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下天の幻器(うつわ)編
第六十一話「竜飛鳳舞」前編
しおりを挟む第六十一話「竜飛鳳舞」前編
――鈴原 最嘉
”暁”中央南部の大国”天都原”傘下の独立小国軍であった臨海領主にして、十八歳となった現在は天下の覇権を狙える大国にまで成り上がった領王である。
そして此処は急激に領土を広げる臨海版図の新たなる主城”烏峰城”。
その中央大広間にて急遽行われた軍議は……
――ざざっ!
扉から最奥部に鎮座する玉座前に立った鈴原 最嘉まで伸びた一帯の赤絨毯、そこを分割線として両脇に居並ぶ諸将が同時に深々と頭を下げて我が第一声を待っていた。
「最嘉様、全て整っております」
俺の左隣に付き従って控えるのは、新たに我が参謀となった長州門の三要塞の魔女”が一角、”白き砦”のアルトォーヌ・サレン=ロアノフ嬢だ。
「……」
俺は頷いた後で玉座を背に始める事とする。
「臨海を担う諸将よ!任務多忙の中、我が召集に応えよくぞ集ってくれた」
ババッ!
待ちかねただろう俺の第一声に、居並ぶ諸将はなお一層深く頭を下げてから揃って姿勢を正した。
「……」
三百を超える将軍階級以上の幹部達。
左列先頭には最古参である黒髪ショートカットの清楚な美少女、鈴原 真琴が、
そして中央付近先頭に、後ろ髪を尻尾のようにチョンと縛った見た目から爽やかな好青年、同じく最古参の宗三 壱の姿がある。
その他にも……
特殊工作部隊”闇刀”隊長、神反 陽之亮。
諜報部隊”蜻蛉”隊長、花房 清奈。
という我が臨海を陰で支える功労者達。
さらには……
那知城城主の草加 勘重郎。
元、赤目四十八家が一氏である荷内 志朗。
同じく加藤 正興、正成兄弟。
滅んだ南阿の英雄であった伊馬狩 春親の遺児である伊馬狩 猪親と、その家臣で”南阿三傑”と謳われし有馬 道己。
臨海での階級は持たないが、特例として那伽領主、根来寺 顕成が元家臣であった根来寺 数酒坊。
そして――件の”魔眼の姫”達
ただ一度、目見えただけで確実に脳裏に刻み込まれる程の見事な紅蓮の瞳、
魅つめる者悉くを焼き尽くしそうなほど赤く紅く紅蓮く燃える紅玉石の双瞳、
名高き”紅蓮の焔姫”……ペリカ・ルシアノ=ニトゥ。
プラチナブロンドの美少女の瞳は輝く銀河を再現したような白金の瞳、
それはまさに、幾万の星の大河の双瞳、
我が臨海が誇る”終の天使”……久井瀬 雪白。
と――
九郎江城の守備に残してきた臨海軍将軍統括、比堅 廉高を除き、この烏峰城に集った面々は錚々たる顔ぶれであった。
「……」
――これが現在の全て
――臨海の鈴原 最嘉が持つ戦力の全て
俺は改めて身が引き締まるのを感じながら言葉を続けた。
「ああ……と、事前に知らせた本題に入る前に話しておくべき事がある」
――こっちは正直、気が進まないが……
そう、本日”軍議”の本題に入る前に、居並ぶ諸将に宣言しておくべき事があった。
それは、ここから先の大戦には欠かせない大義名分……
所謂、”大国”としての”格”とも言うべきものの必要性についてだ。
「……」
俺はもう一度諸将を見回してから一呼吸置き、愈々覚悟を決めたのだった。
――
十六になる前に小国”臨海”の領主を継いだ鈴原 最嘉は……
前領主である鈴原 太夫の三男で、異母兄妹である二人の兄と一人の妹とは違い彼の母は第二夫人、つまり鈴原 最嘉はいわゆる庶子であった。
だが側室とはいえ、彼の母である菜里姫は”暁”中央南部で信仰が盛んな熊原大神宮の最高位である”浄皇”の血筋であり、独立小国群の多くはこの熊原大神宮の氏子である。
歴史を遡れば、抑も暁中央南部に点在する小国群の多くがこの熊原大神宮に属する民であったのだが……
”国産み神”の血筋を誇る天都原国の権勢に圧迫された小国達は時代を追う事にその軍門に降りゆき、いつしか熊原の信仰はただの伝統文化としてだけの側面を残して有名無実化していったという――
優勝劣敗が常であり国家の存亡が表裏一体である戦国世界において、小国が生き残るために実力至上主義を取捨選択するのは必然であったのだ。
故に臨海も、その血筋に”政治”を求めた。
即ち盟主国である天都原の家臣筋を正室に娶るという、血統政治である。
そういう実力至上主義の影で側室に甘んじた鈴原 最嘉の血筋を紐解けば、地方小国群を束ねる旧宗主の血筋であった。
天都原権勢下の小国群……そして永きに渡る雌伏の時を経て現在、
愈々”天下の覇者”たらんと列強国と同格を掲げる必要がある鈴原 最嘉にとって、この血統は大いなる布石となるはず。
――故に……
「我が臨海は熊原の威光を以て小国群を束ね、そして天下に号令する!」
それらを踏まえた上での俺の発言に、集った諸将は皆一様に固唾を呑む。
「……」
暫く――
静まりかえっていた大広間で、幹部のひとりが恐る恐る口を開いた。
「そ、それはつまり……最嘉様のお母上……”菜里の宮”様を通して我が国が名実ともに小国群二十国の頂点に立ったということでしょうか?」
漂う、なんというか微妙な空気……
それは俺が今までその血統を良しとせず、熊原大神宮と距離を置いていた事が周知だからだろう。
「ああ、故に我が臨海はこの瞬間より”八咫の烏”が御旗を掲げる!」
だが、既に根回しは済んでいる。
後日に俺自身が熊原大神宮の現在の浄皇である……我が母に面会するだけ。
――本当に気が進まないが……
「おおっ!!」
「なんとそれはっ!!」
集った彼方此方の諸将からそれぞれに感嘆の声が漏れる。
「……」
正直、俺の内心的には苦肉の判断と言ってもいい。
――いや、だがそれは一旦置いておいて……
今、俺が口にした”八咫の烏”が御旗とは、
小国群の多くが属する祖である熊原大神宮から与えられし御旗の事である。
十ヶ郷、南郷、羽谷田、井絽川、宮郷と……勿論、臨海も含めて、この地域の多くの小国家が熊原の氏子であることから、其れ其れの国家が”烏”に纏わる家紋を旗印としているが、全てその根源は”熊原の八咫烏”の御旗であるのだ。
つまり、”日輪の中から降臨するという伝説に記された三本足の黒き鳳”の御旗こそが、この地域を纏めて治めるに足る盟主であると証明する存在と言える。
――しかし三本足……ねぇ?
なんというか、此処までお膳立てしておいてなんだが、奇妙な偶然もあるもんだと。
俺は自らの片足を揶揄する最近の変な”異名”を思い出して苦笑する。
「ここから先、我が”檄”は全てこの御旗を掲げて発せられる……今日この烏峰城に招集されたお前らならこの意味がわかるな?」
「はっ!!」
「ははっ!!」
そういう自身の微妙な感情は取りあえず無視して発せられる俺の問いかけに、当然だと大きく頷く諸将達。
――”予測通り”その場に異論を挟む者は一人も無く
そしてそれを確認した参謀のアルトォーヌが愈々本日の本題に入る。
「では、ここから先の戦、臨海国の侵攻先についてですが……」
天下に覇を唱えると大々的に宣言したからには、この先は戦しか無い!
そして現在の状況で最も障害となり、倒しておかないとならない相手と言えば……
「諸将もご存じの通り、先日、新政・天都原から一方的に同盟破棄の通達がありました。この情勢下で侵攻してくる可能性が最も高い相手です」
白き美女の言葉に皆が注目する。
「故に参謀として私は、彼の国に先んじる策を諸将に提案致します」
「お?なんと!!」
「そ、それは……性急では!?」
予測通りざわめく場に、俺とアルトォーヌは目配せし合った。
「そうとも言えんぞ?天下を競うには、最終的に”暁”西方の覇権をかけて戦争を始めた天都原の藤桐 光友と句拿王の柘縞 斉旭良、その勝者と争う事になるだろう事を考えれば……」
――
これも予測通りと割り込んだ俺の言葉に、場は再び静まる。
挑戦的色が濃い方針を口にする参謀に少なからず躊躇する諸将、それに対し不安を煽ってから理を説く上位者。
先に異論が出るだろう結論を示し、後にそうせざるを得ない状況不安を提示して、先に示した回答へと導く説得方法は、こういう場において特に効果的である。
……と、事を必要以上にスムーズに進めるために予め俺と参謀で用意したお芝居だ。
「た、確かに先を考えれば……」
「いや、しかし……こちらから仕掛けるのはリスクが……」
代案を提示出来ない者達に反論は難しいだろう。
――だがもう一押し、駄目を押してやるか?
