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縁ある人とはまた会える

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ロアンヌは、スペンサー伯爵家の歴史や その役目に触れて、自分は相応しくないのではと考えていた。

「ロアンヌ。悩みがあるなら話してちょうだい。これは、レグールだけの問題じゃないわ。スペンサー家の問題よ」
「いいえ、ありません」
何も無いと首を振って誤魔化す。そう聞かれたからと言って、自分の漠然とした不安を口にしすのは違う気がする。これは自分で何とかするべきことだもの。
「オーバーだな。そんな言い方をしたら、ロアンヌが話したくても話せないだろう」
「何言ってるの!レグールはもう30
なのよ。ロアンヌに、逃げられたら、次は無いわ」
「………」
夫人を伯爵が宥めようとするが、反論されて口をつぐむ。
(いいえ、レグール様なら次はある。次が無いのは私のほうだ)
「だから、後で問題にならないように、結婚まえにちゃんとしておかないと駄目なの」
「いいえ、本当に何もありません」
ロアンヌは、口角を上げる。
このチャンスを逃したら私は、結婚出来るかどうかも分からない。だから、飲み込んでしまえば良いだけだ。

私を見つめていた夫人が、やれやれと首を振る。
「分かったわ。レグールが何かやらかしたのね。後でちゃんと叱って置くから。話しなさい」
夫人の怒った口調にロアンヌは誤解を解こうと両手を振る。
「違います。レグール様は関係ありません。私です。私の問題です」
すると、夫人が艷やなな笑みを浮かべた。
(あっ)
「やっぱり、心配事があるのね」
私に本音を言わせようと一芝居打ったようだ。それに気づいて、ゆっくりと手を降ろす。
レグール様と言い夫人といいスペンサー家には敵わない。
「さあ、本当の事を話して」
催促されたけど、言ったら自分の自信のなさをさらけ出すことになる。初対面なのに口にするなんて、躊躇らってしまう。 すると、伯爵も言葉を重ねる。
「ロアンヌ。良いから話しなさい」
「……はい」
呆れられるかもしれないけど自分の気持ちを吐き出そう。

「……結婚すると決まっていますのに……。今更 このようなことを伺うのは、いけないと思っております。ですけど、本当に私でよろしいのでしょうか?」
ロアンヌは、訴えかけるように自分の胸に手を置く。
「レグール様なら、どんな令嬢とでも結婚できると思います。わざわざ、私みたいな地味な 何の取り柄もない娘などと結婚しなくても……」
意外そうに伯爵夫妻が顔を見合わせる。そうは思わないのだろうか?
レグール様が 空を悠然と飛ぶ猛禽類  鷹なら、私は麦の穂を食べて農家を困らせる雀だ。
「だって、そうでしょう。私を見て下さい。ちっとも綺麗ではありませんし、何時もクリスが伯爵令嬢に間違われてしまいます……」
( 誰だって、美人な方がいい)
そんな事を言って、自分の事を貶めるようなことしなくて良いいのに……。クリスの方が良かったと、後で言われるが、怖くて無意識に保険を掛けてしまう。
そんなことを考える自分が惨めだ。(結局私は、前と何も変わっていない)

「レグールは見た目だけで、好きになったりしないわ。今迄、沢山の美しい令嬢と知り合う機会が有ったけれど、心惹かれたのは貴女だけよ」
「………」
お世辞には聞こえないが、それが何時まで続くのかと思うと、薄氷を踏む思いだ。私だけがどんどん好きになる。その事が重荷に感じられる日が来るかもしれない。
「年も違うし、まだ一緒に居る時間も少なくて、お互に知らない事が、たくさんあると思うけど。でも、どうかあの子を信じて欲しいの」
私だって信じたい。信じたいけど……。
ロアンヌが視線を落したまま心の内を曝け出した。
「でも……自分に自信が無くて不安ばかりなんです。私のどこを好きになったのか、分からなくて……。聞いても教えて下さらないんです」
子供が生まれたらと誤魔化せられてしまったけど、直ぐ言えない理由がずっと引っかかっていた。私の質問に夫人の眉間に皺が寄る。 何も聞いていないのだろうか?
ずっと黙っていた伯爵が口を開く。

