺帝が統治者、燐堂 雅彌の名代として、この穂邑 鋼が確かに伝える!我が国は一時的な”完全なる中立”を宣言すると!」
――
―
「は?」
「え?えええっ!」
第五十五話「盟友」 END
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
58
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる