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蛙の子は蛙

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ロアンヌは、コギツネの事をどうして伯爵夫妻が、知っているのか不思議だ。あの場所にはレグール様と私の二人だった。その事を話したのだろうか?
「どうして、ご存知なのですか?」
「あなたが手当てした狐をあの子が家に連れて帰って来たの」
「?」
話が見えないと小首を傾げる。レグール様が、お医者様に見せると言って私からコギツネを受け取った。
獣医じゃ無くて、自宅で治療しようとしたんだろうか?

「実は帰る途中で、狐は死んでしまったの」
「えっ?」
「でも、その事を知ったら、あなたが悲しむんじゃないかって」
「そんな……」
いくら私が助けた狐だとしても、そこまで心を砕いてくれる必要は無かったのに……。
もしかしたら、あの時既にコギツネは死にそうだのかも。だから、私に秘密にしようと連れ帰ったのかも。
(レグール様……)
「美味そうな、狐だったな」
「あなた!」
重い雰囲気を壊すように、伯爵が茶々を入れると夫人が睨んで窘めた。伯爵が不謹慎だったと私に向かって頭を下げる。ロアンヌは昔の事だと首を振る。伯爵なりに気を使ったのだろう。

「だから、私達は狩りをしてきたのかと思って食べようとしたんだけど」
(やっぱり食べようとしたんだ)
「あの子が土に埋めると言い出したの。それで、問いただしの。そのとき初めてあなたの事を知ったのよ」
お墓を作ってくれようとしたんだ。胸が温かくなる。たかが、5歳の、しかも初めて会った女の子に、そこまで気を使ってあげるなんて、昔から優しかったのね。
「話してくだされば、良かったのに」
「あの子は狐を救えなかった手前言い出せなかったのよ」
「その後もレグールはロアンヌの事を気にかけてたよ。何しろ。グフッ」
伯爵の話しに、そちらを見ると何故か、また肘鉄を受けていた。
(?)

確かに、そう聞かされたら、あの後コギツネが、どうなったか聞いただろう。それを言わなかったのは、私に嘘をつきたくなかったからだったのね……。
十年以上も前の事なのに、そこまで考えていてくれたんだ……。
「あなたのそう言う森の動物にも優しくするところが、気に入ったんだと思うわ。だから、あなたは何も心配しなくていいの。あの子はちゃんとあなたを見てプロポーズしたんだから。分かってくれたかしら?」
ありがとうございますとコクリと頷く。
「これで解決ね」
そう言って夫人が私の髪を撫でる。その仕草が、実の母を思わせる気遣いに涙が滲む。
不安だと愚痴るだけで、好かれたと思うだけで、自分では何一つ解決しようと努力していなかった。今回の件だって、 ただのマリッジブルーだと聞き流す事だって出来た。それをちゃんと私の不安を取り除こうと秘密の話しまでしてくださった。この思いに報いたい。

「入ります」
レグールのドアをノックする音に、内緒よと夫人が口に指を押し当てる。

***

レグール様の自室に足を踏み入れたロアンヌは、その場に立ち止まる。
「今、お茶を用意するから。それまで、その辺でくつろいでいて」
「はい」
男性の部屋に初めて入った。 女性の部屋とは全く違う。装飾品の類は、 壁に飾ってあるタペストリーとレイジングのところに置いてある 遠眼鏡だけ。
花も小物もない。こういうシンプルなのが好きなのだろうか?
部屋の造りも先ほどの応接室同様、手摘みの石壁で、天井も高くて広い。ぐるりと部屋を見回す。
「他の部屋も同じ造りですか?」
「ああ、ここが元砦だと言う事は知っているだろう?」
「もちろんです」
 隣国から守り抜いたザラステアの砦だ。この国の人間なら全員知っている。

レグール様がカチャカチャと音をたてながら、カップを並べる。
「その戦いで、物も人も増えて今の状態になったんだ 」
つまり、増築に増築を重ねた結果と
いうことなのね。当時は戦時中で人が
定住するとは考えなかったのだろう。スペンサー家は、この砦の守り人としてここに住んでいる。
建物もそうだけど、窓から見える景色も自分の家とは正反対だ。
もっとよく見ようと 窓辺に行くと、置いてある遠眼鏡を手に取る。
どれほど見えるのかと、片目をつむって頭眼鏡を目に当てる。
「凄い~」
目の前にある森の木の一本、一本が、ちゃんと見える。他の物も見てみたいと遠眼鏡を動かす。
「ロッ、ロアンヌ」
「はい」
しかし、焦ったようなレグールの声に振り返ると、遠眼鏡を取り上げられた。勝手に使ったら、いけない物だったのだろうか?
「お茶にしよう」
「レグール様は、この遠眼鏡で何をご覧になっているのですか?」

「えっ?」
好奇心で、そう聞くと何故かレグール様が驚く。その顔を何でと小首をかしげて見つめる。
「?」
「ああ、これは……迷子の羊を見つけるためのものだ」
「羊も迷子になるんですか?」
「ああ、餌を探して岩場を登ったりするから」
 なるほどと小刻みに頷く。この地域では羊は大切な資産だ。見つけるのが遅くなると狼に食べられてしまう。
「さあ、座って、座って」
「はい」