「息子はああ見えて意外と一途だ。なんせ、十年も、グフッ」
面を上げて伯爵の話しを聞いていたが、途中で黙りなさいと夫人が肘鉄する。二人のやり取りに目を丸くして見る。肘鉄されたのに伯爵に怒りの色も無く、私と目が合うと肩を竦めて笑った。
(これが……恐妻家?)
「ロアンヌは、突然の事で戸惑っているんでしょ。でも私達は、何時かこうなったら良いと思っていたのよ」
「どうして、そう思うのですか?」
(えっ?)
レグール様が子供の頃に会ったと言ってたけれど、伯爵夫妻とも会っていたの?それなら、レグール様が私を妻に選んだ理由を知ってるはずだ。
「まぁ……口が裂けても言えんだろう」
伯爵の誤魔化すように、お茶を飲みながら言う。
「お願いです。教えて下さい」
口が裂けても言えない?いったいどう言う事?そんな秘密にしないとイケないの?

どんな内容でも聞く覚悟がある。ロアンヌは伯爵夫妻に向かって頭を下げる。それを聞けば目の前が開けると思う。夫人が話していいかと伯爵を見ると伯爵が頷く。夫人が、おもつむろに
話しはじめた。
「今からする話をレグールに黙っていてくれる?」
「どうしてですか?そんな深刻な話なのですか?」
秘密?一体どんな話をするつもりなのだろう。夫人が指で自分の顎に当てて考えている。
ロアンヌは唾をごくりと飲み込んで返事を待つ。
「そうねぇ~。あの子が初めて自分が無力だと感じた話なの」
「無力ですか?」
無力?全くイメージに無い。意外な返事に聞き返すと、伯爵がそうだと言う様に頷いた。
「森で狐の手当てをした事があるでしょう?」
「えっ?」
「赤いリボンを包帯がわりにして」
「………ああ、はい」
夫人の言葉に忘れていたあの日の事が鮮やかに甦る。
そうか、あのお兄様はレグール様だったんだ。

あれは12年前、
クリスが来る少し前の秋。年の近い子供が近所に住んでいなかった事もあり、森に一人で遊びに出掛けることが日常だった。
あの日のそんな日だった。

道に落ちていた小枝を振り回しながら歌を歌って森を散歩していると『キュウ、キュウ』と動物の鳴き声が聞こえて来た。
「だれ?」
辺りを見まわしても誰も居ない。でも、声は聞こえる。
「どこに、かくれてるの?はやく、でておいで」
どこだろうと、木の陰を見たり、落ち葉をめくったり、あちこち探し回ってやっと声の主を見つけた。
「みーつけた」
鳴いていたのは、コギツネだった。
幼い私が見ても小さかった。
私を見ると怯えて身を隠そうとする。
「かわいい」
抱き上げると『キュウー』と痛そうに鳴いた。怪我をしているのかと体を調べると足にけがをしていた。
きっと罠に、なかったのだろう。
「かわきそうに、けがしたんだ」
手当しようと髪を結んでいたリボンを包帯がわりにして コギツネの足に巻いた。そして、早く元気になって欲しくて木の実を食べさせようとしたが、吐き出してしまった。

地べたは冷たいだろうと、 自分の膝の上に乗せて体を撫で続けた。 それでも、コギツネは元気にならなかった。 どんどん不安になり、コギツネの命を助けるためには、やはり子どもの力では無理だと悟った。

大人に頼もうと考えてコギツネを抱いたまま立ち上がった。そのとき声を掛けられた。
「どうかしたのかい?」
あの時ほど、 誰かに会って嬉しかったことはなかった。
心細さに泣きたいくらいった。
きっと、内心コギツネが死ぬかもと恐れていたのかも知れない。

あの人がレグール様だったんだ。
でも、どうして、その事を伯爵夫妻が知っているのか不思議だ。
あの場にはレグール様と私の二人切だった。その事を話したんだろうか?
「どうして、ご存知なんですか?」
「あなたが手当てした狐をあの子が家に連れて帰って来たの」
「?」
話が見えないと小首を傾げている。レグール様がお医者様に見せると言って、私からコギツネを受け取ったのに。
獣医じゃ無くて、自宅で治療しようとしたんだろうか?
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