「リスクというのなら、その時、西に対抗し得る勢力を築くには東の覇権を揺るぎないものにしている必要がある!そして現在、旺帝をほぼ平定した新政・天都原と決着をつけずして”暁”東方の覇権は得られないだろう」
そう、この軍議を迅速に進めるのは必須だ。
この場で即決し、直ぐにも準備に入る必要があるのだ。
――何故なら”この戦い”には時間がないっ!
モタモタと陽子と削り合いなんてしていたら、さっさと西方を統一した敵に一蹴されてしまうだろうからだ。
「う……うむ……領王閣下の仰せは確かに」
「わ、私共もそれしかないと思います!」
――先ずは上々……
俺は頷いた。
我が臨海と新政・天都原の戦力差、国力比を考えても……相手の準備が十分に整わない今こそが攻める最良の時!
急激に版図を広げたのは陽子も同じだ。ならば内政に手こずっている間に攻める!
手に入れた旧、旺帝領やなんとか武力で抑えている奥泉、さらに一時的に撃退した北来と……
内部及び周辺を完全に掌握できていない今こそが好機であり、そのために領土内を裏技的方法で無理矢理に統制した俺たち臨海が有利に事を運べる、期間限定の状況的優位を有効活用できる少ないチャンスでもあるのだ!
――そのために俺は今更……”気が進まない”血統まで引っ張りだしたのだから
「相手は知謀の粋たるあの”無垢なる深淵”だ。完全なる奇襲は難しいが、予期したところで内政はそう一朝一夕では行えない」
アルトォーヌと思考に思考を重ね、俺達が辿り着いた”策”とはまさにそれであった。
「我が主、相手の足下が不安定で迎撃準備が疎かなウチに攻めるのは良しとして……具体的にはどういう形でどう攻めるおつもりでしょう?」
そこに”闇刀”隊長、神反 陽之亮が歩み出る。
此奴らしいニヤけ面と長髪を揺らせ、ダンスの如き軽やかなステップで前に一歩。
「……そうだな」
俺は頷く。
「先ずは軍を三隊に分け、三方から”尾宇美”を目指します」
俺に代わり参謀のアルトォーヌが問いに答える。
「ほぅ?尾宇美を」
その言葉に、陽之亮が皆を代表するかの様に相づちをうった。
「さっきも言ったが、あの神算鬼謀の美姫に完全なる奇襲は不可能だ。ならばどんなに神速で事を成してもある程度の準備はされるだろう」
「それが尾宇美であると?」
俺の補足に優男は再び問う。
「そうだ。彼の城は鉄壁を誇り、尚且つ我が本拠である岐羽嶌領、つまりこの烏峰城に近い。それは状況如何では反撃も容易いということだ」
成る程と――陽之亮を含めた諸将も頷く。
「ふむ、今回の大戦、たとえ勝者となっても長引かせる事はその後に控える天下分け目の大決戦に挑むのに不利になると……短期決戦を想定故に、お互い本拠地同士を狙う戦になろうとは……ふむ、まるでこれは”盤面遊技”の様相でありますな?」
そしてその要所を良く理解した草加 勘重郎が、顎髭を摩りながら絶妙に今回の戦を例えた。
――そうだ、確かに”盤面遊技”
俺もその例えには大いに納得する。
そして……鈴原 最嘉は京極 陽子に盤面遊技で勝ったことが無い。
――いや!それはそれ、実際の戦はそう簡単な物差しでは計れない
俺は頭を振って続ける。
「加えて陽子の京極家は代々、尾宇美に縁深い家系だ。急ごしらえでも拠点にするには絶好の要塞だろう、其所が決戦の場になるに間違いない」
自信たっぷりな俺の予測に皆の異論は出なかった。
「……」
しかし、それにしても”尾宇美城”――
以前、俺は京極 陽子の切り札として”鈴木 燦太郎”を名乗り、彼女に協力して城塞守備に全身全霊を傾けた。
その時の面子を今度は向こうに回して今回は攻め落とす側とは……
戦国の世とは得てして”そういう”ものだ。
「では本作戦行動の人事を……」
そんな過去を思い出していた俺の耳には、予定通り議題を進める参謀の声が聞こえていた。
第六十一話「竜飛鳳舞」前編 END
応援ありがとうございます!
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