席に着こうとして戸惑う。カップが並んで置いてある。
(これって……)
レグールが自分の部屋に来た時の事を思い出す。 横目でレグールを見ると、屈託ない笑顔を向けられた。
「ふぅ~」
 仕方がない。
隣同士に座るとカップを手に取る。 一口飲んでみる。悔しいけれど、やはり美味しい。 絶対、結婚するまでにレグール様より上手にならないと。 と心に決める。
(明日から、お母様の指南を受けよう)

 レグールが立ち上がると、ベルベットの箱を取って戻ってくる。
「今日の記念に」
蓋を開けると、エメラルドのドロップ型のペンダントネックレスが現れた。
綺麗……。 宝石など貰った事がないから、余計に嬉しい。
「本当に、いいのですか?」
「もちろん。着けてあげよう」
そう言ってペンダントを箱から取り出す。ロアンヌは、髪を束ねると、着けやすいように背を向けようとしたが、それより先にレグールがのし掛かるように私の首に手を回す。
向かい合う形になってしまい。恥ずかしさに目のやり場に困る。

 落ち着こう。そう思っても落ち着けない 。あらぬ方向を見て気を紛らわす。
「着けづらいな」
レグールの顔が近づいてくる。
口づけする訳でもないのに、顔が赤くなる。それを見られないように俯いていると、レグールが下から噛み付くように唇を奪ってくる。強引な口づけに仰け反りなか、互いに唇を奪い合っていると、
「あっ」
レグールが口づけを止める。
どうしたのかとレグールの視線の先を見ると、自分の胸の谷間にペンダントが挟まっていた。
着けている途中で、気が散って落としてしまったんだろう。自分で取ろうとすると、その手をレグールが掴んでやめさせる。
「レグール様?」
「私が落としたんだ。私が拾はないと」
レグールの指が胸の谷間に差し入れられる。ゴツゴツした太い指が、柔らかな胸の間に押し入って来て、ペンダントをつかもうと動き回る。
(あっ……)
どうしよう。指で擦られるたびに、声が出そうになる。それを唇を固く結んで我慢する。声を出すなど、はしたない。これは事故のようなもの。だから、我慢するのよ。
だけど……。
これ以上は駄目だと何度もレグールの指を掴もうとする。けれど、その度に払いのけられる。
時間が、かかりすぎてる。
絶対、わざとだ。

怒って睨みつけると、クスリと笑う。
やっぱり、そうだ。ムッとするとレグールが見せ付けるように、 ネックレスを目の前で振る。
「ふん」
いたずらばかりとそっぽ向く。するとレグールが後ろから抱きついてきて、甘えるように私の首筋に頬ずりする。
「怒ったのか?」
「別に……」
怒ったと言えば、許してくれと何かしてくる。怒ってないと言っても、何かしてくるに決まっている。
そんな考えを見通しだと、とぼける。 すると、ネックレスをちゃんとつけてくれた。
 そして、私の肩を掴んでレグールが
自分の方を向かせる。
「よく似合っているよ」
 ロアンヌは自分の胸で光り輝くペンダントを見て微笑む。

これは私がレグール様のモノだという証。 そして、それを身につけることが、レグール様の心を私が射止めたと言う証。

*****

スペンサー夫人は夫と一人掛けのソファーに二人で並んで腰かけながら、ワインを嗜んでいた。
「しかし、本当にあの子がロアンヌと結婚するとは思わなかった」
「そうですわね。でも、私が何より驚いたのはアルフォード伯爵が了承したことですわ。あの子の悪い噂は耳に入ってるはずなのに」
夫人が首を捻ると夫がその理由を説明した。
「悪い噂と言っても二十歳の頃の話だ。それにレグールが後を継いでからは、会議の場で何度も顔を合わせてるんだ。アルフォード伯爵も真面目になったと思ったんだろう」
「なら、いいですけど」
「心配ない」
夫がそう言って指を絡めくる。
「今回の顔合わせは大成功ね。ロアンヌは十七歳なのに落ち着いていて立派だったわ。それに引き換えレグールったら、浮き足立ってて、見てるこっちが恥ずかしいわ」
初対面だと言うのにロアンヌは落ち着いていて使用人たちにも丁寧に挨拶をしていた。
食事や飾りつけなど努力が報われる言葉を言って使用人の心を掴んだ。使用人たちも本心かお世辞かくらいは簡単に見抜いてしまう。
(もっとも、顔には出さないけど)

「そうだな。レグールのメロメロぶりを見ると孫の顔も早そうだ」
確かに、そうだと同意して頷く。
「しかし、我が息子ながらよく念願の娘を手に入れたもんだ。年が十も違うから縁は無いと思ってたんだが」
夫が顎に手をやって感慨深げに言う。それを見て眉を上げた。
「私はそうなると思ってましたわ」
「どうしてだ?」
そう言って、うろんな目を向けると、
夫が意外そうな顔する。
(30年前の事を忘れたとは言わせない)
「あの子もあなたに似て、見守るのが得意ですから」
見守るを強調して言うと夫がワインを噴出した。それを見て胸がスカッとする。きっと、私が気付いてないと思ってたのね。


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